「身元保証書って、うちでも取らないといけないんだっけ?」——入社手続きを進める中でふと手が止まる、そんな場面があるかもしれません。前任者のやり方をそのまま引き継いでいたり、逆に「前職ではやっていたのに今の会社では書式がない」と気づいたり。専任の人事担当者がいない中小企業では、身元保証書の取り扱いはグレーなまま放置されやすい領域です。この記事では、身元保証書の義務の有無から様式の作り方、取れない場合の対処法まで、実務で使える判断基準をわかりやすく整理します。
身元保証書は法律上「必ず取らなければならない」ものではない
結論から言えば、身元保証書の取得は法的義務ではなく、取るかどうかは会社の任意です。ただし、一度取ると決めた場合には「身元保証ニ関スル法律」(昭和8年制定)という専用の法律の適用を受けます。
身元保証書を規律する法律の存在
「身元保証ニ関スル法律」は、入社時に第三者が損害賠償義務を負うことを約束する身元保証契約に関して、保証人を保護するために設けられた法律です。雇用主(会社)が身元保証を求めることそのものは禁止されておらず、あくまで「取る・取らない」は使用者側の判断に委ねられています。
取らなくても法的なペナルティはない
身元保証書がないことで会社が罰則を受けることはありません。しかし、従業員による横領や顧客情報の持ち出しなどが発生した際に、第三者への損害賠償請求の根拠が一つなくなるという実務上のリスクは存在します。「形式的に用意してある」状態と「そもそも存在しない」状態とでは、トラブル発生時の対応力が変わります。
中小企業が「取る・取らない」を判断する基準
取得の要否は、業種・職種・扱う情報の機密性によって変わります。以下を目安にしてください。
| 取得を検討すべきケース | 取得の優先度が低いケース |
|---|---|
| 現金・金融資産を扱うポジション | 現金を扱わない内勤・製造ライン |
| 個人情報・機密情報へのアクセス権が広い | アクセス権限が限定的な職種 |
| 取引先との直接交渉・契約を担う | 短期・パート・アルバイトの雇用 |
| 会社の口座・決済システムへの権限がある | 業務委託(雇用契約ではない場合) |
身元保証書に決まった書式はないが、記載すべき事項がある
身元保証書には法定の様式がなく、書面であれば形式は自由です。ただし、民法改正(2020年4月施行)の影響で、記載しておかなければ「保証としての効力がゼロになる」リスクが生じる項目が出てきました。
民法改正で「極度額」の記載が事実上必須になった
2020年4月に施行された改正民法(第465条の2以下)では、個人による根保証契約(将来発生する不特定の債務を保証する契約)には極度額(保証の上限金額)の設定が義務づけられました。身元保証契約がこれに該当すると判断される場合、極度額の記載がないと保証契約としての効力が生じないリスクがあります。実務上は、極度額を必ず明記することが強く推奨されています。金額の設定に迷う場合は、年収の1〜2年分を目安にする会社が多いですが、法的に指定された金額はありません。
様式に含めておくべき項目
- 身元保証人の氏名・住所・捺印
- 被保証人(入社者)の氏名・続柄
- 保証の極度額(上限金額)
- 有効期間(原則3年・最長5年)
- 会社名・代表者名・捺印
実印と印鑑証明は義務ではないが取得を勧める理由
法律上、押印の形式(認印か実印か)に定めはありません。ただし、後日「書いた覚えがない」「内容が違う」といったトラブルを防ぐためには、実印+印鑑証明書のセットで提出を求めることが有効です。実印であれば本人の意思確認が担保されやすく、書類の信頼性が上がります。特に高額の極度額を設定する場合は実印対応を検討してください。
身元保証書の運用について「この対応で本当に大丈夫?」と不安であれば、人事労務の専門家に一度相談すると安心です。
有効期間は最長5年——「取ったきり放置」は要注意
身元保証書は一度取れば永久に有効というわけではありません。「身元保証ニ関スル法律」第2条により、有効期間には上限があります。入社時に取ったまま何年も更新していないケースは、法的には効力が切れている可能性があります。
有効期間のルール
期間の定めがない場合は法律上「原則3年」で自動終了します。期間を定める場合でも、最長5年が上限であり、5年を超える期間を設定しても5年に短縮されます。たとえば「入社から10年間有効」と書いても、法律上は5年で失効します。
更新が必要なケースと管理のポイント
有効期間が切れた後も身元保証書の効力を維持したい場合は、期間満了前に改めて新しい身元保証書を取得する必要があります。更新を忘れないために、入社書類の保管台帳に有効期限を記録し、期限の3ヶ月前にアラートが上がる仕組みを作ることを推奨します。社員数が少ない段階でも、エクセルや労務管理システムで一元管理しておくと、後になって慌てることを防げます。
身元保証人への通知義務も発生する場合がある
同法第3条では、従業員の行状について身元保証人に通知すべき事情が生じた場合(業務上の重大なミス・規律違反など)、会社は身元保証人に遅滞なく通知する義務があると定めています。通知を怠ると、身元保証人の責任が制限される場合があります。身元保証書を「取って終わり」にせず、有効に機能させるには運用面の管理も必要です。
身元保証人を「立てられない」と言われたときの対処法
身元保証人が確保できないと言われても、それを理由に採用を取り消すことはリスクを伴います。状況に応じた柔軟な対応が求められます。
保証人なしを採用条件にすることのリスク
「身元保証人がいなければ内定取り消し」という運用は、場合によっては合理的な理由のない内定取り消しとして問題視されるリスクがあります。特に外国籍の人材や身寄りの少ない方など、立場によって保証人を確保しにくい状況は様々あります。身元保証書の提出を「必須条件」として画一的に運用することは避け、「できる限り取得を求める」という姿勢で対応するのが実務的な現実解です。
身元保証人が立てられない場合の代替策
身元保証書の代替として、以下の対応が取られることがあります。
- 入社誓約書の充実(機密保持・競業避止などを明示)
- 試用期間の設定と評価基準の明確化
- 業務上のアクセス権限を段階的に付与する運用ルールの整備
- 身元保証書の提出を「努力義務」として位置づけ、提出期限を延長する
これらの対応は身元保証書の代わりに損害賠償請求の根拠になるわけではありませんが、従業員との信頼関係構築と不正抑止の観点から有効に機能します。
外国籍社員・中途採用者などケース別の考え方
外国籍社員の場合、日本国内に身元保証人となれる親族や知人がいないことは珍しくありません。この場合は入社誓約書の締結や、就業規則上のルールを丁寧に説明した上での合意形成が現実的な対応です。中途採用者の場合も、前職の状況・経歴の確認(リファレンスチェック)を活用することで、リスク把握の手段を補完する企業が増えています。
身元保証書に実効性を持たせるための運用上の注意点
書類を取ることと、その書類が実際に機能することは別の話です。形式を整えても内容に不備があれば、いざというときに「保証の効力がなかった」という事態になりかねません。
「全額回収できる」という誤解を手放す
身元保証人への損害賠償請求は、身元保証ニ関スル法律第5条により、裁判所が諸般の事情(保証人の監督の有無・損害発生への寄与度など)を考慮して額を減額できると定められています。連帯保証のように「無条件で全額請求できる」わけではありません。身元保証書はあくまでリスクを抑制する手段の一つとして位置づけ、採用・業務管理・アクセス権の設計などと組み合わせて活用することが重要です。
極度額の設定が抜けていると保証が無効になるリスク
2020年の民法改正以降、極度額のない身元保証書は個人根保証契約としての効力を持たない可能性があります。改正前に作成した様式をそのまま使い続けている場合は、今すぐ様式を見直すことを強くお勧めします。特に「昔からあるひな形」をそのまま使っている会社は要注意です。
保管・管理の体制を整える
身元保証書は個人情報を含む重要書類です。入社時の書類として鍵のかかる場所またはアクセス制限のある電子ファイルで保管し、有効期限を一覧で管理する台帳を整備してください。書類は原則として雇用期間中は保管し、退職後も一定期間(少なくとも3年程度)は保存することが実務上望ましいです。
まとめ
身元保証書は法的義務ではありませんが、取ると決めたなら「身元保証ニ関スル法律」に従った運用が必要です。ポイントは、民法改正(2020年)で極度額の記載が事実上必須になったこと、有効期間は最長5年で更新管理が必要なこと、取れない場合は採用条件として画一的に求めることは避け、誓約書や権限管理で補完することの3点です。書式さえあれば安心ではなく、「有効に機能する状態で運用すること」が中小企業の実務では特に重要です。
身元保証書の運用や採用手続きの整備に関して判断に迷う場合、人事だけで抱え込まず専門家に相談することで、法的リスクを減らしながら柔軟な対応ができます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の入社手続きから就業規則の見直し、人事労務の課題解決まで、御社の状況に合わせた実務的なサポートを行っています。「書類整備から始めたい」「今の運用が正しいか確認したい」という段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。
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