「期初に立てた個人目標と、今のチーム状況が合致していない」――そう気づいたとき、管理職は何をすべきでしょうか。期中目標の修正をしていいのか、評価はどうなるのか、本人にどう伝えるのか。判断基準がないまま放置してしまい、気づけば社員のモチベーションが大きく低下していた、というケースは中小企業で非常によく起きています。この記事では、期中に目標のズレが生じたときの管理職の対応方法を、実務的な手順と判断基準に沿って解説します。
目標の期中修正はルール違反ではない
結論から言えば、期中の目標修正はルール違反でも、評価の公平性を損なうものでもありません。むしろ、状況の変化に対応しないほうが組織にとってリスクになります。
MBOが本来前提としている仕組み
多くの中小企業が採用する目標管理制度(MBO:Management by Objectives)は、本来「定期的なレビューで目標を見直す」ことを前提に設計された仕組みです。「目標は期初に決めたら変えられない」という感覚は、制度の誤った運用から生まれた思い込みです。市場環境の変化、組織体制の変更、突発的なプロジェクトの追加など、ビジネス環境が変わることは珍しくありません。そのたびに個人目標が現実と乖離したまま走り続けることのほうが、評価の公平性を損ないます。
問題は「変更そのもの」ではなく「プロセスの欠落」
法的・実務的に問題になるのは、目標を変更すること自体ではなく、変更の理由説明・本人合意・記録のいずれかが欠けた状態で変更することです。労働契約法第3条は労働契約における信義誠実の原則を定めており、合意なき一方的な目標変更はこの原則に反するリスクがあります。また、目標変更を理由に評価を一方的に下げ、賃金や賞与に反映させる行為は、労働契約法第10条(就業規則の不利益変更)の観点からも問題となり得ます。「変更した」という事実よりも「どのプロセスで変更したか」が法的にも実務的にも重要です。
OKRの運用思想も参考になる
OKR(Objectives and Key Results)は、チームの目標(Objective)に個人の目標を最初から紐づける設計で、四半期ごとに見直すサイクルが標準的に組み込まれています。MBOより柔軟な運用が可能で、「期中に修正することが当然」という文化をチームに根付かせやすい点で、中小企業にも参考になります。今すぐ制度を変えなくても、「四半期に一度、目標の状況を確認する」という習慣だけでも取り入れると、ズレの早期発見につながります。
ズレに気づく仕組みを持つ
目標のズレは、気づくのが遅くなるほど修正コストと感情的コストの両方が上がります。発見を早めるための仕組みづくりが、管理職の最初の仕事です。
定期的なレビューがない環境で起きること
専任人事のいない中小企業では、1on1や目標レビューの仕組みが整っていないことが多く、「半期末に振り返ったら個人目標とチーム目標が正反対の方向を向いていた」という事態が起きやすい環境にあります。これは社員個人の問題ではなく、確認する場がなかったことの問題です。月次や四半期の業務報告に「目標進捗の確認」を一項目追加するだけで、ズレの発見は大幅に早まります。
1on1を目標確認の場として活用する
1on1(マネージャーと部下が定期的に行う1対1の面談)は、目標の進捗確認に最も適した場です。月1回・30分程度の1on1であっても、「個人目標の進捗」と「チーム状況との整合性」を確認する項目を設けることで、早期発見の仕組みとして機能します。話題のテンプレートを用意しておくと、管理職が別業務と兼務であっても運用しやすくなります。なお、1on1の内容を簡単な記録として残しておくことは、後述する合意プロセスの証跡にもなります。
兼務管理職の実務に寄り添う相談なら:月次報告の簡単なテンプレート作成やレビュー運用の見直しについても、実態に合わせた対応方法を一緒に考えることができます。
管理職が介入すべきタイミングの判断基準
兼務管理職が「いつ・どこまで動くべきか」を判断するには、ズレの深刻度を見極める基準を持つことが重要です。以下の表を参考に、自社の状況に当てはめてみてください。
| ズレのレベル | 状態の目安 | 管理職の動き |
|---|---|---|
| 軽微 | 個人目標の一部がチームの優先度と合っていない | 1on1で進捗確認・方向性の擦り合わせ |
| 中程度 | 個人目標の半分以上が現状のチーム方針と乖離している | 目標の見直しを本人と合意・記録に残す |
| 深刻 | チーム目標が経営判断で大きく変わり、個人目標が無効化される | 経営者を巻き込み、評価への影響も含めて会社として説明する |
「様子を見る」が最もリスクの高い選択
多くの兼務管理職が「もう少し待ってから話し合おう」と先送りしますが、これが最もリスクの高い選択です。社員は目標のズレを感じながら日々の業務を続け、「自分の努力は正しく評価されるのか」という不安を蓄積していきます。その不安が不満に変わったタイミングで初めて問題が顕在化するため、その段階では感情的なこじれも加わり、対応コストが格段に上がります。ズレに気づいたら、軽微な段階でも声をかけることが管理職の役割です。
経営者を巻き込む判断基準
チーム目標が経営判断で変わった場合、管理職が一人でその説明責任を担うのは無理があります。「なぜ会社の方針が変わったのか」を管理職が自分の言葉だけで説明しようとすると、社員に「管理職の個人的な都合」と受け取られるリスクがあります。経営者の判断が背景にある場合は、経営者自身が直接または文書で説明に加わることが、社員の納得度を高め、その後の目標修正の合意をスムーズにします。
本人が納得しないときの話し合いの進め方
目標の修正を告げると「自分の評価が下がる」と感じる社員も多くいます。感情的なこじれを防ぐには、伝え方の順序と合意プロセスの設計が重要です。
「責める」ではなく「一緒に整理する」スタンス
目標のズレを指摘するとき、「なぜ達成できていないのか」という問い方は、社員を追い詰める可能性があります。目標の齟齬は多くの場合、社員個人の問題ではなく、環境変化や目標設定時の見通しのズレによるものです。「状況が変わったので、一緒に現実的な目標に整理したい」というスタンスで臨むことで、社員は「守られている」と感じ、対話が建設的になります。なお、達成困難な目標をそのまま維持し続け、社員にプレッシャーをかけ続ける行為は、厚生労働省「職場のパワーハラスメントの防止のための指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)が示す「過大な要求」に該当するリスクもあります。
個人評価への影響を先に明確にする
社員が最も気にするのは「目標が変わったことで、自分の評価はどうなるのか」という点です。この点を曖昧にしたまま話を進めると、不安が残り、合意を得ても後から「そんな説明は受けていない」というトラブルになることがあります。目標を修正する際は、「どのような評価基準で判断されるか」をできる限り具体的に提示し、本人が納得した上で合意を取ることが重要です。個人目標が昇給・昇格と連動している場合は特に丁寧な説明が必要で、場合によっては人事評価規程の該当箇所を一緒に確認することも有効です。
合意と記録を残すための実務手順
目標修正の話し合いが終わったあと、口頭だけで済ませることが後のトラブルの最大の原因です。「言った・言わない」を防ぐための記録の残し方を整理します。
記録に含めるべき最低限の内容
目標修正の合意後に残すべき記録は、次の内容を含んでいれば形式は問いません。メールの記録でも、共有ドキュメントでも、紙の確認書でも機能します。
- 修正前の目標と修正後の目標の両方を明記する
- 修正の理由(チーム方針の変更・市場環境の変化など)を記録する
- 本人が合意した日付と、合意を確認した方法(対面・メールなど)を添える
- 評価への影響についての説明内容があれば、後の評価面談でも一貫した説明ができる
就業規則・評価規程との整合性を確認
会社に就業規則や人事評価規程がある場合、目標管理の変更手続きについて規定が設けられていることがあります。「目標変更は上長の承認を要する」といった記載があれば、その手続きを踏むことが必要です。規程に定めがない場合は、今回の修正対応をきっかけに「期中修正のルール」を明文化しておくことを検討してください。制度の抜け穴を放置すると、次に同じ状況が発生したときにまた一から対応することになります。
会社規模・制度の有無による対応の違い
- 就業規則・評価規程がある場合:規程の手続きに従い、修正内容を所定の方法で記録・承認する。
- 就業規則はあるが評価規程がない場合:今回の修正内容をメールや書面で本人に送付し、返信(確認の意思表示)を記録として残す。
- 10人未満で就業規則の作成義務がない場合:口頭合意のあとに必ずメールや簡単な確認書を残す。法的に義務はなくても、トラブル防止の観点から最低限の記録は必須。
記録の形式に悩んだら:制度設計がない会社でも、簡単なテンプレートやプロセスがあるだけで、トラブルは格段に減ります。実務的なアドバイスが欲しい場合はご相談ください。
まとめ
期中に個人目標とチーム目標がズレたとき、管理職がすべきことは「放置しない」「プロセスを踏んで修正する」「記録を残す」の三点に集約されます。目標の期中修正はルール違反ではなく、むしろMBOの本来の姿です。問題になるのは、変更そのものではなく、理由説明・本人合意・記録のどれかが欠けた状態で進めることです。また、達成困難な目標を放置したまま社員に責任を問い続ける行為は、パワーハラスメントのリスクも生じます。
「この対応で本当にいいのか」「うちの制度に合わせてどう進めるか」といった個別の判断は、管理職が一人で抱え込まず、経営者・人事と連携しながら対応することが、最終的な解決につながります。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者の方からの、目標管理・評価運用・人事制度に関するご相談をお受けしています。自社の状況に合わせた対応方法について、ぜひお気軽にご相談ください。
よくある質問
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