ある日、税務署から「給与所得の源泉徴収票の内容についてお尋ねします」という文書が届いた——。そこで初めて、退職した従業員が扶養控除の申告に虚偽の記載をしていたことが発覚した、というケースは少なくありません。「うちが罰せられるの?」「今から何をすればいい?」「本人に請求できるの?」。専任の人事担当者がいない会社では、こうした疑問に即座に答えられる人が社内にいないことがほとんどです。この記事では、年末調整における従業員の虚偽記載が発覚した後に会社がとるべき対応を、法的根拠とともに実務ベースで整理します。
会社の責任範囲:善意で処理していれば原則として追徴課税はない
結論から言えば、従業員の虚偽記載を知らずに信頼して処理した会社(善意・無過失)は、原則として追徴課税の対象にはなりません。ただし「知らなかった」で完全に免責されるわけではなく、会社の対応次第で責任の範囲が変わります。
源泉徴収義務者としての会社の立場
会社は所得税法第183条に基づく「源泉徴収義務者」として、従業員の給与から所得税を天引きし納付する義務を負っています。年末調整はその精算手続きです。従業員が提出する「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を基に計算を行うため、その申告書に虚偽があった場合、会社が誤った内容で税務署・市区町村に報告書を提出した状態になります。
「善意か悪意か」が責任分岐の核心
会社の責任は、虚偽記載を知っていたかどうかによって大きく異なります。
| 状況 | 会社の責任 |
|---|---|
| 虚偽申告を信頼して処理した(善意・無過失) | 原則として会社に追徴課税なし。本人が修正申告・追納 |
| 虚偽を知りながら処理した(悪意・共謀) | 源泉徴収義務違反として会社にも責任が及ぶ可能性あり |
| 確認を著しく怠った(重大な過失) | 状況によっては責任を問われ得る |
「確認義務」の現実的な範囲
法律上、会社は申告書の内容を網羅的に調査する義務まではありません。たとえば扶養に入っている子の収入状況を一件一件調べることは現実的でなく、そこまでの義務は課されていません。ただし、「明らかに不自然な記載」(実在しない家族構成、昨年と大きく異なる扶養人数など)があるにもかかわらず無確認で処理を続けた場合は、「重大な過失」と判断されるリスクがあります。気になる点があれば本人に確認の声をかけること自体が、会社としての適切な対応につながります。
発覚後にとるべき対応
虚偽記載が発覚したら、まず社内で事実確認を行い、その後に税務上の修正手続きと本人対応を並行して進めます。初動を誤ると、会社が「報告義務を怠った」と判断されるリスクが高まるため、できるだけ早く動くことが重要です。
事実確認と証拠の保全
最初に行うべきは、申告書の内容と事実の照合です。扶養控除の場合であれば、扶養に入れた家族の実態(同居・収入・年齢など)を確認します。本人への聴取は任意の形で行い、その内容を記録しておきましょう。「知らなかった」「記載ミスだった」という主張が後から出てきたときに、対応の経緯を記録しておくことが会社を守ることにつながります。
税務署・市区町村への修正報告
事実が確認できたら、税務上の修正手続きに入ります。主な対応は次の流れです。まず、税務署に対して給与支払報告書(源泉徴収票)の訂正報告を行います。次に、市区町村への給与支払報告書の修正提出も必要です(住民税の計算に影響します)。そして本人に対して確定申告または修正申告を促します。修正申告の主体は従業員本人ですが、会社側の報告書の修正は会社が行う義務があります。「本人が申告するから会社は関係ない」と放置していると、誤った内容の報告書を提出し続けている状態が続き、会社として適正な報告義務を怠ることになります。
顧問税理士・社労士への早期相談
修正申告の手続きや加算税の取り扱いは、事案によって異なります。特に虚偽の期間が複数年にわたる場合や、税額差額が大きい場合は、顧問税理士に早期に相談することをおすすめします。税務調査の入り口になるケースもあるため、「税務署からお尋ねが来た」段階で専門家に状況を共有しておくと安心です。
差額の税額は誰が払うのか
納税義務者はあくまで従業員本人です。会社が一時的に差額を立て替えた場合でも、本人への求償(返還請求)は法的に認められています。
本人への求償請求の方法
会社が誤った年末調整の結果として税務署から追徴を受けたケースでは、その差額を本人に請求することが可能です。ただし、給与からの天引き(控除)で回収する場合は、労働基準法第24条に基づき「労使協定の締結」と「本人の書面による同意」が必要です。本人の同意なく一方的に給与から差し引くことは違法になるため、注意が必要です。
本人が退職済みの場合
退職後に虚偽が発覚したケースでは、給与からの控除ができないため、民事上の損害賠償請求や不当利得返還請求という手段になります。実際に訴訟まで至るケースは少ないですが、金額が大きい場合や悪質性が高い場合は弁護士に相談して対応を検討しましょう。少額であれば、内容証明郵便による返還請求で解決することもあります。
懲戒処分は可能か
就業規則に「虚偽の申告・届出を禁止する」旨の条項がある場合、懲戒処分は選択肢に入ります。ただし、処分の重さは行為の悪質性・故意性に応じて判断する必要があります。
懲戒処分の前提条件
懲戒処分を行うには、労働契約法第15条が定める「客観的合理性」と「社会的相当性」の両方が必要です。まず就業規則に懲戒事由として虚偽申告が明記されていること、次に本人への事前の弁明機会の付与、そして処分内容が行為の重さに見合っていること、この三点が揃っていることが前提になります。
悪質性の程度による処分の目安
実態のない扶養家族を複数年にわたって申告し、故意に税額を減らしていた場合は、重い懲戒処分(減給・出勤停止・懲戒解雇)の相当性が認められやすいです。一方、記載ミスや制度への誤解に近い場合は、書面による厳重注意・譴責処分にとどめるのが相当と考えられます。いずれの場合も、処分を行う前に事実関係の記録を整え、弁明の機会を設けることが不可欠です。
就業規則に規定がない場合
就業規則に虚偽申告を懲戒事由とする記載がない場合、懲戒処分は原則として行えません。この機会に就業規則を見直し、次の発生に備えて条文を整備することをおすすめします。従業員数10名未満で就業規則の作成義務がない会社でも、内部ルールとして文書化しておくことが後々の対応をスムーズにします。
再発防止のために会社ができること
少人数体制でも実践できる再発防止策は存在します。「完璧な確認」を目指すのではなく、「明らかな異常を見つけられる体制」を作ることが現実的なゴールです。
申告書受け取り時のチェックポイント
年末調整の申告書を受け取る際に、前年との比較チェックを習慣化するだけで、異常な変化を早期に発見できます。具体的には、扶養人数が急増していないか、新たに追加された扶養家族の続柄・生年月日に矛盾がないか、配偶者の収入見積額が毎年同一のまま変わっていないかなどを確認します。全件詳細調査は不要ですが、「気になる点があれば本人に口頭で確認する」という習慣が、結果的に抑止力になります。
提出時の書面による確認と周知
申告書の提出時に「記載内容が事実と相違ない」旨を本人が確認・署名する欄を設けることも有効です。また、年末調整の案内文書に「虚偽記載は懲戒処分の対象となる」と明記しておくことで、従業員への周知と抑止につながります。これだけで「会社として合理的な確認努力をした」という証跡になります。
就業規則と社内ルールの整備
再発防止の基本は、就業規則への明文化です。「人事関連の届出・申告における虚偽記載は懲戒事由とする」という条項を盛り込んでおくことで、万が一の際の対応根拠が明確になります。就業規則の改定は労働基準監督署への届出が必要ですが、従業員数が10名未満の場合でも、社内規程として文書化しておくだけで大きな違いが生まれます。
虚偽記載の対応は税務と労務の両面を押さえる必要があり、判断に迷う場合が多くあります。専門的なサポートが必要な場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。
まとめ
年末調整における従業員の虚偽記載が発覚した場合、善意・無過失で処理した会社は原則として追徴課税の対象にはなりません。ただし、発覚後に誤った報告書を放置し続けることは報告義務違反につながるため、速やかに税務署・市区町村への修正報告を行うことが会社の責務です。差額の税額は本人への求償が可能で、懲戒処分は就業規則の規定と行為の悪質性に応じて判断します。再発防止には、申告書受け取り時の簡易チェックと就業規則への明文化が有効です。
こうした対応は、労務・法務の知識が複合的に絡むため、専任人事がいない体制では判断に迷う場面が多く出てきます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事労務上の課題に対して、実務に即したサポートを提供しています。「発覚したばかりで何から手をつければいいかわからない」「就業規則を見直したい」といった段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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