人事評価のハラスメント申告を防ぐ記録整備の進め方

人事評価のハラスメント申告を防ぐ記録整備の進め方 人事制度
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「ちゃんと業績を見て評価したのに、後から『報復だ』と言われたらどうすればいいんだろう」——評価の季節が近づくたびに、こうした不安が頭をよぎる経営者・人事担当者は少なくありません。専任の人事部門がない中小企業では、評価プロセスの標準化や記録整備が後回しになりがちです。しかし、記録がなければ「正当な評価だった」と証明することは困難です。この記事では、ハラスメント申告リスクを下げるための人事評価の記録整備方法を、実務の手順に沿って解説します。

人事評価はハラスメントになり得るのか

結論から言えば、評価プロセスにおける言動や評価結果の運用次第で、パワーハラスメントや不利益取扱いと判断される可能性があります。評価行為そのものが法的リスクを持つことを理解したうえで、制度設計を行うことが重要です。

パワハラ防止法と評価場面の関係

2022年4月から中小企業にも適用された労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)は、事業主に「雇用管理上必要な措置」を講じる義務を課しています。この措置の対象には、評価面談や目標設定の場での管理職の言動も含まれます。たとえば「この評価では一生昇給できない」「お前には無理だ」といった人格否定に踏み込んだ発言は、業務上必要な指導の範囲を逸脱したパワハラと判断されるリスクがあります。

「報復評価」と不利益取扱いの禁止

労働施策総合推進法第30条の2第2項は、ハラスメントの相談・申告を理由とする不利益取扱いを明確に禁止しています。ここで言う「不利益取扱い」には、人事評価の引き下げや昇給・昇格の見送りも含まれます。申告後に評価が下がった場合、会社側が「業績の問題だ」と説明しても、その根拠が記録として残っていなければ、報復評価の疑いを晴らすことは困難です。

権利濫用と評価の恣意性

民法第1条第3項(権利濫用の禁止)に基づき、恣意的・報復的な評価や降格処分は「権利濫用」として無効と判断された裁判例が複数あります。評価権限は使用者の正当な権利ですが、その行使が合理的な根拠に基づいていることを示せなければ、法的に覆されるリスクがあります。

評価記録に何をどこまで残すか

評価記録で最も重要なのは「いつ・誰が・何を根拠に判断したか」の三点セットを文書化することです。これが揃っていれば、申告・紛争時に正当性を示す証拠として機能します。

目標設定段階の記録

評価期間の開始時に、目標の内容・達成基準・期限を書面または電子記録で残し、評価者と被評価者の双方が確認したことを記録します。口頭だけで目標を伝えた場合、「そんな目標は聞いていない」という後日の主張を防ぐことができません。記録に被評価者のサインや確認メールの返信を添付しておくと、合意の証拠として有効です。

中間フィードバックの記録

期中の面談では、進捗・課題・改善の方向性をその場でメモし、面談終了後に要点をメールで本人に送付する習慣をつけます。「以前から課題を伝えていた」という事実を後から証明するには、日付入りの記録が不可欠です。送付したメールはフォルダに整理して保管しておきましょう。

最終評価段階の記録と保存期間

最終評価では、評価シートに評価根拠を具体的な行動・成果に紐づけて記載し、評価者と被評価者の双方が確認した記録を残します。労働基準法第109条は、賃金に関する重要書類について5年間(当面3年間の経過措置あり)の保存義務を定めており、昇降給に直結する評価記録はこの対象と解釈されます。少なくとも3年、できれば5年を目安に保存してください

記録のタイミング 記録すべき内容 推奨保存方法
目標設定時 目標内容・達成基準・合意の確認 署名付き書面 or 確認メール保存
中間面談時 進捗・課題・指導内容 面談メモ+本人へのメール送付
最終評価時 評価根拠・評価者承認・本人確認 評価シート(双方確認済み)

評価プロセスを標準化する規程整備の進め方

評価プロセスの属人性を排除するには、「誰が・いつ・何を・どう進めるか」を規程として文書化することが基本です。制度があっても運用の証跡がなければ、法的な保護を受けにくい点に注意が必要です。

評価規程に盛り込むべき項目

就業規則や人事評価規程には、評価の実施時期・評価者の権限・評価フローの手順・異議申し立ての窓口を明記します。特に「申告・相談後の評価は誰が担当するか」「評価結果の通知方法」といった点を明確にしておくことで、ハラスメント申告後の場当たり対応を防げます。

複数評価者・多段階承認の導入

一次評価者(直属上司)の評価を二次評価者(部門長・経営者)が確認・承認する多段階フローを設けることで、個人の恣意的な評価を構造的に抑制できます。20〜50名規模の企業であれば、二段階の承認フローで十分です。承認の事実はシステムのログや承認印で記録します。

従業員規模・就業規則の有無による対応の違い

常時10人以上の従業員がいる事業場では就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。就業規則がすでにある場合は、ハラスメント防止規定と評価プロセスの規定が盛り込まれているかを確認し、不足があれば追記します。就業規則がない場合は、まず簡易版でも作成することが先決です。産業医と契約していない場合でも、評価規程の整備は内部だけで着手できます。

評価者行動規範と管理職研修のポイント

制度を整えても、評価者である管理職がルールを理解していなければ現場でのハラスメントは防げません。評価者向けの行動規範(コンダクトガイドライン)を明文化し、研修でその内容を定着させることが不可欠です。

評価面談でしてはいけない言動の明文化

厚生労働省の「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針)では、業務上必要かつ相当な範囲を超えた指導がパワハラに該当すると示しています。これを踏まえ、評価面談での禁止行動を具体的に列挙した社内規範を作成します。禁止事項の例としては、人格・人間性を否定する発言、特定の個人と比較して侮辱する発言、私生活への不必要な言及などが挙げられます。

「言えない萎縮」を防ぐ指導の境界線

管理職が「何を言ってもハラスメントになる」と萎縮してしまうと、育成機能が失われます。パワハラ指針は、業務上の合理的な理由がある指導・フィードバックは正当な業務指示の範囲内であることを明示しています。「評価が低い理由を具体的な行動で伝える」「改善に向けた支援を示す」といった行動は適切なフィードバックであり、管理職がこの区別を理解していることが重要です。研修では「NG事例とOK事例の対比」を使うと実務への落とし込みがスムーズです。

評価制度の整備は複雑で、一社一社の状況に応じた判断が必要です。「現在の評価プロセスがリスク対応できているか不安」という段階から、専門家に相談することで大きなトラブルを未然に防げます。

研修の記録も証跡として残す

管理職研修を実施した事実そのものも、会社が「必要な措置を講じていた」ことの証拠になります。研修日時・参加者リスト・使用資料を保管し、研修実施記録として残しておきましょう。eラーニングを活用する場合は、受講完了ログが自動で記録されるため活用しやすいです。

報復評価防止のための就業規則上の規定

報復評価を防ぐには、就業規則に「申告を理由とした不利益取扱いの禁止」を明記したうえで、違反した場合の懲戒規定と連動させることが有効です。

就業規則に盛り込む規定の要素

就業規則のハラスメント防止規定または人事評価に関する規定に、以下の要素を含めることを推奨します。

  • ハラスメントの相談・申告を理由として、人事評価・昇給・昇格・配置転換等で不利益を与えることの禁止
  • 申告後の評価を担当する評価者の指定ルール(場合によっては評価者の変更を認める旨)
  • 上記規定に違反した管理職への懲戒処分の明記
  • 評価結果に対する異議申し立て手続きと対応期限

申告後の評価者アサインの考え方

ハラスメントの申告者と被申告者が同じ評価ラインにいる場合、申告後の評価を誰が担当するかは慎重に決める必要があります。被申告者である管理職が申告者を引き続き評価する構造はリスクが高いため、可能であれば評価者の変更・追加や、経営者・人事担当者による直接評価に切り替えるルールを設けておきます。事前にこのルールを規程化しておくことで、申告が発生した後の判断を迷わずに行えます。

まとめ

人事評価におけるハラスメント申告リスクを下げるには、「記録の整備」「プロセスの標準化」「評価者の行動規範」「就業規則への明文化」という四つの柱を組み合わせて整備することが重要です。まず目標設定・中間フィードバック・最終評価の各段階で記録を残す習慣をつけ、次に評価規程と就業規則に報復評価禁止の規定を盛り込みます。そのうえで管理職研修を通じて現場への定着を図ることで、制度と運用の両輪が揃います。「制度はあっても運用の証跡がない」という状態が最もリスクが高い点を、あらためて意識してください。

人事評価の対応は法的な判断も絡むため、経営者・人事担当者が一人で判断するのは負担が大きいものです。ウェルセンス株式会社では、中小企業の評価制度整備から管理職研修、ハラスメント申告への対応まで、人事に関する実務的な相談に対応しています。まずは現状確認から、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. ハラスメント申告の後に評価を下げると、必ず報復評価とみなされるのでしょうか?

A. 評価が下がった事実だけで自動的に報復評価と判断されるわけではありません。重要なのは、申告前から業績・行動上の問題を記録していたかどうかです。目標設定時・中間面談時にすでに課題を文書で伝えていた記録があれば、「申告と関係なく評価根拠が存在していた」と説明できます。申告後に初めて問題が記録に現れるような場合は、報復評価の疑いを持たれやすくなります。

Q. 評価記録はどれくらいの期間保存すればよいですか?

A. 労働基準法第109条に基づき、賃金に関する重要書類は5年間(当面は3年間の経過措置あり)の保存義務があります。昇降給・昇降格に直結する評価記録はこの対象と解釈されるため、少なくとも3年、リスク管理の観点からは5年を目安に保存することを推奨します。紙・電子データどちらでも構いませんが、検索・抽出しやすい形式で整理しておくと、紛争時の対応がスムーズです。

Q. 管理職が評価面談で「期待を下回っている」と伝えることはパワハラになりますか?

A. 厚生労働省のパワハラ指針では、業務上必要かつ相当な範囲の指導は正当な業務指示とされています。「期待を下回っている」という事実を、具体的な行動や成果に基づいて伝えることはパワハラには当たりません。問題になるのは、人格否定・継続的な侮辱・過度な叱責など、業務上の必要性を超えた言動です。「なぜ評価が低いのか」「どうすれば改善できるか」を具体的に示すフィードバックであれば、適切な指導の範囲内です。

Q. 就業規則がない場合、まず何から手をつければよいですか?

A. 常時10人以上の従業員がいる事業場では就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。まだ作成していない場合は、社会保険労務士に依頼して基本的な就業規則を整備することを優先してください。それと並行して、評価シートのフォーマット作成と目標設定の記録化を始めることができます。就業規則がない段階でも、記録整備は今すぐ着手できる対策です。

Q. 評価者研修はどの程度の頻度で実施すべきですか?

A. 最低でも年1回、評価期間の開始前に実施することを推奨します。管理職が新たに加わった際には個別のオリエンテーションも行うと効果的です。研修内容は「NG言動とOK言動の対比」「記録の残し方」「申告があった場合の対応フロー」を軸に構成すると実務に直結します。研修の実施記録(日時・参加者・資料)を残しておくことで、会社として必要な措置を講じていたことの証拠にもなります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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