採用時の身元保証書は本当に必要?

採用時の身元保証書は本当に必要? コンプライアンス
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「身元保証書を取っているから、何かあっても保証人に請求できる」——そう思っていませんか?実は、この認識が中小企業の採用リスク管理における最大の落とし穴になっています。2020年の民法改正により、書式が古いままでは身元保証書そのものが無効になっているケースも。本記事では、身元保証書の法的な限界を正確に理解したうえで、採用リスクを本当に下げるための実務対策をわかりやすく解説します。

身元保証書とは何か、そもそもの役割を整理する

身元保証書が果たしてきた役割

身元保証書とは、従業員が業務上で会社に損害を与えた場合に、保証人(多くは親族)が一定の責任を負うことを約束する書類です。横領・情報漏洩・故意による損害などが発生した際に、会社が保証人へ損害賠償を請求する根拠となります。採用時に提出を求める慣行は日本企業に広く定着しており、中小企業では「入社手続きの一環」として当然のように身元保証書が使われてきました。

身元保証書の法的根拠

身元保証書は、1933年(昭和8年)に制定された「身元保証ニ関スル法律」によって規律されています。この法律では、保証期間は原則3年(最長5年)と定められており、期間の定めがない場合は3年で自動的に効力が失われます。更新する場合は書面による手続きが必要です。つまり、入社時に一度取得した身元保証書も、3年後には効力を失っている可能性があります。長年在籍しているベテラン社員の身元保証書が、気づかないうちに期限切れになっているケースは珍しくありません。

2020年民法改正で何が変わったのか

極度額の明記が義務化された

2020年4月に施行された改正民法により、個人が保証人になる「個人根保証契約」には、保証の上限金額である「極度額」を書面に明記することが必須となりました(民法第465条の2)。極度額の記載がない身元保証書は、契約そのものが無効です。

重要なのは、この改正が遡及しないことです。2020年4月以前に作成した書式でも、その後も使い続けているのであれば、法律上は無効な書類を「保険」と思い込んでいることになります。ネットから拾ったテンプレートや、数年前に作ったWordファイルをそのまま流用している場合は、今すぐ書式の確認が必要です。

極度額はいくらに設定すればよいのか

極度額の金額については、法律に具体的な基準は定められておらず、会社が任意に設定します。実務では年収の1〜2年分程度を設定するケースが多く見られます。たとえば、年収400万円の従業員であれば400万〜800万円程度が目安となります。ただし、金額が高すぎると保証人に過大な負担を求めることになるため、求職者が採用を辞退するリスクや、保証人が署名を拒否するリスクも考慮が必要です。あくまで「リスクに見合った現実的な金額」を設定することが大切です。

身元保証書の法的効力には限界がある

裁判所は保証人の責任を大幅に減額する

身元保証書を取得していれば、損害の全額を保証人に請求できると思われがちですが、実際の裁判例はそうなっていません。裁判所は保証人の賠償責任を判断する際に、会社側の監督責任の程度、従業員の行為との因果関係、保証人がリスクを認識できたかどうかなどを総合的に考慮します。その結果、損害額の2〜3割程度しか認められないケースも多く、全額認容の判決はほぼありません。

たとえば、経理担当者が長期にわたって横領を行い、総額1,000万円の損害が発生したとしても、会社側の内部統制の不備が指摘されれば、保証人への請求が200〜300万円程度にとどまることがあります。身元保証書は「完全な補償」ではなく、あくまで「一定の抑止力と部分的な補償手段」と理解するのが正確です。

保証人への通知義務も忘れずに

身元保証ニ関スル法律の第3条・第4条では、従業員が業務上で損害を与えるリスクが高まったと会社が認識した場合、保証人に通知する義務があることを定めています。通知を怠ると、保証人が契約を解除できる権利が生まれます。また、通知義務を果たしていない場合には、裁判所が保証人の責任をさらに限定的に判断することもあります。身元保証書を単に「取得して終わり」にせず、その後の運用管理も重要です。

保証人を立てられない候補者への対応

保証人がいないだけで内定取り消しは違法になるリスクがある

核家族化や地縁の希薄化が進む現代では、身元保証人を立てられない求職者が増えています。特に若い世代や、頼れる家族がいない方にとって、身元保証人の確保は容易ではありません。そのような候補者に対して、「保証人がいないこと」のみを理由に内定を取り消した場合、合理的な理由を欠く内定取り消しとして損害賠償請求の対象になる可能性があります。

採用選考において、本来評価すべきは「業務遂行能力・人物」であり、保証人の有無は採用可否の本質的な判断基準にはなりません。優秀な人材を保証人問題だけで逃すことは、採用コストの観点からも大きな損失です。

身元保証書に代わるリスク対策の選択肢

身元保証人を立てられない場合でも、採用リスクを管理する手段はほかにあります。まず秘密保持誓約書や競業避止誓約書を入社時に取得することで、情報漏洩や退職後の競業行為に対する法的な根拠を整えられます。また、バックグラウンドチェック(経歴確認・犯罪歴調査)やリファレンスチェック(前職への人物確認)を採用プロセスに組み込むことで、入社前のリスクを事前に把握できます。これらを組み合わせることで、身元保証書一本槍よりも実質的なリスク管理が可能です。

採用リスクを本当に下げるための実務対策

採用前のバックグラウンドチェックを活用する

バックグラウンドチェックとは、採用候補者の経歴・学歴・職歴の真偽確認や、公開情報によるリスクスクリーニングを行うことです。近年は専門の調査会社も増えており、数万円程度から利用できるサービスもあります。特に、現金や機密情報を扱うポジション、マネジメント職への採用では有効な手段です。候補者の同意を得たうえで実施することが個人情報保護法の観点からも必要で、選考プロセスへの組み込み方にはルール設計が重要になります。

入社後のリスク管理体制も整える

採用時の書類整備だけでなく、入社後の早期リスク察知の仕組みを持つことが重要です。問題行動・不調・ハラスメントの兆候を早期に把握できる体制があれば、事態が深刻化する前に対応できます。具体的には、上司との定期的な1on1ミーティング、パルスサーベイ(短時間で繰り返す簡易アンケート)、外部相談窓口の設置などが挙げられます。身元保証書は事後の損害回収手段ですが、これらは損害そのものを未然に防ぐ予防策です。

就業規則・懲戒規定・情報管理規程を整備する

万が一問題が発生した際に会社が適切に対処するには、就業規則の懲戒規定が実態に即して整備されていることが不可欠です。「懲戒解雇できる行為の具体的列挙」「情報管理規程での機密情報の定義」「損害賠償請求の根拠となる誓約書の整備」——これらが揃って初めて、法的な対応が可能になります。身元保証書はその体系の一部にすぎず、単独では機能しません。

まとめ

採用時の身元保証書は、書式が適切であれば一定の抑止力と部分的な補償手段としての意味はあります。しかし、2020年の民法改正による極度額の必須記載、保証期間の制限、裁判所による減額判例の傾向を踏まえると、「身元保証書さえあれば安心」という考え方は危険です。大切なのは、身元保証書を正しく整備しつつ、バックグラウンドチェック・誓約書・就業規則・入社後のメンタルヘルス対応などを組み合わせた多層的なリスク管理の体制を持つことです。

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よくある質問

Q. 以前から使っている身元保証書の書式をそのまま使い続けても問題ありませんか?

A. 問題があります。2020年4月以降、極度額(保証の上限金額)の記載がない身元保証書は法律上無効です。以前の書式には極度額の欄がないケースがほとんどですので、必ず書式を見直し、極度額・保証期間・保証人の署名捺印・日付を明記した書式に更新してください。

Q. 身元保証書の極度額はいくらに設定するのが適切ですか?

A. 法律に定められた基準はなく、企業が任意に設定します。実務では年収の1〜2年分を目安にするケースが多く見られます。ただし、金額が高すぎると保証人の署名を得にくくなるため、担当するポジションのリスク水準を考慮したうえで現実的な金額を設定することをおすすめします。

Q. 身元保証人を立てられない候補者の内定を取り消してもよいですか?

A. 「保証人がいないこと」のみを理由にした内定取り消しは、合理的理由を欠く内定取り消しとして損害賠償請求の対象になるリスクがあります。保証人がいない場合は、秘密保持誓約書やバックグラウンドチェックなど、代替のリスク管理策を検討することをおすすめします。

Q. 従業員が横領を起こした場合、身元保証書で全額回収できますか?

A. 全額回収は実務上ほぼ難しいのが実情です。裁判所は保証人の責任を判断する際に、会社側の監督体制の不備や損害との因果関係を考慮し、請求額を大幅に減額するケースが多くあります。身元保証書は「損害の一部を補填する手段」として位置づけ、内部統制の整備など予防策との組み合わせが重要です。

Q. 身元保証書はいつまで保管すればよいですか?

A. 在職中はもちろん、退職後も一定期間の保管が望ましいです。損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知ったときから5年、または権利を行使できるときから10年とされています(民法第724条)。万が一の事態に備え、退職後も少なくとも5〜10年は保管しておくことを推奨します。

【監修】ウェルセンス株式会社
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