ある朝、幹部社員が逮捕されたという連絡が入った——会社として何をすべきか、給与はどうするか、すぐに解雇できるのか。こうした場面は突然やってきます。専任の人事担当者がいない中小企業では、経営者や兼務担当者が法律の知識もないまま、その日のうちに判断を迫られることも少なくありません。この記事では、社員が逮捕された場合の自宅待機命令の根拠、給与の取り扱い、懲戒処分のタイミングまでを、フェーズごとに整理してお伝えします。
自宅待機を命じることはできるのか
結論から言えば、逮捕の事実を把握した時点で会社は社員に自宅待機を命じることができます。ただし、その根拠と手続きを正しく押さえておかないと、後のトラブルにつながります。
自宅待機命令の法的な根拠
自宅待機命令は「懲戒処分」ではなく、会社が職場秩序や業務の安全を守るために行う「保全的措置」です。就業規則に自宅待機条項または懲戒手続き中の措置に関する条項があれば、その規定が根拠となります。就業規則に明示的な規定がない場合でも、労働契約上の指揮命令権に基づき一定範囲での命令は可能とされていますが、明文の規定がないと後で争いになるリスクが高まります。
まず確認すべきは自社の就業規則です。「自宅待機」「出勤停止」「懲戒委員会審議中の措置」などの文言があるかどうかをチェックしてください。就業規則がそもそも存在しない、または古くて対応条項がない場合は、早急に整備を検討する必要があります。
自宅待機命令を出す際の実務上の注意点
自宅待機命令は口頭だけでなく、必ず書面(メール・書留郵便でも可)で発令してください。「いつから、いつまで、どのような理由で自宅待機を命じるか」を明記することが重要です。また、自宅待機はあくまで「待機」であり、社員はいつでも呼び出しに応じられる状態にある必要があります。旅行や転居などを勝手に行うことを禁じる旨も書面に盛り込んでおくと、後のトラブル防止になります。
自宅待機中の給与は払うべきか
「働かせていないのに給与を払わなければならないのか」——これが実務で最も多い疑問です。答えは「状況によって異なる」であり、誰の都合で休ませているかが判断の分岐点になります。
「会社都合」か「本人都合」かで賃金の扱いが変わる
会社が保全的措置として自宅待機を命じた場合、それは「使用者の責に帰すべき事由による休業」と解される可能性があります。この場合、労働基準法第26条に基づき、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務が生じます。一方、逮捕・勾留によって本人が物理的に出勤できない状態(身柄拘束)の場合は、「本人の責に帰すべき事由」にあたるとして無給扱いが認められます(民法第536条第2項の反対解釈)。
| 状況 | 賃金の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 会社が命じた自宅待機(保全的措置) | 原則として休業手当の支払い義務あり(平均賃金の60%以上) | 労働基準法第26条 |
| 逮捕・勾留による身柄拘束で本人が出勤不能 | 無給扱いが可能 | 民法第536条第2項の反対解釈 |
| 就業規則に「起訴休職」規定がある場合 | 起訴後に休職へ移行し、無給または一部支給とすることができる | 就業規則(合理的な規定が前提) |
起訴休職制度とは何か
就業規則に「起訴休職」の規定がある場合、社員が起訴された段階で休職命令を発令し、その期間を無給または一部支給とすることが判例上も認められています。これは最高裁の一連の判断(国鉄中国支社事件・昭和49年等)の流れを踏まえた実務的な対応です。起訴休職の規定がない場合は、起訴後も賃金を無給にできる根拠が薄くなるため、就業規則の整備状況を必ず確認してください。
なお、自宅待機中に給与を止めた後、社員が不起訴・無罪になった場合は未払い賃金の精算が生じる可能性があります。性急に無給対応を取ることで会社側がリスクを抱えるケースもあるため、判断が難しい場合は社会保険労務士や弁護士への相談を強くお勧めします。
逮捕から判決までのフェーズ別対応
社員が逮捕されてから判決が確定するまでには複数の段階があり、会社がとれる対応はフェーズごとに異なります。フェーズを整理して動くことで、見切り発車による解雇トラブルを防ぐことができます。
逮捕直後から起訴判断まで
逮捕後、警察による送検は原則72時間以内に行われ、その後検察官による勾留請求が行われます。勾留期間は原則10日間で、延長を合わせると最大20日間に及びます。この間、会社がまずすべきことは事実確認です。本人や家族への連絡、報道確認、関連する業務・取引先・顧客への影響を把握することを優先します。
この段階での自宅待機命令は保全的措置として発令し、賃金は原則支払いを継続します(身柄拘束が明確な場合は無給対応の検討余地あり)。また、就業規則の起訴休職規定や懲戒規定を確認し、次のフェーズへの準備を始めてください。
起訴後から判決確定まで
検察が起訴した段階で、就業規則に起訴休職の規定があれば休職命令を発令できます。この時点から無給または一部支給への移行が可能になります。懲戒解雇や諭旨解雇の検討はこのフェーズで具体化しますが、まだ有罪が確定しているわけではないため、不起訴や無罪になる可能性を念頭に置いた慎重な判断が必要です。
判決確定後に有罪となった場合は、就業規則の解雇事由に該当するかを確認したうえで懲戒解雇を実行します。不起訴・無罪となった場合は職場復帰を検討しますが、その際は自宅待機中の未払い賃金の精算リスクや、職場への復帰ポスト・業務内容の調整も合わせて検討が必要です。
業務外の犯罪でも懲戒処分はできるのか
「プライベートでの出来事なのに会社が処分していいのか」と迷う経営者は少なくありませんが、業務外の行為であっても懲戒処分の対象となるケースがあります。
懲戒処分が認められる条件
判例(最高裁・日本鋼管事件・昭和49年)の考え方を踏まえると、業務外の行為であっても、会社の社会的信用・名誉を著しく傷つけた場合や、職場秩序に重大な影響を及ぼした場合には、懲戒処分の対象になりえます。たとえば飲酒運転による死傷事故、痴漢、詐欺など、社会的に重大な犯罪はこれに該当する可能性があります。
ただし、懲戒処分が有効とされるには、就業規則に懲戒事由として明記されていること、処分の内容が事案の重大性に照らして均衡がとれていることが必要です。就業規則の懲戒規定が古い・曖昧な場合は、専門家への確認が不可欠です。
即時解雇のリスクと慎重判断の必要性
逮捕の事実だけで即時に懲戒解雇を行うことは、非常にリスクが高い対応です。逮捕はあくまで「捜査機関が身柄を拘束した」という段階であり、有罪が確定したわけではありません。不起訴や無罪になった場合、不当解雇として損害賠償請求や地位確認訴訟に発展するおそれがあります。解雇に踏み切るタイミングは、事案の内容・重大性・職場への影響を慎重に見極めたうえで、社労士や弁護士と連携して決定することを強くお勧めします。
🔗 給与・懲戒・復職の判断は、専門家との相談で見切り発車のリスクを確実に回避できます。 →
社内への情報管理と他の社員へのケア
逮捕の情報が社内に広まった場合、チームの動揺や業務停止リスクへの対応も経営者・人事担当者の重要な役割です。対外的な情報管理と並行して、在籍社員へのフォローも忘れずに行いましょう。
情報開示の範囲をあらかじめ決める
逮捕情報の社内開示は、必要最低限の関係者にとどめることが基本です。噂の拡散を防ぐためにも、「誰に・どこまで・どのタイミングで伝えるか」を早期に決定し、担当者を絞って情報管理してください。報道が出た場合は、社員への簡潔な事実説明(「現在確認中」「適切に対応中」等)を行い、憶測が広がらないようにします。
残った社員の不安やメンタルへのフォロー
逮捕された社員と共に働いていた同僚・部下には、不安・混乱・業務の引き継ぎ負担が生じます。特に規模の小さい職場では一人の不在が業務に直結するため、マネージャーや経営者が早期に「業務体制は整えている」「不安があれば話してほしい」というメッセージを出すことが重要です。状況によっては、外部の相談窓口(EAP・産業カウンセラー等)の活用も選択肢となります。
給与・懲戒・復職の判断は、税理士や顧問弁護士だけでは難しい場合も。社労士などの人事専門家との相談で、リスク回避をスムーズに進めることができます。
🔗 逮捕対応は人事だけで判断しない。複合課題こそ、専門家の早期サポートが大きな違いを生みます。 →
まとめ
社員が逮捕された場合、会社は就業規則の根拠に基づき自宅待機を命じることができます。給与の扱いは「会社が命じた保全措置か」「本人の身柄拘束による欠勤か」によって異なり、起訴後は起訴休職規定があれば無給対応も可能になります。懲戒処分・解雇は逮捕の事実だけで即断せず、起訴・判決のフェーズを踏まえた慎重な対応が不可欠です。業務外の犯罪であっても処分の対象となりえますが、就業規則の整備と専門家との連携が前提になります。
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