「育ての親が亡くなったんですが、慶弔休暇は取れますか?」——ある朝、そんな一言がSlackに届いたとき、あなたはすぐに答えを出せますか?就業規則を開いても該当する記載がなく、認めるべきか断るべきか、判断に迷った経験がある方は少なくないはずです。慶弔休暇は法律で定められた休暇ではないため、規程に書かれていない事由への対応は、会社ごとに判断するしかありません。しかし、その「なんとなく」の判断の積み重ねが、後々のトラブルや社内不満の火種になることがあります。この記事では、規程にない事由への判断基準、前例化を防ぐ記録術、そして有給休暇との整理方法を実務に即して解説します。
慶弔休暇は法律上の義務ではない
慶弔休暇は労働基準法に付与義務の定めがない「法定外休暇」です。規程に記載のない事由について、会社には原則として付与義務はありません。ただし、規程に記載のある事由については、それが労働契約の内容となるため、規程どおりに運用する義務が生じます。
法定休暇と法定外休暇の違い
年次有給休暇・産前産後休業・育児介護休業などは法律が付与を義務づけた「法定休暇」です。一方、慶弔休暇・夏季休暇・リフレッシュ休暇などは会社が任意で設けた「法定外休暇」であり、付与するかどうか、どんな事由を対象とするかは、基本的に会社が就業規則・慶弔規程で自由に定めることができます。
規程に定めがある場合の法的拘束力
就業規則・慶弔規程に「配偶者の死亡:5日」のように具体的に定めた内容は、労働契約法第7条の規定により労働契約の内容になります。つまり、規程に書いてある事由については会社が勝手に「今回は認めない」とは言えません。逆に言えば、規程に書いていない事由について「認めない」という判断は、法的には問題ありません。ただし、それだけで話が終わらないのが実務の難しさです。
規程の文言が曖昧な場合は注意
規程に「近親者」「家族」といった定義の広い表現が使われている場合、解釈次第で対象範囲が変わります。このような場合、労働者側に有利に解釈される可能性もあります。規程の文言を見直す際は、対象となる続柄・親等を具体的に列挙するか、「2親等以内の血族・姻族」のように法律上の定義に紐づけることをお勧めします。
「認める・認めない」の判断基準を整理する
規程にない事由の申請が来たときは、「感情で判断しない」「判断軸を統一する」ことが重要です。以下の3つの観点を軸に判断すると、後から説明できる根拠が生まれます。
規程との類似性・趣旨で判断する
既存の規程が「どのような目的でその休暇を設けているか」を確認します。たとえば、慶弔休暇が「身近な人の死に際して喪に服す時間を確保するため」という趣旨であれば、戸籍上の親族でなくても実質的に親族と同等の関係性があった「育ての親」はその趣旨に合致すると整理できます。逆に、ペットの死亡については、その趣旨からは外れると判断するのが一般的です。趣旨をベースにした判断は、後で社員に説明する際にも「なぜ認めたか・認めなかったか」を合理的に伝えやすくなります。
均等・公平の観点をチェックする
性別・国籍・障害・性的指向などを理由に取り扱いを変えることは、各種差別禁止法令に抵触するリスクがあります。たとえば、異性婚の配偶者には慶弔休暇を認めるが、同性パートナーには一切認めない、という対応は法的リスクをはらむだけでなく、採用ブランドや職場環境にも影響します。自治体のパートナーシップ制度の拡大を受け、同性パートナーを「配偶者」に準じて扱うよう規程を改定する企業も増えています。これは法的義務ではなく経営判断ですが、一度方針を決めておくと個別対応の基準が明確になります。
判断の優先順位を事前に決めておく
申請が来てから考えるのではなく、「こういう場合はどう考えるか」という社内の判断フローを事前に整理しておくことが、公平な運用の第一歩です。以下の表を参考にしてください。
| 申請事由の性質 | 対応の方向性 | 記録のポイント |
|---|---|---|
| 規程に明記あり・該当する | 規程どおり承認 | 申請書と承認記録を保存 |
| 規程に明記あり・該当しない | 原則不承認(有給案内) | 判断根拠と有給案内の記録を保存 |
| 規程に記載なし・趣旨に合致 | 特例承認を検討 | 「今回限りの特例」として記録 |
| 規程に記載なし・趣旨に合致しない | 不承認(有給案内) | 判断根拠と有給案内の記録を保存 |
前例化リスクを防ぐ「特例承認」の作り方
規程にない事由を認める場合、最大のリスクは「今回認めたなら次も認めてもらえる」という前例の積み重ねです。これを防ぐには、「特例であること」を明示した記録を残すことが唯一の実務的な対策です。
口頭承認が「慣行」になるリスク
「今回だけですよ」と口頭で伝えたつもりでも、同じ対応が繰り返されると「労使慣行」として黙示的に労働契約の内容に組み込まれると解釈されるリスクがあります。最高裁判例においても、長年にわたる労使慣行の法的拘束力が争点になった事例があります。口頭のみの対応は、後日「認めてもらった」という当事者の記憶と会社の記録が食い違う原因になります。認める・認めないにかかわらず、判断の内容は必ず書面または電子記録で残す習慣をつけましょう。
特例承認書に書くべき3つの要素
特例を承認する場合は、以下の3点を文書または社内チャット・メール等の記録に残してください。まず「承認した事由の内容」(例:実質的に親として養育した人物の死亡)を具体的に記します。次に「今回限りの特例であること」を明示し、「同様の申請が今後あった場合も同様に認められるとは限らない」と付け加えます。最後に「承認者・承認日・休暇日数」を記録します。この3点があれば、後から社員に確認を求められた際にも事実関係を明確に説明できます。
特例の積み重ねは規程改定のサインと捉える
同じような特例承認が3件以上重なってきたら、それは「規程が現実に追いついていない」サインです。その時点で就業規則・慶弔規程の改定を検討するのが、長期的に公平な運用を維持するための現実的なアプローチです。規程を改定する際は、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出(常時10人以上の事業場の場合)が必要です。10人未満の事業場でも、変更内容を社員に周知することは労働契約法上の義務となります。
記録術3選——後でトラブルにならない残し方
慶弔休暇の申請対応で最も重要な実務は「記録」です。認める場合も認めない場合も、判断の経緯を残しておくことが、後のトラブルと属人化を防ぎます。
申請・判断フォームを一枚作る
紙またはGoogleフォーム等で「慶弔休暇申請・判断記録シート」を用意します。記載項目は「申請者・申請日・事由・続柄または関係性・申請日数・規程該当可否・判断結果(承認/特例承認/不承認)・判断理由・承認者・備考」の10項目が基本です。このシートを一元管理することで、次に似たような申請が来たときに「以前どう判断したか」を確認でき、判断の一貫性を保てます。専任人事がいない会社では、このシートが「非公式の判例集」として機能します。
社内メール・チャットのやり取りをフォルダ管理する
申請と回答が口頭ではなくメールやSlack等で行われた場合は、そのスレッドを専用フォルダに保存します。フォルダ名は「慶弔休暇_特例対応_20XX年」のように年度で整理すると参照しやすくなります。チャットツールはログが消える場合があるため、重要な判断を伝えた際はPDFに書き出して保存することをお勧めします。
判断の「理由」を一行で書き残す習慣
記録の中で最も省略されがちで、最も重要なのが「なぜそう判断したか」の一行です。「規程の趣旨に照らして実質的な親族関係があると判断したため、今回限りの特例として承認」のように、短くても理由を書いておくことで、担当者が変わっても判断の文脈を引き継げます。特に兼務担当者が対応している中小企業では、担当者の退職や異動により過去の判断根拠が失われることが多く、記録の一行が後々の紛争予防に直結します。
判断の記録に不安があれば、専門家のサポートを受けることで判断フローの標準化を図ることもできます。
有給休暇との関係を正しく整理する
慶弔休暇を認めない場合でも、社員には年次有給休暇の取得権があります。「慶弔休暇は対象外です」と伝えた後、有給休暇をどう案内するかを整理しておくことが実務上不可欠です。
有給休暇は理由を問わず取得できる
労働基準法第39条に基づき、労働者は理由を問わず年次有給休暇を取得できます。会社が有給休暇の取得を拒否できるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られ(時季変更権)、葬儀のような急を要する事由ではほぼ認められません。「慶弔休暇は認められませんが、有給休暇の取得は可能です」という案内は、社員への誠実な対応として必ず伝えるべき内容です。
年5日の有給取得義務との関係に注意
労働基準法第39条第7項により、年10日以上の有給休暇が付与される社員については、会社が年5日の有給を確実に取得させる義務があります。慶弔休暇を「有給休暇で充当する」という設計にしている会社では、その充当がこの年5日の義務的付与に含められるかどうかを確認しておく必要があります。原則として、社員が自ら申請して取得した有給休暇は年5日の管理対象に含まれますが、会社が時季を指定して取得させる5日とは管理上の扱いが異なります。不安な場合はウェルセンス株式会社または社会保険労務士への確認をお勧めします。
「有給を使わせれば問題ない」は誤解
慶弔休暇の代わりに有給を取得させること自体は問題ありませんが、「有給を使わせたから対応は完了」と考えるのは早計です。有給休暇は社員の権利であり、「本来もらえるはずだった慶弔休暇の代替として使わされた」という認識が社員に残ると、長期的な不満につながります。規程の対象外であることを丁寧に説明し、必要であれば「今後の規程改定を検討する」という姿勢を示すことが、関係性を維持するうえで重要です。
まとめ
慶弔休暇は法定外休暇であり、規程にない事由に対して会社が付与義務を負うことは原則ありません。しかし、「断れるから断る」だけでは社員との関係性や採用ブランドへの影響が生じる場合があります。判断には「規程の趣旨との合致」「均等・公平の観点」「前例化のリスク管理」という3つの軸を持つことが重要です。認める場合は「特例承認書」で今回限りであることを明示し、認めない場合でも有給休暇の案内を丁寧に行う。そしてどちらの場合も、申請内容・判断理由・承認者を記録として残すことが、属人化を防ぎ、後のトラブルを予防する最大の防衛策です。
「うちの会社の慶弔規程、そもそも今の時代に合っているのだろうか」「特例を認めた記録をどう整備すればいいかわからない」と感じたら、ウェルセンス株式会社にご相談ください。就業規則・慶弔規程の見直しから、属人化した判断フローの整備まで、専任人事がいない中小企業の実情に合わせてサポートします。
よくある質問
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