「辞めたいと言われたけど、どう返せばよかったんだろう……」。そんな経験を持つ経営者や兼務人事担当者は少なくありません。突然の退職申し出は、会社にとって大きな痛手です。しかし感情的に引き止めるだけでは逆効果になりやすく、最悪の場合はハラスメントと受け取られることもあります。この記事では、本音を引き出しながら関係を壊さない退職引き止め面談の進め方を、実務視点で解説します。
退職申し出を受けたその日にやってはいけないこと
感情的な引き止めが招く悪循環
退職を告げられた瞬間、多くの経営者は「困る」「もう少し待ってほしい」と反射的に口にしてしまいます。気持ちは理解できますが、この対応は逆効果になりやすい典型例です。その場の感情論で引き止めても、根本的な退職理由は何も解決されていません。数カ月後に再び「やっぱり辞めます」と言われ、今度は本当に取り返しのつかない状況になるケースが現場では非常に多く見られます。
まず「持ち帰る」ことを伝える
退職申し出を受けたその日の鉄則は、「一度持ち帰り、改めて話す場を設ける」ことです。具体的には「話してくれてありがとう。気持ちを受け止めたいので、改めて時間をとって聞かせてください」と伝えるだけで十分です。これにより、相手も「ちゃんと向き合ってもらえる」と感じ、面談の場が設けやすくなります。焦らず、まず冷静になる時間を双方に与えることが最初の一手です。
面談者の選定も重要な準備
改めて面談を設定する際、誰が話すかも重要です。直属の上司が退職理由に関わっている場合(人間関係の問題など)、その上司が面談者になると本音は絶対に出てきません。そのような場合は経営者本人や、直接の指揮命令関係にない第三者が対応することを検討してください。退職引き止め面談の面談者の選定が、本音を引き出せるかどうかを大きく左右します。
本音を引き出す退職引き止め面談の進め方
「本音を聞く面談」と「条件提示の面談」を分ける
退職面談でよくある失敗が、「本音を聞く」と「処遇の改善案を提示する」を1回の面談に詰め込んでしまうことです。相手がまだ本音を話していないうちに「給与を上げます」「役職をつけます」と言っても、的外れな提案になってしまいます。まず最初の面談は「ただ聞く」ことだけに徹し、課題を整理した上で次の面談で具体的な改善案を提示するという2段構えが実務的に効果的です。
オープンクエスチョンで本音を引き出す
「なぜ辞めたいのですか?」という直接的な質問は、相手を防御的にさせがちです。代わりに「最近、仕事でしんどいと感じることはありましたか?」「もし環境が変わるとしたら、何が変わると一番うれしいですか?」のようなオープンクエスチョン(答えが「はい・いいえ」でない質問)を使うと、相手が話しやすくなります。傾聴の場では、判断や反論をせず「そうなんですね」「もう少し聞かせてください」と受け止めることが大原則です。「私は困る」ではなく「あなたのことが心配です」という姿勢で臨みましょう。
よくある建前の裏にある本音を知る
「一身上の都合」「キャリアアップのため」という退職理由の裏には、「評価に不満がある」「上司のマネジメントに不信感がある」「職場の人間関係が苦しい」といった本音が隠れていることがほとんどです。これらを引き出せないまま引き止めても、根本原因は何も変わりません。「正直に話してもらえるとありがたい。責めたりしないので」という言葉を添えるだけで、本音が出やすくなることがあります。
引き止めるべきか・手放すべきかの判断基準
会社軸で考える:代替可能性と業務への影響
退職引き止めを判断する際、まず会社側の視点から考えます。その人材の業務は代替可能か、採用・育成にかかるコストはどれくらいか、今辞められると業務運営にどの程度の支障が出るかを整理します。特に中小企業では「この人がいないと回らない」というケースが多く、感情論に流されやすい状況です。しかし感情だけで引き止めを判断することは避け、客観的な指標を持つことが重要です。
本人軸で考える:退職理由が解決可能かどうか
次に、本人側の視点から退職理由が「解決可能かどうか」を見極めます。たとえば「給与が低い」「評価の基準が不透明」「裁量が少ない」といった理由であれば、具体的な改善策を提示することで翻意につながる可能性があります。一方、「どうしても別のキャリアを歩みたい」「家族の事情で転居が必要」といった理由は、会社側ではコントロールできません。本人の意志が固いかどうか、そして改善策が本人の期待と合致するかを丁寧に確認することが判断の軸になります。
3つの分類で退職引き止め方針を決める
実務的には、退職申し出をした社員を以下の3パターンに分類して対応方針を決めると整理しやすくなります。
- 「ぜひ引き止めたい人材で、かつ退職理由が解決可能」なケース:具体的な条件改善を提示して真剣に翻意を促します。
- 「引き止めたいが、本人の意志が強く退職理由も解決困難」なケース:円満退職を優先しつつ引き継ぎと採用の準備を早期に始めます。
- 「引き止めてもモチベーション回復が見込めない」ケース:前向きな別れ方を選ぶことが会社・本人双方にとって最善です。
この分類をせずに「とにかく引き止め」という対応をすることが、後のトラブルにつながりやすい行動です。
退職引き止めとハラスメントの境界線
退職の自由は法律で保障されている
まず大前提として、労働者には退職の自由があります。民法第627条により、雇用期間に定めのない正社員は退職の申し出から2週間で雇用関係が終了します。就業規則に「1カ月前に申し出ること」と定めていても、民法に反する強制は法的に難しく、それを守らなかったことで損害賠償が認められるケースは非常に稀です。「辞めさせない」「承認しない」という対応は、違法となるリスクがあります。
退職引き止めハラスメントになるNGワード
近年、「リテンションハラスメント(退職引き止めハラスメント)」という言葉も注目されるようになっています。労働施策総合推進法第30条の2では、優越的な関係を背景に業務上の必要な範囲を超えて就業環境を害する言動をパワーハラスメントと定義しています。退職引き止めの場面では、以下のような言動が該当する可能性があります。
- 「損害賠償を請求する」(根拠がない場合は脅迫的と受け取られます)
- 「後任が決まるまで辞めるな」(長期にわたる業務継続の強制)
- 「裏切り者だ」「恩知らず」(人格を否定する発言)
- 深夜や複数人による感情的・反復的な説得
これらは絶対に避けてください。
適切な退職引き止めとは何か
適切な退職引き止めとは、本人の意思を尊重した上で「会社としての本音」と「改善できること」を誠実に伝える行為です。「あなたに残ってほしいと思っている」「こういう改善ができる」という提案は問題ありません。一方で、相手が「辞める」という意思を明確に示した後も繰り返し説得し続けることは、精神的なプレッシャーになり得ます。1〜2回の面談で誠実に向き合い、それでも意思が変わらない場合は円満退職に切り替える判断が必要です。
退職引き止め成功後に必ずやるべきフォロー
約束したことは必ず書面で残す
引き止めに成功した場合、口約束だけで終わらせてはいけません。「給与を見直す」「業務範囲を調整する」「上司との関係性を改善する」など、面談でした約束は必ずメールや文書で残しておきましょう。後になって「そんなことは言っていない」というトラブルを防ぐとともに、本人にとっても「ちゃんと動いてもらえる」という安心感につながります。
定期的な1on1でフォローアップを続ける
引き止め後に何も変わらなければ、数カ月以内に再度「やっぱり辞めます」という申し出が来る確率は非常に高くなります。月に1回程度の1on1(1対1の面談)を設け、「最近どうですか?」「改善した点はどう感じていますか?」と継続的に確認することが、本当の意味での定着につながります。退職引き止めは面談1回で完結するものではなく、その後のフォローが本体だと理解しておくことが重要です。
職場全体への波及リスクにも目を向ける
退職申し出が周囲に漏れると、「次は誰が辞めるか」という不安感が職場全体に広がり、連鎖退職のリスクが生じます。特に中小企業では一人の退職が複数人に影響するケースは珍しくありません。退職交渉中の情報管理を徹底しつつ、職場の雰囲気が悪化していないかを早期に把握し、必要であれば全体向けのミーティングや1on1の機会を増やすなどの対応をとってください。
まとめ
退職引き止めを成功させる鍵は、その日の感情で動かないこと、本音を丁寧に引き出すこと、引き止めるかどうかを客観的に判断すること、そして引き止め後のフォローを継続することの4点に集約されます。また、退職の自由は法的に保障されており、強引な引き止めはハラスメントになり得るという認識を持つことも経営者として必須の知識です。
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よくある質問
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