在職中の引き抜き行為に気づいたら取るべき対応

在職中の引き抜き行為に気づいたら取るべき対応 コンプライアンス
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「退職した社員が、辞める前から同僚を勧誘していたらしい」——そう気づいたとき、多くの経営者・人事担当者はこう感じます。「怒りはあるが、就業規則に禁止と書いていない。証拠もない。自分たちには何もできないのかもしれない」と。しかし、それは誤解です。在職中の引き抜き行為は、就業規則の定めがなくても法的に対抗できる根拠があります。この記事では、発覚直後にとるべき対応を、証拠収集・法的根拠・就業規則整備の順に実務的に解説します。

在職中の引き抜き行為は違法になるのか

結論から言えば、在職中の引き抜き勧誘行為は、就業規則に禁止規定がなくても不法行為(民法709条)として損害賠償請求の対象になりえます。

「退職の自由」と「在職中の義務」は別の話

日本では、職業選択の自由が保障されており、退職して競合他社へ転職したり、独立したりすること自体は原則として自由です。しかし、在職中は話が変わります。

労働者は雇用契約に伴う付随義務として「誠実義務」および「職務専念義務」を負っています。これは明文の規定がなくても労働契約から当然に発生するものです。在職中に同僚へ「一緒に転職しないか」「うちの会社に来ないか」と組織的・計画的に勧誘する行為は、この誠実義務に反し、不法行為が成立しうると裁判所も認めています。

どこから「引き抜き」と判断できるか

「転職の話をしていた」だけでは問題の判断が難しいですが、以下のような事情が重なると引き抜き行為と評価されやすくなります。

  • 業務時間中に複数の同僚へ転職を勧誘していた
  • 転職先の具体的な待遇・給与条件を伝えて勧誘していた
  • 顧客情報や社内の営業データを持ち出して転職先に提供していた
  • 転職先企業の関与のもと、組織的に複数名を引き抜いていた

特に顧客名簿や取引条件などの営業秘密を利用した勧誘が絡む場合は、不正競争防止法(2条1項4号・5号等)の問題にも発展する可能性があります。一方で、「退職後に個人的に声をかけた」「偶然話が合った」という程度では、法的責任の追及は困難です。事実関係の整理が出発点になります。

損害賠償請求に必要な三つの要件

民事不法行為として損害賠償を請求するには、以下の三点を立証する必要があります。

  • 故意・過失の存在
  • 損害の発生
  • 行為と損害の因果関係

実務上、最も難しいのは損害額の算定と因果関係の証明です。たとえば「引き抜かれた3名の採用・育成コストとして合計○百万円の損害が生じた」という形で具体的な金額を示す必要があります。だからこそ、早期の証拠保全が勝否を左右します。

発覚直後に押さえるべき証拠収集の方法

引き抜き行為が発覚したら、まず証拠を保全することが最優先です。「言った言わない」の水かけ論を避けるためにも、行動は素早く、かつ適法な範囲で行う必要があります。

適法に収集できる証拠の種類

以下は、適法な証拠収集として機能しうる主な手段です。

証拠の種類 収集のポイント
会社貸与デバイス・業務メールのログ モニタリング規程または利用規程が整備されていると調査の正当性が高まる
社内チャット(Slack・Teams等)の記録 管理者権限でエクスポートし、改ざんされる前に保全する
勧誘を受けた従業員の証言・陳述書 日時・場所・発言内容を具体的に記録してもらう。複数名から取得できると信頼性が高まる
業務時間中の不審な行動記録 入退室記録・スケジュール上の不自然な空白・業務外の会議参加記録など
在職中に締結した誓約書・秘密保持契約 入社時または退職時に取得しているか確認する

やってはいけない証拠収集

証拠を集めたい気持ちは理解できますが、以下の行為は違法となり、かえって会社側が不利になります。

  • 個人のスマートフォンや私有デバイスへの無断アクセス
  • 盗聴・盗撮
  • 本人の同意なく私的なSNSやメッセージを閲覧・取得する行為

上記の行為は、プライバシーの侵害や不正アクセス禁止法違反に問われる可能性があります。また、当事者の従業員を呼び出して圧迫的に問い質すことは、パワーハラスメントの認定リスクを生みます。調査は冷静に、記録を残しながら行うことが鉄則です。

勧誘を受けた従業員への聴き取り

引き抜かれそうになった従業員から話を聞く際は、個別に・プライバシーに配慮した環境で行います。「あなたを責めているわけではない」という前置きを明確にしたうえで、以下の点を確認します。

  • いつ
  • どこで
  • 誰から
  • どのような勧誘を受けたか

聴き取り後は、内容をメモとして記録し、できれば本人にサインしてもらった陳述書として残しておくと証拠力が高まります。

就業規則に禁止規定がなくても対応できるか

就業規則に引き抜き禁止の条文がなくても、不法行為の主張自体は可能です。ただし、懲戒処分の根拠は就業規則の規定がないと成立しないため、今後のために整備を急ぐ意味があります。

規定がなくても対応できること・できないこと

在職中の誠実義務は労働契約から当然に生じるため、「就業規則に書いていないから損害賠償請求できない」は誤りです。

一方で、現行の就業規則に懲戒事由として列挙されていない行為に対して懲戒処分(出勤停止・降格・懲戒解雇等)を行うことは、無効とされるリスクが高くなります。つまり、規定がないまま懲戒解雇をすれば、今度は会社側が不当解雇で訴えられる事態になりかねません。

今から就業規則に追加すべき条項

現時点で規定がない場合、少なくとも以下の条項を追加・整備することを検討してください。

  • 在職中の競業行為・同僚への転職勧誘禁止(懲戒事由への明記)
  • 会社貸与デバイス・業務メールのモニタリングに関する規程
  • 退職後の競業避止義務(合理的な期間・地域・職種の範囲で設定)
  • 秘密保持義務(営業秘密・顧客情報の取り扱い)

なお、競業避止義務の条項は「期間・地域・対象職種・代償措置の有無」のバランスが取れていないと、公序良俗に反するとして無効(民法90条)と判断される判例が多数あります。「退職後10年間、全国で一切の競業を禁止する」といった過度に広範な設定は逆効果です。合理的な範囲に絞って設定することが実務上のポイントです。

入退社時の誓約書取得が有効な理由

就業規則の整備と並行して、入社時・退職時に「秘密保持・競業避止・同僚への勧誘禁止」に関する誓約書を取得する運用を整えておくことが重要です。

誓約書があれば、「知らなかった」という主張を退けやすくなり、損害賠償請求の際にも故意・過失の立証が容易になります。特に、退職時に取得する誓約書は「退職後の行動の範囲」を当事者に明示できるため、抑止力としても機能します。

懲戒処分・法的対応の進め方

証拠が揃ったら、当事者への対応として懲戒処分または損害賠償請求を検討します。いずれも手順と根拠を誤ると会社側のリスクになるため、慎重に進めます。

懲戒処分を行う場合の手順

懲戒処分は、就業規則に懲戒事由として明記されていることが前提です。その上で、処分の重さは行為の悪質性に比例させます。

具体的な手順は以下の通りです。

  1. 事実確認(聴き取り)を行う
  2. 弁明の機会を与える
  3. 就業規則の懲戒事由に照らして適切な処分を決定する
  4. 処分を書面で通知する

この流れを踏まずに懲戒解雇などの重い処分を下すと、後に解雇無効を争われるリスクがあります。当事者がすでに退職している場合は、損害賠償請求が主な対抗手段になります。

損害賠償請求を検討する際の現実的な判断基準

法的対応を検討する際は、「請求できるか」よりも「費用対効果として実行するか」という判断が現実的です。

専任弁護士への依頼費用・訴訟コスト・経営者や担当者の時間的負担を踏まえ、損害額が相応に大きい場合(採用コストや売上損失が明確に算定できる場合)に訴訟を選択する判断になることが多いです。

まず弁護士に相談し、証拠の強度と損害額の見積もりをもとに方針を決めるのが現実的なルートです。

残存従業員の心理ケアを忘れない

引き抜き行為が発覚した職場では、残った従業員が動揺し、「自分も辞めた方がいいのか」という不安が連鎖的な離職につながることがあります。

法的対応と並行して、以下の対応が必要です。

  • 残存従業員への個別面談
  • 事実関係の情報共有
  • 不安の聴き取り

これらは二次被害の防止として不可欠です。特に中小企業では一人の離職が業務に直結するため、職場全体のケアは経営上の最優先事項として位置づけてください。

専任人事がいない中小企業が今すぐできること

専任の人事担当者がいなくても、順序立てて対応することで引き抜き被害を最小化できます。「何から手をつければいいかわからない」という状態を脱するための優先順位を整理します。

発覚直後の初動チェックリスト

引き抜き行為が発覚したら、まず事実確認と証拠保全を同時に進めます。具体的には、以下を「発覚から1週間以内」を目安に完了させることが、後の対応の有効性を左右します。

  • 証拠保全:業務メール・社内チャットのログを管理者権限で保全する
  • 聴き取り:勧誘を受けた従業員からの聴き取りと陳述書取得を行う
  • 規則確認:現行の就業規則に懲戒規定があるかどうかを確認する
  • 専門家相談:規定がある場合は懲戒手続きに移行し、ない場合は弁護士・社会保険労務士への相談を優先する

社外の専門家をどう活用するか

顧問弁護士・社労士がいない場合でも、単発での法律相談は可能です。役割を分けて相談することで効率的に対応できます。

  • 弁護士への相談:証拠の強度評価と損害賠償請求の可否
  • 社会保険労務士への相談:就業規則の整備と懲戒手続きの適法性

「費用が読めない」という不安は、まず相談料のみで方針確認をすることで解消できます。早期に専門家の見立てを得ることが、会社側のリスクを最小化する最善策です。

まとめ

在職中の引き抜き行為は、就業規則に禁止規定がなくても、労働契約上の誠実義務違反として不法行為(民法709条)の対象になりえます。対応の鍵は「証拠の早期保全」「懲戒規定の有無の確認」「残存従業員へのケア」の三点を同時に進めることです。また、今回の経験を活かして就業規則に勧誘禁止・モニタリング規程・競業避止義務を整備することが、将来のリスク管理として有効です。

ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・休職復職支援に加え、職場トラブルに伴う従業員の心理ケアや、人事制度整備のサポートも行っています。「引き抜き行為への対応方法がわからない」「残した従業員の心理ケアをどうしたらいいか」「就業規則をどう整備すればいいか」——そうした課題について、まずはお気軽にご相談ください。会社の規模や状況に応じた実行可能なアドバイスをさせていただきます。

よくある質問

Q. 就業規則に引き抜き禁止の規定がない場合、懲戒処分はできますか?

A. 就業規則に懲戒事由として明記されていない行為への懲戒処分は、無効とされるリスクが高いため原則として困難です。ただし、不法行為として損害賠償請求を行うことは就業規則の規定がなくても可能です。まず現行の就業規則を確認し、弁護士または社会保険労務士に相談することをお勧めします。

Q. 引き抜きを行った社員がすでに退職している場合、対応策はありますか?

A. 退職後でも、在職中の行為に対しては損害賠償請求が可能です。証拠の保全が最重要で、業務メールのログ・陳述書・採用コスト等の損害を記録しておくことが請求の前提になります。退職から時間が経つほど証拠が失われるリスクが高まるため、発覚したら速やかに記録を保全してください。

Q. 勧誘を受けた従業員の証言だけで証拠として成立しますか?

A. 証言・陳述書は重要な証拠になりますが、一人の証言のみでは信頼性に疑問が呈されることがあります。複数名から陳述書を取得し、業務メールや社内チャットのログ等の客観的な記録と組み合わせることで証拠力が高まります。陳述書には日時・場所・発言内容を具体的に記載してもらい、本人のサインを得ておくことが重要です。

Q. 競業避止義務の条項を就業規則に追加する際の注意点は何ですか?

A. 競業避止義務は「禁止期間・対象地域・対象職種・代償措置の有無」のバランスが合理的でないと、公序良俗に反するとして民法90条により無効と判断される判例が多数あります。たとえば「退職後2年以内・同一都道府県内・同一職種」といった範囲に絞り、代償として退職金の上乗せや特別手当を設けることが有効性を高めるポイントです。設定前に社会保険労務士や弁護士に確認することをお勧めします。

Q. 引き抜き後に残った従業員が不安がっています。どう対応すればよいですか?

A. 引き抜きが発覚した職場では、残存従業員が「自分も辞めるべきか」と動揺し、連鎖離職につながることがあります。まず個別面談の機会を設け、不安を丁寧に聴き取ることが重要です。「会社はこの問題に真剣に対応している」という姿勢を見せることが職場の安定につながります。状況によっては外部の相談窓口やカウンセリングの活用も有効な選択肢です。ウェルセンス株式会社でも、こうした職場のメンタルヘルス対応をサポートしています。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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