「70歳を超えた方をパートで採用しようと思っているんですが、社会保険ってどうすればいいんでしょう?」——人事担当者のいない会社で、こうした疑問を抱えたまま採用を進めてしまうケースは少なくありません。社会保険の適用ルールは年齢によって大きく変わり、手続きを誤ると本人への影響はもちろん、会社側のリスクにもつながります。この記事では、70歳以上のパート採用前に確認しておくべき社会保険の仕組みと、実務上の落とし穴をわかりやすく解説します。
70歳以上の厚生年金加入は「不可」が原則
70歳以上の労働者は、要件を満たしていても厚生年金保険に加入することができません。これは多くの経営者・兼務人事担当者が見落としがちな点で、採用後に年金事務所から指摘されて初めて気づくケースもあります。
厚生年金の資格喪失タイミング
厚生年金保険は、70歳の誕生日の前日が属する月の翌月から資格を喪失します。たとえば9月15日が誕生日であれば、9月14日が70歳到達日となり、10月1日から厚生年金の被保険者ではなくなります。在職中に70歳を迎えた場合も同じルールが適用されるため、既存社員が70歳になるタイミングでも手続きが必要です。
「高齢任意加入被保険者」という制度もある
例外的に、老齢年金の受給資格を満たしていない70歳以上の方は「高齢任意加入被保険者」として申請により厚生年金に加入できる場合があります。ただし、これは受給資格の確保を目的とした制度であり、通常の雇用実務で適用されるケースはほとんどありません。採用予定の方が受給資格を持っているかどうかを事前に確認しておくと安心です。
在職老齢年金への影響も本人に伝える
厚生年金に加入しない70歳以上の方でも、「在職老齢年金」の対象になることがあります。これは、働きながら年金を受け取っている方の賃金と年金の合計が一定額を超えると、年金の一部または全部が支給停止になる仕組みです(令和4年度以降、支給停止の基準額は月額50万円に改定)。本人が「雇用されても年金が減らない」と思い込んでいるケースもあるため、採用前に説明しておくとトラブルを防げます。
健康保険は75歳まで継続できる
厚生年金は70歳で加入できなくなりますが、健康保険は75歳になるまで引き続き加入が可能です。この点を混同して「70歳になったらすべての社会保険から外れる」と誤解するケースが実務上よく起きています。
70歳以上75歳未満の健康保険の扱い
70歳以上75歳未満の方が、週20時間以上・月額8.8万円以上(従業員51人以上の企業の場合)などの加入要件を満たしていれば、引き続き健康保険の被保険者となります。保険料の計算方法や標準報酬月額の決め方は70歳未満と同じです。ただし、70歳から74歳の間は医療費の自己負担割合が2割(現役並み所得者は3割)となり、「高齢受給者証」が発行されます。
75歳からは後期高齢者医療制度に自動移行
75歳の誕生日を迎えると、健康保険の資格は自動的に喪失し、後期高齢者医療制度へ移行します。この移行は本人の申請不要で自動的に行われますが、会社側は健康保険の資格喪失届を提出する必要があります。75歳到達が近い従業員がいる場合は、あらかじめ手続きのスケジュールを確認しておきましょう。
労災保険と雇用保険は年齢上限なく適用される
労災保険は雇用関係があれば年齢に関係なく全員に適用され、雇用保険も所定の要件を満たせば70歳以上でも加入できます。「高齢者だから特別な手続きが必要」ということはありませんが、それぞれの制度の特徴を正しく理解しておくことが重要です。
労災保険は当然適用・安全配慮義務が鍵
労災保険は雇用主が全額保険料を負担するもので、70歳以上の労働者にも当然適用されます。手続き上の特別対応は不要ですが、高齢者は転倒・腰痛・熱中症などのリスクが相対的に高い傾向があります。労働契約法第5条は「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めており、安全配慮義務を果たすことが求められます。具体的には、重量物の取り扱い制限、転倒しやすい場所の改善、定期的な体調確認などを実施しておくと、万が一のトラブル時に会社の対応の適切さを示せます。
雇用保険は「高年齢被保険者」として加入
2017年1月の法改正により、65歳以上の労働者にも雇用保険が適用されるようになりました。70歳以上の方も、週20時間以上・31日以上の雇用見込みがあれば「高年齢被保険者」として加入します。失業した場合に受け取れる給付は「高年齢求職者給付金」で、基本手当とは異なり一時金として支給されます(被保険者期間が1年未満なら基本手当日額の30日分、1年以上なら50日分)。なお、過去に雇用保険を受給した経緯がある場合は再加入の手続きが必要になることもあるため、採用前に本人に確認することをおすすめします。
高年齢者雇用安定法で会社に課される義務の範囲
70歳超の雇用自体に法的義務はありませんが、70歳までの就業機会確保措置(努力義務)が未整備のまま70歳超の方を採用しようとすると、法的整合性の問題が生じる可能性があります。まず自社の現状を確認しましょう。
65歳まで・70歳までの義務・努力義務の違い
| 対象年齢 | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| ~65歳 | 定年廃止・定年延長・継続雇用制度のいずれかを整備 | 義務(全事業主) |
| 65~70歳 | 70歳までの就業機会確保措置(5種類のいずれか) | 努力義務(全事業主) |
| 70歳超 | 法律上の規定なし | 任意 |
従業員数20名であっても、高年齢者雇用安定法の適用対象は原則としてすべての事業主です。「うちは小さい会社だから関係ない」という認識は誤りです。
70歳までの就業確保措置・5種類の内容
努力義務として求められる65~70歳の就業機会確保措置には、定年の70歳への引き上げ、定年制の廃止、70歳までの継続雇用制度、業務委託契約(フリーランス契約)による就業機会の確保、社会貢献事業への従事の5種類があります。このうち業務委託契約や社会貢献事業への従事は「創業支援等措置」と呼ばれ、雇用契約ではないため、労働法の適用範囲が通常の雇用と異なる点に注意が必要です。いずれの措置を選ぶ場合も、労使間での計画書の作成・周知が必要になります。
雇用契約書と就業規則の見直しが必須
70歳以上の方を採用する際、既存の就業規則や雇用契約書が対応していないまま運用しているケースは非常に多く、退職・契約更新をめぐるトラブルの温床になります。採用前に書類を整備することが、リスク管理の第一歩です。
有期契約における更新・不更新の明示義務
70歳以上の方をパートで採用する場合、多くは有期の雇用契約(1年契約など)を結ぶことになります。2024年4月施行の労働基準法施行規則の改正により、有期契約では更新の有無や更新判断の基準を雇用契約書に明記することが義務付けられています。「更新する場合がある」という曖昧な記載だけでは不十分で、更新の上限回数や通算期間の上限がある場合はその旨も明示する必要があります。
定年後の再雇用ルールを就業規則に明記する
就業規則に「定年は65歳」とだけ記載されていて、65歳以降の継続雇用や70歳超の契約に関する規定がないケースは要注意です。ルールが明文化されていないと、「なぜ自分だけ更新されないのか」「他の人はまだ働いているのに」といった従業員からの主張を退けることが難しくなります。定年後の再雇用条件(勤務形態・賃金・契約期間の上限など)を就業規則に明記しておくことが、トラブル予防の基本です。
体調不良・休職時の対応フローを事前に整備する
高齢の従業員が体調を崩したり、ケガで長期休業になったりするケースは若い世代と比べて発生しやすい傾向があります。休職の申請方法、休職期間の上限、復職の判断基準といったフローが整備されていないと、現場が混乱します。特にパート・有期契約の方の休職対応は、就業規則上の記載がない会社も多く、個別対応を迫られることになります。採用前に自社の休職・復職ルールが有期契約社員にも適用されるかを確認しておきましょう。
採用前に確認したいチェックリスト
70歳以上のパート採用を進める前に、以下の項目を確認しておくことで、手続きミスや後からのトラブルを防ぐことができます。一つでも「わからない」「できていない」があれば、採用前に整備することをおすすめします。
社会保険・各種保険の手続き確認
- 採用予定者の年齢(70歳未満か、70歳以上74歳以下か、75歳以上か)を確認している
- 70歳以上の場合、厚生年金の加入手続きをしないことを把握している
- 75歳未満であれば健康保険の加入要件(週20時間以上等)を満たしているか確認している
- 雇用保険(高年齢被保険者)の加入要件(週20時間以上・31日以上の雇用見込み)を確認している
- 在職老齢年金の仕組みを本人に説明できる準備がある
書類・制度の整備確認
- 雇用契約書に更新の有無・更新基準・上限が明記されている
- 就業規則に定年後の継続雇用・70歳超の雇用に関する規定がある
- 65歳までの雇用確保措置(義務)が自社で整備されている
- 65~70歳の就業確保措置(努力義務)の方針を検討・文書化している
- 休職・復職のルールがパート・有期社員にも適用されることを確認している
安全配慮・リスク管理の確認
- 高齢者の転倒・腰痛リスクに対応した職場環境の整備をしている
- 定期的な体調確認の仕組み(声かけ・面談等)がある
- 労災発生時の対応フロー(報告ルート・書類手続き)を把握している
多くの中小企業では、高齢者採用の際に必要な書類整備や手続きの詳細を把握していないまま運用が進んでしまいます。社会保険や雇用法務の相談は、早めの専門家サポートで大幅なリスク削減が可能です。
まとめ
70歳以上の方をパートで採用する際は、「厚生年金は加入不可・健康保険は75歳まで継続可能・労災保険と雇用保険は年齢上限なく適用」という社会保険の基本構造をまず正確に理解することが出発点です。加えて、高年齢者雇用安定法に基づく自社の義務の範囲を把握し、雇用契約書・就業規則の整備と、体調不良・労災発生時の対応フロー構築まで行っておくことで、採用後のリスクを大幅に減らすことができます。
「何から手をつければよいかわからない」「複数の従業員対応で手が回らない」という場合は、専門家への相談が近道です。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者の方からのご相談をお受けしています。雇用契約書の見直し、就業規則の整備、高齢社員のメンタルヘルス対応から休職・復職フローの構築まで、現場に即したアドバイスを提供しています。採用予定の時点で一度ご相談いただくことで、採用後のトラブルを大幅に防ぐことができます。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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