「2名採用したいけど、全員から承諾をもらったら毎月の固定費がいくら増えるんだろう……」。採用活動を進めながら、こんな不安がよぎった経験はないでしょうか。採用コスト(広告費や紹介手数料)だけを意識していると、入社後に毎月かかる人件費のインパクトが見えないまま、気づけばキャッシュフローが苦しくなっていた、というケースは中小企業では珍しくありません。この記事では、採用計画における人件費の試算方法を、中小企業の実務担当者が使える形で具体的に解説します。
採用コストと人件費は「別物」として管理する
採用計画を正確に立てるためには、「採用にかかる費用」と「採用後に毎月かかる費用」を分けて把握することが出発点です。多くの中小企業では前者しか管理されておらず、後者が経営上のサプライズになりがちです。
採用コストの全体像
採用コストは大きく3つの費目に分けられます。まず求人広告費や人材紹介手数料などの直接採用コスト。人材紹介(エージェント経由)の場合、成功報酬型で理論年収の20〜35%程度が相場といわれています。次に、面接担当者の工数や書類選考にかかる時間コストなどの間接採用コスト。これは現金が出ていくわけではありませんが、既存社員の労働時間という意味で実際のコストです。そして入社後の備品・研修費・教育担当者の工数にあたる入社後コスト。この3つを合算したものが、採用1人あたりのトータルコストです。
人件費(ランニングコスト)の構成要素
採用後に毎月・毎年かかる人件費は、給与だけではありません。試算に含めるべき項目は以下のとおりです。
| 項目 | 内容・目安 |
|---|---|
| 月額給与 | 額面の月給 |
| 賞与 | 年2回が一般的。年間総額を12で割って月割り管理 |
| 法定福利費(会社負担) | 給与総額のおよそ14〜15%が目安(健康保険・厚生年金・雇用保険等)※料率は毎年改定のため最新値を確認 |
| 法定外福利費 | 通勤手当・健康診断費用・慶弔見舞金等 |
たとえば月額給与30万円の社員1名を採用した場合、年間の人件費インパクトは「30万円×12か月+賞与(仮に60万円)+法定福利費((360万円+60万円)×15%=63万円)+法定外福利費(仮に12万円)=495万円」程度になります。給与の額面だけを見た場合の360万円と比べると、実際の負担は1.3〜1.4倍になることがわかります。
入社月から月次で影響を確認する
人件費の年間総額を把握するだけでなく、「何月に入社し、何月から固定費が増えるか」を月次で追うことが重要です。特に売上の季節変動がある業種では、繁忙期の前後で入社させるかどうかで、同じ1年間でも資金繰りへの影響が大きく変わります。採用計画と月次キャッシュフロー計画をセットで管理する習慣をつけましょう。
内定人数は「欲しい人数」ではなく「歩留まり率」から逆算する
最終的に何名の入社が必要かが決まったら、次にすべきことは「何名に内定を出すか」の設計です。内定を出した全員が承諾するわけではないため、歩留まり率(内定承諾率)を加味した逆算が必要です。
歩留まり率とは何か
歩留まり率(内定承諾率)とは、「内定を出した人数のうち、実際に承諾した人数の割合」を指します。業種・職種・採用チャネルによって大きく異なりますが、自社に過去データがある場合はそれを基準にするのが最も精度が高くなります。初めて採用計画を立てる場合は、70〜80%程度を仮置きとして使い、実績が蓄積されたら毎年見直すのが現実的です。
内定予定数の計算式
必要入社人数と想定承諾率が決まれば、以下の式で内定予定数を算出できます。
- 内定予定数=必要入社人数 ÷ 想定内定承諾率
- 例:2名入社させたい、承諾率を70%と見込む場合 → 2 ÷ 0.7 ≒ 3名に内定を出す計画にする
「内定を複数出すことは失礼では?」と感じる担当者もいますが、採用市場では複数の企業が並行して選考を進めることは一般的であり、候補者側も複数社を検討しているケースがほとんどです。計画的なバッファを持つことは、採用の実務として合理的な判断です。
内定の法的性格と取り消しリスクに注意する
ただし、一点注意が必要です。内定通知は法的に「始期付解約権留保付労働契約」として、判例上すでに労働契約が成立していると解されています(最高裁昭和54年7月20日「大日本印刷事件」)。つまり、「採りすぎたから」という理由で内定を取り消すことは、合理的な理由がない限り認められず、損害賠償リスクを伴います。歩留まり率を踏まえて内定数を設計することと、安易な内定取り消しを行わないことはセットで理解しておく必要があります。
採用計画を一枚にまとめる「試算シート」の作り方
採用コスト・人件費・入社時期・歩留まり率を別々に管理していると全体像が見えません。これらを一枚のシートにまとめることで、経営判断に使える採用計画が完成します。
試算シートに盛り込む項目
エクセルや表計算ツールで管理するなら、以下の列を基本構成として作成すると実用的です。
- 採用ポジション・役割
- 必要入社人数
- 想定内定承諾率
- 内定予定数(=必要入社人数 ÷ 承諾率)
- 入社予定月
- 月額給与(想定)
- 年間賞与(想定)
- 法定福利費(給与総額×料率)
- 法定外福利費(通勤手当等)
- 年間人件費合計(1人あたり)
- 採用コスト合計(直接+間接+入社後)
- 入社月からの月次固定費増加額
従業員数が20〜50名規模の企業であれば、採用ポジションは多くて数種類程度です。このシートを「採用ポジション×人数分」作成し、合計行を設けることで、採用計画全体の財務インパクトが一目で確認できます。
自社の状況による使い分け
従業員数や採用チャネルによって、試算の精度の出し方は変わります。過去に採用実績がある企業は、社内の歩留まり率や紹介手数料の実績値を使うことで精度が高まります。一方、初めて本格的に採用計画を立てる企業は、まず仮の数値でシートを作り、採用活動を進めながら数値を更新していく「ローリング方式」が現実的です。また、人材紹介を使う場合と求人広告を使う場合では採用コストの構造が異なるため、チャネルごとにシートを分けて比較する方法も有効です。
労働条件の明示義務も計画に組み込む
2024年4月の労働基準法施行規則改正により、内定通知と同時またはそれ以前に、賃金・労働時間に加えて就業場所・業務の変更範囲を書面(またはメール等)で明示することが義務化されています。試算シートで決めた給与水準や職種は、そのまま内定通知書・労働条件通知書の元データにもなります。採用計画の段階で労働条件を整理しておくことで、手続きの漏れも防げます。
採用計画を「経営計画」と連動させる
採用計画が機能するためには、「人が足りなくなってから動く」事後対応型から脱却し、売上目標・組織体制の目標から逆算して採用人数を決める設計が必要です。
売上計画から採用人数を逆算する考え方
まず来期の売上目標を確認します。その売上を達成するために必要な業務量を洗い出し、現在の人員では対応できない業務量がどの程度あるかを試算します。その不足分を補うために何人・どのポジションが必要かを決める、というのが「経営計画連動型」の採用計画の考え方です。「なんとなく人手が足りない気がする」という感覚ではなく、業務量という定量的な根拠から採用人数を設計することで、採用後のポジション設計も明確になります。
採用時期と業務ピークのずれに注意する
採用したとしても、入社直後から即戦力になるわけではありません。業種・職種にもよりますが、独り立ちまでに数か月の立ち上がり期間が必要なケースがほとんどです。この期間、既存社員は通常業務に加えてOJT(職場内教育)の工数も負担します。繁忙期の直前に採用しても、立ち上がり期間中に繁忙期を迎えてしまい、採用した本人にも既存社員にも過度な負荷がかかる、というケースは中小企業でよく起きます。「いつまでに戦力化したいか」から逆算して、採用活動の開始時期を決めることが重要です。
職務設計が曖昧なまま採用しない
何人採るかを決めることと同様に重要なのが、採用した人材が何をするかを明確にしておくことです。入社後に「業務が不明確」「期待と違った」という状態が続くと、早期離職につながり、採用コストが二重にかかる結果になります。採用計画の段階で役割・ミッション・評価基準のおおまかな設計を行い、採用活動中から候補者に正確な情報を伝えることが、採用の質と定着率を高めます。
🔗 試算に一度つまずくと、採用判断の時間ロスにつながります。詳細なシミュレーションをやらずに計画を立てている企業は多いですが、具体的に試算するだけで経営判断の質は格段に変わります。 →
人件費シミュレーションの「よくある失敗」と対処法
採用計画の試算でつまずきやすいポイントを事前に知っておくことで、計画の精度が格段に上がります。代表的な落とし穴と対処法を整理します。
「内定=入社確定」と思って固定費を計上しすぎる
内定を複数出した場合、全員が承諾するわけではありません。歩留まり率を踏まえた内定数の設計をしていると、「最大ケース(全員承諾)」と「最小ケース(承諾率通り)」の2パターンで人件費を試算しておくことがリスク管理として有効です。特にキャッシュフローに余裕がない場合は、最大ケースでも資金が持つかどうかを事前に確認しておきましょう。
法定福利費を「給与と別の話」として後回しにする
社会保険・雇用保険の会社負担分(法定福利費)は、正規雇用の場合、給与総額の14〜15%程度が目安とされています。月給30万円の社員1名で、毎月4万〜4.5万円程度の負担が追加で発生します。これを見落とすと、採用後に実際の固定費が想定を大きく上回ることになります。なお、法定料率は毎年改定されるため、試算時は日本年金機構や厚生労働省の最新の料率を確認することが必要です。
教育コストを「0円」で計算している
新入社員の教育にかかる既存社員の工数は、現金が出ていかないため見落とされがちですが、実際には機会費用(その時間に他の業務ができた価値)が発生しています。教育担当者が週に何時間をOJTに充てるか、それが何か月続くかを試算に加えることで、採用後の総コストをより正確に把握できます。
試算に一度つまずくと、採用判断の時間ロスにつながります。詳細な試算をやらずに計画を立てている企業は多いですが、具体的にシミュレーションするだけで経営判断の質は格段に変わります。
まとめ
採用計画の人件費試算は、採用コスト(広告費・紹介手数料)と入社後の人件費(給与・賞与・法定福利費・法定外福利費)を明確に区別し、入社月から月次で資金繰りへの影響を確認することが基本です。内定人数は「欲しい人数」ではなく、歩留まり率から逆算して設計する。そして採用計画全体を経営計画・売上目標と連動させることで、「事後対応型」から「先手の採用」に変わります。
ウェルセンス株式会社では、採用計画の設計から人件費のシミュレーション、採用後の組織づくりまで、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者に伴走する形でサポートしています。「試算をどうやって進めればいいか分からない」という初期段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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