株主でもある従業員を解雇する際の5つの実務手順

株主でもある従業員を解雇する際の5つの実務手順 コンプライアンス
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「この社員に辞めてもらいたい。でも、株も持っているんです」——中小・成長企業の経営者から寄せられる相談の中でも、このケースは特に対応が複雑です。退職勧奨を切り出した途端に「株を高く買い取るなら辞める」と言われ、労務問題と株式問題が入り組んだ状態に陥る。どちらが先か、誰に相談すればいいのかわからず、時間だけが過ぎていく。本記事では、株主でもある従業員を解雇・退職勧奨する際に踏むべき5つの実務手順を、法的根拠とともに解説します。

労務問題と株式問題は「別の話」として切り分ける

株主でもある従業員への対応で最初に理解しておくべき原則は、「解雇・退職勧奨の有効性」と「株式買取の義務・価格」はまったく独立した法的問題だということです。この切り分けができていないと、交渉全体が行き詰まります。

解雇の有効性は労働法だけで判断される

裁判所や労働審判では、解雇が有効かどうかは労働契約法16条の「解雇権濫用法理」に基づき判断されます。客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められなければ、解雇は無効です。「株主だから」「株式問題が片付いていないから」という理由は、解雇の有効・無効にまったく影響しません。解雇事由はあくまで就業規則に定められた別の根拠が必要です。

株式買取に法的義務は原則ない

非上場株式において、会社や他の株主は退職する株主の株式を買い取る義務を原則として負いません(会社法に買取強制規定はなく、定款や株主間契約に別段の定めがある場合を除く)。相手が「辞めるから株を買え」と要求しても、それ自体には法的拘束力がない。この事実を最初に確認しておくことで、交渉の土台が定まります。

「人質関係」を作らないための心構え

交渉の場で労務問題と株式問題が混在すると、「株を安く買うなら訴える」「退職しないなら株主権を行使する」といった相互の人質関係が生まれます。これを防ぐには、会社側が最初から「退職勧奨は退職勧奨として進める。株式の取り扱いは別途協議する」という姿勢を文書で明示することが重要です。

退職勧奨か解雇か、手段を選ぶ前に確認すること

労務対応の手段として「退職勧奨」と「解雇」は法的性質がまったく異なります。株主でもある相手に対しては、この選択がトラブルの大きさを左右します。

退職勧奨は合意が前提、強引は違法になる

退職勧奨とは、会社が従業員に「辞めてほしい」とお願いする行為です。相手が同意して初めて合意退職が成立します。繰り返し・執拗な働きかけや、退職しなければ不利益を与えると示唆するような言動は、民法上の強迫(民法96条)や不法行為に該当する可能性があります。特に株主でもある従業員を相手にした場合、後に訴訟リスクが高まるため、面談の記録を残すことが不可欠です。

解雇には客観的合理的な理由が必要

解雇は会社の一方的な意思表示ですが、労働契約法16条により「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない」場合は無効とされます。就業規則上の解雇事由(重大な服務規律違反・能力不足・経営上の必要性など)が明確にあり、かつ手続きが適正でなければなりません。懲戒解雇の場合はさらに厳格な要件が課されます。

状況別の判断基準

どちらの手段が適切かは、以下の観点から判断します。

状況 適した手段 注意点
問題行動はあるが解雇事由として弱い 退職勧奨(合意退職) 面談記録・退職合意書を必ず残す
重大な服務規律違反・横領等がある 懲戒解雇を検討 就業規則の根拠条文を確認する
能力不足・業績不振 普通解雇または退職勧奨 指導履歴・改善機会の提供が必要
経営上の人員削減 整理解雇の4要件を充足するか確認 解雇回避努力・選定合理性が問われる

退職合意書に必ず盛り込む「株式の切り分け条項」

合意退職が成立しても、退職合意書の内容が曖昧だと後から株式問題が蒸し返されます。退職合意書の段階で労務問題と株式問題を明確に切り分けておくことが、後のトラブル防止に直結します。

退職合意書に明記すべき項目

退職合意書には、少なくとも以下の内容を盛り込みます。

  • 退職日・退職の種類(合意退職)
  • 在職中の労務に関する請求権を相互に放棄すること(清算条項)
  • 株式の取り扱いについては「別途当事者間で協議する」と明示すること
  • 退職合意と株式買取は条件付けないこと(株式問題の決着を退職の条件にしない)
  • 秘密保持・競業避止条項(必要に応じて)

「株式問題は別途」と切り分ける理由

退職合意書に株式の具体的な価格や買取条件を混在させると、後から「退職合意書全体が無効だ」と争われるリスクがあります。また、株価の協議が長引いたときに退職自体がひっくり返される余地を作りかねません。退職合意書はあくまで「労働契約の終了」だけを確定させ、株式の協議は別文書・別交渉として進める構造が安全です。

退職後も株主権は続く、という前提で準備する

退職合意書に署名しても、株式を保有し続ける限り相手は株主です。株主総会での議決権行使・株主代表訴訟の提起・会計帳簿の閲覧請求(会社法433条)といった手段を行使できる状態が続きます。退職後の株主権行使リスクを見越して、株式買取交渉は退職合意と並行して、または退職合意直後に速やかに始めることが重要です。

非上場株式の適正価格をどう決めるか

株式買取交渉で最も紛争化しやすいのが価格の問題です。非上場株式には市場価格がないため、当事者が感情的・恣意的な数字を持ち込みやすい。価格決定の仕組みを事前に理解しておくことで、交渉を合理的な枠組みに乗せることができます。

価格決定の3つのルート

非上場株式の買取価格は、次のいずれかのルートで決まります。まず、当事者間の協議によって合意価格を定める方法が最も一般的です。次に、定款や株主間契約に価格決定方式(純資産方式・DCF法など)が規定されている場合はその方式に従います。そして、協議が不調に終わり譲渡制限株式の承認拒否の手続きが起動した場合は、会社法144条に基づき裁判所が価格を決定します。裁判所による価格決定は時間・コストがかかるため、当事者間での合意を優先するのが実務上の原則です。

主な評価方法と特徴

当事者間の協議に使われる主な評価方法として、純資産(簿価または時価)に基づく「純資産法」、類似会社の株価倍率を使う「類似会社比準法」、将来キャッシュフローを現在価値に引き直す「DCF法」などがあります。中小企業実務では純資産法が使われることが多いですが、相手方が高額な将来収益を根拠にDCF法を主張してくるケースもあります。価格交渉の前に公認会計士や株式評価の専門家に依頼して「会社側の根拠ある評価額」を算出しておくことが、交渉を理性的に進める鍵です。

財源規制に注意する

会社が自己株式として買い取る場合、会社法461条の財源規制(分配可能額の範囲内でなければならない)が適用されます。財源が不足している場合、会社は買取自体ができません。この場合は、他の株主(オーナー個人など)が直接買い取る形を検討します。いずれにせよ、買取主体と財源の確認は交渉開始前に行ってください。

専門家の役割分担と相談の順番

株主でもある従業員への対応には、労務・法務・会計の複数専門領域が絡みます。誰に何を相談するかを整理しておかないと、対応が分散して経営者が板挟みになります。

社労士・弁護士・公認会計士の役割

退職勧奨・解雇の手続き設計・面談記録の整備・退職合意書の作成については、社会保険労務士が中心的な役割を担います。株式買取交渉・退職合意書の法的リスク審査・株主権行使への対応については弁護士が必要です。株式の評価額算定については公認会計士・税理士の関与が欠かせません。この三者が連携して動くことが理想的ですが、中小企業では一人の弁護士が労務も株式も兼ねて対応するケースも少なくありません。

相談の順番と連携の作り方

実務上の相談順序として、まず社労士に「解雇・退職勧奨の手続き上の問題点」を確認します。次に弁護士に「株式買取義務の有無・定款・株主間契約の確認・退職合意書のリスク審査」を依頼します。並行して公認会計士に「株式評価額の算定」を依頼します。三者が別々に動くと情報が断絶するため、経営者が窓口となって情報を共有するか、ワンストップで対応できる支援体制を用意することが望ましいです。

定款・株主間契約の有無で対応が変わる

「退職時に株式を会社へ売り渡す義務」や「価格決定方式」を定款または株主間契約で規定していれば、交渉の枠組みがあらかじめ決まっています。こうした規定がない場合(中小・成長企業の多くがこのケース)、全てを当事者間の任意交渉で決めなければならず、紛争リスクが高まります。今後の対策として、発行済み株式の整理と定款・株主間契約の整備を早期に行うことを強くお勧めします。

まとめ

株主でもある従業員を解雇・退職勧奨する際の実務は、「労務問題と株式問題を最初に切り分ける」ことから始まります。まず解雇・退職勧奨の手段と根拠を確認し、退職合意書で労務の決着をつけながら株式問題は別途協議と明記する。そのうえで非上場株式の評価額を専門家に算定してもらい、合理的な根拠のある価格交渉を進める。退職後の株主権行使リスクも見越して、速やかに株式買取の協議を完結させることが重要です。

この対応には社労士・弁護士・公認会計士の連携が不可欠であり、専任人事のいない中小企業では特に外部専門家の体制づくりが鍵を握ります。ウェルセンス株式会社では、こうした人事・労務の複雑な問題について、経営者・兼務人事担当者の立場に寄り添った相談対応を行っています。「誰にどう相談すればいいかわからない」という段階からでも、整理のお手伝いをしています。まずはお気軽にご連絡ください。

よくある質問

Q. 株主でもある従業員を解雇した場合、会社は株式を必ず買い取らなければならないのですか?

A. 原則として、買取義務はありません。非上場株式において、会社や他の株主は退職株主の株式を強制的に買い取る法的義務を負いません。ただし、定款に「退職時の売渡請求規定」がある場合や、株主間契約に別段の定めがある場合はその規定が適用されます。まず定款・契約内容を確認することが最初のステップです。

Q. 退職後も株主として会計帳簿の閲覧を請求されることはありますか?

A. あります。退職しても株式を保有している限り、その元従業員は株主として会社法433条に基づく会計帳簿・資料の閲覧請求権を持ちます。会社は「株主の権利行使と無関係な目的」「会社の業務を妨げる目的」など会社法所定の拒否事由がなければ拒否できません。退職後の株式買取を速やかに完了させることが、このリスクへの最善の対処です。

Q. 非上場株式の価格を当事者間で合意できない場合はどうなりますか?

A. 譲渡制限株式の場合、株主が第三者への譲渡を会社に申請し、会社が承認を拒否した上で会社または指定買取人が買い取る手続きに入ります。その際、価格が折り合わなければ会社法144条に基づき裁判所が価格を決定します。裁判所への申立ては時間・費用がかかるため、公認会計士による評価書を用意して当事者間での合意を目指すのが実務上の優先策です。

Q. 退職合意書に株式買取の条件を一緒に書いてもいいですか?

A. 推奨しません。退職合意書に具体的な株式買取価格・条件を盛り込むと、株価交渉が長引いた場合に退職合意自体の効力が不安定になるリスクがあります。実務上は「株式の取り扱いについては別途当事者間で協議する」と明記するにとどめ、株式買取については別途覚書や株式売買契約書を締結するのが安全な対処です。

Q. 今後このようなトラブルを防ぐために、在職中にできる対策はありますか?

A. 最も効果的な対策は、定款または株主間契約に「従業員が退職した場合、会社または指定する者に株式を売り渡す義務」と「価格決定方式(例:純資産方式)」を規定しておくことです。これにより退職時の買取根拠と価格算定方法があらかじめ決まり、交渉の余地が限定されます。創業期に株式を発行済みで規定が未整備の場合は、弁護士に相談して定款変更・株主間契約の締結を早期に検討してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
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