「休職中の社員が資格の勉強をしているらしい」——そんな情報が耳に入ったとき、経営者や人事担当者はどう動けばよいのでしょうか。「療養中なのに勉強できるなら復職できるはずだ」「傷病手当金を受け取りながら活動しているのは問題では」と感じるのは自然なことです。ただし、感情的な判断で動くと、不当解雇や安全配慮義務違反といった深刻なトラブルに発展するリスクがあります。この記事では、休職中の資格取得・自己啓発活動が発覚した場合に、会社が正しく判断し・適切に対応するための実務ポイントを整理します。
資格取得は「就労」にあたるのか
結論からいえば、資格取得のための自宅学習やオンライン講座受講は、原則として「就労」にはあたりません。ただし、活動の内容によって判断が変わるため、まず「就労かどうか」を正しく評価することが出発点になります。
「就労」と判断される基準
「就労」にあたるかどうかは、次の3点で判断されます。
指揮命令関係の有無
他社でアルバイトをしている、フリーランスとして業務を受注しているといった場合は、他者の指示のもとに動いている関係が生まれます。
継続的な役務提供の有無
単発の試験受験と、毎日通学して授業を受けることでは性質が異なります。
収入の有無
対価が発生している場合は「就労」と評価されやすくなります。
活動の種類による判断の違い
具体的にどのような活動が就労とみなされやすいかを、以下の表で整理しました。
| 活動の種類 | 就労とみなされる可能性 | 備考 |
|---|---|---|
| 他社でのアルバイト・副業 | 高い | 収入あり・指揮命令下に置かれる |
| フリーランス業務の受注・遂行 | 高い | 同上 |
| オンライン講座・通信教育の受講 | 低い | 指揮命令関係なし・収入なし |
| 資格試験の受験(単発) | 低い | 一時的な行為にとどまる |
| 資格予備校への毎日通学 | ケースバイケース | 主治医の見解・病状との整合性を確認 |
| SNSでの学習内容発信(無収益) | 低い | 収入がなければ就労とは評価しにくい |
「就労ではない」ならすべて問題なし、ではない
就労にあたらないからといって、会社が何もできないわけではありません。就業規則に「休職中は療養に専念しなければならない」という規定がある場合、その義務に照らして活動内容を評価することになります。ただし、この点については次のセクションで詳しく解説します。
「療養専念義務」の範囲と懲戒処分の可否
療養専念義務違反を理由に懲戒処分を行うには、就業規則への明確な規定と、活動が実際に療養の妨げになっているという根拠が必要です。感情的な判断で処分に踏み切ると、処分自体が無効となるリスクがあります。
療養専念義務の法的根拠
療養専念義務の根拠は、主に就業規則や労働契約にある個別の規定です。「休職中は療養に専念すること」などの文言が明記されていれば、それが義務の根拠となります。民法1条2項の「信義誠実の原則(誠実義務)」も理論上は援用できますが、これだけを根拠に懲戒処分を行うことは難しいとされています。
懲戒処分には客観的合理性が必要
労働契約法第15条は、懲戒処分は「客観的に合理的な理由」があり「社会通念上相当」でなければならないと定めています。資格取得活動が発覚したとしても、自宅でのオンライン学習程度で身体的・精神的な療養の妨げになっていると言えない場合は、懲戒処分の合理性が認められない可能性が高いです。特に、主治医が「自宅学習程度は療養の妨げにならない」と判断しているケースでは、会社が一方的に義務違反を断定することは困難です。
就業規則に規定がない場合の会社の選択肢
就業規則に療養専念義務の規定がない場合、現時点での懲戒処分は事実上難しいと考えてください。ただし、この機会に就業規則を整備することは重要です。今後のリスク管理のために、休職中の行動制限・報告義務・義務違反時の効果を明記した規定を追加することを検討しましょう。規定整備の手順については後述します。
傷病手当金と会社の責任範囲
傷病手当金の支給判断は保険者(協会けんぽや健康保険組合)が行うものであり、会社がその申告内容に直接責任を負う構造ではありません。ただし、会社記載欄の内容については誠実に対応する義務があります。
傷病手当金の支給要件と判断主体
傷病手当金は健康保険法第99条に基づき、「労務不能」であることが支給要件です。「労務不能」かどうかは主治医の意見をもとに保険者が判断します。つまり、休職者が資格取得活動をしていたとしても、会社がその事実をもって傷病手当金を止める権限はありません。
会社記載欄の役割と注意点
傷病手当金の申請書類には、会社が「労務に服さなかった期間」を証明する記載欄があります。この欄に虚偽の内容を記載することは問題となりますが、正直に記載する限り、会社が不正受給の責任を問われることはありません。
保険者への情報提供は可能だが慎重に
休職者の活動内容について、保険者に情報提供すること自体は法的に禁止されていません。ただし、「資格の勉強をしている=労務可能である」と会社が独断で判断して通報するような行為は、後のトラブルの原因になりえます。情報提供を検討する場合は、まず専門家(社会保険労務士や弁護士)に相談することを強くお勧めします。
「回復しているなら復職させられる」は危険な思い込み
資格取得活動ができているからといって、就労に耐えられる状態とは限りません。復職の判断は、必ず主治医の意見をもとにした正式なプロセスを経て行う必要があります。
活動できる≠復職できる
精神疾患による休職の場合、自宅での軽い学習活動は可能でも、毎日定時に出勤して業務プレッシャーのなかで働くことには耐えられない、という状態は珍しくありません。「勉強しているなら元気なはずだ」という直感的な判断は、医療的な根拠を欠いています。
復職判断の正しいプロセス
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では、復職判定には主治医の復職可能の意見、産業医がいる場合はその意見、そして会社との復職判定面談を経ることが推奨されています。このプロセスを省略して一方的に復職命令を出したり、休職期間を打ち切ったりすることは、不当解雇や安全配慮義務違反に発展するリスクがあります。
産業医がいない中小企業の対応
産業医の選任義務がない50人未満の事業場の場合、主治医の意見書を取得したうえで、外部の産業保健サービス(地域産業保健センターなど)や専門家への相談を活用することが現実的な対応です。「社内だけで判断しなければならない」という思い込みを外すことが重要です。
就業規則に規定がない場合の実務対応
規定がない状態での即時処分は難しいですが、今後の対応に向けた整備と、現状でできる合理的な対応を組み合わせることで、リスクを管理することができます。
今すぐできる対応:事実確認と面談
まず行うべきは、感情的な対応ではなく、事実確認です。休職者本人と面談(または書面)を通じて、活動の具体的な内容・頻度・主治医との関係を確認します。このとき、「なぜそんなことをしていたのか」という詰問調ではなく、「現在の体調と療養の状況を確認したい」という姿勢で臨むことが重要です。また、活動について主治医がどのような見解を持っているかを本人から確認することも有効です。
就業規則への規定追加
今回の事案を機に、就業規則へ以下の内容を盛り込むことを検討しましょう。
- 休職中は療養に専念する義務の明記
- 休職中の他社就業・収入活動の禁止
- 休職中の定期的な状況報告義務
- 義務違反時の効果(注意・懲戒の根拠となる旨)
変更には労働者の意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第90条・第89条)。社会保険労務士への依頼を検討することをお勧めします。
規定整備と現在の事案は切り分けて考える
就業規則の整備は今後のためのものであり、規定がなかった時点で起きた今回の事案に遡って適用することはできません(不利益遡及の原則)。「今回は規定がなかったため処分はできないが、今後は明確に対応する」という整理をすることで、現在の対応と将来の備えを切り分けることができます。
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発覚後の対応フローと注意すべきポイント
発覚時の対応は、冷静な事実確認から始め、段階を踏んで進めることが原則です。初動を誤ると、その後の対応全体が崩れるリスクがあります。
発覚直後にやってはいけないこと
感情的に即日呼び出す、「復職できるはずだから明日から来い」と命じる、傷病手当金の不正受給だとして保険者に通報する、といった行動は避けてください。これらはいずれも法的リスクを高める行動です。発覚した事実に驚きや怒りを感じるのは自然ですが、まず一呼吸置いて専門家への相談を検討することが最善です。
段階的な対応の進め方
対応は、以下の順序で進めることをお勧めします。
- 得ている情報の内容と出どころを整理し、事実として確認できている範囲を明確にする
- 就業規則の内容を確認し、療養専念義務に関する規定の有無と文言を確認する
- 必要であれば本人への書面照会または面談を設定する
- 主治医意見・活動内容・就業規則の規定の有無を総合的に評価し、対応方針を決定する
いずれの段階でも、社会保険労務士や弁護士への相談を並行させることが、最終的なリスク軽減につながります。
記録の重要性
面談の内容、本人からの説明、主治医意見の内容など、対応の経緯はすべて文書化して保管してください。後日、処分の適否や復職拒否の当否が問われる場面では、この記録が会社を守る根拠となります。
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まとめ
休職中の資格取得・自己啓発活動が発覚した場合、会社がまず確認すべきは「就労にあたるか」「療養専念義務の規定があるか」「主治医はどう判断しているか」の3点です。就労と評価できる活動(他社アルバイトや収入を伴うフリーランス業務)は問題となり得ますが、自宅でのオンライン学習や単発の資格受験は原則として就労にあたらず、懲戒処分の根拠にもなりにくいのが現状です。傷病手当金については会社が直接の申告責任を負う構造ではありませんが、会社記載欄は誠実に対応する必要があります。また、「勉強できるなら復職できる」という思い込みから一方的な復職命令を出すことは、不当解雇・安全配慮義務違反の問題に発展しかねません。就業規則に規定がない場合は、今回の事案を機に整備を進めることが長期的なリスク管理につながります。
このような判断は、人事専任者がいない中小企業では特に難しいケースです。「自社の就業規則でどこまで対応できるか」「面談の進め方はどうすればいいか」といったご不安があれば、ウェルセンス株式会社にご相談ください。休職・復職支援の実務に精通した専門家が、貴社の状況に合わせた対応を一緒に考えます。
よくある質問
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