「採用面接では何も言っていなかったのに、入社後に休職歴があったことがわかった」——そう気づいたとき、経営者や人事担当者の多くは「騙された」という感情と、「どう対応すべきか」という実務的な混乱が同時に押し寄せてきます。感情のまま動けば法的リスクを招き、何もしなければ職場への不信が残ります。この記事では、採用時に申告がなかった休職歴が発覚したケースで会社がどう判断し、どう動くべきかを法的根拠とともに整理します。
採用時に健康状態を申告する義務は、労働者にあるのか
結論から言えば、労働者にはすべての健康情報を申告する法的義務はありません。ただし、業務遂行に直接影響する重要事項については、信義則上の申告義務が認められる場合があります。
「言わなかった」と「隠した」は法的に違う
労働者が採用時に健康情報を自ら申告しなかったとしても、それだけで直ちに「虚偽申告」や「詐欺的行為」とはなりません。厚生労働省の「公正な採用選考をすすめるために」では、応募者の適性・能力と関係のない個人情報(既往歴・家族の状況など)を収集することは原則として不適切とされています。つまり、会社側が聞かなかった情報を申告しなかったことは、基本的に問題になりません。
会社が合理的に確認できる健康情報の範囲
一方で、業務との関連性が明確な健康情報であれば、採用時に確認すること自体は適法です。たとえば、長時間の立ち仕事が必要な職種における下肢の障害歴や、特定の化学物質を扱う業務における既往歴などが該当します。「精神疾患の既往があるか」という質問は、業務との合理的な関連性を示さない限り、不適切な個人情報の収集とみなされるリスクがあります。採用面接での健康確認は「業務遂行に支障があるか否か」という観点で行うべきであり、病名・診断名を直接尋ねることには慎重であるべきです。
信義則上の申告義務が認められるケース
最高裁判所の三菱樹脂事件(昭和48年12月12日)では、採用の自由を広く認める判断が示されましたが、同時に「重要事項についての虚偽申告」は採用内定取消・解雇の正当事由になりうることも示しています。ここでいう「重要事項」とは、採用の可否や配置に直接影響する情報を指します。単なる休職歴の未申告が「重要事項の虚偽申告」に当たるかどうかは、業務内容・職種・申告を求めた質問の有無によって個別に判断されます。
懲戒処分を検討する前に確認すべきこと
未申告を理由に懲戒処分を行うには、就業規則への明文規定・周知・手続きの適正さという三つの条件をすべて満たす必要があります。いずれか一つでも欠けていれば、処分は無効になるリスクがあります。
就業規則の規定内容を今すぐ確認する
労働契約法第15条・第16条は、就業規則上の根拠がない懲戒処分、あるいは客観的合理性・社会通念上の相当性を欠く懲戒処分を無効としています。「採用時の虚偽申告」が懲戒事由として明記されているか、まず就業規則を開いて確認してください。規定がない場合、どれほど感情的に納得できない状況であっても、懲戒処分を行えば会社側が法的リスクを負います。規定が曖昧な場合も同様です。この確認を飛ばして動き出す会社が多く、後から取り返しのつかない事態になるケースも少なくありません。
懲戒処分が有効となる確認項目
以下の表で、懲戒処分の有効性を判断するチェックポイントを整理します。
| 確認項目 | 具体的なポイント |
|---|---|
| 就業規則上の明文規定 | 「採用時の虚偽申告」が懲戒事由として明記されているか |
| 従業員への周知 | 就業規則が従業員に周知されているか(労働基準法第89条・第106条) |
| 処分の相当性 | 虚偽申告の内容・程度に対して処分内容が重すぎないか |
| 適正手続きの履行 | 弁明の機会の付与など適正手続きを踏んでいるか |
| 業務起因性の確認 | 今回の休職が業務上の原因によるものでないか |
処分の重さは「虚偽の程度」と「業務への影響」で判断する
就業規則に規定があったとしても、懲戒処分の重さは申告しなかった情報の性質と業務への実際の影響によって判断されます。たとえば、過去に短期間の休職があったがその後問題なく業務をこなしているケースと、重篤な疾患歴を隠して採用条件を大きく変えさせたケースでは、相当な処分の重さが異なります。軽微な未申告に対して出勤停止や解雇などの重い処分を下した場合、処分の相当性を欠くとして無効になるリスクがあります。
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採用時の問題と今の休職対応は、切り分けて進める
休職歴の未申告という採用時の問題と、現在進行中の休職対応は、法的にも実務的にも別の問題として扱わなければなりません。二つを混同すると、対応を誤る可能性があります。
「申告しなかったから対応しない」は法律違反になりうる
「どうせまた同じことを繰り返すだろう」「最初から隠していたのだから手厚く対応する必要はない」という判断は、精神疾患等を理由とした不利益取扱いとして問題になりえます。障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)では、精神障害を持つ労働者への不当な不利益取扱いを禁止しており、採用後に障害があることが判明した場合にも同様の保護が適用される可能性があります。「採用時に言わなかったこと」を理由に休職支援を手厚くしない・早期復職を強いるといった対応は、法的なリスクを伴います。
今回の休職は、過去と同じ問題とは限らない
過去に休職歴がある社員が再び休職した場合、「また同じことか」と先入観を持ちがちです。しかし、前回の休職原因・症状・職場環境と今回の状況が同じとは限りません。前回が私的なストレスによるものであっても、今回は業務上の原因(長時間労働・ハラスメントなど)が絡んでいることもあります。業務上の原因がある場合、不利益取扱いは労働基準法第19条(業務上疾病による休業中の解雇制限)の観点からも慎重に判断しなければなりません。先入観を持たず、今回の状況を改めてゼロベースでアセスメントすることが重要です。
採用時の問題は「記録として残す」ことを優先する
現時点で懲戒処分を行うかどうかを判断するよりも前に、未申告の事実と発覚の経緯を記録として残すことを優先してください。口頭での確認内容、本人の説明、確認した就業規則の条文などを文書化しておくことで、後から処分を判断する際の根拠になります。また、本人に対して事実確認の機会(弁明の場)を設けることも、適正手続きの観点から必要です。
複雑な判断が必要な場合: 「ここまでは良いが、懲戒処分の判断・程度・手続きをどう進めるか」という段階では、社会保険労務士や産業医の意見を取り入れることで、後のトラブルを防げます。
休職対応は「職場復帰支援プロセス」として別途進める
採用時の問題の処理と並行して、現在の休職には厚生労働省の定めた職場復帰支援の手引きに沿った対応を行うことが、会社を守ることにもつながります。
厚労省の手引きに沿った復職支援の流れ
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では、まず主治医からの職場復帰可能と判断する診断書の取得を求め、次に会社側で復職可否の判断を行い、その後に職場復帰支援プランを策定してフォローアップに入るというステップが示されています。産業医が選任されていない50名未満の事業所(労働安全衛生法第13条により選任義務がない規模)でも、このフローを参考に対応することが推奨されます。主治医の診断書だけを鵜呑みにして復職を認めると、再休職のリスクが高まるため、可能であれば産業医や外部の専門家への相談を検討してください。
会社の規模・体制別の対応ポイント
会社の状況によって、取れる対応の選択肢は異なります。産業医を選任している50名以上の事業所であれば、産業医の意見書を取得したうえで復職判断を行うことが基本です。産業医がいない場合は、外部の産業医サービスや社会保険労務士・メンタルヘルス支援の専門機関に相談しながら対応を進めることが現実的です。また、就業規則に休職・復職に関する手続きが明記されているかどうかも確認が必要です。規定がない、あるいは曖昧な場合は、今回の対応と並行して整備を検討してください。
今後の採用リスクを減らすために会社が整えるべきこと
今回のようなケースを繰り返さないために、採用プロセスと就業規則の両面を見直すことが、中長期的なリスク管理につながります。
採用時に聞いてよい健康情報の範囲を明確にする
「健康状態に関する質問は採用面接でしてはいけない」と誤解している担当者も少なくありませんが、業務遂行に合理的に必要な範囲であれば確認できます。重要なのは「病名や診断名を聞く」のではなく、「この業務を支障なく行えるか」という確認を行うことです。たとえば、「長期間の出張や残業が発生することがありますが、業務遂行に支障はありますか」という形で確認し、その回答を記録しておくことが、後から虚偽申告を立証する際の根拠になります。
就業規則の「採用時虚偽申告」条項を今一度見直す
就業規則に「採用時の虚偽申告を懲戒事由とする」旨の規定がない場合は、この機会に整備を検討してください。ただし、規定を追加・変更する際は就業規則の不利益変更手続きが必要であり(労働契約法第10条)、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が求められます。既存の従業員には遡及して適用できないため、規定の整備は「今後の採用」に向けた備えとして位置づけてください。
判断に迷ったら一人で抱えない: 就業規則の整備・懲戒判断・復職支援の進め方について「正解がわからない」という段階での相談が、実は最も大切です。
まとめ
休職歴の未申告が発覚したとき、会社が取るべき対応は大きく二つに分かれます。まず、採用時の問題(虚偽申告の有無・懲戒処分の可否)については、就業規則の規定確認・事実の記録・適正手続きの順で進めることが原則です。次に、現在の休職対応については、採用時の問題とは切り離して、厚労省の職場復帰支援の手引きに沿った対応を別途進めることが必要です。この二つを混同して「申告しなかったから対応しない」という姿勢を取ると、障害者雇用促進法上の不利益取扱いとして法的リスクを招きます。また、懲戒処分の有効性は就業規則の規定・周知・相当性・適正手続きの四つすべてが揃って初めて認められるという点も忘れてはなりません。
「就業規則に規定があるか確認していない」「産業医や社労士に相談できる体制がない」という状況で一人で判断しようとすると、感情的な対応や手続き上の誤りが生じやすくなります。ウェルセンス株式会社では、こうした休職対応・就業規則の整備・採用時の健康情報確認のあり方について、中小企業の経営者・兼務人事担当者からの相談を受けています。今回のようなケースでは、「対応の優先順位がわからない」という段階からのご相談も多くあります。お気軽にご相談ください。
よくある質問
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