給与支払日を変更するには就業規則の改定が必要?

給与支払日を変更するには就業規則の改定が必要? 労務管理
Photo by Tima Miroshnichenko on Pexels

「今月の給与日まであと10日しかないのに、就業規則をどう直せばいいのか」——経営者や兼務人事の方から、こうした切迫した相談が少なくありません。給与支払日の変更は、手続きを踏めば法的に認められます。ただし「就業規則を書き換えるだけ」では不十分なケースがあり、手順を誤ると労働基準法違反や社員との紛争につながるリスクがあります。この記事では、正しい手続きの流れと、見落としがちな落とし穴を実務目線で解説します。

給与支払日の変更は法的に認められるのか

結論から言えば、給与支払日の変更は法的に認められています。ただし、変更後も「毎月1回以上・一定の期日に支払う」ルールを守ることが大前提です。

労働基準法が定める「賃金支払いの5原則」

労働基準法第24条は、賃金の支払いについて「通貨払い・直接払い・全額払い・毎月1回以上払い・一定期日払い」の5原則を定めています。このうち「一定期日払い」の原則が、給与支払日の変更に深く関わります。要点は、支払日が毎月固定されていれば足りるという点です。たとえば25日払いを末日払いに変更しても、末日という「一定の期日」に支払い続ける限り、原則違反にはなりません。

絶対にやってはいけない「資金ができ次第払う」対応

問題になるのは、支払日を固定せずに「入金があり次第払います」という対応です。これは「一定期日払い」の原則に反し、労基法第24条違反となります。資金繰りが苦しい状況でもこの対応だけは避けてください。支払日を変更するなら、新しい期日を明確に定めることが必須です。

「支払日変更」と「今月だけの遅延」は別物

支払日の恒久的な変更と、今月だけ遅らせる一時的な遅延は、法的に全く別の扱いになります。「今月だけ数日遅らせたい」という場合は、就業規則を変更するのではなく、社員一人ひとりから書面で個別同意を得る対応になります。ただしこれも法的グレーゾーンで、原則は「定めた期日に全額払う」です。一時的措置を検討する場合は、専門家への相談を強くお勧めします。

就業規則の変更が必要になるケースと不要なケース

給与支払日の変更に就業規則の改定が必要かどうかは、従業員数によって異なります。自社の状況を確認してから手続きを進めましょう。

常時10名以上の事業場:就業規則の改定と届出が必須

常時10名以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・届出が義務付けられています(労基法第89条)。給与支払日は就業規則の必要記載事項に含まれるため、給与支払日を変更する場合は就業規則を改定し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。この届出を怠ると、30万円以下の罰金が科される可能性があります(労基法第120条)。

常時9名以下の事業場:雇用契約書・労働条件通知書の変更が中心

常時9名以下の事業場では、就業規則の作成・届出義務はありません。ただし、給与支払日は雇用契約書や労働条件通知書に記載されている事項です。変更する場合は、労働条件通知書を改めて交付するか、変更合意書を社員と取り交わす対応が必要になります。就業規則がない分、個別の書面対応がより重要です。

就業規則の内容を把握していない場合の最初の確認事項

中小企業では「就業規則があるが、最後にいつ更新したか分からない」「給与支払日の条文がどこにあるか見当たらない」というケースが少なくありません。まず現行の就業規則を取り出し、賃金に関する章(多くは「賃金規程」として別規程になっていることもあります)で現行の支払日を確認してください。変更前の現行規定を把握しておかないと、手続きの起点が定まりません。

就業規則変更の具体的な手順

給与支払日を変更するための就業規則改定は、意見聴取・改定・届出・周知の順で進めます。どのステップも省略できません。

手続きの全体フロー

手順 内容 根拠法令
労働者代表への意見聴取 過半数労組または過半数代表者から意見書を取得 労基法第90条
就業規則の改定 支払日の条文を新しい期日に修正 労基法第89条
労基署への届出 意見書を添付し所轄の労働基準監督署へ提出 労基法第89条
社員への周知 全社員が確認できる方法で変更内容を明示 労基法第106条
個別同意の取得(推奨) 不利益変更の場合、社員全員から書面署名を取得 労働契約法第9条

「意見聴取」は同意とは異なる

よく混同されますが、労働者代表への意見聴取は「同意を得ること」とは異なります。反対意見が出ても、就業規則の変更・届出を進めること自体は可能です。ただし、意見書には反対意見の内容もそのまま記載して提出する必要があります。意見書なしで届出をすることは手続き違反になるため、省略は厳禁です。

施行日の設定には十分な余裕を持つ

就業規則を届け出てから「いつ変更が有効になるか」は、施行日の定め方によります。届出した日から即日有効にすることも、1か月後を施行日にすることも可能ですが、施行日と次の給与支払日の関係を事前に整理しておかないと、「届出は済んでいるのに旧日付で支払った」「新日付で支払ったが周知が間に合っていない」というトラブルが起きます。施行日・周知完了日・変更後初回の給与日を逆算してスケジュールを組むことが重要です。

「不利益変更」のリスクと社員同意の重要性

支払日を遅らせる変更(例:25日払いから末日払いへ)は、社員にとっての不利益変更に該当する可能性があります。就業規則の届出を済ませるだけでは法的リスクを完全に排除できません。

労働契約法が求める「合理的な理由」とは

労働契約法第10条は、就業規則の不利益変更が社員に効力を及ぼすためには、変更に合理的な理由が必要だと定めています。合理的かどうかの判断要素には、変更の必要性・変更内容の相当性・社員への説明の充実度・代償措置の有無などが含まれます。「資金繰りが苦しいから」という理由だけでは、合理性が認められにくいケースもあります。

個別の書面同意が最も安全な対応

労働契約法第9条ただし書きは、社員が個別に同意した場合は不利益変更でも有効になる旨を定めています。つまり、全社員から書面による署名同意を取得することが、実務上最もリスクを低減できる方法です。口頭での同意やメールだけでは後から「同意した覚えがない」と争われるリスクがあります。変更内容・施行日・理由を明記した同意書を用意し、署名・捺印をもらう形式にしてください。

社員への説明で気をつけること

変更の理由をどこまで開示すべきか悩む経営者は多いです。資金繰りの詳細をすべて話す義務はありませんが、「なぜ変更するのか」の大枠は説明することが、合理性の証明と信頼維持の両面で重要です。「経営の効率化のため」「給与計算サイクルの見直し」といった理由であれば丁寧に説明できます。一方で、資金不足が理由の場合は誠実に状況を伝えながら、会社としての対応策も合わせて説明することで、社員の不安を最小化できます。

見落としがちな連鎖リスク:社会保険料・住民税への影響

給与支払日を変更すると、社員から天引きする社会保険料や住民税の納付タイミングにも影響が出ます。この連鎖を見落とすと、会社側が納付遅延のペナルティを受けるリスクがあります。

社会保険料の納付期限との関係

健康保険・厚生年金保険料の翌月末納付期限は固定されています。給与から天引きする時期がずれると、天引きした保険料を手元に確保したまま納付期限を迎える月と、天引きできていないまま納付期限が来る月が生じる可能性があります。給与支払日の変更を検討する際は、保険料の天引きタイミングと納付期限の関係を社労士や顧問税理士と事前に確認してください。

住民税の特別徴収への影響

特別徴収(給与天引き)で住民税を納付している場合、各月の給与から差し引いた住民税を翌月10日までに市区町村へ納付する義務があります。給与日が大きくずれると、特定の月に二重分の住民税を立て替えて納付しなければならない状況が生まれることがあります。変更のタイミングによっては資金繰りへの影響が予想以上に大きくなるため、事前のシミュレーションが必要です。

まとめ

給与支払日の変更は法的に認められていますが、就業規則の改定・労基署への届出・社員への周知・個別同意の取得という一連の手順を正しく踏む必要があります。特に支払日を遅らせる変更は「不利益変更」にあたる可能性があり、就業規則の届出だけでは不十分なケースがあります。また、社会保険料や住民税の納付タイミングへの連鎖リスクも事前に確認しておくことが重要です。従業員数が10名未満の場合は就業規則の届出義務はありませんが、雇用契約書の変更合意が別途必要になります。

「自社はどのケースに当てはまるか」「今月の給与日に間に合うか」が判断しにくいと感じたら、人事労務の専門家に相談することをお勧めします。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事労務課題について、実務的なアドバイスと対応支援を行っています。給与支払日の変更手続きだけでなく、社会保険料や住民税への影響まで総合的にサポートできます。不安なことや判断に迷うことがあれば、気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 給与支払日を変更するとき、社員全員の同意が必要ですか?

A. 法律上は「労働者代表への意見聴取」で足りますが、支払日を遅らせる不利益変更の場合、意見聴取だけでは社員個人への効力が認められないリスクがあります。実務上は全社員から書面による個別同意を取得することが最も安全な対応です。

Q. 従業員が9名以下の場合、就業規則がなくても給与支払日を変更できますか?

A. 可能ですが、就業規則の代わりに雇用契約書や労働条件通知書に記載された支払日を変更する必要があります。変更内容・施行日・理由を明記した変更合意書を社員と取り交わし、書面で記録を残してください。

Q. 「今月だけ給与を数日遅らせたい」という場合、どう対応すればよいですか?

A. 就業規則の変更ではなく、社員一人ひとりから書面で個別同意を取得する対応になります。ただしこれは法的グレーゾーンであり、原則として給与は定めた期日に全額支払う義務があります。一時的な遅延を検討する場合は、事前に社労士や弁護士に相談することを強くお勧めします。

Q. 就業規則を労基署に届け出れば、給与支払日の変更はすぐに有効になりますか?

A. 届出だけでは不十分で、施行日の設定と社員への周知が必要です。施行日前に変更を適用したり、周知が不十分なまま新しい支払日で処理したりすると、トラブルの原因になります。届出・周知・施行日・変更後初回の給与日を事前に整合させてスケジュールを組んでください。

Q. 給与支払日を変更すると、住民税や社会保険料の納付スケジュールも変わりますか?

A. 影響します。給与天引きのタイミングがずれることで、特定の月に住民税や社会保険料を立て替えて納付しなければならない状況が生じる場合があります。変更前に社労士や顧問税理士と納付スケジュールへの影響を確認し、資金繰りへの影響もシミュレーションしておくことが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました