「また今月も1ヶ月の診断書が届いた。いつまで続くのか、見通しが全く立たない……」。休職対応を抱える経営者・人事担当者から、こうした声をよく聞きます。診断書が毎月更新されるたびに業務計画が狂い、「主治医に会社の実態を知ってほしいが、連絡していいのかわからない」という不安が積み重なっていきます。この記事では、主治医への連絡の可否を法的・実務的に整理したうえで、会社が取れる具体的な対応手段をわかりやすく解説します。
会社から主治医に直接連絡できるのか
結論から言えば、会社が主治医に一方的に電話・メールで連絡し、診断内容を聞き出すことは原則として避けるべきです。ただし、「情報を伝える」手段は存在します。
主治医が守る「守秘義務」とは
医師は医師法および刑法第134条に基づく守秘義務を負っています。患者(従業員)の同意なく、第三者である会社に診断内容・病状を開示することは原則として禁じられています。また、従業員の医療情報は個人情報保護法第2条第3項が定める「要配慮個人情報」にあたり、取り扱いには慎重さが求められます。
会社側が「知りたい」という気持ちから主治医に直接電話しても、主治医は診断内容を話すことができません。それどころか、本人が「会社から連絡があった」と知った場合、信頼関係の悪化やトラブルの引き金になるリスクがあります。
会社からのアプローチが「できること」と「できないこと」
整理すると、次のようになります。
| 行為 | 可否 | 条件・注意点 |
|---|---|---|
| 主治医に電話して診断内容を聞く | 原則✕ | 患者の同意なく情報収集は守秘義務に抵触するリスク |
| 情報提供書を本人経由で主治医に送る | ○ | 本人への情報共有・同意が前提 |
| 本人の同意書を取得したうえで主治医と連絡 | 条件付き○ | 同意書の範囲・内容を明確にすること |
| 産業医を通じて主治医に情報連携 | ○(推奨) | 産業医選任がある場合。医師同士の連携として最も適切 |
「情報を伝えること」と「情報を得ること」は別物
多くの経営者が混同しがちですが、「主治医に連絡する」には二つの目的があります。ひとつは診断内容を聞き出すこと(情報収集)、もうひとつは職場の実態・対応経緯を主治医に知ってもらうこと(情報提供)です。前者は原則不可ですが、後者は適切な手続きを踏めば実行できます。この区別を押さえておくことが、実務対応の出発点になります。
「情報提供書」を使って主治医に職場の実態を伝える
会社が主治医に職場環境や対応経緯を伝えるための正規の手段が、「情報提供書(会社情報提供書)」の活用です。厚生労働省のガイドラインでも推奨されている方法で、適切に活用すれば診断の精度向上につながることがあります。
情報提供書とは何か
情報提供書とは、会社が主治医に対して職場の状況を文書で伝えるための書類です。具体的には、従業員が担当していた業務内容・労働時間・職場での対応経緯・職場環境の改善状況などを記載します。診断書に「業務による強いストレス」と書かれているケースでも、会社側が取り組んだ改善措置や実態を伝えることで、主治医がより正確な状況を把握して診断の参考にできる場合があります。
情報提供書の渡し方
情報提供書は、従業員本人を経由して主治医に渡すのが基本的な流れです。会社から直接主治医に郵送・メールするのではなく、「主治医に渡してください」と本人に依頼します。この際、本人に書類の内容を開示し、「主治医に職場の状況を伝えたい」という趣旨を説明したうえで同意を得ることが重要です。
なお、この情報提供書を受け取った主治医が診断の参考にするかどうかは、あくまで主治医の裁量に委ねられます。「渡せば必ず反映される」とは限りませんが、伝えること自体に意味があります。
産業医がいる場合は医師同士の連携が最善
従業員数50人以上の事業所では産業医の選任が義務付けられていますが、50人未満の企業でも産業医と契約しているケースがあります。産業医がいる場合は、産業医を通じて主治医に情報提供書を送る「医師間連携」が最も適切な方法です。医師同士の連絡はスムーズで、主治医側も受け取りやすい。産業医のいない中小企業では、本人経由のルートを丁寧に進めることが現実的な選択肢になります。
診断書が毎月1ヶ月更新される理由と見通しの立て方
診断書が毎回1ヶ月で更新される背景には、主治医の実務慣行と医学的判断の性質があります。「終わりが見えない」と感じるのは当然ですが、構造を理解すると対応が変わってきます。
主治医が短期間の診断書を出す理由
主治医の診断書は「現時点での状態」を記載するものです。メンタルヘルス疾患の回復経過は個人差が大きく、主治医の立場では「3ヶ月後の状態」を断言することが難しいため、1ヶ月ごとに状態を確認しながら更新するスタイルが一般的です。これは主治医が「引き延ばそうとしている」わけではなく、医師の実務慣行として定着しているものです。
休職期間の「終わり」を設定するのは就業規則の役割
診断書の更新がいつまでも続く状況に歯止めをかけるのは、法律ではなく就業規則です。就業規則に「休職期間の上限(例:勤続年数に応じて3ヶ月〜1年)」と「期間満了による自然退職の規定」が明記されていれば、会社は期間を区切る根拠を持てます。この規定が整備されていないと、診断書が更新されるたびに休職が延長し続け、会社側が打つ手を失います。
まだ就業規則を整備していない、あるいは休職に関する規定が曖昧なままの企業は、早急に見直すことをお勧めします。
休職満了前に「復職判断プロセス」を定めておく
休職満了が近づいてから慌てて動くのではなく、休職開始の段階から「いつごろ、どのような手順で復職可否を判断するか」を社内で定めておくことが重要です。具体的には、復職面談の実施タイミング、職場復帰支援プランの策定、試し出勤(リハビリ出勤)の導入可否などを事前に整理しておくと、見通しが格段に立てやすくなります。
「対応の流れが複雑で、どこから手をつけたらいいかわからない」という場合は、スポット相談を活用して専門家に整理してもらう選択肢も有効です。
「主治医が復職可と書いた診断書」をそのまま受け入れる必要はない
主治医が「復職可」と記載した診断書を持参されたとき、会社はその判断に拘束されるわけではありません。復職の最終判断は会社が行うというのが、法的にも実務的にも正しい理解です。
主治医の判断と会社の判断は「基準」が違う
主治医が評価するのは「日常生活を送れる程度に回復しているか」という医学的な観点です。一方、会社が判断すべきは「当該従業員が、この業務・この職場環境に復帰できるか」という職業的な観点です。この二つは基準が異なります。主治医が「復職可」と書いても、職場での業務負荷・人間関係・役割などを考慮したとき、会社として「まだ時期尚早」と判断する余地は十分にあります。
会社独自の復職判断基準を整備する意義
最高裁判例(片山組事件・最高裁平成10年4月9日)は、従業員が従前の業務に就けない場合でも、他の軽易な業務に就くことができれば就労義務を負うという判断を示しています。この判例は、会社側が「業務内容・環境を踏まえた総合的な復職判断」に関与できることを示唆するものでもあります。主治医の診断書はあくまで参考資料のひとつ。会社として独自の復職判断基準(試し出勤の運用ルール・復職面談の実施・産業医の意見聴取など)を整備しておくことが、適切な対応につながります。
復職を急がせる従業員への対応
「主治医に復職可と言われた」と従業員側から強く復職を求められるケースもあります。このとき、会社側が「もう少し様子を見たい」と判断する場合は、その根拠を説明できることが重要です。「就業規則に定めた復職手続きに沿って判断します」と伝えられるかどうかが、トラブル防止の分岐点になります。感情論ではなく、社内ルールに基づいた対話ができる環境を整えておきましょう。
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休職中の従業員への連絡はどこまで許されるか
主治医への連絡と並んで、休職中の従業員本人への連絡の線引きも、多くの企業が迷うポイントです。「連絡しすぎてはいけない」と思いつつ、実務上どうしても接触が必要な場面は存在します。
連絡が必要な「実務的な場面」とは
休職中であっても、次のような場面では会社から連絡を取ることが認められます。
- 傷病手当金の申請書類への事業主証明の依頼・受け渡し
- 月次の診断書提出の確認
- 業務の引き継ぎ事項の確認(最小限・書面ベースが望ましい)
- 復職に向けた面談日程の調整
これらは業務上必要な連絡であり、本人の療養を妨げない範囲で行うことが前提です。
「連絡しすぎ」が招くリスク
一方、業務の進捗確認・クライアントへの対応依頼・復職の催促など、療養に関係しない連絡を繰り返すことは、場合によっては「休業中の就労強制」や「ハラスメント」と主張される材料になり得ます。連絡の頻度・内容・手段(電話よりメール・書面が望ましい)について、社内でルールを決めておくことが重要です。
休職初期に「連絡ルール」を取り決めておく
休職が始まる段階で、本人・会社の双方が合意したうえで「月に一度、メールで状況を確認する」「診断書は郵送で提出してもらう」などの連絡方法を文書で取り決めておくと、後のトラブルを防ぎやすくなります。この取り決めを休職開始時の案内書面に盛り込んでおくことをお勧めします。
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まとめ
休職診断書が毎月更新される状況への対応は、「主治医に直接連絡することの可否」から整理することが出発点です。主治医への一方的な連絡は守秘義務の観点から原則として避け、職場の実態を伝えたい場合は「情報提供書を本人経由で渡す」という正規ルートを活用しましょう。産業医がいる場合は医師間連携が最も確実です。
また、休職の長期化を防ぐためには就業規則に休職期間の上限・自然退職規定を整備すること、主治医の「復職可」診断書をそのまま受け入れるのではなく会社独自の復職判断基準を設けることが重要です。これらの仕組みを整えないまま対応を続けると、対応の長期化・トラブルのリスクが高まります。
こうした整備は、人事だけで完結させるのは難しいもの。外部の専門家に相談しながら、自社に合った仕組みを構築することが現実的です。ウェルセンス株式会社では、就業規則の整備から休職・復職支援の仕組みづくりまで、専任人事のいない中小企業に寄り添ったサポートをご提供しています。
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