マトリクス組織で人事評価、主評価者は誰にすべき?

マトリクス組織で人事評価、主評価者は誰にすべき? 人事制度
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「プロジェクトリーダーとライン上司、どちらが評価するんですか?」——入社2年目の社員にそう聞かれて、答えに詰まった経験はないでしょうか。プロジェクト型の仕事が増え、気づけば一人の社員に「上司が2人いる」状態になっている。これがマトリクス組織の現実です。誰が評価するかが曖昧なまま運用を続けると、評価への不信感が積み重なり、最終的には離職につながることもあります。この記事では、マトリクス組織における主評価者と副評価者の役割分担、ウェイトの設計方法、評価のすり合わせまでを実務ベースで解説します。

マトリクス組織で「誰が評価するか」が決まらない本当の理由

マトリクス組織における評価の混乱は、制度の問題である前に「役割定義の欠如」から生じています。評価者を誰にするかを決める前に、まず評価者の役割そのものを言語化することが出発点です。

マトリクス組織とは何か、なぜ人事評価が難しいのか

マトリクス組織とは、縦軸の「部門・職種ライン」と横軸の「プロジェクト・機能ライン」が交差する組織構造です。たとえば、営業部所属の社員がDX推進プロジェクトにもアサインされている、という状況がこれにあたります。大企業だけの話ではなく、20〜50名規模の成長企業でも「気づいたらマトリクスになっていた」というケースは珍しくありません。

問題は、この構造に人事評価制度が追いついていないことです。部門長は日常業務を見ており、プロジェクトマネージャーはアウトプットを見ている。観察している範囲が違うため、同じ社員を評価しても視点がまったく異なります。

「押し付け合い」が起きるのは仕組みの問題

「あの人はプロジェクト側で動いているからPMが評価してほしい」「でも採用・昇給の手続きは部門長がやるべきでは」——こうした押し付け合いは、評価責任の所在が明文化されていないために起きます。担当者の善意や交渉力で毎回解決しようとすると、評価の質もタイミングも担当者次第になってしまいます。解決策はシンプルで、「誰が最終評価者か」を制度として明文化することです。

主評価者と副評価者、役割の違いと決め方

主評価者と副評価者の最大の違いは「観察の深さ」と「評価責任の所在」です。日常業務を最も近くで観察できる上司が主評価者、補完的な視点を持つ上司が副評価者というのが基本の考え方です。

主評価者に適している人とは

主評価者は、評価対象者の日常的な行動・プロセス・姿勢を最も頻繁に観察できる立場の人です。具体的には、勤怠管理や業務指示を出している直属の上長、日常的なコミュニケーションの窓口になっている管理職などが該当します。重要なのは「組織図上の上司」ではなく「実態として最も多くを見ている人」という判断軸です。

また、主評価者は評価の最終確定者でもあります。副評価者の意見を踏まえたうえで最終評価をまとめる責任を持ち、フィードバック面談も原則として主評価者が担当します。

副評価者の役割は「補完」であって「補佐」ではない

副評価者は、主評価者が見えにくい側面——たとえばプロジェクト上でのリーダーシップ、他部門との連携スキル、成果物のクオリティ——を評価する役割を担います。「副」という名称から「補佐的に意見を添えるだけ」と受け取られがちですが、それでは副評価者を設ける意味がありません。

副評価者の評価が最終結果にきちんと反映される仕組み——たとえば「副評価者のコメントは評価シートに必ず記載し、主評価者が無視した場合はその理由を明記する」というルール——をあらかじめ設計しておくことが重要です。

評価ウェイトの設計方法と根拠の持ち方

評価ウェイトは「どちらの評価者が、対象者の何をどれだけ観察しているか」を基準に設定します。数字の根拠を説明できることが、社員の納得感を生む前提条件です。

ウェイト設定の3つのパターン

以下の表を参考に、自社の実態に近いパターンを選んでください。

マトリクス組織における人事評価の実態 主評価者:副評価者の目安
主評価者が日常業務の大半(8割以上)を把握している 7:3〜8:2
主・副がほぼ同程度に関与している(完全なマトリクス型) 6:4〜5:5
成果・アウトカム評価は副評価者が担うケース 評価項目ごとに分けて設計する

「なぜその数字か」を説明できるようにする

社員から「なぜ主評価者70%なのか」と聞かれたとき、「そう決めたから」では納得を得られません。「主評価者であるAさんが、あなたの業務時間のうち約70%にあたる日常業務を観察しており、副評価者のBさんが担当するプロジェクト業務が残りの30%にあたるため」という形で、観察実態に基づいた根拠を用意してください。ウェイトの数字そのものより、根拠を説明できるかどうかが信頼性を左右します。

評価項目ごとにウェイトを分ける方法

ウェイトを一律に設定するのではなく、評価項目ごとに担当者を変えるアプローチも有効です。たとえば「業務プロセス・行動評価」は主評価者が100%担当し、「プロジェクト成果・目標達成評価」は副評価者が100%担当するという設計です。これにより、どちらも「自分が評価できる範囲だけを評価する」という明確な役割分担ができ、双方の評価精度が上がります。

評価のすり合わせ(キャリブレーション)を小規模でも実装する

評価者間のすり合わせ、いわゆる「キャリブレーション」は、大企業だけの仕組みではありません。30分のオンライン面談でも十分機能します。

キャリブレーションとは何か

キャリブレーション(calibration)とは、複数の評価者が個別に評価した結果を持ち寄り、評価基準のズレや見解の相違を確認・調整するプロセスです。「上司Aは高評価、上司Bは低評価」という状態のまま最終評価を出すと、社員への説明が困難になり、人事評価制度への不信感を招きます。このすり合わせを制度として組み込むことで、評価の公平性と説明可能性が大きく向上します。

小規模企業での現実的な進め方

大きな調整会議を設ける必要はありません。以下のステップで進めることができます。

まず、主評価者と副評価者がそれぞれ独立して評価シートを記入します。次に、評価期間終了後に30分程度の個別面談またはオンラインミーティングを設け、評価の根拠と評点を共有します。評価に大きな差がある項目については、どちらの観察が実態に近いかを確認し、主評価者が最終評点を確定します。最後に副評価者が確認・同意のサインをするという流れです。この一連の記録を残しておくことは、後述する法的リスク対策としても重要です。

評価者が会話できない場合の代替策

「忙しくて評価者同士が話す時間が取れない」という声はよく聞きます。その場合は、評価シートにコメント欄を設け、副評価者が記入したコメントを主評価者が確認したうえで最終評価を記入するという非同期の方法でも対応できます。ただし、大きな評価差がある場合は必ず対話の場を設けることをルール化しておいてください。

社員本人への開示と納得感の設計

人事評価制度の信頼性は「誰が、何を基準に、どのウェイトで評価するか」を事前に本人へ説明することで初めて確立されます。開示なき評価は、疑念の温床になります。

評価者・ウェイトは評価開始前に伝える

評価期間が始まる前に、「あなたの主評価者はAさん、副評価者はBさんです。ウェイトは7対3で、業務プロセス評価をAさんが、プロジェクト成果評価をBさんが担当します」という情報を本人に伝えてください。これにより社員は「誰の視点を意識して仕事をすべきか」が明確になり、「どっちの上司を優先すればいいのか」という本末転倒な悩みが解消されます。

法的リスクとして知っておくべきこと

人事評価制度を直接規制する法律はありませんが、関連する法令は複数あります。評価が賃金・昇給に連動する場合、労働基準法第89条の規定により就業規則または賃金規程に評価制度の概要を記載する必要があります。また、評価制度の変更が賃金の実質的な低下につながる場合、労働契約法第10条の「不利益変更」に該当するリスクがあるため、変更時は合理的な理由と従業員への説明が不可欠です。さらに、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法の観点から、育休取得の有無や性別を理由に不利益な評価を行うことは禁じられており、複数評価者がいる場合も同様のルールが適用されます。

加えて、評価プロセスの記録を残すことは、不当降格・減給の訴訟リスクへの備えとしても機能します。「誰が、いつ、何を根拠に評価したか」が書面で確認できる状態にしておくことが、企業を守ることにもつながります。

自社規模別の導入レベル感

マトリクス組織における人事評価設計に「完璧な正解」はありません。自社の規模と実態に合ったレベルから始めることが、制度を形骨化させないコツです。

従業員数・組織実態による分岐

  • 従業員数20名以下・プロジェクト掛け持ちが数名程度:主評価者を1名に絞り、副評価者のコメントを参考情報として評価シートに添付する形で十分です。フルセットの制度設計より、まず「誰が最終評価者か」を明確にすることを優先してください。
  • 従業員数20〜50名・複数プロジェクトが常態化している:主・副の役割分担とウェイトを就業規則または人事評価規程に明記し、キャリブレーションを評価プロセスとして制度化することを推奨します。評価シートの書式も主評価者欄・副評価者欄を分けて設計してください。
  • 専任人事がいない兼務担当者の場合:精緻な設計より「最低限のルール文書化」を優先します。「主評価者は直属の上長、副評価者はプロジェクトマネージャー、最終確定は主評価者」という一枚の方針シートを作るだけでも、評価の混乱は大幅に減らせます。

就業規則・評価規程との連動

人事評価制度の設計が整ったら、就業規則または別途定める人事評価規程に反映させることが必要です。特に評価が賃金や昇格に連動している場合、規程への明記がないと労働トラブルに発展するリスクがあります。変更の際は従業員への説明と同意確認のプロセスも忘れずに行ってください。

まとめ

マトリクス組織における人事評価の混乱は、「誰が評価するか」という役割の曖昧さから始まります。解決のポイントは、主評価者と副評価者の役割を明文化すること、観察実態に基づいてウェイトを設定すること、評価者間のすり合わせ(キャリブレーション)を制度に組み込むこと、そして評価者・ウェイトを事前に本人へ開示することの4点です。小規模企業でも、完璧な制度でなくても、「誰が何を評価するか」を明確にするだけで社員の行動基準は格段に整理されます。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの人事評価制度の相談を数多くお受けしています。「うちの組織に合った人事評価の設計を一緒に考えてほしい」「今の制度のどこに問題があるか見てほしい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 主評価者と副評価者でまったく逆の評価になった場合、どう対処すればよいですか?

A. まずキャリブレーション(評価者間のすり合わせ面談)を実施し、評価の根拠を互いに開示してください。それでも解消しない場合は、評価の差が生じた項目について「どちらが実際にその場面を観察できていたか」を確認し、観察頻度が高い側の評価をより重視するのが原則です。最終的な評価確定は主評価者の責任ですが、差異の理由を評価シートに記録しておくことが重要です。

Q. 副評価者をプロジェクトのたびに変えてもよいですか?

A. 問題ありません。ただし、評価期間中に副評価者が変わると評価の一貫性が損なわれるため、評価期間の開始前に副評価者を確定し、期間中は変更しないことを原則としてください。どうしても変更が生じる場合は、引き継ぎ時点までの評価コメントを文書化して後任の副評価者に引き継ぐ手順を設けてください。

Q. 社員が「どっちの上司を優先すればいいかわからない」と言っています。評価の観点からどう答えればよいですか?

A. これは人事評価制度の不透明さから生じる典型的な悩みです。「評価者が誰で、何をどのウェイトで評価するか」を本人に事前説明することで解消できます。たとえば「日常業務の姿勢と行動はAさんが主に評価し、プロジェクトの成果はBさんが評価します。どちらかを優先するのではなく、それぞれの場面で求められることに集中してください」と伝えるだけで、社員の行動基準がクリアになります。

Q. 人事評価ウェイトを就業規則に記載する必要はありますか?

A. 評価ウェイトの細かい数値まで就業規則に記載する義務はありませんが、評価が賃金・昇給に連動している場合は、労働基準法第89条の規定により人事評価制度の概要を就業規則または賃金規程に記載する必要があります。評価ウェイトの詳細は、就業規則から参照される「人事評価規程」などの別規程に定めておくと、変更時の柔軟性も確保できます。

Q. 専任人事がいない会社でも、マトリクス組織の人事評価設計はできますか?

A. できます。まずは「誰が主評価者で最終確定者か」を明文化したA4一枚の方針シートを作るところから始めてください。完璧な制度より、現場が迷わない最低限のルールを先に整備することが優先です。人事評価制度が育ってきた段階で、評価規程の整備や評価シートの書式設計に着手すると、兼務担当者でも無理なく進められます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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