「健康診断、今年もちゃんとできたかな……」と、年度末になってから焦った経験はありませんか。従業員が20名を超えたあたりから、「なんとなくやっていた」管理が急に回らなくなる会社は少なくありません。誰が受けたか把握できない、受けない社員への対応がわからない、結果票をどう保管すればいいか知らない——そうした状況が重なると、法的なリスクが静かに積み上がっていきます。この記事では、中小企業が最低限おさえるべき義務の範囲と、実務で使える管理の整え方を具体的に解説します。
健康診断の実施管理で会社が負う義務の全体像
健康診断に関して会社が負う義務は、「実施する」だけではありません。労働安全衛生法では、実施・記録・事後措置まで一連の対応が義務づけられており、どれかひとつ欠けても法令違反になりえます。
実施義務の対象者と頻度
労働安全衛生法第66条第1項に基づき、会社はすべての常時使用する労働者に対して、年1回の定期健康診断を実施しなければなりません。「常時使用する労働者」には正社員だけでなく、週30時間以上勤務するパートタイマーや契約社員も含まれます。従業員数が数名であっても義務は同じです。費用は会社負担が原則であり、社員に自己負担させた場合は義務の履行として認められないリスクがあります。
記録の保存と事後措置も義務に含まれる
健康診断を実施したあと、個人票(健診結果の記録)を5年間保存する義務があります(労働安全衛生規則第51条)。さらに、異常所見(有所見)が確認された社員については、医師から意見を聴取し(労働安全衛生法第66条の4)、必要に応じて就業上の配慮を行う義務があります(同法第66条の5)。「結果票を本人に渡して終わり」という対応は、法的には不十分です。
会社の義務範囲をひと目で確認する
| 義務の内容 | 根拠 |
|---|---|
| 一般定期健康診断の実施(年1回) | 労働安全衛生法 第66条第1項 |
| 健診結果の記録・保存(5年間) | 労働安全衛生法 第66条の3 |
| 有所見者への医師意見聴取 | 労働安全衛生法 第66条の4 |
| 事後措置・就業上の配慮 | 労働安全衛生法 第66条の5 |
| 受診勧奨の努力義務 | 労働安全衛生法 第66条第5項ただし書き |
| 安全配慮義務(一般規定) | 労働契約法 第5条 |
未受診者への対応——「伝えた」だけでは足りない理由
受診を拒否した社員がいても、会社の安全配慮義務が免除されるわけではありません。重要なのは「会社が受診機会を提供し、複数回にわたって促した事実を記録に残しているか」です。
口頭での一回声かけが招くリスク
「受けてください」とLINEやメールで一度伝えただけで、その後フォローしなかった——こうした対応は、労働基準監督署の調査や万が一の訴訟において「会社は十分な勧奨を行っていなかった」と判断されるリスクがあります。安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から、会社側が「やった」ことを立証できる記録が必要です。
受診勧奨の記録として残すべき内容
実務上のスタンダードとしては、書面またはメールで複数回の受診勧奨を行い、その記録を保存することが求められます。勧奨文書には、受診対象者の氏名・受診期限・会社窓口の連絡先を明記し、送付日・送付方法・本人の返答内容も記録に残します。口頭で伝えた場合も、日時・内容をメモとして残しておくことが重要です。
それでも受診しない場合はどう対応するか
労働安全衛生法第66条第5項のただし書きにより、社員が自分で選んだ医師による健診結果を会社に提出すれば、会社の実施義務は果たされます。つまり、会社指定の健診機関でなくても、社員が自費でかかりつけ医を受診してその結果を提出した場合は、会社の義務履行として扱えます。この「別の方法での受診」を選択肢として社員に提示し、それでも拒否する場合は就業規則に基づいて対応を検討します。就業規則に受診義務を明記しておくことが前提になります。
健診結果の保管と事後措置——もっとも見落とされやすい義務
健診結果の保管と事後措置は、実施と比べて後回しにされがちですが、ここが抜けると「やった証拠がない」状態になります。管理の仕組みを整えることが、会社を守ることに直結します。
結果票の保存ルールを整備する
健康診断個人票は5年間の保存が法律上の義務です。紙での保存でも電子データでも構いませんが、「誰の・いつの・どの検査結果か」がひと目でわかる形で整理しておく必要があります。従業員が退職した後も、在職中の健診結果は保存期間が満了するまで保管します。健診機関からのデータ提供形式(紙・CD・Web閲覧)を確認し、受け取ったら速やかに保管場所に収納するルールを決めておくと管理が楽になります。
有所見者への事後措置フローを決めておく
健診結果に「要精査」「要治療」などの異常所見があった社員については、3か月以内に産業医(または労働者の健康管理を行う医師)に意見を聴取する必要があります。ただし、従業員50名未満の企業は産業医の選任義務がないため、地域の産業保健総合支援センターや嘱託産業医の活用を検討してください。意見聴取の結果をもとに、業務内容の調整や就業制限が必要かを判断し、その内容と実施記録を書面で残します。「結果が出た→本人に伝えた→以上」では不十分です。多くの中小企業では、このステップで判断が止まり、事後措置の記録が残されていません。特に有所見者がいる場合は、早めに外部の産業保健資源の活用を検討することで、適切な対応を実現できます。
個人情報としての取り扱いにも注意が必要
健診結果は要配慮個人情報(個人情報保護法)に該当します。結果票を誰でも閲覧できる場所に置いたり、業務上必要のない人に共有したりすることは、個人情報の適切な取り扱いとして問題になります。閲覧権限を限定し、保管場所を施錠するか、電子データであればアクセス制限を設けることを忘れずに対応してください。
管理の仕組みを整える——専任人事がいなくてもできること
専任の人事担当者がいなくても、「仕組み」を先につくっておけば、管理は格段に楽になります。大切なのは属人的な記憶や声かけに頼らず、プロセスを標準化することです。
年間スケジュールと担当者を決める
まず最初に、健診実施の年間スケジュールを確定させます。健診機関との契約・受診期間・未受診者への勧奨期限・結果票回収の締め切りを、カレンダーや社内の管理ツールに登録しておきます。次に、誰が管理するかを明文化します。「総務が担当」「社長が確認」といった曖昧な決め方ではなく、氏名レベルで担当者を決め、引き継ぎができる状態にしておくことが重要です。
受診管理リストをシンプルに運用する
ExcelやGoogleスプレッドシートで、従業員ごとの受診状況を管理するリストをつくります。記録すべき項目は、氏名・受診日・健診機関名・結果受取日・有所見の有無・事後措置の内容・勧奨記録(日時・方法・本人の返答)です。複雑なシステムは不要で、誰でも入力・確認できるシンプルな表があれば十分です。作成後は年度ごとにアーカイブとして保存します。
就業規則への明記が会社を守る
就業規則に「従業員は会社が指定する健康診断を受診する義務がある」と明記しておくことで、受診拒否への対応根拠が明確になります。未受診の場合の対応手順(勧奨→受診指示→懲戒の可能性)も規定しておくと、社員への説明もしやすくなります。就業規則がまだ整備されていない場合や、記載がない場合は早めに見直しを検討してください。
会社の規模・状況別に確認すべきポイント
健康診断の管理体制は、会社の規模や状況によって優先順位が変わります。自社の状況に照らして、今どこに課題があるかを確認してください。
従業員数が10〜30名の場合
この規模では、まず「全員分の受診記録と結果票の保管が整っているか」を確認することから始めます。産業医の選任義務はありませんが、有所見者への事後措置は必要です。地域の産業保健総合支援センター(都道府県ごとに設置)では、無料で産業医の紹介や健診管理の相談を受け付けているため、まずここを活用するのが現実的です。
従業員数が30〜50名に近づいている場合
採用が進んでこの規模になると、管理の仕組みが「なんとなく」から「ルール化」に切り替わらないと破綻しやすくなります。健診管理のフローを文書化し、担当者が変わっても運用できる状態にすることが優先課題です。また、50名到達時には産業医の選任・衛生委員会の設置が義務となるため、そのタイミングを見据えた準備も必要です。
特殊業務がある場合の追加確認
有機溶剤・騒音・粉じんなど、特定の有害業務に従事する社員がいる場合は、一般定期健診とは別に特殊健康診断の実施が義務づけられています(労働安全衛生法第66条第2項・第3項)。特殊健診の種類によっては、結果の保存期間が30年以上になるものもあります。自社の業務内容に特殊健診の対象となる作業が含まれていないかを、都道府県労働局や専門家に確認することをおすすめします。
まとめ
健康診断の実施管理は、「受けさせる」だけでは完結しません。受診勧奨の記録・結果票の5年保管・有所見者への事後措置まで、一連のプロセスを整えることが会社の義務であり、安全配慮義務の履行を証明する根拠になります。専任の人事担当者がいなくても、年間スケジュールの確定・管理リストの整備・就業規則への明記という三つの仕組みをつくることで、管理は大きく安定します。「うちはどこから手をつければいいかわからない」という段階でも、人事の課題を一社で抱え込む必要はありません。ウェルセンス株式会社では、中小企業の健康診断管理を含む人事労務課題を現場に即した形でサポートしています。まずはお気軽にご相談ください。
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