「もう更新しないつもりだけど、何をどう準備すればいいのか、正直わからない」——有期契約社員の雇止めを検討するとき、多くの中小企業の担当者がこの状態に直面します。予告すれば問題ないと思っていたら実は書類が足りなかった、あるいは何年も更新してきた社員に対して突然雇止めを告げてトラブルになった、というケースは少なくありません。この記事では、就業規則への判断基準整備から書面交付・記録管理まで、雇止めを適法に行うための3ステップを実務目線で解説します。
「雇止め」が無効になるリスクを正しく理解する
有期契約社員の雇止めは、要件を満たさない場合に法律上「無効」と判断されることがあります。まずこのリスクの全体像を把握することが、整備の出発点になります。
雇止め法理とは何か
労働契約法第19条は「雇止め法理」を定めており、一定の条件を満たす有期契約の雇止めには、解雇と同等の「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」が必要とされます。具体的には、次のいずれかに該当する場合にこの法理が適用されます。
- 過去に反復更新されており、雇止めが「解雇と社会通念上同視できる」と認められる場合
- 労働者が契約更新を期待することに「合理的な理由」がある場合
たとえば、3年間・6回更新してきた社員を突然「今回から更新しない」と告げた場合、契約書に不更新の可能性を明記していたとしても、実態から見て更新への合理的期待が認められれば法理が適用されます。
「契約書に書いてあるから大丈夫」という誤解
「契約書に”更新しない場合がある”と記載してある」という理由だけで安心している経営者・担当者は多いですが、これは不十分です。裁判・労働審判では、契約書の文言だけでなく、実態の積み重ねが重視されます。たとえば、以下のような事情があれば、雇止め法理が適用されるリスクが高まります。
- 正社員と同等の基幹的業務を長期にわたって担っていた
- 上司が「ずっといてもらいます」などの発言をしていた
- 毎回形式的に契約書を交わすだけで、実質的な審査なく更新し続けていた
書面の整備と同時に、日常の言動や業務管理のあり方も見直す必要があります。
評価を理由にした雇止めで求められること
「仕事ができないから更新しない」という理由は、それ自体は雇止めの根拠になり得ます。ただし、その評価が客観的で公正なプロセスを経たものであること、評価内容が本人に事前に伝えられていること、改善の機会が与えられていたことが求められます。評価の事実が口頭のみで記録に残っていなければ、法的には「評価が行われていなかった」と見なされるリスクがあります。
就業規則に更新判断基準を明記する
雇止めの法的リスクを下げる最初の一手は、就業規則(または有期契約社員向けの別規程)に更新判断基準を明文化することです。基準が書かれていなければ、何を根拠に雇止めしたのかを説明できません。
就業規則整備が必要なケースの確認
常時10名以上の労働者を使用する事業場には、就業規則の作成・労働基準監督署への届出義務があります(労働基準法第89条)。10名未満であっても、有期契約社員がいる場合は就業規則または雇用条件通知書に更新基準を記載することが強く推奨されます。なお、2024年4月施行の改正労働基準法施行規則により、有期契約の締結・更新時に「更新しない場合の判断基準」を書面で明示することが義務化されています。これは従業員数を問わず全事業主が対象です。
更新判断基準として盛り込むべき項目
就業規則または別規程に記載する更新判断基準は、抽象的な表現では意味をなしません。評価者が実際に使えるよう、具体的な評価項目を列挙することが重要です。以下は盛り込むべき主要項目の例です。
| 評価カテゴリ | 具体的な評価項目例 |
|---|---|
| 業務遂行能力 | 担当業務の達成状況、品質・精度、スキル習得の進捗 |
| 勤務態度・規律 | 出勤率、遅刻・早退の頻度、職場内ルールの遵守 |
| 協調性・コミュニケーション | チームへの貢献度、上司・同僚との連携状況 |
| 業務量・会社の状況 | 業務量の変化、経営状況、担当ポストの継続必要性 |
| 本人の意向 | 継続就労の意思、雇用形態変更の希望の有無 |
就業規則には「次の事項を考慮し、総合的に更新の可否を判断する」という形で上記項目を列挙し、評価者が恣意的に判断できない構造にしておくことがポイントです。
2024年改正対応:契約書への明示義務
2024年4月以降、有期労働契約の締結・更新ごとに、更新上限(通算契約期間・更新回数の上限)の有無、更新しない場合の判断基準、無期転換申込権の発生とその後の労働条件を書面で明示することが義務付けられました。就業規則で基準を定めるだけでなく、個別の雇用契約書または別紙にこれらを記載して交付する体制が必要です。既存の契約書フォーマットを見直し、この内容が漏れていないか確認してください。
評価記録と面談記録を「残す仕組み」をつくる
就業規則に基準を書いても、評価の実施記録がなければ雇止めの正当性を証明できません。記録を残す仕組みを制度として整備することが、次の重要なステップです。
評価記録に必要な要素
評価記録は、後から「この時点でこの評価をした」と立証できる形式で残す必要があります。最低限、以下の要素を含めることを基本とします。
- 評価実施日・評価者氏名・被評価者氏名
- 評価期間(いつからいつまでの業務を評価したか)
- 評価項目ごとの評価内容(具体的な事実・行動を記述する)
- 評価結果の総合判定(更新可・条件付き更新・更新不可など)
- 本人へのフィードバック実施日と主な内容
- 本人のサインまたは確認記録(押印でも口頭確認の記録でも可)
重要なのは「具体的な事実の記述」です。「やる気がない」「仕事が遅い」だけでは不十分で、「〇月〇日、〇〇の作業で納期を3日超過し、顧客からクレームが発生した」のように、日時・内容・影響を記録します。
面談の記録様式と実施タイミング
更新の判断時期と、面談の実施・記録タイミングには注意が必要です。契約満了の少なくとも30日前には不更新の予告が必要ですが、実務的には契約満了の2〜3か月前には「今後の見通し」を含めた面談を行い、記録に残しておくことが安全です。面談記録には、面談日時・場所・参加者・主な内容・本人の発言・次のアクションを記録します。面談記録は担当者だけで保管するのではなく、人事ファイルに綴じて組織として管理できる体制にします。
口頭指導を「なかったこと」にしない工夫
問題行動や業務上の課題を口頭で注意・指導した事実も、後から証明できなければ法的には意味を持ちにくくなります。上司が口頭で指導した場合は、その日のうちに指導記録(日時・内容・本人の反応)をメモとして残し、メールでも指導内容を送付しておくと二重の証拠になります。「記録する文化がない」と感じる企業では、簡単な指導記録シートを用意し、上司が5分でメモできる仕組みを整えることから始めてください。
不更新予告・書面交付の手順を整える
評価と記録の整備が整ったら、実際の雇止め手続きを正しく行うための手順を確認します。予告のタイミングと書面の内容に不備があると、記録があっても手続き上の問題として指摘されることがあります。
30日前予告の義務と実務上の注意点
1回以上更新した有期労働契約を更新しない場合、少なくとも30日前に予告することが必要です。ただし、1か月契約や3か月契約など短期の契約の場合、「30日前」は現在の契約期間中にあたることになります。その場合、現在の契約期間中に書面を交付して「次の期間から更新しない」旨を伝える必要があります。契約期間が終わってから告げるのでは遅すぎる点に注意してください。
不更新通知書に記載すべき内容
不更新予告は口頭だけでなく、書面で交付することが実務上の原則です。不更新通知書には次の内容を盛り込みます。
- 通知日
- 対象者氏名・所属
- 現在の雇用契約の期間(開始日〜終了日)
- 契約を更新しない旨の明記
- 更新しない理由(就業規則の更新判断基準に基づく旨)
- 契約終了日(最終出勤日や引き継ぎの確認を含める場合は別途案内)
- 会社の担当者氏名・連絡先
本人から受領のサインをもらう、またはメールでの確認記録を残すことで、「通知を受け取っていない」という主張を防ぐことができます。
無期転換ルールとの関係を確認する
通算の契約期間が5年を超えた有期契約社員には、無期転換申込権が発生します(労働契約法第18条)。雇止めを行う時点で通算5年を超えているか、または超えそうな社員がいる場合は、雇止め法理の問題とは別に、無期転換への対応も確認が必要です。無期転換申込権を持つ社員を雇止めしようとする場合は、個別の事情に応じた慎重な判断が求められますので、社会保険労務士や専門家への相談をお勧めします。
整備の優先順位と自社ケースへの当てはめ方
「どこから手をつければいいか」という問いに対する答えは、自社の現状によって変わります。自分のケースに当てはめて優先順位を判断してください。
就業規則・契約書が未整備の場合
有期契約社員向けの更新基準が就業規則や契約書に一切ない場合は、まず就業規則(または別規程)への更新基準の明記と、雇用契約書フォーマットの改訂を優先してください。2024年4月以降の契約・更新分については、改正法に基づく明示義務を満たすよう書面を整備する必要があります。既存の有期契約社員についても、次の更新時に新フォーマットの契約書を使用して改訂していきます。
記録がなく雇止めを急いでいる場合
「今すぐ雇止めしたいが記録がない」という状況では、今からでも評価記録・面談記録を作成し始めることが重要です。過去の口頭指導の内容は記憶をもとに時系列でまとめ、今後の指導・面談は必ず書面化します。ただし、急いで記録を作ると「後付け」と見なされるリスクもあるため、現時点からの記録の積み上げを誠実に行い、可能であれば専門家に状況を相談しながら進めることを推奨します。
長期更新社員や基幹業務担当者のケース
5年以上・反復更新・基幹業務担当のいずれかに当てはまる社員については、雇止め法理の適用リスクが相対的に高くなります。このようなケースでは、自社単独での判断よりも、社会保険労務士や弁護士への相談を先行させることを強く推奨します。労働審判やあっせんに発展した場合のリスクと、現状維持のコストを比較した上で、適切な対応方針を立ててください。
まとめ
有期契約の雇止めを適法に行うためには、まず就業規則・雇用契約書に更新判断基準を明文化し、次に評価記録・面談記録を残す仕組みを整え、そして30日前予告・書面交付の手順を正しく踏むことが必要です。「30日前に言えばOK」「契約書に書いてあるから安全」という思い込みが、後になって大きなトラブルにつながるケースは少なくありません。特に反復更新の実態がある社員、通算5年に近づいている社員については、早めの状況確認と整備が重要です。
ウェルセンス株式会社では、有期契約社員の雇用管理・就業規則整備・雇止めに関する人事労務の課題について、中小企業の経営者・兼務人事担当者の方からの相談を受け付けています。「自社の状況がどのリスクに当てはまるか確認したい」「就業規則の更新基準をどう書けばよいかわからない」といった段階からでも、お気軽にお問い合わせください。
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