「先生から電話がありまして、○○さんの職場環境について聞かせてほしいと言われたのですが、どう答えればよいでしょうか……」。休職中の社員の主治医から突然連絡が入り、何をどこまで話してよいか分からないまま対応してしまった——専任人事のいない中小企業では、こうした状況が珍しくありません。主治医からの連絡は善意から来ることがほとんどですが、対応を誤ると個人情報トラブルや復職後の労務問題に発展するリスクがあります。この記事では、主治医から会社への連絡対応を正しく進めるためのポイントを、法的根拠と実務の両面から解説します。
主治医が会社に連絡してくる背景と目的を理解する
主治医が会社に連絡してくるのは、患者(社員)の治療・回復に必要な情報を得るため、あるいは職場復帰に向けた調整のためです。この目的を最初に把握しておくと、何を求められているかが整理できます。
主治医の立場と役割
主治医はあくまで「患者の治療と利益」を最優先に動く医師です。職場全体の業務運営や他の社員への影響を考慮する立場にはありません。そのため、「主治医が復職可能と言ったから会社も受け入れなければならない」という理解は誤りです。主治医の意見は重要な参考情報ですが、最終的な復職の可否は会社が判断します。産業医が選任されている場合は、産業医の意見も必ず確認してください。
主治医から会社への連絡の主なパターン
主治医から会社への連絡には、大きく分けて次の3つのパターンがあります。職場環境や業務負荷の確認を求めるもの、職場復帰の準備状況を確認するもの、そして復職に向けた「試し出勤」など段階的な対応を相談するものです。どのパターンかを最初に確認することで、自社がどこまで回答できるかの判断が早まります。
「主治医からの連絡=本人が同意している」は思い込み
主治医には医師法・医療倫理に基づく守秘義務があり、患者の情報を第三者(会社)に伝える際は原則として本人の同意が必要です。しかし実際には、本人が十分に状況を理解しないまま主治医に「会社への連絡をお願いします」と伝えているケースや、主治医側が先走って連絡してしまうケースもあります。「電話が来た=本人が同意済み」と安易に思い込まず、対応の中で本人の同意を確認することが不可欠です。
対応の前に確認すべき「本人の同意」
主治医からの連絡を受けた際に最初にすべきことは、本人がこの連絡を知っているか、情報共有に同意しているかを確認することです。これが、その後のすべての対応の土台になります。
本人同意が必要な法的根拠
社員の病状・診断内容は、個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)上の「要配慮個人情報」に該当します。会社がこれを受け取り、記録し、社内共有する際は、目的外利用の禁止・安全管理義務・第三者提供制限などの規律が適用されます。また、主治医から受け取った情報を不適切に社内拡散した場合、プライバシー侵害として社員から訴えられるリスクもあります。「要配慮個人情報」の取り扱いには、通常の個人情報以上に慎重な姿勢が求められます。
電話を受けたその場での確認手順
主治医から突然電話がかかってきたとき、すぐに詳細な情報を話し始めるのは禁物です。まず「お電話いただきありがとうございます。本人からこの連絡について事前に同意をいただいていることを確認させていただいてもよいですか」と伝えることが最善です。その場で確認が取れない場合は、「一度本人に確認を取ったうえで、改めてご連絡させてください」と折り返しにする方法が、リスクを最小化できます。相手が医師であっても、丁重に確認を求めることは失礼ではありません。
本人への確認・同意取得の方法
休職中の社員本人に対して「主治医の先生から連絡をいただきました。先生と会社が情報を共有することについて、ご同意いただけますか」と確認します。このとき、同意の内容(何をどの範囲で共有するか)を明示することが重要です。口頭確認でも構いませんが、後日トラブルを防ぐためにメールや書面で記録を残しておくと安心です。
主治医への回答範囲——何を話してよく、何を控えるか
主治医からの質問に答える際は、「会社として公開できる客観的な情報」と「本人の同意なく話すべきでない情報」を明確に区別することが重要です。
回答の可否を判断する基準
| 対応 | 情報の種類 | 具体例 |
|---|---|---|
| 回答してよい | 会社の客観的情報・復職支援方針 | 就業規則上の休職・復職ルール、職種・勤務形態の概要、復職支援の流れ |
| 本人同意を得てから | 業務の詳細・職場環境の状況 | 業務負荷の具体的な内容、職場の人間関係、休職前の経緯や出来事 |
| 原則として回答しない | 他者の情報・内部評価・憶測 | 他の社員の情報、会社の内部評価、診断名や病状に関する憶測コメント |
「断ると問題になるのか」という不安について
主治医からの質問に対してすべて答える義務は会社にはありません。本人の同意が取れていない情報を話すことを丁重に断っても、法的な問題は生じません。むしろ、同意なく情報を開示してしまった場合のほうが、社員からのトラブルにつながるリスクが高いです。「確認が取れ次第改めてご連絡します」という返答は、会社としての誠実な対応です。
主治医の「復職可能」意見との向き合い方
主治医から「復職可能と判断しています」という連絡があっても、それをそのまま復職の決定根拠にしないでください。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、主治医と産業医(または会社)の役割の違いが明示されています。主治医の意見は「治療の観点から見た状態」であり、「職場環境・業務内容・他の社員との関係も含めた職場復帰の可否」は別の判断です。産業医がいる場合は必ず産業医の意見を聞き、産業医がいない場合は会社として独自に復職基準を確認したうえで判断します。
産業医がいない場合の主治医との連携方法
従業員50名未満の事業場は産業医の選任義務がなく、主治医への窓口や連携の仕組みを自社で整備する必要があります。産業医不在でも、適切な連携の枠組みを作ることは可能です。
産業医と主治医の役割の違いを把握する
産業医は「職場と労働者の双方を知る医師」として、就業の可否・業務上の配慮事項・職場環境改善などを会社の視点も踏まえて判断します。一方、主治医は「患者の治療と回復」に特化した立場です。産業医がいれば、主治医と産業医が意見交換しながら復職を進める仕組みが機能しますが、産業医不在の場合はその調整役を会社自身が担わなければなりません。
産業医不在時の代替手段
産業医が選任されていない場合でも、地域産業保健センター(労働者健康安全機構が運営)では、医師や保健師への相談を無料で利用できます。また、外部のメンタルヘルス支援サービスやEAP(従業員支援プログラム)を活用することで、専門的な視点を取り入れることが可能です。完全に会社だけで抱え込まず、外部の専門機関と連携する体制を整えることが、中小企業における現実的な選択肢です。
自社の従業員規模による対応の違い
従業員数と産業医・就業規則の有無によって、取るべき対応が異なります。従業員50名以上の事業場は産業医の選任が義務付けられているため、主治医からの連絡は産業医を通じた連携が基本です。50名未満で就業規則がある場合は、就業規則に定められた休職・復職のフローに沿って対応します。就業規則が整備されていない場合は、今回の対応を機に最低限のルールを文書化しておくことを強くお勧めします。
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記録の残し方と社内情報共有のルール
主治医とのやりとりは、その場限りにせず必ず記録に残すことが大切です。記録がないと、後から復職・再休職・労務トラブルが起きたときに対応の根拠を示せなくなります。
記録に残すべき最低限の項目
主治医とのやりとりを記録する際には、少なくとも次の項目を書き残してください。日時・対応者の氏名・主治医の氏名と所属医療機関・やりとりの要旨・本人の同意確認の有無・次のアクション(折り返し連絡の予定など)。これらをWordやExcelの簡単なテンプレートに記録し、担当者以外がアクセスできない場所(パスワード管理されたフォルダや鍵のかかる書棚)で保管します。
社内共有の範囲を限定する
要配慮個人情報である社員の病状・診断内容は、「知る必要のある人だけに最小限の情報を伝える」が鉄則です。上司や経営者に共有する場合も、「現在治療中のため業務調整が必要」という事実ベースの情報に留め、病名や具体的な症状を広く伝える必要はありません。情報を受け取った担当者が守秘義務を意識できるよう、「この情報は外部に話さないこと」を明示して共有することも大切です。
窓口を一本化して情報の錯綜を防ぐ
主治医への対応窓口が複数いると、担当者ごとに伝えた内容が異なり、社員本人に不信感を与えるだけでなく、後から食い違いが生じたときに収拾がつかなくなります。経営者・人事担当・直属の上司など関係者が複数いる場合でも、主治医との連絡は必ず1人が担当し、記録を一元管理する体制を作ってください。窓口担当者が不在の場合の代理者も事前に決めておくと安心です。
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まとめ
主治医から会社への連絡対応で押さえるべきポイントは、大きく4つです。まず、主治医からの連絡を受けたら、本人の同意を確認してから情報を話すこと。次に、回答できる情報の範囲を「会社の客観的情報」「本人同意済みの情報」「原則非開示」の3段階で判断すること。そして、主治医の復職可能意見を鵜呑みにせず、会社として独自に復職の可否を判断すること。最後に、やりとりを必ず記録に残し、社内共有は必要最小限に限定することです。
産業医がいない、就業規則が整備されていない、担当者が一人で抱え込んでいる——そうした状況の中で、ある日突然かかってくる主治医からの電話は、対応が難しいのが正直なところです。ウェルセンス株式会社では、こうした中小企業の休職・復職対応や主治医との連携の進め方について、実務に即した支援を行っています。「自社の場合はどうすればいいのか」と迷ったときは、まずお気軽にご相談ください。
よくある質問
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