「営業は数字で評価できるけど、エンジニアをどう評価すればいいかわからない」「新規事業で採用した専門職を、既存の等級に当てはめようとしたら何等級か判断できなくなった」——事業の多角化が進むにつれ、こんな声が社内から上がり始めていませんか。
かつてはひとつの事業・ひとつの職種群でシンプルに機能していた等級制度が、事業の広がりとともに「なんとなく機能しなくなってきた」と感じるタイミングは、多くの成長企業に訪れます。しかし問題の根が「制度設計」にあるのか「運用のズレ」にあるのかが判断できず、着手できないまま時間が過ぎることも少なくありません。
この記事では、20〜50名規模で事業多角化が進む企業が、等級制度の崩壊を防ぐために取り組むべき「共通基盤+職種別補足」という設計アプローチと、その具体的な3つの手順を解説します。
等級制度が「限界」を迎えるときの3つのサイン
等級制度の見直しが必要かどうかは、「なんとなく不公平感がある」という感覚だけでは判断しにくいものです。制度的な問題と運用的な問題を区別するために、まず以下のサインを確認してください。
評価基準が職種によって「意味」を失っている
「リーダーシップを発揮している」「業務を主体的に推進している」といった共通の等級要件が、営業職には比較的当てはめやすいのに、バックオフィスや技術職には具体的なイメージが湧かない——こうした状況になっていれば、設計上の問題が発生しています。社員から「何をすれば昇格できるかわからない」という声が出始めたら、制度の再設計を検討するサインです。
採用時の処遇決定が「感覚頼み」になっている
新規事業で採用したデータアナリストや施工管理士など、既存職種の枠外にある専門職に対して、等級をどう当てはめればよいか判断できず、採用担当者の感覚で処遇を決めている状態は危険です。この状態が続くと、制度と実態のギャップが広がり、後から整合性を取ることが難しくなります。
職種間の給与水準に「説明できない差」が生まれている
「エンジニアは市場相場が高いので個別交渉してきた」「営業は歩合的要素が強い」という経緯が積み重なると、同じ等級でも職種によって給与水準が大きく異なる状態になります。等級制度への信頼は、こうした「説明できない差」によって静かに失われていきます。社員が等級を見て「自分はなぜこの等級なのか」を腹落ちできない状態は、制度再設計の明確なシグナルです。
「共通基盤+職種別補足」という設計フレームワーク
等級制度の見直しには「全部リセットするか、パッチワークを続けるか」の二択ではなく、第三の選択肢があります。それが「共通基盤+職種別補足」という設計アプローチです。
共通基盤に置くべきもの・置くべきでないもの
共通基盤とは、職種に関わらず全社員に適用される等級の「骨格」です。ここに置くべき要素は、職種を横断して評価できる普遍的な軸——具体的には「行動・姿勢(コンピテンシー)」「責任の自律度・範囲」「社内外への影響範囲」です。
一方、「スキル・専門知識」「業績指標(数値目標)」「資格要件」は職種によって意味がまったく異なるため、共通基盤ではなく「職種別補足」として切り出すことが重要です。よくある失敗は、「誰にでも当てはまる」ことを目指しすぎて「誰も腹落ちしない抽象的な基準」を作ってしまうことです。共通部分は絞り込む、これが鉄則です。
職種別補足の役割と設計の考え方
職種別補足は、各職種の「昇格に必要なスキルや実績の基準」を定める部分です。たとえば営業職であれば「担当顧客数の規模・提案の自律度」、エンジニアであれば「設計・実装の難易度・技術的判断の独立性」、バックオフィスであれば「対応業務の複雑さ・制度整備への関与度」といった具合に、職種ごとの現実に即した昇格基準を設定します。
重要なのは、補足部分が「共通基盤の等級と連動している」こと。「この等級のエンジニアは、共通基盤の責任範囲に加えて、〇〇の技術的判断ができること」という構造にすることで、職種間の横比較も可能になります。
🔗 制度化の過程では経営方針や採用戦略を踏まえた意思決定が必要です。外部専門家のチェックが後々の問題防止につながります。 →
崩壊を防ぐ設計手順
実際に設計を進める際は、「現状の棚卸し」「共通基盤の設計」「職種別補足の設計」という順序で取り組むことが、後戻りの少ない進め方です。専任人事がいない企業でも、この順序を守ることで作業を分割して進めやすくなります。
現状の棚卸しと職種分類の整理
まず最初に行うべきは、現在の在籍社員を「職種」「等級」「給与水準」の3軸で一覧化することです。このとき、等級と給与の組み合わせが職種によってどれだけバラついているかを可視化します。「同じ等級なのに職種によって給与に大きな差がある」「複数職種が一つの等級基準で評価されているが、実質的に別々の仕事をしている」という実態が見えてくるはずです。
次に、社内の職種を「グループ化」します。全員に別々の補足基準を作るのは現実的ではないため、性質の近い職種をまとめてグループ分けします(例:営業系・技術系・管理系・現場作業系など)。20〜50名規模であれば、多くの場合3〜4グループに整理できます。
共通基盤の等級数と評価軸の決定
共通基盤の等級数は、20〜50名規模では3〜5等級が現実的な目安です。等級数が多すぎると管理コストが増え、各等級の差が見えにくくなります。たとえば「一般・中堅・シニア・マネジャー・エグゼクティブ」の5等級でも、会社の実態に合わせて3〜4等級に絞ることを検討してください。
評価軸の設計では、「この軸は職種を問わず評価できるか」を一つひとつ確認します。以下は判断の目安となる整理です。
| 項目 | 共通基盤に置く | 職種別補足に切り出す |
|---|---|---|
| 行動・姿勢(コンピテンシー) | ○ | |
| 責任の自律度・判断範囲 | ○ | |
| 社内外への影響範囲 | ○ | |
| 専門スキル・技術要件 | ○ | |
| 業績指標・数値目標 | ○ | |
| 保有資格・認定要件 | ○ |
職種別補足基準の作成と現行制度への接続
職種グループごとに補足基準を作成したら、現在在籍している社員を新しい等級に「読み替え」する移行マッピングを行います。このとき、等級が実質的に下がるケースや昇格要件が厳しくなるケースは「不利益変更」にあたる可能性があるため、労働契約法第10条の観点から慎重に対応する必要があります。不利益が生じる社員には個別説明・個別合意の取得、または猶予期間の設定を行ってください。
また、等級制度は就業規則・賃金規程と紐づいているため、制度変更時は規程の改定も必要です。常時10名以上の従業員を雇用している事業所は、労働基準法第89条・第90条に基づき、就業規則変更の届出を労働基準監督署に行う必要があります。職種別補足ルールを追加する場合も、別規程や付表として整備しておくことで、後の管理が容易になります。
小規模企業が制度改定を進める際の現実的なリソース配分
「制度改定は大企業がやるもの」というイメージは、少なくとも20〜50名規模には当てはまりません。ただし、リソースの制約があるなかで現実的に進めるための工夫は必要です。
フェーズを分けてスモールスタートする
制度全体を一度に完成させようとすると、プロジェクトが停滞します。まずは「共通基盤の等級定義」だけを先行して完成させ、職種別補足は翌期以降に順次整備するという進め方が現実的です。先に骨格だけ作っておけば、新規採用の処遇決定でも「この等級相当」と判断できるようになります。
制度化の過程では、自社の経営方針・採用戦略・事業方向性を踏まえた意思決定が何度も必要になります。これを社内だけで進めると、経営層と人事の認識のズレが生じやすく、実装時に綻びが出ることも珍しくありません。大事な決定ほど外部専門家のチェックを受けることが、後々の問題防止につながります。
経営者・兼務人事担当者が陥りやすい落とし穴
制度設計で最もよくある失敗は、「すべての職種で同じように評価できる制度を作ること」を目的化してしまうことです。均一な制度を作ることが目的になると、現場の実態から乖離した抽象的な基準ができあがります。「共通なのは骨格だけ、実態は職種ごとに違って当然」という割り切りが、使える制度を作るうえで欠かせない視点です。
また、同一労働同一賃金の観点から、職種別に処遇を分ける設計をする際は、正社員・契約社員・パートタイマーの間での待遇格差が「職務内容や責任の違い」で合理的に説明できるかを確認してください。特に多角化事業で有期・パート雇用を活用している場合は、パートタイム・有期雇用労働法のもとでリスクになりやすい領域です。
制度改定後の「運用定着」に必要なこと
等級制度は作って終わりではなく、社員に理解・納得してもらって初めて機能します。設計と同じくらい、制度の「説明と定着」に力を入れることが、改定の成否を分けます。
社員への説明と「なぜ変えるのか」の共有
制度変更の際、社員が最初に感じる不安は「自分の処遇が下がるのではないか」です。変更の目的と経緯、現行等級からの読み替え方針、不利益が生じる場合の対応方針を、できるだけ個別に丁寧に説明することが信頼を保つ鍵になります。全体説明会と個別面談を組み合わせることが理想ですが、規模感によっては管理職を介した部門ごとの説明でも対応できます。
年次レビューの仕組みを組み込む
職種別補足基準は、事業環境や採用状況の変化に合わせて見直しが必要になります。「制度を作ったら3年間は変えない」ではなく、毎年の評価サイクルに合わせて「昇格要件が現場の実態に合っているか」を確認するレビュー工程を組み込んでおくと、制度の形骸化を防ぐことができます。
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まとめ
事業多角化が進む20〜50名規模の企業にとって、等級制度の見直しは「いつかやらなければならないこと」から「今すぐ着手すべきこと」に変わりつつあります。全職種に同一基準を押し込もうとする設計は限界を迎えやすく、「共通基盤+職種別補足」というアプローチが現実的な解になります。現状の棚卸し・共通基盤の設計・職種別補足の整備という順序で進め、法的な整合性(労働契約法・労働基準法・同一労働同一賃金への対応)を確認しながらスモールスタートすることが、崩壊を防ぐ実践的な道筋です。
ただし、法的リスクの判断や制度設計の意思決定には、人事に詳しい人材が必要です。「どこから手をつければいいかわからない」「自社の状況に合った進め方を相談したい」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。20〜50名規模の成長企業における人事制度設計・見直しの伴走支援を行っており、専任人事がいない環境でも実装できる現実的なアドバイスをご提供しています。
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