「採用面接で、過去に休職したことがあるか聞かなかった。でも入社後に聞いたら、実は前の会社で半年休んでいたという。そしてまた休職を申請してきた——」
こういった場面に直面したとき、「騙されたのではないか」「今回の休職は拒否できないのか」という気持ちが先に立つのは無理もありません。しかし、その感情のまま対応を進めると、会社が法的リスクを抱えることになります。
この記事では、「採用時に休職歴を隠していた」という事実と「現在の休職申請への対応」を正しく切り分けるための考え方と実務手順を、専任人事がいない中小企業の担当者でもすぐ使えるかたちで整理します。
「3つの切り分け」という考え方が重要な理由
休職歴を隠していた社員への対応は、「採用時の問題」「懲戒処分の問題」「現在の休職対応」という3つのレイヤーをそれぞれ独立して判断する必要があります。この3つを混同すると、対応が感情的になったり、法的に誤った判断を下すリスクが高まります。
採用時の経緯と現在の休職対応は法的に独立している
「隠していた」という事実は、採用時のプロセスに関わる問題です。一方、現在の休職申請への対応は、労働契約法や就業規則に基づく別の問題です。この2つは法的に独立しており、採用時の経緯を理由に現在の休職申請を拒否したり遅らせたりすることは認められません。
感情を整理するための3つの問い
担当者が「騙された」という感情を持つのは自然なことです。しかしその感情を対応に持ち込まないために、次の3つの問いを順番に確認することが有効です。
- 採用時に休職歴を告知する法的義務は社員にあったのか
- 隠していた行為は経歴詐称として懲戒の対象になるのか
- 現在の休職申請にどう対応するか(前の2点とは切り離して検討)
この順番で確認することで、対応の優先順位が明確になります。
採用時の告知義務:休職歴を言わなかったことは「詐称」か
結論から言えば、過去の休職歴を申告しなかったこと自体は、原則として経歴詐称には当たりません。日本の法律上、求職者が採用時に申告する義務があるのは「職務遂行能力に直接関係する事項」に限られており、健康情報はその範囲に含まれないのが原則です。
休職歴は「要配慮個人情報」として保護されている
過去の休職歴や精神疾患の既往歴は、個人情報保護法第2条第3項が定める「要配慮個人情報」に該当します。企業がこれを収集するには、業務上の必要性と本人の同意が必要です。社員が「聞かれなかったから言わなかった」という場合、それを「隠した」と評価するのは法的に難しい立場なのです。
面接で直接聞いていた場合は異なる評価になる可能性
ただし、面接で「過去に休職したことがありますか」と明示的に質問していたにもかかわらず「ありません」と答えていた場合は、積極的な虚偽申告として評価される可能性があります。この場合でも、経歴詐称として懲戒処分や解雇が認められるためには、次で説明する3つの要件を満たす必要があります。
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懲戒処分が認められるかどうかの判断基準
経歴詐称が懲戒・解雇事由になるには、単に「隠していた」だけでは不十分です。実務上は次の3つの要件が揃っているかを確認することが判断の出発点になります。
| 要件 | 内容 | 休職歴のケースでの評価 |
|---|---|---|
| 積極的な虚偽申告 | 「ない」と嘘をついた(不申告ではなく、虚偽の陳述) | 面接で直接聞かれていたかどうかがポイント |
| 採用判断への重大な影響 | その情報があれば採用しなかったと言える程度の重要性 | 業務内容・職種によって判断が分かれる |
| 就業規則への明記 | 経歴詐称を懲戒事由として就業規則に定めている | 規定がなければ懲戒処分の根拠が弱くなる |
「不申告」と「虚偽申告」は法的な意味が全く異なる
聞かれていないのに言わなかった(不申告)と、聞かれたのに嘘をついた(虚偽申告)では、法的な評価がまったく異なります。多くの場合、休職歴については面接で質問されていないケースが多く、その場合は「不申告」にとどまり、積極的な虚偽とは評価されにくいのが実態です。
就業規則の確認が懲戒判断の前提条件
懲戒処分を検討する前に、まず自社の就業規則に「経歴詐称を懲戒事由とする旨」が明記されているかを確認してください。規定がなければ、処分の根拠が成立しません。20〜50名規模の企業では就業規則が整備されていないか、古いまま放置されているケースが多くあります。この確認作業が先決です。
現在の休職申請への対応:採用時の経緯からの完全な切り分け
現在の休職申請は、採用時の経緯にかかわらず、就業規則の休職規定と労働契約法に基づいて対応する必要があります。「隠していたのだから休ませなくていい」という判断は法的に通用しません。ここが多くの企業で判断を誤りやすいポイントです。
医師の診断書がある場合は迅速対応が必須
医師から休職を要する旨の診断書が提出されている場合、正当な理由なく休職を拒否したり、手続きを遅延させると、労働契約法第5条が定める安全配慮義務違反のリスクが生じます。安全配慮義務とは、使用者が労働者の生命・身体・健康を危険から保護するために必要な措置を講じる義務のことです。医師の判断を覆す根拠が会社にない以上、休職申請の受理を遅らせることは避けてください。
50名未満企業における実務的な対応フロー
産業医の選任義務は従業員50名以上の事業場にあるため、50名未満の企業では産業医の意見を得るプロセスが組み込まれていないケースがほとんどです。その場合でも、以下の流れを基本として対応を進めます。
- 社員から状況のヒアリングを行う
- 医師の診断書の提出を依頼する
- 診断書の内容をもとに、就業規則の休職規定を確認する
- 休職開始日・期間・復職条件を本人に書面で通知する
- 社労士と連携できる体制があれば、このタイミングで相談する(強く推奨)
「条件付きで認める」は心理的圧力となり危険
「今回だけ認めるが、次に問題があれば解雇する」といった条件を休職承認に付けることは、心理的プレッシャーを与える行為として問題になりえます。また、「採用時の件についての確認が取れるまで休職を保留する」という対応も、休職が必要な状態の社員に対する配慮を欠く行為として評価されるリスクがあります。採用時の問題への対応は別途・別のタイミングで、独立して検討してください。
今後の採用プロセス改善:法的リスクを避けながら対応する
今回のケースを「採用時の情報収集の見直し」に活かすことは正当ですが、やり方を誤ると新たな違法リスクを生みます。「今後は休職歴を必ず確認する」という方向性は、特に慎重に設計する必要があります。
採用面接で聞いていい情報・聞いてはいけない情報の境界線
厚生労働省が示す「公正な採用選考の基本」では、本人の適性・能力と関係のない情報の収集は控えるよう求めています。精神疾患の既往歴や過去の休職の理由(病気かどうか)を直接尋ねることは、要配慮個人情報の不適切な収集として問題になりえます。
一方で、「過去に長期間の離職期間があった場合、その理由」を聞くこと自体は業務能力の確認という観点から許容される場合があります。ただし、その答えをもとに採用を拒否する場合は合理的な理由が求められます。
就業規則と採用基準を同時に整備する
今回の件をきっかけに、就業規則(特に休職・復職規定と懲戒規定)の内容を確認・整備することは有意義です。同時に、面接で確認する項目を標準化しておくことで、担当者によって質問内容がばらつくリスクも防げます。
ただし、この整備は「今回の休職対応」とは完全に切り離して進めてください。採用プロセスの変更が現在の休職対応に影響を与えることのないようにすることが重要です。
まとめ
休職歴を隠していた社員への対応は、「採用時の問題」「懲戒処分の可否」「現在の休職申請への対応」の3つを明確に切り分けることが出発点です。過去の休職歴を申告しなかったこと自体は、原則として経歴詐称には当たりません。懲戒を検討するには積極的な虚偽申告・採用判断への重大な影響・就業規則への明記という3要件が必要であり、その判断ハードルは高いのが実態です。そして現在の休職申請は、採用時の経緯とは切り離し、労働契約法と就業規則に基づいて速やかに対応することが会社を守ることにつながります。
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