「休職中の社員がアルバイトをしていた」——そんな事実が発覚したとき、多くの中小企業の経営者・人事担当者は「どこに連絡すればいい?」「会社も責任を問われる?」と頭を抱えます。傷病手当金の不正受給は、放置すれば会社の信頼にも関わる問題です。しかし、対応手順さえ正しく踏めば、会社として適切に処理できます。本記事では、発覚から解決までに取るべき3つの対応手順を、法的根拠とともにわかりやすく解説します。
傷病手当金とは何か、なぜアルバイトが「不正」になるのか
傷病手当金の支給条件を正確に理解する
傷病手当金は、健康保険法第99条に基づく制度です。業務外の病気やケガで「労務不能」の状態が4日以上続いた場合に、標準報酬日額の3分の2が最長1年6か月にわたって支給されます。ここで重要なのが、「労務不能」であることが支給の絶対条件だという点です。
「労務不能」とは、自分の職種において通常の労務に就くことができない状態を指します。主治医が診断書でこれを証明し、会社が申請書に「労務不能だった期間」を記載することで初めて支給が認められます。
アルバイトが「不正受給」とみなされる理由
休職中にアルバイトをしていた場合、「労務不能ではなかった」と判断される根拠になり得ます。たとえば接客や軽作業のアルバイトを週3日こなしていたとすれば、「体は動く状態にあった」とみなされても不思議ではありません。
アルバイトの内容によって判断の重さは異なります。接客・肉体労働など身体的・精神的負荷のある業務は不正受給と認定されるリスクが高く、家族の事業を軽く手伝う程度はグレーゾーンです。在宅での軽作業は主治医の判断との整合性が問われます。いずれの場合も、「労務不能」という前提条件と矛盾するかどうかが判断の軸になります。
会社が申請書に証明を記載している意味
見落とされがちですが、傷病手当金の申請書には会社が「事業主証明欄」に記入します。労務不能だった期間を会社として証明している形になるため、もし虚偽の内容を記載していた場合、会社にも責任が及ぶ可能性があります。会社が実態を知らずに証明していた場合(いわゆる善意の証明)は基本的に会社責任は問われません。ただし、発覚後に適切な是正対応を取る義務は生じます。
不正受給が発覚したときの最初の対応——事実確認と証拠収集
「噂」や「報告」の段階で動かない——まず証拠を固める
「あの人、バイトしているらしい」という情報が入っても、憶測だけで本人を呼び出すのは禁物です。まず会社としてやるべきことは、事実確認と証拠の収集です。具体的には以下のような情報が有効です。
- SNSへの投稿(勤務先と思われる場所・業務内容が特定できる投稿)
- 別の社員や取引先からの具体的な証言(日時・場所・内容を記録)
- アルバイト先が発行した給与明細や雇用契約書(本人が提出した場合)
証拠なしに事実認定を進めると、後の懲戒処分が「不当処分」として争われるリスクが高まります。記録は日時・情報源・内容を含めて書面で残しておきましょう。
本人へのヒアリングで「弁明の機会」を確保する
証拠が一定程度そろったら、本人へのヒアリングを行います。このとき重要なのは、「弁明の機会を与える」という手続きを正式に踏むことです。労働契約法第15条は、懲戒処分の有効要件として「適正な手続きを経ていること」を求めており、その中には本人が自分の言い分を述べる機会が含まれます。
ヒアリングは口頭だけで済ませず、事前に質問事項を記載した書面を渡し、回答も書面で提出してもらう形が理想的です。「アルバイトをしていた事実の有無」「期間・頻度・収入の有無」「主治医は就労を認めていたか」などを確認します。
メンタル不調者へのヒアリングは配慮が必要
休職の原因がうつ病や適応障害などのメンタル不調の場合、事実確認の面談が本人の症状を悪化させるリスクがあります。「指摘されたことで追い詰められた」という状況を防ぐために、次の点を心がけてください。
- 面談前に産業医や主治医に「面談実施の可否」を確認する
- 責め立てるような質問ではなく、事実を確認する中立的なトーンを保つ
- 面談には人事担当者と管理職の2名で臨み、記録を残す
- 面談後に本人の様子を確認し、必要であれば医療機関への連絡体制を整えておく
法的対応と心理的配慮は、どちらかを犠牲にする必要はありません。適切なプロセスを踏みながら、本人の状態に寄り添う姿勢が会社のリスク軽減にもつながります。
健康保険組合・協会けんぽへの報告と返納手続き
会社には報告・協力義務がある
事実確認が取れたら、速やかに健康保険組合または協会けんぽ(従業員が加入している保険者)へ連絡します。不正受給が疑われる場合、保険者は調査権を持っており、会社には調査への協力義務が生じます。連絡を遅らせたり、情報を隠したりすると、会社の管理責任が問われるリスクが高まります。
連絡の際は、判明した事実(アルバイトの期間・内容・頻度)と収集した証拠を整理して提出できるようにしておくと、その後の手続きがスムーズになります。
返還命令と法的ペナルティの内容を把握する
不正受給が認定された場合、健康保険法第214条に基づき、受給した金額の最大2倍の返還命令が出されます。延滞金が加算されることもあります。また、健康保険法第198条により、虚偽申告には6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される場合があります。悪質なケースでは刑法第246条の詐欺罪として刑事告訴に発展することもあります。
返還請求の当事者はあくまで不正受給した本人です。会社が肩代わりして返納する義務は原則ありませんが、事情によっては連帯責任が問われることもゼロではないため、弁護士や社会保険労務士への相談を早期に行うことを強くお勧めします。
返納手続きの実務的な流れ
返納手続きは、保険者(健康保険組合・協会けんぽ)が本人へ直接請求するのが原則です。会社としての実務対応は主に次の3点です。
- 保険者からの問い合わせ・調査に誠実に対応する
- 事業主証明欄の記載内容について問われた場合、正確に回答する
- 今後の申請書への記載内容の管理を強化する(記載ミス・虚偽証明の防止)
保険者側の調査が終わるまでには数週間〜数か月かかることもあります。その間も社内での懲戒手続きは並行して進めることができます。
就業規則に基づく懲戒処分の判断と進め方
就業規則に根拠条文があるかを確認する
懲戒処分が有効とされるためには、まず就業規則に根拠となる条文が存在することが必要です(労働契約法第15条)。確認すべき条文の例は「休職中の就労禁止」「副業・兼業の禁止または許可制」「不正行為の禁止」「会社の信用を傷つける行為の禁止」などです。
もし就業規則にこれらの規定がない場合でも、「信義則違反」や「雇用契約上の誠実義務違反」として処分が認められた判例は存在します。ただし、明文規定がないと処分が争われるリスクは格段に上がります。この機会に就業規則の整備を検討することが望ましいです。
処分の重さは「相当性の原則」で判断する
懲戒処分には段階があります。軽い順に、戒告・譴責(始末書提出)、減給、出勤停止、降格、そして最も重い懲戒解雇です。どの処分を選ぶかは、行為の重大性・悪質性・継続期間・本人の反省の程度・会社への損害などを総合的に考慮します。これを「相当性の原則」といいます。
たとえば、週1〜2回・短期間のアルバイトで本人も自覚なく行っていたケースと、数か月にわたり収入を得ながら申告もせず虚偽の診断書を提出していたケースでは、当然ながら処分の重さが異なります。処分の判断に迷う場合は、社会保険労務士や弁護士に相談することが安全です。
懲戒手続きで踏むべきプロセス
処分の内容が決まったら、以下の手順で手続きを進めます。まず弁明書(始末書)の提出を本人に求め、本人の主張を書面で確認します。次に、就業規則に定められた手続き(懲戒委員会の開催など)があればそれに従います。最後に処分決定通知書を書面で交付し、本人の署名・受領確認を取ります。
口頭だけで処分を伝えることは避けてください。後日「聞いていない」「そんな処分は合意していない」と争われるリスクがあります。書面による記録が、会社を守る最大の盾になります。
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再発防止のために今すぐ整備すべき社内ルール
就業規則に「休職中の行動規範」を明文化する
今回のような事案が起きる背景の一つには、「休職中に何をしてはいけないか」が社内で明確になっていないことがあります。就業規則に次のような条文を設けることで、今後の対応が格段にスムーズになります。
- 休職期間中は会社の許可なく就労・アルバイト・副業を行ってはならない
- 傷病手当金の申請にあたっては、就労状況を正確に申告しなければならない
- 虚偽の申告または不正受給が判明した場合、懲戒処分の対象とする
就業規則の変更には従業員への周知が必要です(労働基準法第89条・第106条)。変更後は全従業員へ配布・掲示を行い、受領確認書を取っておきましょう。
休職開始時のオリエンテーションを整備する
就業規則を整備するだけでなく、休職に入る際に会社から本人へ「休職中の注意事項」を書面で説明するプロセスを設けることが効果的です。傷病手当金の仕組み・申請方法・アルバイト禁止のルール・復職の条件などを記載した「休職ガイドライン」を用意しておくと、本人が無自覚に規則を破るケースを未然に防げます。
また、休職中も月1回程度の状況確認(メールや電話)を定期的に行うことで、異変の早期察知にもつながります。管理が行き届いていない状態が長期間続くと、今回のような問題が発生しやすくなります。
専門家との連携体制をあらかじめ構築しておく
中小企業では、こうした問題が起きてから初めて社会保険労務士や弁護士を探すケースがほとんどです。しかし、「発覚→相談」では対応が後手に回ります。平時から顧問社労士・産業医・メンタルヘルス支援の専門機関と連携体制を整えておくことが、結果的に会社を守ります。
特に休職・復職対応に特化した支援を提供している専門機関との関係構築は、今後増加が見込まれるメンタル不調による休職案件にも有効です。
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まとめ
傷病手当金の不正受給が発覚した際に会社が取るべき対応は、大きく「事実確認と証拠収集」「健康保険組合・協会けんぽへの報告と返納手続きへの協力」「就業規則に基づく懲戒処分の実施」という流れになります。それぞれのステップで書面による記録を徹底し、本人への弁明機会を適切に確保することが、会社を法的リスクから守る鍵です。
また、このような問題が起きた後には必ず就業規則の整備と休職ガイドラインの作成に着手し、再発防止の仕組みを整えることが重要です。メンタル不調の従業員への対応は、法的手続きと心理的配慮の両立が求められる、専門性の高い領域です。
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よくある質問
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