「不採用の方の履歴書、引き出しに入れたままなんですが……いつ捨てればいいんでしょう?」——採用担当を兼務している方から、こういった相談を受けることがあります。専任人事がいない中小企業では、応募書類の取り扱いルールが曖昧なまま運用されているケースが少なくありません。しかし、履歴書や職務経歴書は個人情報保護法が定める「個人情報」です。放置は法的リスクに直結します。この記事では、返却・廃棄の判断基準から事前告知の方法まで、すぐに使える実務フローを整理します。
応募書類は「個人情報」——まず法的な位置づけを押さえる
応募書類に記載された氏名・住所・生年月日・職歴などは、個人情報保護法上の「個人情報」に該当します。つまり、採用選考に使ったからといって、選考終了後に自由に扱えるわけではありません。
個人情報取扱事業者としての義務
個人情報保護法は、個人情報を取り扱うほぼすべての企業を「個人情報取扱事業者」と定め、いくつかの義務を課しています。採用活動に関係する主な義務は次の3点です。
- 利用目的の特定・通知または公表(法第17条・第21条):書類を取得する時点で、何の目的で使うのかを本人に伝える義務があります。「採用選考のため」という目的が終了した後も書類を保管し続けるには、別途目的を明確にする必要があります。
- 安全管理措置(法第23条):書類の漏えい・紛失・盗難を防ぐための措置(施錠管理・閲覧者限定など)を講じる義務があります。
- 第三者提供の制限(法第27条):本人の同意なく、応募書類を採用担当者以外(たとえば取引先など)に見せることは原則禁止されています。
「選考が終わっても保管していい」は限定的な話
選考終了後に書類を保管し続けること自体が直ちに違法になるわけではありませんが、「採用選考のため」という当初の利用目的はすでに終わっています。保管を続けるなら、「労使トラブルが発生した際の証拠保全」など、別の目的を社内で明文化しておく必要があります。目的が不明確なまま漫然と保管し続けることは、個人情報保護法が定める「利用目的の範囲を超えた取り扱い」とみなされるリスクがあります。
返却・廃棄・保管継続——3つの選択肢の判断基準
選考終了後の応募書類の扱いは、「返却」「廃棄」「保管継続」の3択です。どれを選ぶかは、候補者との取り決めと社内ルールによって決まります。
返却する場合の実務ポイント
候補者から返却希望があった場合、または事前に「返却する」と告知していた場合は、確実に返送する必要があります。ポイントは以下のとおりです。
- 配達記録が残る方法(簡易書留・レターパック等)で送付する
- 送料は会社負担が一般的な実務慣行
- 返送先住所が変わっていないか確認してから送る
- 返送したことの記録(日時・宛先・方法)を残しておく
廃棄する場合の正しい方法
廃棄は「復元不可能な方法」で行うことが個人情報保護の観点から求められます。普通ゴミに捨てたり、そのままシュレッダーなしで破棄したりすることは避けなければなりません。
- 社内シュレッダー処理:書類枚数が少ない中小企業では最もコストが低い方法。クロスカット(細断と横断を組み合わせた方式)タイプが望ましい。
- 専門業者による溶解処理:書類量が多い場合や、より確実な廃棄記録が必要な場合に有効。処理証明書を発行してもらえる業者を選ぶ。
- 廃棄記録の保存:廃棄日・廃棄担当者・廃棄方法を記録したシートを残しておくと、後日トラブルになったときの対応根拠になります。
保管を続ける場合に必要な措置
内定段階まで進んだ候補者の書類や、採用内定取り消しなどのトラブル対応が必要になりうるケースでは、一定期間保管することも合理的です。ただし、以下の管理体制が必要です。
- 鍵付きの保管庫に収納し、閲覧者を採用担当者に限定する
- コピーを不必要に作成しない
- 保管期間の終了日を社内ルールで明確にし、期日が来たら廃棄する
保管期限の考え方——「何年保管すればよいか」への答え
結論から言えば、応募書類の保管期間を直接定めた法令は存在しません。実務上の目安は、選考終了後3ヶ月〜6ヶ月以内に廃棄または返却することです。ただし、候補者の選考段階によって判断が変わります。
不採用候補者の書類——早期廃棄が原則
書類選考や一次面接で不採用となった候補者の書類は、採用選考の目的がすでに完了しています。個人情報保護の観点からは、不要になった個人情報は速やかに廃棄することが望ましいとされています。実務的な目安として、不採用通知の送付後、遅くとも3ヶ月〜6ヶ月以内に廃棄するルールを設けている企業が多くみられます。
内定・内定辞退者の書類——別途判断が必要
内定まで進んだ候補者の書類は、採用内定取り消しなどの労使トラブルに発展する可能性があるため、不採用者とは別に考える必要があります。民事上の消滅時効(民法第166条:原則5年)を意識して一定期間保管する実務慣行があります。ただし、保管を継続するなら、その期間と目的を明記した社内規程が必要です。
労働基準法の保存義務との関係
労働基準法第109条は、「労働関係に関する書類」を一定期間保存することを義務付けています(退職日を起算点として3年間)。ただし、これは「採用された労働者」に関する書類が対象であり、不採用候補者の書類は一般的にこの規定の対象外とされています。したがって、不採用者の書類を3年保管する義務はありません。早期廃棄を基本方針とすることで、個人情報保護法との整合性が取れます。
事前告知フローの整え方——候補者への伝え方
応募書類の取り扱いについては、書類を受け取る時点で候補者に伝えることがベストプラクティスです。後から「実は廃棄しました」と説明するよりも、最初に「このように扱います」と伝えておくほうが、候補者の信頼を損なわず、法的にも安全です。
告知すべきタイミングと場所
告知のタイミングは「書類取得の時点」です。具体的には以下の場所に記載するのが効果的です。
- 求人票・求人広告の末尾(個人情報の取り扱いに関する記載欄)
- 応募受付の自動返信メール
- 会社ウェブサイトのプライバシーポリシー
- 説明会・面接案内メールの文末
告知文の文例
難しく考える必要はありません。以下のような一文を加えるだけで、個人情報保護法第21条が求める「利用目的の通知」を果たすことができます。
「ご提出いただいた応募書類は採用選考の目的のみに使用し、選考終了後6ヶ月以内に適切な方法で廃棄いたします。ご返却をご希望の方は、応募時にその旨をお申し付けください。」
「返却希望の場合は申し出てください」という一文を加えることで、返却希望者の事前把握ができ、選考終了後の対応がスムーズになります。
社内管理体制の整え方——運用フローの明文化
法律を理解しただけでは不十分です。採用担当者が変わっても同じ対応ができるよう、フローを社内ルールとして文書化することが重要です。
書類の受け取りから廃棄までのフロー
| フェーズ | 対応内容 | 担当 |
|---|---|---|
| 応募受付時 | 取り扱い方針を応募者に告知(メール・求人票等) | 採用担当者 |
| 選考中 | 鍵付き保管庫に収納、閲覧者を採用関係者に限定 | 採用担当者 |
| 選考終了(不採用通知送付後) | 返却希望者への返送/その他は廃棄予定リストに登録 | 採用担当者 |
| 廃棄実施(通知後6ヶ月以内) | シュレッダーまたは専門業者で廃棄、廃棄記録を作成・保存 | 採用担当者+上長確認 |
| 内定者書類 | 雇用開始後は人事ファイルへ移管、内定辞退者は別途保管期間を設定 | 採用担当者 |
アナログ管理の場合に最低限やるべきこと
採用管理ツール(ATS)を導入していない企業では、紙の書類が引き出しや棚に無施錠のまま保管されているケースがあります。少なくとも以下の3点は今すぐ対応できます。
- 応募書類専用のファイルを作り、鍵付きキャビネットに保管する
- ファイルに「廃棄予定日」をラベル等で明記しておく
- 採用担当者以外がアクセスできない場所・状態にする
ここまで対応しても「ルール化が難しい」「対応漏れが心配」という場合は、人事・労務の専門家に相談することをお勧めします。一度整備すれば、採用担当者が変わった後も同じ対応が続きます。
紙からデジタルへの移行を検討する場合の注意点
採用管理ツールを使ってPDFで書類を管理する場合も、個人情報保護法上の義務は変わりません。アクセス権限の設定、データの保管期間の設定、不要データの削除記録など、デジタルならではの管理項目を整理する必要があります。また、クラウドサービスを使う場合は、サービス提供者が個人情報保護法上の「委託先」に該当するため、適切な委託先の選定と管理が求められます。
法的要件を満たしながら採用フローを構築するには、一度プロの目でチェックしておくと安心です。
まとめ
応募書類は個人情報保護法上の「個人情報」であり、選考終了後も漫然と保管し続けることは法的リスクを伴います。不採用者の書類は原則として選考終了後3〜6ヶ月以内に廃棄または返却し、その方針を応募受付時点で候補者に告知することが、法令遵守と候補者への誠実な対応の両立につながります。また、廃棄は必ず復元不可能な方法(シュレッダー・溶解処理等)で行い、廃棄記録を残しておくことが重要です。専任人事がいない中小企業ほど、こうした「フローの明文化」が実務を安定させます。
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