「もう限界だ。あの社員を今すぐクビにしたい」——そう感じた瞬間、何をすべきかわからずに時間だけが過ぎていく。そんな経験をしている経営者・人事担当者の方は少なくありません。しかし、感情のまま動くと「解雇無効」と判断され、かえって会社が追い詰められるリスクがあります。この記事では、問題社員への対応を法的リスクを抑えながら進めるための手順を、実務の観点から丁寧に解説します。
解雇は「最終手段」——日本の解雇規制を正しく理解する
日本では、解雇は原則として「最終手段」と位置づけられており、手順を踏まなければ無効になるリスクが非常に高い制度設計になっています。まずこの大前提を理解することが、すべての出発点です。
労働契約法第16条が定めること
労働契約法第16条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。これを「解雇権濫用法理」といいます。つまり、解雇が有効とされるためには、「理由の合理性」と「手続の相当性」の両方が必要です。どちらか一方が欠けても、裁判所や労働審判で無効と判断される可能性があります。
解雇の種類によって求められる要件が異なる
解雇には主に「普通解雇」と「懲戒解雇」の2種類があり、それぞれ求められる要件の厳しさが異なります。問題社員への対応として検討されることが多いのはこの2種類です(経営上の理由による整理解雇は別途4要件が必要なため、ここでは対象外とします)。
| 種類 | 主な対象行為 | 要件の厳しさ |
|---|---|---|
| 普通解雇 | 能力不足・勤務態度の問題 | 高い(改善機会の付与・記録が必須) |
| 懲戒解雇 | 不正行為・重大な規律違反 | 非常に高い(比例原則・手続の厳格さが求められる) |
懲戒解雇は制裁として最も重い処分であるため、行為の重大性と処分の重さのバランス(比例原則)が厳しく問われます。「態度が悪い」という理由だけで懲戒解雇を選ぶのは、まず認められないと考えておいてください。
解雇予告の義務も忘れずに
解雇を行う際には、労働基準法第20条に基づき、少なくとも30日前に解雇を予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う義務があります。懲戒解雇で即時解雇を行う場合は、労働基準監督署長の「除外認定」を受けなければなりません。この手続きを省略すると、手続き違反として問題になることがあります。
解雇前に必ず踏む「記録と指導」のプロセス
解雇を法的に有効にするためには、問題行動の記録と段階的な指導のプロセスが不可欠です。このプロセスが後の紛争でそのまま「証拠」になります。
まず事実を書面で記録する
口頭での注意指導だけでは、後から「言った・言わない」の水掛け論になります。問題行動が発生したら、日時・場所・具体的な言動・関係者を書面に残してください。たとえば「20XX年X月X日 午前10時、会議室にて、Aさんが上司Bに対し『うるさい、黙れ』と大声で発言。同席者CとDが確認」といった具体的な記録が必要です。日報・ヒヤリングシート・メールでの事実確認など、形式を問わず残すことが重要です。
書面による段階的な指導を行う
記録ができたら、次は段階的な指導を書面で行います。「口頭注意→書面注意→書面警告」という流れが基本です。書面には、何が問題か・どう改善すべきか・改善期限はいつかを明記します。また、指導に対して本人がどのように反応したかも記録してください。「本人はその場では了承したが、その後も同じ行動を繰り返した」という事実の積み重ねが、解雇の合理性を支える根拠になります。
改善機会の付与と面談記録
日本の法律では、いきなり解雇するのではなく「改善する機会を与えたこと」が重視されます。面談を実施し、本人に現状の問題点を説明し、改善計画(業務改善計画書、いわゆるPIPに相当するもの)を作成・合意することが望ましいです。面談の実施日時・内容・本人の発言もその場でメモし、できれば本人にも確認のサインをもらっておくと信頼性が高まります。
就業規則が「武器」にも「弱点」にもなる
解雇の根拠は就業規則に記載された解雇事由である必要があります。就業規則が整備されていない、または解雇事由の記載が曖昧な場合、解雇の正当性を主張することが著しく困難になります。
就業規則に解雇事由が明記されているか確認する
まず自社の就業規則を確認してください。「勤務成績が著しく不良で改善の見込みがない場合」「職場秩序を乱し、他の社員に害を与えた場合」など、解雇事由が具体的に列挙されているかが重要です。記載がない、あるいは「その他会社が解雇相当と判断した場合」のような曖昧な記載だけでは、解雇事由の根拠として弱いと判断されるリスクがあります。
就業規則が古い・整備されていない場合の対応
就業規則が10年以上更新されていない、あるいはそもそも10人未満の事業所で作成していないという場合は、社会保険労務士と連携して至急整備することをお勧めします。ただし、解雇直前に就業規則を整備した場合、「後付けで解雇理由を作った」とみなされるリスクもあるため、整備は日常的に行うことが理想です。現在問題が起きているとしても、今から整備を始めることに意味はあります。
従業員数・規模による状況の違い
10人以上の労働者を雇用する事業所は就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。10人未満の場合は義務ではありませんが、作成しておくことで解雇事由の根拠が明確になります。専任人事がいない中小企業ほど、就業規則の整備が後回しになりがちですが、問題が起きてからでは間に合わないケースもあります。
退職勧奨という選択肢——解雇より法的リスクが低い理由
解雇よりも法的リスクが低い選択肢として「退職勧奨(合意退職)」があります。ただし、進め方を誤ると「退職強要」とみなされ、逆に会社が問題を抱えることになります。
退職勧奨と退職強要の境界線
退職勧奨は「会社側が退職を勧め、本人が自由意思で合意する」ことが前提です。複数回の面談を通じて話し合い、本人の意思を尊重しながら進めることが重要です。一方、退職強要にあたるとされるのは、退職届への署名を迫る・部屋に閉じ込めて長時間拘束する・「解雇になれば退職金ゼロだぞ」と脅すなどの行為です。このような行為は民法上の強迫にあたる可能性があり、合意の取り消しや損害賠償請求のリスクがあります。
「任意性」を担保するための実務ポイント
退職勧奨を行う際は、面談の回数・時間・内容を記録し、「任意の合意であること」を証明できるようにしておくことが重要です。また、退職勧奨中に本人が「これはパワハラだ」「録音している」と言い出すケースも増えています。そのような状況でも、落ち着いて事実に基づいた対話を続けることが大切です。面談には必ず2名以上の会社側出席者を置き、記録を取るようにしてください。
メンタル不調を訴え始めた場合の注意点
問題社員の対応中に、本人がメンタル不調を訴えたり、医師の診断書を提出してきたりするケースがあります。この場合、解雇や退職勧奨の続行は非常に慎重に判断する必要があります。会社には「安全配慮義務」(労働契約法第5条)があり、メンタル不調を抱える社員を適切に保護しなければなりません。休職制度がある場合は休職を命じるなど、まず健康への対応を優先してください。解雇の判断はその後の話になります。
解雇が無効になると何が起きるか——リスクの現実
万が一解雇が無効と判断された場合、会社は金銭的・実務的に大きなダメージを受けます。このリスクを具体的に理解しておくことが、正しい手順を踏む動機になります。
労働審判・地位確認訴訟の流れ
解雇された社員が「解雇は無効だ」と主張する場合、まず労働審判(労働審判法に基づく手続き)を申し立てるケースが多いです。労働審判は申立てから原則3回以内の期日で解決を図る簡易な手続きで、多くの場合数カ月以内に結論が出ます。調停が成立しない場合は、地位確認訴訟(解雇の無効を裁判所に確認してもらう訴訟)に移行することもあります。
バックペイというリスク
解雇が無効と判断された場合、会社は解雇日から判決・和解日までの全期間の賃金を遡及して支払う義務(バックペイ)が生じます。紛争が長引けば長引くほど、支払うべき金額は膨らみます。月30万円の給与の社員であれば、1年間で360万円、2年間で720万円以上になります。さらに弁護士費用・訴訟対応のコストも加わることを念頭に置いてください。
「試用期間中なら自由に解雇できる」は誤解
よくある誤解として「試用期間中であれば自由に解雇できる」というものがあります。しかし試用期間中の解雇も、解雇権濫用法理の適用を受けます。ただし、試用期間は「本採用の可否を判断するための期間」という性質上、本採用後の解雇より若干緩やかに判断される傾向はあります。それでも、理由のない恣意的な解雇は無効になり得ます。試用期間が14日を超えている場合は解雇予告も必要です(労働基準法第21条)。
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今すぐ着手すべき実務チェックリスト
問題社員への対応を始める前に、自社の状況を確認してください。以下の項目を整理することで、現在どのステップにいるか、何が不足しているかが明確になります。
記録・就業規則・指導の3点を確認する
まず確認すべきは、問題行動の記録があるか・就業規則に解雇事由が明記されているか・書面による指導を行っているかの3点です。これらがすべて整っている場合と、何一つ準備できていない場合では、取るべき行動が大きく異なります。何も準備できていない場合は、まず記録をつけることから始めてください。感情的に動く前に、今日起きたことをメモするだけでも意味があります。
対応フローを段階ごとに整理する
- 問題行動の事実を書面で記録する(日時・内容・関係者)
- 就業規則の解雇事由を確認・必要に応じて整備する
- 口頭注意から書面注意・書面警告へと段階的に指導する
- 本人との面談を実施し、改善計画を文書化する
- 改善状況を一定期間記録・評価する
- 改善が見られない場合は最終警告書を交付する
- 合意退職(退職勧奨)の可能性を検討する
- それでも解決しない場合に解雇を実施し、解雇通知書を交付する
専門家への相談タイミングを逃さない
このプロセスの中で、就業規則の整備・書面の作成・退職勧奨の進め方・解雇予告の手続きなど、専門的な判断が必要な場面が多数あります。社会保険労務士や弁護士に早い段階で相談することで、後々のリスクを大幅に軽減できます。特に、本人がすでに「パワハラだ」「労働基準監督署に訴える」などと言い始めている場合は、すぐに専門家を交えた対応に切り替えてください。
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まとめ
問題社員への対応で最も大切なのは、「感情ではなく手順で動く」ことです。解雇は日本の法律上、最終手段として位置づけられており、記録・指導・改善機会の付与・就業規則の整備というプロセスを踏まなければ、無効となるリスクが高くなります。また、解雇よりも退職勧奨(合意退職)の方が法的リスクが低いケースも多く、状況に応じた選択が重要です。「何から始めればいいかわからない」「記録が何もない状態でどうすればいいか」「メンタル不調も絡んでいて判断できない」——そんなケースこそ、早めに専門家と整理することが会社を守ることにつながります。ウェルセンス株式会社では、問題社員対応・休職復職支援・人事労務の課題を抱える中小企業の経営者・担当者の方からのご相談を承っています。一人で抱え込まず、まずは状況をお聞かせください。
よくある質問
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