「採用します、よろしくお願いします」——そのメール一通で、実は労働契約が成立している可能性があります。中小企業の採用現場では、内定通知書やオファーレターをきちんと整備せず、口頭やメールだけで内定を伝えているケースが少なくありません。「書類を出したら法的に縛られる」という不安から、あえて書面を避けている経営者もいます。しかし、書面がないことがむしろリスクになります。この記事では、内定通知書とオファーレターの違い、法的な意味、そして最低限整備すべき記載事項を実務の視点から整理します。
内定通知書とオファーレターの違い
結論から言えば、日本の法律上「オファーレター」という言葉に定義はなく、記載内容と相手の承諾の有無によって内定通知書と同等の法的効果が生じます。名称よりも「何を書いているか」「相手が承諾したか」が重要です。
それぞれの言葉が指すもの
内定通知書は、採用選考の結果として「あなたを採用します」と正式に伝える書面です。日本の雇用慣行に根ざした名称で、企業から候補者への一方的な意思表示の文書として使われてきました。
一方、オファーレターはもともと欧米の採用慣行に由来する言葉で、日本ではIT系・スタートアップ・外資系企業を中心に使われるようになりました。「採用条件の提示書」という位置づけで使われることが多く、候補者のサインや返信による承諾を求める構造になっているものが一般的です。
法的には「名称」ではなく「内容」で判断される
日本の裁判所は、書面の名称ではなく実態で法的性質を判断します。オファーレターであっても、「採用条件の提示+候補者の承諾確認」という構造になっていれば、内定通知書と同じ法的効果が認められる可能性があります。「オファーレターはまだ仮の話だから取り消せる」という認識は誤りです。
重要なのは次の点です。書面を交付し、相手が承諾(サイン・メール返信・承諾書の提出など)した時点で、法律上は労働契約が成立したとみなされる可能性が高くなります。
どちらを使うべきか
名称の選択は会社の文化や採用スタイルに合わせて構いません。ただし、どちらの名称を使う場合でも、後述する最低限の記載事項を盛り込み、候補者が承諾したことを記録として残す運用が不可欠です。
内定の法的性質——「出したら取り消せない」は本当か
内定は「解約権を留保した労働契約の成立」です(最高裁昭和54年7月20日判決・大日本印刷事件)。つまり、内定を出した時点で労働契約はすでに始まっており、取り消しは「解雇」に準じた扱いになります。
内定=労働契約の成立という意味
「内定はまだ契約じゃない」と思っている経営者は多いですが、判例はそう解釈していません。採用通知書の交付と採用承諾書の受領など、申込みと承諾が成立した段階で労働契約が成立するとされています。
したがって内定取消は、解雇と同様に「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です。これを満たさない内定取消は違法となり、損害賠償請求を受けるリスクがあります。
内定取消が認められるケース・認められないケース
判例・通達の蓄積から、内定取消が許容されるのは次のような限定的な場面です。
- 採用選考時には知り得なかった重大な事実(経歴詐称など)の発覚
- 会社の経営状態が著しく悪化し、整理解雇に準じる事情が生じた場合
- 内定者自身の責に帰すべき重大な事由(内定後の犯罪行為など)
一方、「業績が少し落ちてきた」「もっと良い候補者が見つかった」「採用人数を減らすことにした」といった理由は認められません。採用計画の変更や内部事情は、内定取消の正当な理由にはならないと考えてください。
内定と試用期間を混同しないために
「試用期間中なら辞めさせられる」と思っている方もいますが、試用期間もあくまで「解約権留保付き労働契約」であり、自由に解雇できるわけではありません。内定段階より若干広い解雇事由が認められる可能性はありますが、正当な理由のない解雇は試用期間中も違法です。内定→入社→試用期間と段階が進んでも、解雇のハードルが劇的に下がるわけではない点を押さえておきましょう。
内定通知書・オファーレターに最低限書くべき項目
内定通知書に最低限記載すべきなのは、雇用形態・入社日・労働条件の基本事項・内定取消事由・承諾期限の5つです。これらが揃っていれば、後のトラブルを大幅に減らせます。
基本的な記載項目の一覧
| 記載項目 | 内定通知書・オファーレター | 労働条件通知書(法定) |
|---|---|---|
| 内定日・入社予定日 | 必須 | 必須(契約開始日) |
| 雇用形態(正社員・契約社員など) | 必須 | 必須 |
| 勤務場所・業務内容(変更範囲含む) | 必須 | 必須(2024年改正で追加) |
| 賃金額・支払い方法 | 必須 | 必須 |
| 所定労働時間・休日 | 必須 | 必須 |
| 試用期間の有無・期間 | 必須 | 必須 |
| 内定取消事由 | 強く推奨 | 規定なし |
| 承諾期限 | 推奨 | 規定なし |
「内定取消事由」の記載が特に重要な理由
内定通知書に内定取消事由を明記しておくことで、万が一の場合に「この条件に該当する場合は内定を取り消す場合がある」という合意があったことを示せます。記載例としては、「採用選考時の申告内容に重大な虚偽があった場合」「入社日までに就業不能な状態が継続した場合」「当社の経営状況が著しく悪化し雇用維持が困難になった場合」などが一般的です。ただし、これらに該当しても取消が必ず認められるわけではないため、記載はあくまで予防的な措置と位置づけてください。
承諾期限を設定する実務上のメリット
候補者に承諾期限を設けないと、他社との内定比較のために返答が長引き、採用計画が不安定になります。一般的には内定通知から1〜2週間程度を目安に設定するケースが多いです。ただし、短すぎる期限設定は候補者の検討機会を不当に制限するとして問題になることもあるため、常識的な期間を設けてください。
労働条件通知書との役割分担と2024年改正の影響
内定通知書・オファーレターとは別に、労働基準法第15条に基づく「労働条件通知書」の交付が法律上の義務です。両者は役割が異なり、どちらか一方だけでは不十分です。
内定通知書と労働条件通知書は別物
労働基準法第15条および同法施行規則第5条は、労働契約締結時(内定承諾時)に法定事項を書面で明示することを義務づけています。内定通知書に労働条件を記載していても、法定要件をすべて満たさない限り、別途「労働条件通知書」を交付する義務は消えません。
実務上の対応としては次の2パターンがあります。一つは内定通知書と労働条件通知書を別々に発行する方法。もう一つは「内定通知書兼労働条件通知書」として一本化する方法です。後者の場合、法定事項をすべて網羅している必要があります。いずれにせよ、労働条件通知書の記載内容と内定通知書の内容が矛盾しないよう注意してください。
2024年4月施行の改正で追加された明示事項
2024年4月施行の労働基準法施行規則改正により、労働条件通知書に新たに明示が必要な事項が加わりました。主な追加項目は以下のとおりです。
- 就業場所・業務の変更範囲(例:「会社の定める事業所全て」など)
- 有期雇用の場合の更新上限の有無とその内容
- 無期転換申込権が発生する場合はその旨と転換後の労働条件
特に「変更範囲の明示」は正社員採用でも必要です。転勤の可能性がある場合は「全国の事業所」、転勤なしなら「採用時の勤務地のみ」と具体的に書く必要があります。既存のテンプレートを2024年改正前から使い続けている場合は、今すぐ見直しが必要です。
書面整備が不十分な会社がまず取り組むべきこと
口頭やメールのみで内定を伝えてきた会社がすぐ取り組むべきは、既存のやりとりを文書化するひな形の整備と、発行のタイミングを社内ルールとして固めることです。
ひな形作成のポイント
内定通知書のひな形には、前述の記載項目をすべて盛り込んでください。賃金額は「月給○○万円(固定残業代含む場合はその旨と時間数・金額も明記)」のように具体的に書くことが重要です。「詳細は入社時に説明」という記載は後のトラブルの原因になります。
また、候補者が承諾した記録を残す仕組みも必要です。紙であれば承諾書に署名・捺印してもらう、電子であればメールやクラウドサービス上で承諾の返信をもらうなど、承諾の事実が証拠として残る方法を選んでください。
会社の規模・状況別の優先度
専任人事がいない20〜50名規模の会社では、完璧な書面を一度に整備しようとすると動けなくなります。優先順位をつけて段階的に整備することをお勧めします。
まず取り組むべきは、内定通知書のひな形と労働条件通知書のひな形の2点です。就業規則がまだ整備されていない場合(10名未満は法的義務なし、10名以上は義務あり)は、就業規則の整備も並行して進めることで、内定取消事由や試用期間の規定を就業規則に明記でき、書面の信頼性が高まります。
ただし「ひな形をどこまで詳しく作れば足りるのか」「法改正に対応できているか」という疑問は、人事だけで判断するには難しいもの。採用トラブルを未然に防ぎたいなら、早めに専門家に相談して自社のテンプレートをチェックしてもらうことが有効です。
電子交付への切り替えも選択肢
2019年の法改正以降、労働条件通知書は労働者が希望した場合に限り電子交付が認められるようになりました。PDFをメールで送付してクラウド上でサインをもらう方法は、中小企業でも導入しやすく、送受信の記録が自動で残るため証拠保全の観点からも優れています。ただし、候補者の同意取得が前提となる点に注意してください。
まとめ
内定通知書とオファーレターは名称が異なるだけで、記載内容と候補者の承諾によって同等の法的効果が生じます。内定は「解約権留保付き労働契約の成立」であり(最高裁昭和54年7月20日・大日本印刷事件)、取り消しは解雇に準じた扱いになります。書面を整備しないことがリスクを減らすわけではなく、むしろ証拠がない状態のほうがトラブル時に不利になります。内定通知書には雇用形態・入社日・労働条件の基本事項・内定取消事由・承諾期限を盛り込み、別途(または兼用で)労働条件通知書を交付することが実務上の基本です。2024年4月施行の改正により、勤務場所・業務の変更範囲などの明示が新たに義務化されており、古いテンプレートを使い続けている会社は早急な見直しが必要です。
採用段階での書面整備は「経営者や人事が独りで判断するべき課題」ではありません。ウェルセンス株式会社では、中小企業の内定通知書・労働条件通知書の作成サポートから、採用トラブルの相談まで実務的にサポートしています。お気軽にお問い合わせください。
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