従業員同士のトラブル発生時の会社責任と対応手順

従業員同士のトラブル発生時の会社責任と対応手順 コンプライアンス
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「うちは中小企業だから、従業員同士のケンカに会社が責任を取る必要はないよね?」——ある経営者がそう話してくれたとき、筆者は思わず立ち止まりました。実はこの認識が、後になって大きな法的リスクにつながるケースが少なくありません。従業員間でトラブルが起きた場合、会社には「使用者責任」や「安全配慮義務」が問われ、対応を誤ると被害者から損害賠償請求を受ける可能性があります。この記事では、会社の責任の範囲から、今すぐ使える対応手順、加害者の処分基準までを実務目線で整理します。

「うちは関係ない」は通用しない——会社が負う法的責任

従業員同士のトラブルであっても、会社は無関係ではありません。民法・労働契約法の複数の根拠から、会社は法的責任を問われる立場にあります。

使用者責任(民法715条)とは何か

民法715条は「使用者責任」と呼ばれ、従業員が業務の執行に関連して他者に損害を与えた場合、会社もその損害を賠償する責任を負うと定めています。たとえば、従業員Aが業務中に従業員Bを暴行して怪我をさせた場合、会社はAと連帯して損害賠償を請求される可能性があります。「当事者は本人同士であって、会社は関与していない」という言い訳は、この条文のもとでは基本的に通用しません。

安全配慮義務(労働契約法5条・民法415条)という会社の義務

労働契約法5条は、会社が従業員の生命・身体・健康に配慮する「安全配慮義務」を負うことを明記しています。ハラスメントや暴言・いじめを放置した結果、被害者がうつ病を発症したり休職・退職に追い込まれたりした場合、会社はこの義務違反(債務不履行)として民法415条に基づく損害賠償責任を問われます。裁判例でも「会社が被害を認知していたにもかかわらず適切な対応を取らなかった」ことが責任の根拠として認定されたケースが積み重なっています。

パワハラ防止法は中小企業にも適用済み

労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)の改正により、中小企業へのパワーハラスメント防止措置義務は2022年4月から適用されています。上司から部下への暴言・過度な叱責・業務外しなどがパワハラと認定された場合、会社が防止措置を講じていなかったことは法令違反として評価されます。従業員数が20〜50名規模であっても例外ではありません。

トラブル発生後に会社がまずやるべき対応手順

トラブルが発覚したら、会社は「静観」ではなく「介入と記録」を選ぶことが原則です。対応の順番を間違えると、被害者からの信頼を失い、二次トラブルに発展します。

被害者・目撃者から先に話を聞く

事実確認は、まず被害者と目撃者から始めてください。加害者から先に話を聞いてしまうと、「会社は加害者の味方だ」という印象を被害者に与えてしまいます。また、加害者が先に話すことで目撃者への口裏合わせが起きるリスクもあります。面談は個室で一対一または二対一(担当者2名)で行い、内容は必ず書面で記録します。この記録が、後の懲戒処分の根拠にも、訴訟時の証拠にもなります。

被害者の保護措置を速やかに取る

事実確認と並行して、被害者と加害者を物理的に引き離す「仮措置」を取ることが重要です。席替え・シフト変更・業務の担当変え・テレワーク活用など、職場規模に応じた方法で対応します。「調査が終わるまで何もできない」と放置することが、被害者のメンタルヘルス悪化や退職につながります。仮措置はあくまで仮のものであり、処分が確定した後に正式な対応を取ることを被害者・加害者双方に説明しておきましょう。

事実認定のポイントと記録の保全

加害者への面談は、被害者・目撃者からの聴取が完了した後に行います。聴取では「いつ・どこで・誰が・何をしたか」を具体的に確認し、主観的な感想と事実を分けて記録します。物的証拠(メール・チャットのスクリーンショット・防犯カメラ映像など)がある場合はすぐに保全してください。後日「そんな証拠はない」と争われることを防ぐためにも、デジタルデータは消えないうちに保存が必須です。

懲戒処分の種類と判断基準——加害者にどこまでできるか

懲戒処分は、就業規則に根拠がある場合にのみ有効です。行為の悪質性・反復性・反省の態度を総合的に評価して処分を決定します。

懲戒の種類と適用の目安

処分の種類 適用の目安
口頭・書面による注意・指導 軽微な口論・初回・周囲への影響が小さい
訓戒・けん責(始末書提出) 繰り返しの言動・周囲への影響が出ている
減給 悪質な言動・ハラスメントが明確(労基法91条の上限内で実施)
出勤停止 暴力行為・ハラスメント行為が明確に認定された場合
降格・降職 管理職による部下への行為・職責を著しく逸脱した行為
諭旨解雇・懲戒解雇 傷害を負わせた・反省なく繰り返す・会社への悪影響が重大

解雇は「最後の手段」——手続きを省くと無効になる

懲戒解雇は最も重い処分であり、裁判所は「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」かどうかを厳しく審査します(労働契約法16条)。暴力行為や傷害であっても、一度の事案ですぐに懲戒解雇が認められるとは限りません。重要なのは「弁明の機会付与」です。処分を決定する前に加害者本人から言い分を聞く機会を設けることは、懲戒の適正手続として不可欠です。この手続きを省くと、処分そのものが無効と判断されるリスクがあります。

就業規則の整備状況によって対応可能範囲が変わる

懲戒処分を有効に行うためには、就業規則に懲戒事由と処分の種類が明記されていることが前提です。就業規則が存在しない、または内容が古くてハラスメント・暴力行為に関する規定が曖昧な場合は、まず就業規則の見直しが必要です。従業員が10名以上の場合、就業規則の作成・届出は労働基準法89条で義務付けられています。10名未満でも、任意で作成・整備しておくことが強く推奨されます。

事実確認や処分の判断に迷ったら、早期に社労士や産業医に相談することで、リスク軽減につながります。

被害者へのフォローを怠ると起きる二次被害

加害者への処分が決まっても、被害者へのケアを怠ると、休職・退職・訴訟という二次被害につながります。被害者対応は処分と同等の重みで取り組む必要があります。

「守られた」と感じてもらうための配慮

被害者が最も不安を感じるのは「自分が報告したことで不利な扱いを受けるのではないか」という点です。まず、相談や申告を理由に不利益な扱いをしないことを明示的に伝えてください。処分の結果は守秘義務に配慮しながら「適切な対応を取った」旨を被害者に伝え、進捗を共有することで信頼感が生まれます。「会社は何もしてくれなかった」という認識が残ると、被害者が外部(労基署・弁護士・メディア)に相談するきっかけになります。

メンタルヘルス不調への初期対応

トラブルを経験した被害者は、眠れない・職場に行くのが怖いといったメンタルヘルスの不調を訴えることがあります。産業医が選任されている場合は速やかに面談を設定してください。産業医の選任義務は50名以上の事業場ですが、20〜49名規模の会社でも産業医との嘱託契約や外部相談窓口(EAP)の活用を検討する価値があります。不調の兆候を早期につかむことで、休職への移行を防ぐことができます。

周囲の従業員への影響も見落とさない

トラブルは当事者だけの問題ではありません。周囲の従業員がトラブルを目撃・伝聞していた場合、「自分にも同じことが起きるかもしれない」「会社は守ってくれない」という不安が広がり、離職につながることがあります。対応後には職場全体への簡単なフォロー(「適切に対応した」という事実の周知)を行い、職場環境の回復を図ることが重要です。

再発防止策——「対応して終わり」にしないために

トラブルへの対応が完了した後、何も仕組みを変えなければ同じ問題は繰り返されます。再発防止は義務的な対応であると同時に、職場環境の質を高める機会でもあります。

相談窓口と報告ルートの整備

従業員がトラブルや違和感を気軽に報告できる窓口がないと、問題が水面下で進行し、発覚したときには手遅れになっていることがあります。専任人事がいない場合でも、経営者への直接報告ルート、または外部の相談窓口(社労士・EAPサービスなど)を設けておくことで、問題の早期発見が可能になります。相談窓口を設けたことは、パワハラ防止法が求める「防止措置」の一要素にもなります。

管理職・従業員へのハラスメント教育

多くの職場では、加害者が「これがハラスメントにあたるとは思っていなかった」と主張します。そのため、定期的な研修や勉強会を通じて、ハラスメントの定義・具体例・報告ルートを周知することが不可欠です。研修は外部講師に委託する方法のほか、オンライン教材を活用するコストを抑えた方法も広がっています。

職場環境づくりや対応手順に不安があれば、人事の専門家に相談しながら進めることで、より実効的な再発防止が実現できます。

まとめ

従業員同士のトラブルは、会社が「関係ない」と判断できる問題ではありません。民法715条の使用者責任、労働契約法5条の安全配慮義務、パワハラ防止法による防止措置義務——これらは従業員規模にかかわらず適用されます。対応の基本は、被害者から先に事実確認を行い、保護措置を講じ、就業規則に基づいた懲戒処分を適正な手続きで実施すること。そして処分後も被害者のメンタルヘルスをフォローし、再発防止策を職場に根付かせることが求められます。

「何かが起きてから慌てて動く」のではなく、就業規則の整備・相談窓口の設置・日頃からの対応手順の確認を今のうちに行っておくことが、会社と従業員の双方を守ることにつながります。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業でも実践しやすい職場環境づくりのサポートを行っています。トラブル対応や人事労務の課題について、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 業務時間外(飲み会など)で起きたトラブルも会社の責任になりますか?

A. 状況によって判断が分かれます。会社が主催・強制参加を求めた懇親会や、業務上の延長と認められる場合は「業務の執行」と評価され、使用者責任が問われる可能性があります。一方、完全に自由参加の私的な集まりであれば、会社の責任は限定的になります。ただしその場合でも、翌日以降の職場環境に影響が出ている場合は安全配慮義務の観点から対応が必要です。

Q. 加害者と被害者の言い分が真っ向から食い違うとき、どう判断すればいいですか?

A. 証言の一致点・相違点を整理し、物的証拠(メール・チャット・防犯カメラ)や第三者(目撃者)の証言を優先的に活用します。どちらか一方の証言だけで処分を決定することは、後に「恣意的な処分」と争われるリスクがあります。事実関係が明確に確定できない場合は、処分の重さを慎重に検討するか、専門家(弁護士・社労士)に相談することをお勧めします。

Q. 就業規則に懲戒規定がない場合、加害者を処分することはできませんか?

A. 懲戒処分(減給・出勤停止・解雇など)は、就業規則に根拠規定がなければ原則として実施できません。ただし、注意指導・口頭での警告は就業規則の有無にかかわらず会社の管理権の範囲で実施できます。まずできる範囲で注意指導を行いながら、並行して就業規則の整備を急ぐことが現実的な対応です。今後のリスク管理のためにも、早期に規定の見直しを行うことをお勧めします。

Q. 被害者が「会社の対応に不満がある」として労働基準監督署に相談した場合、会社はどう対応すればいいですか?

A. 労働基準監督署への相談・申告は従業員の権利であり、これを理由に不利益な扱いをすることは法律で禁止されています(労働基準法104条2項)。監督署から調査が入った場合は、対応の経緯・記録・就業規則を整理して誠実に説明することが基本です。対応に不安がある場合は、社労士や弁護士に同席・サポートを依頼することも選択肢のひとつです。

Q. トラブルが起きた後、加害者側から「不当な処分だ」と言われて逆に訴えられることはありますか?

A. あります。特に懲戒解雇のような重い処分は、加害者から「解雇無効」として労働審判や訴訟を起こされるリスクがあります。これを防ぐためには、事実確認の記録を残すこと・弁明の機会を付与すること・処分の重さが行為の悪質性に見合っていることの三点が重要です。処分を決定する前に社労士や弁護士に相談し、適正手続きを確認しておくことが、後のトラブルを防ぐ最善策です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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