「新規事業担当のAさん、今期も評価が低くなってしまった。でも、頑張っていないわけじゃない……」。そんな場面に心当たりはないでしょうか。売上目標への達成率で評価される既存部門と、まだ数字が出ない新規事業部門を同じ物差しで測ると、新規事業担当者はどれだけ奮闘しても”低評価”が続きます。その結果、優秀な人ほど新規事業を避けるようになり、会社の成長戦略が止まってしまう——これは制度設計の問題であり、工夫次第で解決できます。この記事では、専任人事がいない中小企業でも実行できる、新規事業と既存部門の評価基準調整の考え方と進め方を解説します。
同一の評価制度で新規事業を評価してはいけないのか
結論からいえば、法律で禁止されているわけではありませんが、同一制度での評価は「不公正」であり、組織にとって大きなリスクをはらんでいます。
「公平」と「公正」は違う
「全員同じルールで評価する=公平」と思いがちですが、人事評価の実務では「公平」と「公正」を区別して考えます。公平とは同じ基準を一律に適用すること、公正とはそれぞれの状況・役割を加味した合理的な評価を行うことです。新規事業の立ち上げ期は売上数値が出るまでに時間がかかるのが当たり前です。その局面で既存部門と同じ「売上達成率」を使えば、努力が数字に反映されないまま低評価が続き、担当者にとって”損な役回り”になります。
法的に問題になるケース・ならないケース
部門ごとに評価基準を変えること自体を直接禁止する法令はありません。ただし、評価基準の変更が賃金の決定方法に影響する場合は、労働基準法第89条の規定により就業規則への記載・変更が必要です。また、その変更が実質的に賃金引下げなど社員に不利益をもたらすなら、労働契約法第9条・第10条が定める「合理的理由」と「適切な周知」が求められます。評価基準の変更は「制度設計」と「手続き」の両輪で進める必要があります。
組織に生まれるリスクを整理する
同一制度を使い続けたとき、現場で何が起きるかを整理すると次のようになります。
- 新規事業担当者の評価が慢性的に低くなり、モチベーションが低下・離職リスクが高まる
- 優秀な社員が新規事業アサインを避け、既存部門のコンフォートゾーンに留まる
- 会社の成長戦略と人事制度が噛み合わず、経営目標が形骸化する
こうしたリスクを踏まえると、評価基準の調整は「優遇」ではなく、合理的な経営判断です。
評価制度を「作り直す」必要はない——レイヤーを加える発想
専任人事がいない中小企業では、「制度を丸ごと作り直す」のは現実的ではありません。既存の枠組みを活かしながら「共通層」と「部門別層」に分けるアプローチが最も実行しやすい方法です。
共通層と部門別層に分割する
評価項目を以下のように分けると、制度全体を壊さずに部門ごとの実情に合わせた評価が可能になります。
| レイヤー | 内容例 | 全部門共通か |
|---|---|---|
| 共通層 | 行動指針への準拠・コンプライアンス・チームへの貢献・コミュニケーション姿勢 | 共通 |
| 部門別層(既存部門) | 売上達成率・顧客維持率・業務効率化指標など | 部門固有 |
| 部門別層(新規事業) | 仮説検証の実施数・ヒアリング件数・プロトタイプ完成度・学習ログの質 | 部門固有 |
共通層を設けることで「同じ会社の同じ人材として評価されている」という一体感を保ちながら、部門固有の指標を加えられます。
評価手法の使い分け——MBO・OKR・コンピテンシー
既存部門ではMBO(目標管理制度)が馴染みやすい手法です。数値目標を設定し、期末に達成率を測るシンプルな構造は、売上や業務効率のように計測しやすい業務に向いています。一方、新規事業部門にはOKR(Objectives and Key Results)の発想が有効です。OKRは「達成率70〜80%でも挑戦的な目標を設定したこと自体を肯定する」設計思想があり、立ち上げ期の不確実性の高い業務に適しています。さらに、行動・姿勢・スキルを評価するコンピテンシー評価を組み合わせると、成果数値が出ない期間もプロセスを正当に評価できます。
評価期間の設定も調整する
既存部門は四半期ごとの数値進捗を追いやすいですが、新規事業では四半期単位で成果を求めると担当者に過度なプレッシャーをかけます。現実的な運用として、半期・年次ベースで評価しながら、中間時点でプロセス記録(仮説検証ログ・顧客ヒアリング記録など)を残し、最終評価に加味する仕組みが効果的です。「評価できないから放置」ではなく、「記録を積み上げて評価の根拠にする」という設計の転換が重要です。
評価の方向性や手法について、実務的なアドバイスが必要な場合は、プロフェッショナルに相談することで失敗を防ぐことができます。
事業フェーズごとに評価指標を変える考え方
新規事業の評価指標は固定するのではなく、事業の成熟度(フェーズ)に合わせて段階的に変えていくことが合理的です。
フェーズ別に求める成果が変わる
新規事業は一般的に、探索期・実証期・拡大期という段階を経ます。探索期は「どんな顧客課題があるかを発見する」フェーズであり、顧客ヒアリング数・仮説の数と質・失敗からの学習スピードが評価の中心になります。実証期に入ると、パイロット顧客の獲得・初期売上・顧客フィードバックの収集率など、少しずつ数値が加わってきます。拡大期では既存事業に近い売上・利益指標が意味を持ちます。
評価基準の「更新タイミング」を決めておく
よくある落とし穴は、立ち上げ期用のプロセス評価を導入したまま、事業が軌道に乗っても基準を見直さないことです。「いつ・どのような条件で評価基準を変えるか」をあらかじめ決めておくことが、制度の形骸化を防ぐポイントになります。たとえば「月間売上がXX万円を超えた時点で、売上指標の比重を評価全体の30%に引き上げる」というように、移行条件を言語化しておくと担当者も納得感を持ちやすくなります。
既存部門との調整——社内で「もめない」ための進め方
評価基準を変えることへの社内不満を防ぐには、制度設計と同じくらい「なぜそうするのかを全社に伝えるプロセス」が重要です。
不満が生まれる構造を理解する
既存部門の社員が「新規事業は甘い基準だ」と感じるのは、情報の非対称性が原因です。新規事業担当者がどんな業務をしているか、なぜ数値目標ではなくプロセスで評価されるのかが共有されていなければ、見た目の違いだけが目に入り「えこひいき」に映ります。この感情的反応は、論理だけでは解消できません。
全社説明で伝えるべき3つのポイント
評価制度を変更する際の全社説明では、次の3点を盛り込むことで納得感が高まります。まず、「なぜ部門ごとに基準を変えるのか」という理由を事業戦略と結びつけて話します。次に、「共通して評価される部分は何か」を示し、全社の一体感を確認します。そして、「新規事業の評価基準はどのタイミングで変わるのか」という見通しを伝えることで、「ずっと甘いままではない」という安心感につながります。経営者・管理職が一度説明するだけでなく、評価サイクルのたびに定期的に共有する仕組みを作ると効果的です。
既存部門の管理職を巻き込む
制度設計を経営者だけで決めて現場に下ろすと、管理職が「なぜこうなったか」を説明できず、不満の矛先が現場の上司に向かいます。既存部門のマネージャーにも設計段階から意見を求め、「なぜ新規事業の基準が違うのか」を自分の言葉で部下に説明できる状態にしておくことが、現場での摩擦を大幅に減らします。
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専任人事がいない企業が最初に着手すべきこと
「制度を変えたいが、どこから手をつければいいか」という問いに対する答えはシンプルです。まず現状の評価シートを見直し、「全部門共通にしていい項目」と「部門別に変えるべき項目」を仕分けるところから始めてください。
現状の評価項目を棚卸しする
手元にある評価シートを開き、各評価項目に対して「これは新規事業担当者にも適用できるか」を一項目ずつ確認します。「売上達成率」は立ち上げ期の新規事業には使えないが、「顧客への誠実な対応」はどの部門にも適用できる、という判断を積み重ねていくと、自然に共通層と部門別層が見えてきます。この棚卸し作業は、制度を白紙から設計するよりもはるかに短時間で済みます。
就業規則・賃金規程の変更が必要かを確認する
評価基準の変更が賃金算定に影響する場合、就業規則の変更が必要になります。変更内容を社員に不利益なく運用できるか、社労士に確認するステップを忘れずに入れてください。評価制度の改定に際しては、設計・法的確認・周知説明という順序で進めることがトラブル防止につながります。
自社の状況で優先順位を判断する
次のような状況別の判断目安も参考にしてください。従業員数が20名以下で新規事業担当が1〜2名であれば、大がかりな制度改定より、評価者コメント欄でプロセス評価を明示的に運用する方が現実的です。30名以上で新規事業部門が独立している場合は、部門別評価シートの設計に着手する価値があります。いずれのケースでも、評価の運用方針を文書化しておくことが後々の説明責任につながります。
自社だけで判断に迷ったら、人事の専門家に一度相談することで、後々のトラブルを大幅に減らせます。
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まとめ
新規事業と既存部門に同一の評価基準を使うことは法律で禁じられてはいませんが、事業フェーズの違いを無視した評価は「不公正」であり、担当者のモチベーション低下・優秀人材の既存業務への退避・成長戦略の停滞といったリスクを生みます。解決の糸口は、評価制度を丸ごと作り直すことではなく、「共通層」と「部門別層」に分けてレイヤーを加えること、そして事業フェーズに合わせて評価指標を段階的に更新していくことです。また、制度設計と同じくらい大切なのが、全社への丁寧な説明と管理職の巻き込みです。
「どこから手をつければいいか」「既存の就業規則にどう影響するか」など、判断に迷う部分は多いと思います。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の人事課題に日常的に向き合っており、評価制度の設計・調整から社内説明の進め方まで、実務に沿った形でご支援しています。一人で抱え込む前に、まずお気軽にご相談ください。
よくある質問
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