「リファレンスチェックの結果が思わしくなかった。でも、これを理由に内定を取り消していいのだろうか——」採用担当として初めてこの局面に立ったとき、多くの経営者・兼務人事担当者が感じるのは、法的に踏み出してよいかどうかわからない、という感覚ではないかと思います。内定には法的拘束力がある。それだけは知っているけれど、「どこからがアウトなのか」「候補者に何をどう伝えるのか」「記録は何を残すのか」——この3つの問いに答えられなければ、適切な判断はできません。この記事では、法的根拠を踏まえながら、実務で即使える判断基準と対応手順を整理します。
内定取り消しは「解雇」に準じる——法的性格をまず理解する
内定取り消しは、単なる「採用の撤回」ではなく、法的には解雇に近い扱いを受けます。この前提を理解せずに動くと、後で大きなリスクを抱えることになります。
内定成立後の法的位置づけ
内定が成立した時点で、「始期付解約権留保付労働契約」が成立するとされています。これは最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)で示された解釈です。難しい言葉ですが、要するに「入社日を始期とした労働契約がすでに成立しており、一定の条件が整えば取り消せる権利を留保した状態」ということです。内定通知書を渡した段階で、法的には「契約を結んでいる」とみなされます。
取り消しには「客観的合理的理由」が必要
内定取り消しは、労働契約法第16条の解雇権濫用法理が類推適用されるため、「客観的に合理的な理由」かつ「社会通念上相当」でなければ無効となりうります。「なんとなく不安になった」「人間関係が合わなそう」といった主観的な理由では、取り消しは認められにくいと理解してください。リファレンスチェック結果を取り消し事由とする場合も、この基準に照らして判断することが出発点です。
中小企業でも例外ではない
従業員数が少ない企業であっても、労働契約法の適用に例外はありません。「うちは20人規模だから……」という認識は通用しません。特に専任人事がいない企業では、内定通知書の文面が慣習的に運用されており、「取り消し事由」が明記されていないケースも多く見られます。まず自社の内定通知書を確認することが最初の実務ステップです。
リファレンスチェック結果による取り消しが認められるケースと認められないケース
リファレンスチェックで得た情報がどの程度深刻なものかによって、内定取り消しの可否は大きく変わります。「悪い評判があった」というだけでは不十分です。
取り消しが認められやすい事由と認められにくい事由
| 認められやすい方向 | 認められにくい方向 |
|---|---|
| 履歴書・職務経歴書に重大な虚偽記載があった(学歴詐称・職歴詐称など) | 「評判が悪かった」「前職での人間関係が良くなかった」という程度の情報 |
| ハラスメント・横領・背任など業務遂行を著しく妨げる重大な問題行動が判明した | 「なんとなく不安」「社風に合わなそう」といった主観的・抽象的な印象 |
| 内定通知書に「虚偽申告の場合は内定を取り消す」旨が明記され、候補者が同意していた | 経営都合や採用計画変更をリファレンス結果と混同して処理しているケース |
「重大な問題行動」とはどの程度か
実務上の判断に迷うのが、「どこからが重大か」という線引きです。目安として考えるべきは、「その事実を採用前に知っていたら、そもそも採用していなかったか」という問いです。ハラスメント行為で複数回の懲戒処分を受けていた、業務上横領により刑事告訴された、といった事実であれば重大性は高いといえます。一方、「チームメンバーとの折り合いが良くなかった」「やや指示に従わないことがあった」という程度では、それだけで取り消しを正当化するには不十分です。
虚偽記載との組み合わせで判断が変わるケース
リファレンスチェックの結果そのものというよりも、「チェックを通じて申告内容の虚偽が判明した」という文脈で取り消し事由を構成できる場合があります。たとえば、職務経歴書に「プロジェクトリーダーとして10名を統括」と記載していたが、リファレンスで「実際には担当者として参加していたに過ぎない」と確認された場合、虚偽申告として処理できる可能性があります。この場合、内定通知書に虚偽申告条項が入っているかどうかが重要な分岐点になります。
リファレンスチェック実施前に必ず確認すべき同意の取り方
内定取り消しの前に、そもそもリファレンスチェック自体が適法に行われていたかどうかを確認する必要があります。同意なしに実施していた場合、後続の判断全体に影響が出ます。
個人情報保護法上の原則
候補者の同意を得ることが大原則です。個人情報保護法の観点から、候補者本人の知らないところで前職の関係者から情報を収集することは、法的リスクを伴います。特に職場でのハラスメント歴など、いわゆる「要配慮個人情報」に関わる内容が含まれる場合は、個人情報保護法第17条の取得制限規定に触れる可能性があります。
実務上の同意取得のタイミング
採用選考フローの中で、「リファレンスチェックを実施する旨・目的・収集範囲」を記載した書面に候補者の署名・同意を取っておくことが標準的な実務対応です。最終面接通過後、内定通知の前後のタイミングで書面確認を行っている企業が多いです。「同意書を取っていなかった」という場合、今からでも次回採用以降のフローに組み込む形で整備することを優先してください。
リファレンス提供者の情報の取り扱い
リファレンスに応じてくれた前職の上司や同僚の氏名・発言内容も個人情報に該当しうるため、社内での共有範囲を限定し、適切に管理することが必要です。候補者への開示については後述しますが、提供者が特定できる形での情報開示は、提供者のプライバシー保護の観点からも慎重に扱う必要があります。
内定取り消しの正しい伝え方と理由開示の考え方
取り消しを伝える際、何をどこまで話すかを間違えると、誠実さを欠いたと評価されるリスクがあります。「リファレンスが悪かったから」とそのまま伝えることと、全く別の理由に置き換えることの間には、適切な伝え方があります。
理由の伝え方における原則
虚偽記載を根拠とする場合は、「採用選考時の申告内容に重大な相違が判明したため」という形で明示することができます。重大な問題行動を理由とする場合も、具体的な事実をもとに「採用選考において確認した情報と、追加確認により判明した事実との間に、採用判断を覆す重大な乖離があったため」という趣旨で伝えることが現実的です。いずれも、根拠となる事実を社内で明確化した上で伝えることが前提です。
リファレンス内容そのものは安易に開示しない
リファレンス提供者(前職の人物)の氏名や具体的な発言内容を候補者に開示することは、提供者のプライバシー保護・名誉毀損リスクの観点から慎重に判断する必要があります。「誰が何を言ったか」を候補者に伝えることで、候補者が提供者に直接抗議・訴訟する事態も想定されます。開示するとしても「前職関係者への確認を通じて判明した事実」という事実ベースの表現にとどめるのが実務上の適切な対応です。
「別の理由」に置き換えることの危険性
内定取り消しの本当の理由がリファレンスチェックにあるにもかかわらず、「会社の方針変更」「ポジションの見直し」などに置き換えて伝えるケースがあります。しかし、候補者が後に訴訟や労働局への申告といったアクションを起こした際、実態と異なる理由を示していたことが「不誠実な対応」として評価を下げる可能性があります。取り消し事由には合理的な根拠があるのであれば、その根拠を整理した上で正直に伝える方が、長期的なリスク管理として適切です。
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トラブルに備えて残すべき記録と手続きの手順
内定取り消しは後日紛争になる可能性を常に想定して進める必要があります。口頭だけで完結させず、適切な記録を残すことが企業側を守る最大の備えです。
取り消しを決定するまでの社内記録
まず最初に、取り消し事由となる事実を社内文書として記録します。「リファレンスで何を確認し、何が判明したか」「それがなぜ採用判断を覆す重大事由に当たると判断したか」という2点を、担当者が文書化しておくことが必要です。次に、判断に関与した人物(経営者・採用担当者など)の確認を記録として残します。意思決定の経緯が後から追えるようにしておくことが重要です。
候補者への通知方法と記録の残し方
口頭のみでの通知は絶対に避けてください。書面(メール+郵便の両方)で通知し、送付日時・内容の記録を保持します。メールは送信済みトレイで保存し、郵便は配達記録が残る方法(簡易書留など)を選択します。通知書には、取り消し事由の概要・取り消し日・対応窓口を明記してください。
損害賠償請求への備え
候補者が内定を信頼して在職中の会社を退職していた場合、求職活動費用・転居費用・逸失利益などの損害賠償請求が来る可能性があります。取り消しの理由が客観的・合理的であるほどこのリスクは下がりますが、ゼロにはなりません。取り消しを決定した段階で、法的リスクの想定と社内での対応方針を確認しておくことを推奨します。専任人事がいない場合は、この段階で社労士や弁護士への相談を検討してください。
採用判断の重大な局面で迷ったときは、判断前に専門家に相談することで、後のトラブルを大きく軽減できます。
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まとめ
リファレンスチェックの結果を理由とする内定取り消しは、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方を満たす場合にのみ、法的に正当化されうるものです。単なる評判の悪さや主観的な不安では取り消しは認められにくく、重大な虚偽申告や業務遂行を著しく妨げる問題行動の判明が取り消しの根拠となります。また、リファレンスチェック自体を候補者の同意のもとで実施していたか、取り消しを書面で通知し記録を残したか、理由を誠実に伝えたかという手続きの正確さが、後日の紛争リスクを大きく左右します。
「どう判断すべきか」「どう記録すればよいか」に迷う場面があれば、人事だけで抱え込まずに、早めに外部の専門家に相談することが確実です。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の人事・労務課題の整理から対応方針の検討まで、実務に即したサポートを提供しています。採用・内定・休職など人事上の判断に迷ったときは、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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