「来月から給与の振り込みがなくなります」——休職を命じた後にこの一言を伝えるだけで、社員や家族から矢継ぎ早に質問が飛んできた経験はないでしょうか。「傷病手当金はいつから出るの?」「社会保険料はどうなるの?」「生活費はどうすれば?」。専任人事がいない職場では、これらの質問にその場で正確に答えられないまま、社員との信頼関係にヒビが入ってしまうことがあります。この記事では、休職中に給与がゼロになる3つのタイミングと、傷病手当金との間に生じる「空白期間」を時系列で整理し、担当者が自信を持って社員に説明できる知識をお伝えします。
給与がゼロになる「3つのタイミング」を時系列で把握する
休職中の給与は「ある日突然ゼロになる」わけではなく、欠勤・有給消化・休職命令という3つのフェーズを経て段階的にゼロへと向かいます。このフェーズの切り替えタイミングを明確に管理することが、給与計算のミスや社員への説明不足を防ぐ第一歩です。
欠勤発生から有給消化まで——給与はまだ出る
メンタル不調による休みが始まった直後は、多くの場合まず有給休暇を消化します。有給消化中は「労働の対償として賃金が支払われる状態」が続くため、給与はゼロになりません。この期間中は社会保険料も給与から天引きできるため、事務処理上は比較的シンプルです。ただし、有給消化を「本人に任せっきり」にしていると、どの日付まで有給が適用されているのかが曖昧になりがちです。休職移行を見越して、有給残日数と消化見込み日を早めに把握しておきましょう。
有給消化後の欠勤控除——給与は減るがまだゼロではない
有給が尽きると「欠勤控除」の状態に入ります。欠勤控除とは、ノーワーク・ノーペイの原則(労働基準法第11条)に基づき、働いていない日の分だけ給与を差し引く処理です。たとえば月20労働日のうち10日欠勤であれば、その月の給与は半額程度になります。この段階では給与の一部はまだ支払われていますが、欠勤日数が増えるほど手取りは減り続けます。就業規則に「欠勤が〇日を超えた場合に休職を命じることができる」と規定がある場合、この欠勤期間の積み上げが休職命令の根拠になります。
休職命令の発令——ここから給与はゼロになる
就業規則の定めに基づいて休職命令が発令されると、その開始日以降は原則として給与の支払い義務がなくなります。ただし、重要な前提があります。就業規則に「休職中は無給とする」旨の規定がない場合、給与をゼロにできない可能性があります。専任人事のいない企業では、就業規則が古いままで休職に関する条項が不十分なケースが少なくありません。休職命令を出す前に、必ず就業規則の休職・給与規定を確認してください。
傷病手当金の仕組みと「空白期間」が生まれる理由
傷病手当金は休職中の社員の生活を支える重要な制度ですが、給与が止まった日の翌日から自動的に支給が始まるわけではありません。制度上の「待期期間」と申請の実務的なタイムラグにより、給与ゼロの期間と傷病手当金の受取開始の間に空白が生じることがあります。
傷病手当金の支給要件と「待期3日間」の意味
傷病手当金は、健康保険法第99条に基づき、業務外の傷病により労務不能となった被保険者に支給されます。支給が始まるには、連続する3日間の「待期期間」を満たすことが条件です。つまり、4日目以降の労務不能日から支給対象となります。この待期3日間は、有給休暇を充てた日も含めてカウントできます。ただし、有給消化中は「給与の支払いがある状態」とみなされるため、傷病手当金は不支給(または差額のみ)となります。待期は満たしていても、実際に傷病手当金が出るのは給与支払いのない欠勤日以降という点が混乱を招く原因の一つです。
支給額の目安と最長1年6ヵ月という期間
支給額の目安は、支給開始日以前12ヵ月の標準報酬月額の平均額を30日で割り、3分の2を掛けた金額です。たとえば標準報酬月額の平均が30万円の場合、1日あたりの支給額は約6,667円となります。月30日換算でおよそ20万円、つまり給与のおよそ3分の2が目安です(実際の健康保険組合や協会けんぽの種別・標準報酬月額により異なります)。支給期間は、2022年1月の法改正により「支給開始日から通算して最長1年6ヵ月」となりました。途中で出勤した日があっても、その日を除いた通算で1年6ヵ月まで受給できる仕組みです。
申請のタイムラグで空白期間が長くなるケース
傷病手当金は、申請書を健康保険組合や協会けんぽに提出してから審査・振込まで、通常1〜2ヵ月程度かかります。つまり、給与が止まった月にすぐ入金されるわけではありません。この間、社員は収入ゼロの状態で生活費をやりくりしなければなりません。会社側が「申請書の準備に時間がかかった」「社員から申請書が戻ってこなかった」などの理由で手続きが遅れると、空白期間がさらに長くなります。休職命令と同時に申請書を渡し、記入方法を案内することが社員への誠実な対応です。
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給与・傷病手当金・社会保険料の「3つの時計」を一覧で理解する
給与停止・傷病手当金の支給・社会保険料の発生は、それぞれ異なるタイミングで動きます。この3つを同時に把握することが、休職対応の実務における最大のポイントです。
フェーズ別の状況を表で整理する
| フェーズ | 給与 | 傷病手当金 | 社会保険料(本人負担) |
|---|---|---|---|
| 有給消化中 | 支払いあり(有給分) | 原則不支給(給与支払いがあるため) | 給与天引きで対応可 |
| 欠勤控除中(無給日あり) | 一部支払い(出勤日分) | 無給の欠勤日のみ対象(待期3日満了後4日目から) | 給与から一部天引き可(不足分は別途請求) |
| 休職命令後(給与ゼロ) | なし | 支給(申請・審査後に振込) | 給与天引き不可→本人に口座振込等で請求 |
「3つの時計」がズレることで起きる実務的な混乱
たとえば、休職命令を4月1日に発令したとしても、4月分の傷病手当金が振り込まれるのは5月末〜6月になることが珍しくありません。社員側から見れば「4月から給与がなくなったのに、お金が入ってきたのは2ヵ月後」という体験になります。この「空白の2ヵ月」を事前に説明していないと、社員や家族から「会社が手続きをしてくれなかった」という不満が生まれます。担当者は休職命令と同時に、このタイムラグを口頭と書面で説明しておくことを強くお勧めします。
社会保険料の本人負担分——天引きできない場合の実務対応
給与がゼロになっても、健康保険・厚生年金保険の被保険者資格は継続します。そのため保険料は毎月発生し続け、会社は会社負担分を引き続き支払う義務があります。問題は、給与から天引きできない「本人負担分」の徴収です。
会社が立て替え続けてしまうリスク
専任人事のいない職場では、「給与ゼロだから保険料の処理をどうすれば…」と判断に迷い、会社が本人負担分まで立て替えたまま放置してしまうケースがあります。休職が3ヵ月・6ヵ月と長期化すると、未回収の立替額はまとまった金額になります。また、退職時に精算しようとしても、退職後は給与から引けないため回収が困難になる場合もあります。
本人負担分の徴収方法と運用のポイント
給与天引きができない場合の対応としては、主に次の方法があります。まず、毎月末までに本人の口座から会社指定口座への振込を依頼する方法があります。次に、傷病手当金が振り込まれたタイミングを確認しながら請求する方法もあります。さらに、休職開始時に数ヵ月分をまとめて預かる方法も選択肢の一つです。いずれの場合も、休職開始前に本人と書面で合意しておくことがトラブル防止の基本です。また、標準報酬月額は休職中であっても原則として変更されず(随時改定・定時決定の通常ルールが適用)、休職前の金額をもとに保険料が計算される点も押さえておいてください。
就業規則・社内規程の整備状況による分岐
社員数や就業規則の整備状況によって、対応の優先度が変わります。就業規則に休職中の給与・保険料負担に関する規定がある場合は、その規定に従って手続きを進めます。規定がない・古い場合は、まず就業規則の見直しが必要です。社員10名以上の企業では就業規則の作成・届出が義務(労働基準法第89条)ですが、10名未満の企業でも休職が発生した段階で社内ルールを書面化しておくことを強くお勧めします。
社員・家族への説明で「信頼」を守るための伝え方
休職対応での会社への不満は、給与や手当の金額そのものよりも「説明がなかった」「聞いても分からなかった」という体験から生まれることが多いです。正確な情報を、適切なタイミングで伝えることが、社員・家族との信頼関係を守ります。
休職命令と同時に伝えるべき5つの情報
- 給与が止まる日(休職開始日)
- 傷病手当金の申請方法と、振込まで時間がかかること(空白期間の存在)
- 傷病手当金の支給額の目安(給与の約3分の2)
- 社会保険料の本人負担分の支払い方法と金額の目安
- 休職期間中の連絡窓口と、次の確認タイミング
これら5点を文書にまとめて渡すだけで、社員・家族の不安は大幅に軽減されます。口頭だけで伝えると「聞いていない」というトラブルにもなりやすいため、必ず書面化してください。
「傷病手当金の申請書」の準備と渡し方
申請書は協会けんぽの場合はウェブからダウンロード、健康保険組合の場合は組合から取り寄せます。申請書には「事業主記入欄」があり、会社側が出勤・欠勤の状況を証明する必要があります。「申請書の書き方を社員一人に任せていたら、事業主欄が空白のまま提出されて手続きが遅れた」というケースもあるため、会社側の記入箇所をあらかじめ案内しておくことが重要です。社員が主治医に記入してもらう「療養担当者記入欄」も必要になるため、通院タイミングに合わせて準備するよう伝えておきましょう。
メンタル不調特有の注意点——状態に配慮した連絡頻度
メンタル不調で休職中の社員への連絡は、頻度・手段・内容のすべてに配慮が必要です。毎日連絡することが負担になる場合もあれば、まったく連絡がないことで「忘れられた」と感じる社員もいます。一般的には、休職開始後最初の1〜2週間は連絡を最小限にし、月1回程度の状況確認に切り替えるケースが多いです。連絡手段もメールやメッセージアプリなど、相手が自分のペースで確認できるものが適しています。
まとめ
休職中に給与がゼロになるタイミングは、有給消化の終了・欠勤控除の積み上げ・休職命令の発令という3つのフェーズを経て段階的に訪れます。傷病手当金は待期3日間を経た4日目以降が支給対象となり、申請から振込まで1〜2ヵ月のタイムラグが生じるため、給与ゼロの期間と手当金受取の間には「空白期間」が生まれます。さらに社会保険料は休職中も発生し続けるため、本人負担分の徴収方法を事前に取り決めておかなければ、会社が立て替え続けるリスクがあります。これらの「3つの時計」がズレて動くことを担当者が理解し、社員・家族に正確に説明することが、休職対応における信頼の土台となります。
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