使用者責任と求償権で困ったら読む対処法

使用者責任と求償権で困ったら読む対処法 労務管理
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「社員が顧客に損害を与えてしまった。会社として賠償したが、この費用を社員本人に請求できるのか?」——損害が発生した直後、多くの経営者が直面する問いです。専任人事がいない中小企業では、顧客への謝罪・交渉と社員への対応を同時にこなさなければならず、「法的にどこまで請求できるのか」を調べる余裕もないまま感情的な判断をしてしまうケースが少なくありません。この記事では、使用者責任と求償権の基本から、社員への請求が認められる条件・認められにくい条件まで、実務に直結する形で整理します。

使用者責任とは何か——会社が「代わりに払う」根拠

使用者責任とは、社員が職務の範囲内で顧客などの第三者に損害を与えた場合、会社(使用者)がその損害を賠償する義務を負うという法的な仕組みです。民法715条に根拠があります。

民法715条が定める要件

会社が使用者責任を問われるためには、次の三つの要件をすべて満たす必要があります。まず、会社と社員の間に雇用関係(使用関係)が存在すること。次に、損害が「事業の執行について」発生したこと、つまり職務遂行中または職務と密接に関連した行為によって損害が生じたこと。そして、社員自身に不法行為(民法709条)が成立すること、すなわち社員に故意または過失があり、その行為と損害との間に因果関係があることです。

たとえば、営業担当社員が商談の移動中に交通事故を起こして相手方に怪我をさせた場合、この三要件を満たす可能性が高く、会社が使用者責任を負います。一方、就業時間外に社員が個人として起こしたトラブルは原則として「事業の執行について」に該当しないため、会社の責任は生じにくくなります。

「管理していたから免責される」は通らない理由

民法715条には、使用者が「選任・監督について相当の注意をした」場合は免責されるという規定があります。しかし、裁判実務上この免責が認められることは極めてまれです。会社は事業から利益を得ている以上、そのリスクも引き受けるべきという考え方(報償責任の原則)が背景にあるためです。「しっかり管理していた」という主張だけで責任を免れることは期待できないと理解しておくことが重要です。

求償権とは何か——社員に費用を請求できる根拠と限界

会社が顧客への賠償を済ませた後、その費用を社員に請求する権利を求償権といいます(民法715条3項)。ただし、支払った全額をそのまま請求できるとは限らず、「信義則上相当と認められる限度」に制限されるというのが最高裁の立場です。

最高裁判例が示した「制限的求償」という考え方

最高裁判例(最判昭和51年7月8日・茨城石炭商事件)は、使用者が社員に求償できる範囲について、「信義則上相当と認められる限度に制限される」と明確に判示しました。これはつまり、会社が100万円の損害賠償を顧客に支払ったとしても、社員に100万円全額を請求できるわけではないということです。

なぜこのような制限が設けられるのでしょうか。その理由は、会社は社員の労働によって利益を得ており、業務上のリスクは本来的に会社が引き受けるべきものという考え方にあります。社員は給与という形で報酬を受け取っていますが、その給与はリスクの全額を引き受けるほどの水準ではないケースがほとんどです。そのため、損害の全責任を社員に転嫁することは不公平と判断されます。

求償額の制限に影響する主な考慮要素

裁判所が求償の範囲を判断する際に考慮する要素として、以下が挙げられます。社員の故意・過失の程度(悪質であるほど求償が認められやすくなります)、会社側の管理体制や指示の適切さ(会社側に問題があれば求償は制限されます)、社員が担当していた業務のリスクの大きさ、社員が受け取っていた給与水準、そして会社が損害防止のための教育・マニュアル整備・監督体制を整えていたかどうかです。

実務感覚としては、会社が支払った損害額の4分の1から半額程度を上限として求償が認められるケースが多く、管理体制が整っていなかった場合はさらに低くなる傾向があります。

社員への損害賠償請求——認められる条件・認められにくい条件

求償が認められやすいかどうかは、「社員の行為の悪質性」と「会社側の管理体制の充実度」の掛け合わせで決まります。この二軸を基準に自社のケースを評価することが実務上の出発点です。

認められやすい場合と認められにくい場合の整理

求償が認められやすい方向 求償が認められにくい方向
社員に故意または重大な過失がある 軽過失(うっかりミス)にとどまる
会社の管理・監督体制が整っていた 管理体制が不十分・指示が曖昧だった
社員が私的な目的で行動していた 会社の業務命令に従った行動だった
就業規則・誓約書に実損賠償の規定がある 事前の合意や規定が存在しない
会社が損害を最小化しようとした記録がある 会社側も損害の拡大を放置していた

「故意」と「過失」の区別が難しい現場の現実

中小企業の現場では、悪意があったのか、単純なミスなのか、上司の指示の問題なのかが混在していることが多く、どれに該当するかの判断が難しいケースが多々あります。たとえば、「マニュアルを無視して独断で対応し、顧客に損害を与えた」という事例では、その独断行動が上司の黙認のもとで慣例化していたとすれば、会社側にも相応の責任が生じます。表面上は社員の過失に見えても、組織的・構造的な問題が根底にある場合は、求償の範囲が大きく制限されることを念頭に置いてください。

損害発生時の対応は企業ごとの事情で最適策が異なります。「これからどう進めればいいのか」迷った場合は、ウェルセンス株式会社への個別相談をお勧めします。

就業規則と賃金控除——やってはいけない対応

損害が発生した際に会社が陥りやすい二つの間違いがあります。「就業規則に罰金を定めること」と「給与から勝手に天引きすること」です。いずれも労働基準法違反となる可能性があり、対応を誤ると会社側が法的リスクを負うことになります。

損害賠償額の予定は禁止されている

労働基準法16条は、「労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しています。具体的には、「物を壊したら一律10万円」「クレームを起こしたら5万円の罰金」といった定額の賠償予定を就業規則や労働契約に盛り込むことは無効です。

一方で、「実際に発生した損害について、実費を請求できる」という趣旨の規定は有効とされています。就業規則を整備する際は、定額予定と実損請求を混同しないよう文言設計に注意が必要です。

給与からの一方的な天引きは賃金全額払い原則に違反する

労働基準法24条は賃金全額払いの原則を定めており、社員の同意なく賃金から損害賠償額を控除することは違法です。「社員が同意すれば可能」とされていますが、この同意は「社員が自由な意思に基づいて行ったものであることが明確でなければならない」と裁判所は厳しく判断しています。上司や経営者から「同意書に署名しろ」と迫られた状況での署名は、自由意思による同意とは認められないリスクがあります。

損害賠償請求を行う場合は、賃金控除ではなく別途の請求手続きとして進めることが原則です。話し合いで合意が得られない場合は、少額訴訟や労働審判といった法的手続きの利用を検討してください。

実務で取るべき対応の流れ

損害が発生した後に焦って動くと判断を誤りやすいため、対応の優先順位を整理しておくことが重要です。まず顧客への誠実な対応を最優先にしたうえで、社員への対応は法的な根拠を確認しながら慎重に進めることが基本姿勢です。

顧客対応と社員対応を切り分けて進める

損害発生の直後は、顧客への謝罪・損害の確定・賠償額の合意を優先します。この段階で社員に対して感情的に「弁償しろ」と迫ることは、後の求償交渉を複雑にするだけでなく、ハラスメントや不当な圧力と見なされるリスクを生みます。まず状況を記録し(いつ・どこで・誰が・何をしたか)、損害額の根拠を明確にしておくことが、その後の対応の土台になります。

就業規則の状況によって対応方針が変わる

就業規則に実損賠償の規定がある場合は、その規定に基づいて社員に対して事実確認と弁明の機会を与えたうえで対応を進めます。規定が整備されていない場合は、後付けで規定を適用しようとしても法的に無効になる可能性があります。この場合は弁護士や社会保険労務士に相談し、個別の合意書作成や法的手続きを検討することをお勧めします。

なお、20〜50名規模の企業で就業規則を10名以上の社員に適用している場合、就業規則の作成・変更は労働基準監督署への届出義務があります。損害賠償条項の追加・修正を行う際も、所定の手続きを踏む必要があります。

再発防止策の整備が求償の正当性を高める

求償を行う場合でも、「会社として再発防止に取り組んだ」という事実は、求償の正当性を高めるとともに、他の社員への萎縮効果を最小限に抑える効果があります。業務マニュアルの見直し、研修の実施、チェック体制の強化など、具体的な再発防止策を記録に残しておくことが重要です。小規模企業で職場の人間関係への影響が懸念される場合も、「会社全体の問題として改善に取り組む」というメッセージを出すことで、士気低下を防ぎやすくなります。

就業規則の整備や法的判断は、経営者・人事担当者が一人で抱えると判断を誤りやすい領域です。専門知識が必要な場面では外部の力を活用することが、結果的にリスク軽減につながります。

まとめ

使用者責任(民法715条)により、会社は社員が職務の範囲内で顧客に与えた損害を賠償する義務を負います。一方、会社が賠償した費用を社員に請求する求償権(民法715条3項)は存在しますが、最高裁判例(茨城石炭商事件)が示すように「信義則上相当な限度」に制限されるため、全額請求が認められることはほとんどありません。求償が認められやすいのは社員に故意または重大な過失がある場合であり、会社側の管理体制の不備があれば求償の範囲はさらに狭まります。また、就業規則に定額の賠償予定を設けることや、社員の同意なく給与から天引きすることは労働基準法違反となるため注意が必要です。損害発生後は顧客対応を優先しながら記録を整え、社員への対応は法的根拠を確認しながら慎重に進めることが重要です。

社員のトラブル対応は、就業規則の整備状況や職場の事情など、企業ごとで最適な対応が異なります。「どこまで請求できるのか」「就業規則に何を定めておけばよいのか」といった疑問を抱えている経営者・人事担当の方は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事労務の専門知識と、中小企業の実態に即した実務的なアドバイスを提供しています。

よくある質問

Q. 社員のミスで顧客に50万円の損害が生じ、会社が賠償しました。社員に全額を請求できますか?

A. 原則として全額請求は認められません。最高裁判例(茨城石炭商事件)に基づき、求償は「信義則上相当な限度」に制限されます。社員の故意・重過失があり、かつ会社の管理体制が整っていた場合でも、賠償額の一部にとどまるケースがほとんどです。社員のミスの悪質性と会社側の管理状況を総合的に考慮して判断する必要があります。

Q. 就業規則に「損害を与えた社員は弁償すること」と書けば、全額請求できますか?

A. 「実際に発生した損害の実費を請求できる」という趣旨の規定は有効ですが、就業規則の規定があっても求償額が信義則上の限度を超えることは認められません。また、「一律〇〇万円」といった定額の賠償予定は労働基準法16条により無効です。就業規則の文言と実際の請求額は別の問題として整理することが必要です。

Q. 社員が「反省しているので給料から引いていい」と言っています。そのまま天引きしても問題ありませんか?

A. 口頭での了承だけでは不十分なリスクがあります。賃金からの控除には「社員が自由な意思に基づいた同意」が必要であり、職場の上下関係のある状況での同意は「自由な意思」と認められない場合があります。控除を行う場合は、同意書を書面で取得したうえで、その内容が適切かどうか専門家に確認することをお勧めします。

Q. 社員が業務中に顧客に暴言を吐いてクレームになりました。これも使用者責任になりますか?

A. 業務中の行為であれば使用者責任が成立する可能性があります。「事業の執行について」の要件には、業務遂行中の言動も含まれます。社員が業務対応の一環として顧客と接触している場面での暴言は、職務と密接に関連した行為とみなされやすいです。ただし、私的なやり取りや業務とは無関係の行為であれば、この限りではありません。

Q. 損害が発生したとき、まず何から始めればよいですか?

A. 最初に行うべきことは「事実の記録」です。いつ・どこで・誰が・どのような行為をしたかを記録し、損害額の根拠を整理します。次に顧客への誠実な対応を優先し、損害額を確定させます。社員への対応は、事実確認と弁明の機会を与えたうえで、就業規則の規定や法的根拠を確認しながら進めます。感情的に請求書を送付することは、後のトラブルを招くリスクがあるため避けてください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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