人事制度整備中に給与を上げてほしいと言われたら

人事制度整備中に給与を上げてほしいと言われたら 人事制度
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「制度ができてから昇給の話をしよう」と思っていた矢先、社員から直接こう言われた——「制度が整うまで、給与は上がらないんでしょうか」。その瞬間、どう答えるべきか言葉に詰まった経験はないでしょうか。人事制度の整備中という状況は、会社側には「準備中」でも、社員側には「ずっと据え置きにされている」と映りがちです。この記事では、人事制度整備中の給与引き上げ対応について、社員への説明の仕方から、暫定対応の記録方法、昇給を先送りし続けることのリスクまで、専任人事がいなくても実践できる考え方を整理します。

「制度ができるまで待って」は通じない理由

人事制度の整備中だからといって、昇給の議論を全面的に先送りにすることは、現実的なリスク管理として機能しません。社員の不満は制度の完成を待ってくれないからです。

先送りが生む「静かな離職」

優秀な社員ほど転職市場での価値が高く、待遇に関する不満を外部の選択肢と比較しながら抱えています。「制度が完成したら考える」という言葉を繰り返すうちに、彼らは声を上げるのをやめ、静かに転職活動を始めます。表面上は問題が起きていないように見えても、退職の意思決定はすでに進んでいる、というケースは珍しくありません。

制度完成後に起きる「落差ショック」

長期間待ち続けた社員が、制度完成後の昇給額を見て「これだけ?」と感じるケースがあります。期待が膨らんでいるほど、現実との落差がショックになります。人事制度整備中の段階から、どう期待値をコントロールするかが重要です。

「待たせている」という認識を会社側が持つことの重要性

中小企業では「制度がないのはお互い様」という空気になりやすいですが、社員側の感覚は異なります。給与は生活に直結するため、曖昧な返答が続くと「この会社に将来はない」という判断につながることがあります。経営者や担当者が「待たせている側」という認識を持つことが、適切な対応の出発点です。

社員への説明で押さえるべきこと

社員から昇給を求められたとき、その場で約束するのも、ただ断るのも、どちらもリスクがあります。大切なのは「誠実に、かつ会社を守る言い方」で伝えることです。

口頭での約束が持つ法的リスク

労働契約法第7条は、労働条件は労働契約の内容になりうると定めています。口頭で「制度ができたら上げる」と伝えると、それが条件付きの合意として機能するリスクがあります。メールやチャットでのやりとりも「合意の証拠」になりえます。「その場の雰囲気で言ってしまった」が後のトラブルの種になりやすいため、回答は慎重に言葉を選ぶ必要があります。

伝えるべき3つの要素

社員への説明には、次の3つの要素を含めることで、不満を最小化しながら会社としての誠実さを示すことができます。まず「現在の状況(制度整備中であること)」を率直に伝えます。次に「いつまでに制度を完成させるか」という具体的なスケジュールを示します。そして「それまでの間、どう対応するか」という暫定的な方針を説明します。この3点がそろうことで、「また先送りにされた」ではなく「ちゃんと考えてくれている」という印象になります。

スケジュールのコミットが信頼を生む

「いつできるかはわからないが、整備中だ」という回答は、社員にとって最も不安を生む言い方です。たとえ「半年後を目標に整備を進めている」という大まかなものであっても、期限を示すことが信頼の担保になります。スケジュールが遅れる可能性があっても、その都度状況を共有する姿勢があれば、信頼は損なわれにくくなります。

制度整備中に昇給する場合の正しい進め方

制度が完成していない状態でも、適切な手続きを踏めば昇給は可能です。重要なのは「暫定措置である」ことを明確にし、必ず書面で記録を残すことです。

暫定昇給の位置づけを明文化する

昇給辞令や覚書に「本昇給は制度整備完了前の暫定措置であり、制度策定後に再評価・調整を行う場合がある」という旨を明記します。この一文があるかどうかで、後の対応の選択肢が大きく変わります。口頭だけで伝えても、後から「そんな説明はなかった」と言われるリスクがあるため、必ず書面化してください。

記録に残すべき4つの項目

個別の昇給対応をした場合、以下の項目を社内で記録として保存してください。記録がないと、後から制度と整合を取る際に混乱が生じます。

記録項目 記録の目的
誰に昇給したか(対象者氏名・役職) 制度完成後の比較・整合の基準にする
昇給額・変更後の賃金額 不利益変更の判断基準・労務管理の根拠にする
昇給の理由・根拠 公平性の説明責任を果たすため
昇給日・暫定措置である旨の確認日 後の紛争時に合意内容を証明するため

仮基準を経営層で合意しておく

評価制度がない状態でも、「誰を・どのような理由で昇給対象とするか」の仮基準を経営層の間で決めておくことが重要です。たとえば「勤続3年以上かつ直近1年の貢献が顕著な社員」「役割が変わったにもかかわらず賃金が据え置かれている社員」といった基準を、昇給の依頼が来る前に合意しておくと、声の大きい社員だけが昇給する不公平を防げます。

複数の社員からの要望や公平性の判断に迷ったら、早めに専門家に相談するのがおすすめです。

「一度上げたら下げられない」は本当か

昇給に踏み切れない理由として「一度上げると元に戻せない」という不安をよく聞きます。この認識は部分的には正しいですが、正確に理解することで対応の選択肢が広がります。

実額の引き下げは原則として認められない

労働契約法第10条は、就業規則の不利益変更には合理的な理由と周知が必要であると定めています。一度設定した賃金を実額で引き下げること(たとえば月給25万円を23万円にする)は、本人の個別合意がない限り、原則として認められません。この点は正確に理解し、「上げたら下げられない」という前提で動く必要があります。

「昇給停止」は別の話

一方で、「制度完成後に格付けを行った結果、その社員の水準が現行賃金と同程度だったため、しばらく昇給を停止する」という対応は、制度上の合理的な説明ができれば可能なケースがあります。つまり「下げる」ことと「一定期間昇給しない」ことは法的には異なります。暫定昇給の時点でこの可能性を書面に明示しておくことが、後の柔軟な対応を可能にします。

レッドサークル問題への対処

制度完成後、個別に昇給した社員が制度上の基準より高い水準になってしまうケース(いわゆる「レッドサークル」)は、人事制度整備中の暫定対応でよく起きます。この場合、一般的には「現行賃金は維持しつつ、制度上の等級に追いつくまで次回以降の昇給を調整する」という対応が取られます。制度完成前から記録を丁寧に残しておくことが、この調整を円滑に行うための前提になります。

就業規則との関係を整理する

人事制度の整備中であっても、就業規則上の賃金に関するルールは存在しているはずです。制度整備と就業規則の関係を混同すると、対応が矛盾することがあります。

常時10人以上なら就業規則の届出は義務

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場は就業規則の作成・届出が義務付けられています。賃金の決定・計算方法は絶対的必要記載事項であるため、「制度整備中だから賃金ルールが何もない」という状態は法的に問題があります。現状の就業規則に「賃金は会社が別途定める基準による」といった規定があるかどうかを確認してください。

10人未満の企業でも準備は必要

常時10人未満の場合は就業規則の作成義務はありませんが、口頭や個別合意による労働条件の管理は紛争リスクが高まります。簡易な賃金に関するルールを書面化しておくだけでも、後のトラブルを大きく減らせます。人数が少ないからこそ、個別の口約束が後に問題になりやすいという現実があります。

同一労働同一賃金の観点も忘れずに

パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条に基づく同一労働同一賃金のルールにより、正規社員と同職種の非正規社員との間に不合理な待遇差があると問題になります。制度整備中に正規社員のみを個別昇給させた場合、その差が広がることで問題が生じるケースもあります。正規・非正規を問わず、昇給の判断をする際には両者の待遇バランスを確認する視点が必要です。

まとめ

人事制度の整備中に社員から昇給を求められたとき、「制度ができてから」と先送りし続けることも、場当たり的に約束を重ねることも、どちらもリスクを高めます。大切なのは、制度完成のスケジュールを示し、暫定対応の基準を経営層で合意した上で、書面で記録を残しながら対応することです。労働契約法・労働基準法の視点を踏まえた手続きを取ることで、後の紛争リスクを最小化できます。

とはいえ、専任人事のいない環境でこれらを一人で整理するのは、簡単ではありません。「今の就業規則で問題ないか」「暫定昇給の覚書はどう作ればいいか」「制度完成後の整合はどう取るか」といった具体的な疑問は、ぜひウェルセンス株式会社にご相談ください。成長企業の人事労務課題に特化した支援を行っています。

よくある質問

Q. 制度整備中に口頭で「昇給を検討する」と伝えてしまいました。問題はありますか?

A. 「検討する」という表現は約束とは異なりますが、文脈によっては期待を持たせたと判断されるリスクがあります。その後に書面で「具体的な時期や金額は制度完成後に改めて確認する」と補足しておくと、後のトラブルを防ぎやすくなります。口頭のやりとりはメモや議事録として残しておくことをお勧めします。

Q. 暫定昇給の覚書は、どんな形式で作ればよいですか?

A. 定まった様式はありませんが、「対象者氏名・変更後の賃金額・昇給日・暫定措置である旨(制度完成後に再評価する可能性を含む)・会社代表者と本人の署名または確認の記録」を含めた文書を作成し、双方が保管するのが基本です。社労士や人事労務の専門家に雛形の確認を依頼すると安心です。

Q. 昇給を求めてきた社員にだけ対応すると、ほかの社員との不公平が生まれませんか?

A. その懸念は正当です。声を上げた社員だけが昇給すると、声を上げなかった社員との間に不公平感が生まれ、組織の不満の温床になります。昇給依頼を受けたことをきっかけに、全社的な暫定基準を設け、基準に該当する社員を一律に見直す対応が理想的です。個別対応は「原則なし・例外あり」ではなく、「基準に基づく判断」として位置づけることが重要です。

Q. 制度整備中の段階で、策定中の制度内容を社員に見せても問題ありませんか?

A. 途中段階の制度内容を開示すると、内容が変わった際に「約束が違う」という不信感につながるリスクがあります。開示するとしても「現時点での検討案であり、確定内容ではない」と明確に前置きした上で、全体の方向性や考え方の概要にとどめるのが無難です。個別の等級・賃金帯など具体的な数字は、制度確定後に開示する方が安全です。

Q. 人事制度の整備はどのくらいの期間を見込めばよいですか?

A. 企業の規模や制度の範囲によって異なりますが、20〜50名規模の企業で等級制度・賃金テーブル・評価制度を一から整備する場合、専門家のサポートを受けながら半年〜1年程度を目安とするケースが多いです。社内リソースだけで進める場合はさらに長くなる傾向があります。社員に伝えるスケジュールは、現実的な期間を設定した上で提示することが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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