「期末になると、ある社員の目標がこっそり変わっていた」——そんな場面に直面したことはありませんか。明文化されたルールがないまま放置すると、評価制度そのものへの不信感が広がり、優秀な社員ほど「ここでは正当に評価されない」と感じて離れていきます。この記事では、期末の駆け込み目標修正が起きる構造的な原因を整理したうえで、中小企業でもすぐに導入できる承認フローと規程の書き方を、実務レベルで解説します。
「期末の目標修正がずるい」は感覚ではなく制度の問題
期末直前の目標変更が「不公平だ」と感じるのは、感情論ではありません。明文化されたルールがないこと自体が、制度上の欠陥です。
なぜ駆け込み修正が起きるのか
人事評価制度に直接規制する法律は存在しません。評価方法や目標設定は基本的に使用者の裁量に委ねられています。しかしその裁量が「ルール不在の自由」として運用されると、評価者が無意識に、あるいは意図的に期末の達成率を見ながら目標を下方修正する行動が生まれます。上司が「部下のためを思って」行う善意の修正も、他の社員からは「えこひいき」に映ります。少人数の組織ほど、こうした出来事は瞬く間に共有されます。
「正当な変更」と「駆け込み修正」の違い
問題の核心は、正当な理由による目標変更まで禁止することではなく、正当なケースと不正なケースを制度上で区別できていないことにあります。たとえば、期中に組織変更があって担当業務が大きく変わった場合や、天災・外部環境の急変で目標の前提条件が崩れた場合は、変更を認めるのが合理的です。一方、期末2か月前に「達成率が低いから」という理由で目標を下げることは、評価の公正性を損ないます。この区別基準を文書化していない限り、現場で止める根拠がありません。
放置すると何が起きるか
評価結果の不透明さは、採用・定着・モチベーションに直結します。「あの人だけ目標を変えてもらった」という事実や噂が広まると、評価制度全体への信頼が失われます。さらに、評価結果が降格・減給に結びつく場合は労働契約法第10条(就業規則の不利益変更の合理性)、解雇の根拠となる場合は同法第16条(解雇権濫用法理)が関わり、評価プロセスの不透明さが使用者側に不利に働いた裁判例も存在します。記録が残っていない変更は、後から説明責任を果たせないリスクを抱えます。
目標変更ルールの4つの柱を整理する
目標変更のルールは、「いつ・誰が・どんな理由で・どう承認するか」の4点を決めることで機能します。この4点が揃っていない規程は、運用段階で形骸化します。
変更できる「期間」を定める
最も効果的な歯止めは期間制限です。評価期間の終了から一定期間前(たとえば「評価期間終了の2か月前まで」)を変更申請の期限とし、それ以降は原則として変更を認めない旨を規程に明記します。この1行があるだけで、「期末だから変えよう」という動きを制度上ブロックできます。期間は組織の評価サイクル(半期・通期)に合わせて設定してください。
変更を認める「理由」を列挙する
変更申請が受理されるのはどのような場合か、具体的な理由を規程に列挙します。たとえば「会社または部門の事業方針の重大な変更」「異動・組織変更による担当業務の変更」「天災その他の外部要因による目標前提の喪失」などです。これらに該当しない理由(達成率の低下、上司の個人的判断など)は却下の根拠になります。列挙は網羅的である必要はなく、「原則これ以外は認めない」という姿勢を示すことが重要です。
「承認権限」を二重にする
直属上司だけに変更権限を持たせることが、駆け込み修正の温床になります。変更申請は直属上司が起案し、人事担当者または経営者が最終承認する二重フローにすることで、一人の判断で変更が通るリスクを下げられます。専任人事がいない場合は、社長または副社長が最終承認者になるシンプルな構造で十分です。
目標変更の承認フローを実務で回す手順
ルールを定めても、運用フローが複雑すぎると現場で使われなくなります。シンプルな3ステップで回すことが定着の鍵です。
申請書を「評価シートとは別に」用意する
評価シートに最終目標だけを記録する運用では、変更前の目標・変更理由・承認者・変更日時が残りません。「評価シートに書いてあるから大丈夫」は典型的な落とし穴です。「目標変更申請書」という独立した書式を設け、変更前後の目標、変更理由、申請日、申請者、承認者、承認日を記録します。この書式は評価シートと同じフォルダ・システムに紐づけて保存します。
承認フローの全体像
| 段階 | 担当者 | アクション |
|---|---|---|
| 申請 | 直属上司(または本人) | 目標変更申請書に変更前後の目標・変更理由を記入し提出 |
| 一次確認 | 直属上司の上位者 | 変更理由が規程に定める正当事由に該当するか確認 |
| 最終承認 | 人事担当者または社長 | 承認または却下を記録し、申請者・被評価者に通知 |
| 記録保存 | 人事担当者 | 申請書を評価シートと紐づけて保存(評価期間終了後も保管) |
本人への開示と納得感の担保
評価結果を開示するタイミングで、目標変更があった場合はその履歴(変更日・変更理由・承認者)を本人に示します。「なぜ目標が変わったのか」が本人に伝わっていない状態は、たとえ正当な変更であっても不信感を生みます。変更の経緯を透明にすることが、制度全体の信頼を保つ最後の一手です。
人事評価規程に「目標変更ルール」を明文化する方法
口頭ルールは形骸化します。規程への明文化が、制度を機能させる唯一の方法です。
規程のどこに、何を書くか
人事評価規程(考課規程)を就業規則の附属規程として整備している場合は、「目標設定」に関する条文の直後に「目標の変更」条文を追加します。就業規則に附属規程がない場合は、まず簡易な「人事評価に関する規程」として独立した文書を作成し、労働者代表への意見聴取を経て運用を開始します。なお、就業規則に附属する形で人事評価規程を変更・新設する場合は、労働基準法第89条・第90条に基づき、労働者代表への意見聴取と、常時10人以上の事業場では労働基準監督署への届出が必要です。従業員数が10人未満の場合は届出義務はありませんが、意見聴取のプロセスを記録しておくことを推奨します。
規程文例のポイント
条文の骨格として押さえるべき要素は、「変更申請の期限(例:評価期間終了の2か月前まで)」「変更を認める事由の列挙」「申請手続きと承認フロー」「変更の記録・保存義務」「期限外変更の原則禁止」の5点です。既存の就業規則や評価規程がある場合は、社労士と連携して整合性を確認したうえで条文を追加するのが安全です。特に、評価結果が賃金・賞与の算定に直結している場合は、賃金規程との整合性も確認が必要になります。
規程だけでは足りない「運用の周知」
規程を整備しても、評価者(上司)が内容を知らなければ機能しません。規程の施行時に評価者向けの説明会やマニュアルを用意し、「変更できるケース・できないケース」「申請書の書き方」「期限」を具体的に共有します。年に一度、評価期間の開始時に評価者へリマインドする仕組みも有効です。
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制度設計の前に確認したい「現状の棚卸し」
ルールを作る前に、自社の現状を把握することが先決です。現状の課題が明確でないまま制度設計すると、実態に合わない規程になります。
今の評価制度に「何がないか」を確認する
まず確認したいのは、現在の評価制度に目標変更に関する記述が存在するかどうかです。評価シートの書式・就業規則・社内マニュアルを手元に並べ、「目標の変更」「目標の修正」「評価基準の変更」に関する記載を探してください。記載がなければ、現状はすべて運用者の判断に依存しています。記載がある場合でも、承認フローや期間制限が抜けていることが多いため、4つの柱(いつ・誰が・どんな理由で・どう承認するか)のどれが欠けているかを確認します。
会社規模・体制別の対応優先度
従業員数20名未満で専任人事がいない場合、まず「目標変更申請書の書式」と「社長承認フロー」を作ることから始めるのが現実的です。規程の整備は次のステップです。従業員数20〜50名で兼務人事がいる場合は、評価規程への明文化と評価者向けの説明を同時に進めます。すでに評価制度への不満や離職が起きている場合は、制度設計と並行して社員への丁寧なコミュニケーションが必要です。規程の整備だけでは、既存の不信感は解消されません。
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まとめ
期末の駆け込み目標修正は、「ずるい人がいる」問題ではなく、「ルールがない」制度の問題です。対策の核心は、変更できる期間・理由・承認フロー・記録の4点を明文化し、評価者に周知することにあります。正当な変更を認めながら恣意的な修正を防ぐ仕組みを作ることで、評価制度への信頼は回復できます。
とはいえ、就業規則や評価規程の整備は、既存のルールとの整合性確認や労務手続きが伴うため、一人で進めようとすると抜け漏れが生じやすい作業でもあります。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない20〜50名規模の成長企業を対象に、人事評価制度の設計から運用サポートまで、実務に即した支援を行っています。「何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。
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