「従業員が長期で休んでいる。傷病手当金の申請書が届いたが、事業主記載欄に何を書けばいいのかわからない」——専任の人事担当者がいない職場では、こうした書類が突然回ってきて、手が止まることがあります。傷病手当金は従業員が申請する制度ですが、会社が記載する欄があり、その記載内容が給付の可否に直結します。この記事では、欠勤が発生した瞬間から申請書を提出するまでの会社側の対応を、順を追って整理します。
傷病手当金における会社の役割を正しく理解する
傷病手当金の申請書には「事業主記載欄」があり、会社はここへの記載を正当な理由なく断ることができません。一方で、医学的な判断は会社の仕事ではなく、記載の範囲は「出勤していない事実」と「賃金の支払い状況」に限定されます。
傷病手当金とは何か
傷病手当金は、健康保険法第99条に基づく制度で、業務外の病気やけが(私傷病)で働けなくなった被保険者に対し、休業中の生活を支えるために支給されます。支給の条件は以下の4点です。
- 健康保険の被保険者であること
- 業務外の病気・けがであること
- 療養のために労務に就けない状態であること(医師が証明)
- 連続3日間の待期期間を経た4日目以降、賃金を受けていないこと
支給額はおおよそ標準報酬日額の3分の2で、支給期間は同一の傷病について通算1年6か月が上限です(2022年1月改正後)。
事業主記載欄は「拒否できない」法的根拠がある
申請書の事業主記載欄への記載は、健康保険法施行規則第84条に根拠があります。従業員から記載を依頼された場合、会社は正当な理由なくこれを断ることができません。「面倒だから」「手続きの方法がわからないから」という理由では拒否できず、拒否した場合は従業員との信頼関係が損なわれるだけでなく、給付に支障が出る可能性があります。
会社が記載するのは「事実」だけ、医学的判断は不要
重要な点として、事業主記載欄に求められるのは「従業員が出勤していなかった事実」と「賃金を支払ったかどうか」です。会社が「本当に働けない状態かどうか」を医学的に判断する必要はありません。その判断は主治医が行い、申請書の別の欄(療養担当者記載欄)に記載します。会社は事実に基づいた記載をするだけで十分です。
欠勤発生から申請完了まで、会社がすべき手続きの順序
手続きの全体像を把握しないまま動くと、待期期間の誤認や賃金支払いのミスが起きやすくなります。以下の流れを時系列で確認しておくと、どのタイミングで何をすべきかが明確になります。
欠勤の把握と初期対応
従業員が体調不良で休み始めたら、まず連絡の確認と受診状況の把握を行います。この段階で「いつから休んでいるか」「医療機関を受診しているか」を確認しておくことが、後の手続きを正確に進めるうえで不可欠です。ただし、体調が悪い従業員に過剰に連絡することは逆効果になるため、1日1回の確認を上限の目安とし、LINEやメールなど本人が対応しやすい手段を使うよう配慮します。
待期期間(連続3日間)の確認
傷病手当金が支給されるのは、欠勤が連続して3日間続いた後の4日目以降です。この最初の連続3日間を「待期期間」と呼びます。待期期間中は傷病手当金の支給対象外ですが、待期期間が成立しなければ4日目以降も支給されません。
ここで注意が必要なのは、有給休暇を使った日も「連続欠勤」としてカウントされる点です。たとえば月曜日に有給を取り、火・水・木と欠勤した場合、月〜水の3日間が待期期間となり、木曜日から支給対象になります。一方、有給を使った日は「賃金あり」とみなされるため、その日は傷病手当金が支給されません。
制度の案内と申請書の手配
4日目以降も休みが続くことが見込まれる段階で、会社から傷病手当金の制度を従業員に案内します。「言い出すのを待つ」という対応は、案内の遅れにつながり、従業員に「会社は何も教えてくれなかった」という不信感を生む原因になります。制度を案内することは、権利を押しつけることではなく、従業員が選択できる情報を届けることです。
申請書は、加入している健康保険の書式を使います。協会けんぽ加入の場合は協会けんぽのウェブサイトからダウンロードできます。健康保険組合(健保組合)に加入している場合は、その組合独自の書式を使うことが多いため、組合に確認してください。
事業主記載欄の書き方:項目ごとの実務ポイント
事業主記載欄で求められる情報は大きく3つです。「事業所の基本情報」「欠勤(労務不能)期間の記録」「賃金の支払い状況」です。それぞれ賃金台帳や出勤簿を根拠に正確に記載します。
事業所情報と押印の確認
事業所の所在地・名称・代表者氏名を記載し、会社の印鑑(代表者印または会社印)を押します。記入者が経理・総務担当者であっても、押印は代表者名義が基本です。健保組合によっては担当者名と代表者名の両方を求める場合もあるため、書式を事前に確認してください。
労務不能と認めた期間の記載
申請書には「事業主が労務不能と認めた期間」を記載する欄があります。ここで会社が記載するのは、出勤記録(タイムカード・出勤簿)に基づいて「従業員が実際に出勤していなかった期間」です。繰り返しになりますが、これは医学的な判断ではなく、事実の記録です。
月をまたぐ長期欠勤の場合、申請書は1枚で1申請期間をカバーします。毎月1回申請するケースでは、その都度会社が記載欄を記入することになります。申請書が複数回にわたる場合も、その都度賃金台帳と照合しながら正確に記載してください。
賃金の支払い状況の記載と「無給」の証明
傷病手当金が支給されるのは「賃金を受けていない日」が条件です。欠勤期間中に賃金が支払われていた場合は、支給額と日数を正確に記載します。無給の場合は「支給なし」と明記します。
賃金台帳は、この記載の根拠となる重要な書類です。欠勤処理が適切に行われていること、つまり欠勤日数分が給与計算から控除されていることが、記載内容の裏付けになります。もし有給休暇を充当した日がある場合は、その日を「賃金あり」として区別して記載する必要があります。
会社が陥りやすいミスと、その防ぎ方
傷病手当金をめぐる会社側のミスは、制度の理解不足よりも「就業規則の運用」と「タイミングのズレ」から生じることが多いです。あらかじめ典型的なミスを把握しておくことで、リスクを大幅に減らせます。
欠勤中に賃金を払い続けてしまうケース
就業規則に「欠勤○日まで有給休暇を自動充当する」という規定がある場合、本人が有給消化を望んでいなくても有給扱いになることがあります。有給を使った日は賃金が発生するため、その日は傷病手当金が支給されません。これは従業員にとって不利益になる場合があるため、欠勤発生時に本人の意向を確認することが重要です。
また、「休職に入る前の欠勤期間中も賃金を払い続けた」というケースもあります。賃金が支払われた期間は傷病手当金が支給されないため、給付が実質的に後ろ倒しになり、従業員の生活設計に影響します。
待期期間の起算日を誤るケース
待期期間の「連続3日間」は、必ずしも月曜日から始まる必要はなく、土曜・日曜・祝日も含めてカウントします。たとえば金曜日から欠勤が始まり、土・日を経て月曜以降も続く場合、金・土・日の3日間で待期が完成し、月曜日から支給対象となります。この起算日を誤ると、事業主記載欄に記載した期間も誤ったものになるため注意が必要です。
就業規則と実際の運用がズレているケース
就業規則に「欠勤30日で休職発令」と定めてあっても、実際には休職手続きをせずに欠勤が続いているケースがあります。この場合、傷病手当金の申請書に記載する期間と、社内の「休職」「欠勤」の区分がずれてしまい、後から修正が必要になります。就業規則上の欠勤・休職の定義と、実際の賃金処理・社会保険の扱いを一致させておくことが、手続きを正確に進める前提条件です。
事業主記載欄の記載方法や、ご自社の就業規則と傷病手当金の関係に不安がある場合は、早めに専門家に相談しておくと、実際の申請時に混乱を避けられます。
申請書の提出先と、会社が確認すべき最終チェック
申請書の提出は原則として従業員本人が行いますが、会社が代行することも可能です。どちらの場合も、提出先の確認と記載漏れのチェックを怠らないことが重要です。
提出先は加入している健康保険によって異なる
| 加入先 | 提出先 | 備考 |
|---|---|---|
| 協会けんぽ | 都道府県の協会けんぽ支部 | 郵送または窓口持参 |
| 健康保険組合(健保組合) | 所属の健保組合 | 組合ごとに書式・提出方法が異なる |
自社がどちらに加入しているか不明な場合は、従業員の保険証に記載されている「保険者名称」を確認してください。
提出前に会社が確認すべき項目
申請書が会社に回ってきたとき、事業主記載欄の記載が終わったら、提出前に以下の点を確認します。押印漏れ、賃金支払い期間と金額の誤り、欠勤期間の起算日の誤りは、差し戻しの原因になります。また、医師の記載欄が空欄になっていないか(主治医の署名・証明期間が正確かどうか)も会社として一目確認しておくと、二度手間を防げます。
従業員本人が申請する場合は、申請書の返却を忘れないようにし、手渡しか郵送かの方法を事前に決めておくとスムーズです。
まとめ
傷病手当金における会社の役割は、「事業主記載欄への記載」を通じて従業員の申請を正確にサポートすることです。記載の義務は法令上の根拠があり、拒否できません。一方、会社が記載するのは「欠勤の事実」と「賃金の支払い状況」に限られ、医学的判断は不要です。欠勤発生時に待期期間を正しく把握し、賃金処理を適切に行い、タイミングよく制度を案内することで、従業員との信頼関係を保ちながら手続きを進められます。
ただし、就業規則の欠勤・休職規定が実態と合っていない、有給休暇の自動充当ルールが傷病手当金に影響している、といった問題が重なると、対応が複雑になります。人事労務の専門知識がないまま判断すると、手続きのミスや従業員との齟齬が生まれるリスクがあります。「うちのケースでは具体的に何をすればいいか」という疑問や、「就業規則を整備したいが、どこから始めたらいいか」という課題が出てきたときは、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事労務の専門家が、御社の状況に合わせた対応方法を一緒に整理します。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


