「入社時の書類は紙で保管、異動や昇給の履歴はExcel、健康診断の結果は別フォルダ……」気づけば社員一人の情報を把握するのに、いくつものファイルや棚を確認しなければならない状態になっていませんか。専任の人事担当者がいない中小企業では、こうした「散在」が静かに積み重なります。この記事では、人事台帳の法的な必須項目の確認から、紙とデータが混在した状態を現実的な優先順位で整理する方法、個人情報保護のルール整備まで、実務に沿って解説します。
人事台帳に記録しておくべき項目とは
人事台帳の整備で最初に確認すべきは「法律で定められている必須記載事項」です。「記録がある」ことと「法令上の要件を満たしている」ことは別問題であり、Excelで管理していても法定項目が抜けていれば、労働基準監督署の調査(臨検)で指摘を受けるリスクがあります。
法律が定める3種類の基本記録
労働基準法は、すべての事業主に対して「労働者名簿」「賃金台帳」「雇用に関する書類(労働契約書・出勤簿等)」の作成・保存を義務づけています。これらは「法定三帳簿」とも呼ばれ、形式は紙でもデジタルでも構いませんが、記載内容が法令を満たしている必要があります。
労働者名簿の必須記載事項
労働基準法第107条に基づき、労働者名簿には以下の項目が必要です。中小企業のExcel管理で抜けやすいのは「退職年月日・退職理由」と「従事する業務の種類」です。在職者だけを管理しているケースでは、退職後の記録がそのまま消えてしまいがちなので注意してください。
- 氏名・生年月日・性別・住所
- 履歴(学歴・職歴等)
- 従事する業務の種類
- 雇入れの年月日
- 退職・解雇・死亡の年月日とその理由
- 管理監督者等については職名
賃金台帳・保存期間の最新ルール
賃金台帳(労働基準法第108条)には、賃金計算期間・労働日数・時間外・休日・深夜の各労働時間数・賃金の種類と金額・控除項目と金額などを記載します。保存期間については注意が必要です。2020年4月施行の改正労働基準法により、賃金台帳・労働契約書等の保存期間は原則5年(当面は3年の経過措置)に延長されています。「3年経ったら捨てていい」という旧来の認識は今すぐアップデートしてください。健康診断個人票は労働安全衛生法に基づき5年保存が必要です。
紙とデータが混在した状態を整理する優先順位
「全部いきなりデジタル化する」のは現実的ではありません。まず着手すべきは「どこに何があるかわかる状態」を作ることです。ツールの選定はその後で十分間に合います。
現状把握から始める:棚卸しリストの作成
最初の作業は、今ある情報の「在り処」を一覧化することです。「氏名・住所はどこ」「雇用契約書はどこ」「健康診断結果はどこ」という問いに答えられる棚卸しリストを作ります。Excelの1シートで構いません。情報の種類・保管場所(紙の棚/フォルダ名)・最終更新者・最終更新日を列にして、従業員一人ひとりの行に埋めていくだけです。これだけで「何が揃っていて何が足りないか」が可視化されます。
優先してデジタル化すべき情報の判断基準
全情報を一度にデジタル化しようとすると作業が止まります。以下の基準で優先順位をつけると動きやすくなります。
| 優先度 | 情報の種類 | 理由 |
|---|---|---|
| 高 | 労働者名簿・労働契約書・雇用保険関連書類 | 臨検・助成金申請・社会保険手続きで即時参照が必要 |
| 中 | 異動履歴・評価履歴・資格取得記録 | 人事判断の根拠として頻繁に参照する |
| 低 | 入社時の誓約書・身元保証書等 | 参照頻度は低いが保存義務あり。スキャン保管でも対応可 |
「デジタル化=クラウドにアップロード」ではない
スキャンした書類をクラウドに置くだけでは「紙の複製をデジタルに移しただけ」です。ファイル名が「scan001.pdf」のままでは、後から検索も参照もできません。デジタル化の本来の目的は「必要な情報に素早くアクセスできること」です。ファイル命名規則(例:「氏名_書類種別_日付」)と保存フォルダの構成を先に決め、それに沿って整理することが重要です。ツール(クラウドHRシステム)は、このルールが固まってから導入しても遅くはありません。
整備の過程で「何から手をつければいいかわからない」「法令要件の判断に迷う」という場合は、人事労務の専門家に相談することで、優先順位を明確にして効率的に進めることができます。
担当者が変わっても引き継げる管理ルールの作り方
人事台帳の整備で最も見落とされやすいのが「管理ルールのドキュメント化」です。どれだけ整理しても、担当者の頭の中にしかルールがなければ、異動・退職のたびに同じ混乱が繰り返されます。
人事情報管理規程の最低限の要素
大企業のような本格的な規程でなくても構いません。A4で2〜3枚のルール文書があれば、引き継ぎは格段に楽になります。最低限記載しておくべき内容は次の通りです。管理する情報の種類・保管場所・アクセスできる担当者の範囲・更新タイミング・廃棄のルール(保存期間の満了後の処理方法)の5点が揃っていれば、個人情報保護法上の「安全管理措置」の基礎にもなります。
従業員規模別の現実的な対応
従業員数によって、必要な整備レベルは変わります。20名以下であれば、Excelの台帳と紙ファイルの組み合わせでも、ルールが明文化されていれば十分に運用できます。20〜50名規模になると、情報の参照頻度・更新頻度が増すため、クラウドHRツールの導入が現実的な選択肢になってきます。ただし、ツールの導入前に管理ルールを決めておかないと、クラウド上でも同じ混乱が起きます。順序を間違えないようにしてください。
個人情報保護の観点で整えるべきこと
従業員の人事情報は、個人情報保護法が定める「個人情報」に該当します。従業員数にかかわらず、すべての事業者が対応義務を負っており、「うちは小さい会社だから関係ない」は通用しません。
取得・管理・廃棄それぞれの義務ポイント
個人情報保護法(2022年改正施行)のもとで、事業者には大きく三つの場面で義務が生じます。まず取得時は、利用目的を本人に明示する必要があります(例:「人事労務管理・給与計算・緊急連絡のために使用します」)。次に管理中は、漏洩・紛失・不正アクセスを防ぐ「安全管理措置」が求められます。具体的には、パスワード設定・アクセス権限の限定・施錠管理などです。廃棄時は、保存期間が満了した個人情報を適切に削除・破棄する手順を定めておく必要があります。シュレッダー処理や、デジタルデータの完全削除の手順を明文化しておきましょう。
アクセス権限の設定と運用
中小企業でよく起きるのが「Excelファイルが社内の共有フォルダに置いてあって、全員が見られる状態」です。人事情報へのアクセスは、業務上必要な担当者に限定することが原則です。クラウドツールを使う場合は権限設定機能を活用し、紙の場合は施錠できるキャビネットへの保管と、鍵の管理者の明文化が最低限の対策です。「見られる可能性があったが実害はなかった」状態でも、個人情報保護委員会のガイドライン上は安全管理措置の不備とみなされるケースがあります。
社員からの開示請求への備え
2022年の個人情報保護法改正により、本人からの保有個人データの開示・訂正・削除請求への対応義務がより明確になりました。「自分の個人情報を見せてほしい」という社員からの請求に、2週間程度で対応できる体制を整えておくことが必要です。情報がどこに何があるかわからない状態では、この対応が事実上不可能になります。台帳の整備は、法令遵守の観点からも直結した実務課題です。
整備後に維持するための運用設計
台帳整備は「一度やれば終わり」ではなく、継続的に更新・維持する仕組みを作ることが本来のゴールです。整備直後は綺麗でも、半年後には同じ混乱が起きていたというケースは少なくありません。
更新タイミングをルーティン化する
人事情報は、入社・退職・異動・昇給・住所変更・資格取得など、さまざまなタイミングで変わります。これらが発生したときに「誰が・何を・いつまでに更新するか」を手順として定めておかないと、更新漏れが積み重なります。イベントドリブン(発生時に更新)と定期チェック(四半期ごとに全員分を確認)の二段構えにすると、漏れが減ります。
年1回の棚卸しを習慣にする
保存期間の確認・廃棄処理・アクセス権限の見直しを、年1回のルーティン作業として位置づけておくと、情報が溜まりすぎずに管理しやすい状態が続きます。決算期や年度替わりなど、社内のカレンダーと連動したタイミングで実施すると定着しやすいです。
まとめ
人事台帳の整備は、「法定三帳簿の必須記載事項を満たしているかの確認」から始まります。次に、紙とデータが混在している現状を棚卸しリストで可視化し、臨検や手続き対応で参照頻度が高い情報から優先的にデジタル化・整理していきます。個人情報保護の観点では、取得・管理・廃棄それぞれの場面でのルール整備と、アクセス権限の適切な設定が欠かせません。そして整備後は、更新タイミングのルーティン化と年1回の棚卸しで、維持できる仕組みを作ることがゴールです。
「整備したいけれど社内リソースが限定的」「現状の法令適合性が不安」といった場合、人事労務の課題を整理してから進めることで、効率的に対応できます。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業向けの人事労務課題に関するご相談を受け付けています。
よくある質問
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