内定承諾後に給与条件が下がった場合の3つの対応手順

内定承諾後に給与条件が下がった場合の3つの対応手順 コンプライアンス
Photo by Sora Shimazaki on Pexels

「給与テーブルを見直したら、すでに内定承諾している人がいた——どう対応すればいい?」採用活動の途中で制度改定が重なると、こうした想定外の事態が起きます。内定承諾後に給与条件が変わる場合、会社には法的な通知義務が生じており、対応を誤ると内定者から差額賃金や損害賠償を請求されるリスクがあります。この記事では、通知義務の根拠から労働条件通知書の再発行手順、内定辞退が起きた場合のリスク管理まで、専任人事がいない会社でも実行できる対応手順を具体的に解説します。

内定承諾後の給与変更が「契約変更」にあたる理由

内定承諾の時点で、会社と内定者の間にはすでに労働契約が成立しています。そのため、給与条件の変更は「新規の条件提示」ではなく「既存の労働契約の変更」として扱われます。

内定は労働契約の成立を意味する

内定の法的性質は「解約権留保付労働契約」です。最高裁判所昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)において、採用内定の成立によって労働契約が締結されると判示されています。「まだ入社前だから条件を変えても問題ない」という考え方は法的に誤りです。内定通知書や採用条件通知書に記載された給与は、すでに契約内容の一部になっています。

一方的な変更は原則として無効になる

労働契約法第8条は、労働契約の内容を変更するには使用者と労働者の合意が必要と定めています。また同法第9条では、就業規則の変更による不利益な条件変更は原則として労働者の合意なしには認められないと規定しています。給与テーブルの改定(就業規則変更)によって内定承諾者の提示条件を引き下げる場合も、この論理が適用される可能性が高いと考えておく必要があります。

なお、就業規則の変更が有効になる例外として「変更の合理性」と「労働者への周知」が必要(労働契約法第10条)とされていますが、入社前の内定者に就業規則の変更効力が直ちに及ぶかどうかは法解釈上の議論があります。実務上は個別に合意を取り付けることが最も安全な対応です。

「入社後に就業規則が適用されれば問題ない」は誤解

よくある誤解として、「入社後に改定済みの就業規則が適用されるから、内定者への説明は不要」という考え方があります。しかし、内定承諾時に提示した条件と入社後の条件が異なる場合、内定者は「説明された条件で契約した」として差額の賃金請求や損害賠償請求を起こせる立場にあります。黙って入社させることは、後のトラブルの火種になります。

会社が果たすべき通知義務の内容

給与条件が変わることが確定した時点で、会社は内定者に対して変更後の条件を書面で明示する義務を負います。この義務を果たさずに入社日を迎えることは、労働基準法違反に該当する可能性があります。

労働基準法第15条が根拠になる

労働基準法第15条は、使用者が労働契約を締結する際に賃金・労働時間などの主要な労働条件を労働者に明示しなければならないと定めています。内定承諾によって労働契約が成立している以上、その契約内容(給与条件)が変わるならば、変更後の内容を改めて書面で明示することが求められます。これは「努力義務」ではなく、違反した場合に30万円以下の罰金が科される可能性のある義務です(労働基準法第120条)。

電子交付は条件付きで認められる

令和6年4月施行の省令改正により、労働条件通知書の電子交付が一定要件のもとで認められるようになりました。具体的には、内定者が電子書面での受領に同意していること、ファイルの出力・保存が可能な形式であることなどが要件です。メール本文での通知だけでは要件を満たせない場合があるため、PDFファイルの添付やクラウドサービスの活用など、受領確認が記録に残る方法を選ぶことが重要です。

説明のタイミングは「変更確定後できるだけ早く」

通知のタイミングについて法令に明確な期限の定めはありませんが、「変更が確定した時点でできる限り早期に、遅くとも入社日までに」というのが実務上の原則です。入社直前や入社当日に伝えることは、内定者が判断する時間を奪うことになり、誠実な対応とは言えません。変更の確定から入社日まで時間的な余裕がある場合は、書面送付とあわせて口頭(または電話・オンライン面談)での説明を行い、内定者の疑問に答える機会を設けることが望ましいです。

実務で行う対応手順

内定承諾後の給与条件変更への通知義務を果たしながら内定者の信頼を損なわないために、まず変更内容を確定させ、次に書面を再発行し、最後に内定者から合意を得るという流れで進めます。

変更内容を文書として整理する

最初に行うべきことは、変更前と変更後の条件を比較した内部資料を作成することです。「当初提示した月給」「改定後の月給」「差額」「変更の理由」を明確にしておくことで、内定者への説明が一貫します。また、後日トラブルになった場合にも、会社側が誠実な手続きを踏んだことを示す記録として機能します。

確認項目 内容
当初提示した給与条件 内定通知書・採用条件通知書に記載された金額・等級
改定後の給与条件 新給与テーブル上の等級・金額
変更の理由 給与制度改定の背景・目的(例:全社的な評価制度の見直しなど)
変更の発効日 入社日か、それ以降の特定日か
内定者への影響 増額・減額・変化なしのいずれか、変動額

労働条件通知書を再発行する

変更内容が確定したら、変更後の条件を反映した労働条件通知書を新たに作成して内定者に交付します。「既存の通知書を訂正印で修正する」方法は書類の信頼性が下がるため、基本的には新しい書類として発行し直すことを推奨します。再発行した書類には「令和○年○月○日付 採用条件通知書(改訂版)」などと明記し、以前の書類との関係を明確にしておきましょう。

就業規則が整備されている会社の場合は、変更後の給与テーブルを定めた就業規則(または賃金規程)の関連箇所を抜粋して添付すると、変更の根拠が明確になります。就業規則がない30人未満の会社では、改訂版の通知書と変更理由を記した説明文書をあわせて渡すことで代替できます。

内定者から合意を得て記録を残す

書面を交付するだけでなく、内定者が変更内容を了解したことを確認する手続きが必要です。具体的には、変更後の条件通知書に内定者自身が署名・押印した「合意書」または「受領確認書」を返送してもらう方法が有効です。メールでの確認の場合は、内定者が「変更内容を確認し、同意します」と明示的に記載した返信を保存しておきましょう。この記録が後日のトラブル防止に直接役立ちます。

内定者への伝え方と心理的ハードルの越え方

給与が下がる事実を正直に伝えることへの心理的抵抗から、説明を先延ばしにするケースが少なくありません。しかし、曖昧なまま入社日を迎えることは法的リスクと信頼失墜の両方を招きます。

「隠す」より「説明する」ほうがリスクが低い

「条件が下がったと伝えると辞退されるかもしれない」という不安は理解できます。しかし、何も伝えずに入社させた場合、内定者は「だまされた」と感じてすぐに退職するか、法的手段に訴える可能性があります。採用コストや職場環境への悪影響を考えると、正直に伝えて辞退されるほうが結果的に会社の損失は小さくなるケースがほとんどです。

説明の場を設けて誠実に話す

書面送付だけでなく、担当者が電話またはオンライン面談で直接説明する機会を設けることが重要です。その場では次の点を丁寧に伝えましょう。まず、変更の理由(制度全体の見直しであり、特定の内定者を狙ったものではないこと)を説明します。次に、変更後の条件と昇給の仕組みを具体的に示します。そして、内定者が疑問や懸念を率直に話せる時間を設けます。「伝え方が誠実かどうか」が、内定者の最終的な判断を大きく左右します。

内定辞退が起きた場合の法的リスク

会社が条件変更を行った結果として内定者が辞退した場合、会社から内定者への損害賠償請求は実務上ほぼ認められません。むしろリスクは会社側にあります。

内定辞退への損害賠償請求は認められにくい

内定者からの辞退は、民法第627条により原則として2週間前の通知で可能です。会社が条件変更を原因として内定者が辞退した場合は、変更を行った会社側に帰責性があると判断されやすく、会社からの損害賠償請求は実務上認められる可能性がほとんどありません。「採用にかかったコストを請求したい」という相談を受けることがありますが、こうしたケースで会社側が勝訴した事例はきわめて少ないです。

条件変更を理由に内定取消しをする場合は慎重に

内定者が条件変更への同意を拒否したことを理由に会社が内定取消しを行う場合、労働契約法第16条(解雇権濫用法理)が類推適用されるという考え方が有力です。すなわち、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ取消しは無効とされる可能性があります。給与を下げる改定に同意しないことは、内定者にとって正当な意思表示であり、それだけを理由とした内定取消しは合理性を欠くと判断されるリスクが高いです。

会社が逆に請求される可能性がある

内定者が変更後の条件で入社させられたと主張する場合、内定承諾時に提示した給与との差額賃金請求や、精神的損害に対する慰謝料請求を行う可能性があります。また、「入社を前提に前職を退職したのに、入社後に異なる条件を強いられた」という状況は、内定者の損害が明確なため、会社側が不利な立場になりやすいです。適切な手続きを踏まないことのコストは、手続きの手間より大きくなる場合があります。

まとめ

内定承諾後に給与条件が変わった場合、会社は(1)変更内容を文書で整理する、(2)変更後の条件を反映した労働条件通知書を再発行する、(3)内定者から合意を得て記録を残す、という3つの手順を踏む必要があります。内定承諾の時点で労働契約は成立しており、一方的な条件変更は原則として無効です。会社が条件変更を原因とした内定辞退に対して損害賠償を請求することは実務上難しく、むしろ適切な説明と合意なしに入社させた場合に会社側がリスクを負います。専任人事がいない環境では、こうした「想定外の事態」が発生したときに判断の根拠となる知識が特に重要です。

ウェルセンス株式会社では、採用・内定管理から休職復職対応まで、中小企業の人事労務課題をワンストップでサポートしています。内定承諾後の給与条件変更への対応方法や、自社のケースでの具体的な手順についてお悩みの場合は、まずはお気軽にご相談ください。法的リスクを最小化しながら、内定者との信頼関係を築く対応をお手伝いします。

よくある質問

Q. 給与が上がる方向の変更でも、内定者に通知する必要がありますか?

A. はい、必要です。内定者にとって有利な変更であっても、当初交付した労働条件通知書の内容と実際の条件が異なる場合は、変更後の内容を反映した書類を再発行することが労働基準法第15条の趣旨に沿った対応です。変更内容を正確に書面で示しておくことで、入社後の認識のズレも防げます。

Q. 内定者が条件変更に同意しない場合、内定取消しはできますか?

A. 同意しないこと自体を理由とした内定取消しは、法的に非常にリスクが高いです。内定取消しには客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要とされており(労働契約法第16条の類推適用)、「給与引き下げに納得しない」という理由だけでは取消しの合理性が認められない可能性が高いです。対応に迷う場合は社労士や弁護士に相談することを強くお勧めします。

Q. 労働条件通知書の再発行は、メールで送るだけでよいですか?

A. 電子交付は内定者が同意している場合に限り認められますが、メール本文のみでは要件を満たせない場合があります。PDFファイルを添付し、内定者から「受領・確認しました」という返信を得る形が望ましいです。紙での郵送に比べて電子交付は記録が残りやすい利点がありますが、交付した事実と内定者の同意内容をしっかり保存しておくことが重要です。

Q. 就業規則がない会社でも同じ対応が必要ですか?

A. 就業規則の作成・届出義務は常時10人以上の労働者を使用する事業場に生じますが(労働基準法第89条)、就業規則がない会社でも労働条件の明示義務(労働基準法第15条)や労働契約法上の合意変更の原則は同様に適用されます。就業規則がない場合は、改訂版の労働条件通知書と変更理由を説明した文書をあわせて交付することで対応してください。

Q. 内定者に変更を伝えたら辞退された場合、採用活動にかかったコストを請求できますか?

A. 会社が条件変更を行ったことを原因とした辞退の場合、変更を行った側(会社)に帰責性があるため、採用コストを内定者に請求することは実務上ほぼ認められません。内定者は提示された条件の変更を知って辞退する権利を持っており、その行使に対して損害賠償を求める法的根拠は薄いと考えておくことが現実的です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました