「健康診断の結果票、引き出しにしまったままになっていませんか?」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こんな声をよく聞きます。毎年健康診断は実施しているけれど、結果をどこに保管すべきか、誰が見ていいのか、異常所見が出たらどう対応するのか、実はよくわからないまま何年もやり過ごしてきた、というケースは少なくありません。この記事では、健康診断結果の保管義務と管理方法に関して会社が果たすべき法的義務と実務上のポイントを、専任人事がいない企業でも対応できるよう整理します。
会社に課せられた保管義務の基本
健康診断の結果は、事業者(会社)が「健康診断個人票」として整備し、5年間保存する義務があります。本人に結果を渡したとしても、この義務は消えません。
根拠となる法令
根拠は労働安全衛生法第66条の3および労働安全衛生規則第51条です。事業者は健康診断を実施したら「健康診断個人票」(様式第5号)を作成し、5年間保存しなければなりません。「健康診断を実施した」だけでは義務を果たしたことにはならず、記録の整備・保存がセットで求められています。
「本人に渡したから不要」は最も多い誤解
労働安全衛生法第66条の6では、事業者が労働者に対して健康診断結果を通知することが義務付けられています。しかしこれは「会社の保管義務」とはまったく別の義務です。本人へ結果票を渡した後も、会社は健康診断個人票を5年間保管し続ける必要があります。労働基準監督署の調査でこの点を指摘されるケースがあるため、注意が必要です。
特殊健康診断は保存期間が大幅に延びる
粉じん・有機溶剤・電離放射線などの有害業務に従事する労働者を対象とした特殊健康診断は、保存期間が異なります。有機溶剤や特定化学物質は5年、電離放射線業務は30年、じん肺は7年(転退職後も含め最長40年)など、業務の種類によって法令が細かく定められています。製造業・建設業などに関わる企業は、一般健康診断と特殊健康診断を混同しないよう確認が必要です。
健康診断個人票の作成と保管方法
医療機関から届く結果用紙をそのまま保管することでも実務上は代替できますが、様式第5号の記載要件を満たしていることの確認と、管理体制の整備が必要です。
健康診断個人票に含めるべき情報
健康診断個人票(様式第5号)には、氏名・生年月日・業務の種類・健診実施日・各検査結果・医師の意見などが含まれます。健診機関から届く結果用紙がこの要件を満たしている場合は、そのまま個人票として活用できます。ただし医師の意見欄が空欄のまま放置されているケースが多く、これは義務違反になります。結果を受け取ったら、医師意見欄まで含めて整備されているかを確認してください。
紙・電子データどちらでも保管は可能
保管媒体は紙でも電子データでも法令上は問題ありません。ただし電子保管の場合、「誰でも見られる共有フォルダに入っているだけ」という状態は個人情報管理上のリスクがあります。アクセス権限を設定した専用フォルダに格納し、閲覧できる担当者を限定する運用が必要です。
退職者・長期欠勤者の記録はいつまで保管するか
保管義務の起算点は「健康診断を実施した日」です。退職した場合でも、5年間は記録を保持する必要があります。退職と同時に廃棄するのは義務違反になります。一方で5年を超えた記録については法令上の保管義務は終了しますが、廃棄する場合はシュレッダー処理など適切な方法で行い、記録を残しておくことが望ましいです。
閲覧権限と個人情報の取り扱い
健康診断の結果は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」にあたり、通常の個人情報より厳格な管理が求められます。閲覧できる人を「業務上必要な最小限の者」に限定することが原則です。
要配慮個人情報としての取り扱い
健康情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。これは本人の同意なく第三者に提供することが原則禁止されており、取得・利用・管理において通常の個人情報より高い水準の保護が求められます。また、厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年)でも、健康情報の取り扱いに関する方針の策定や、担当者の限定、利用目的の明確化が求められています。
「誰が見ていいか」の判断基準
実務上の判断基準として、以下の整理が参考になります。
| 閲覧対象者 | 閲覧の可否 | 留意点 |
|---|---|---|
| 人事担当者(管理担当) | 原則可 | 業務上必要な範囲に限る |
| 経営者・社長 | 条件付き可 | 管理規程で役割を明確にする |
| 直属の上司・管理職 | 原則不可 | 就業措置に必要な情報のみ伝達可 |
| 他の社員・同僚 | 不可 | 目的外利用・漏えいリスクあり |
特に中小企業では「人事=社長」というケースも多く、社員が「社長には知られたくない」と感じる場合もあります。管理規程や運用ルールで閲覧範囲を明文化し、担当者が恣意的に情報を共有できない仕組みを整えることが重要です。
上司への情報共有はどこまで許されるか
就業上の措置(業務負荷の軽減、業務内容の変更など)を実施する際に、管理職が一定の情報を知る必要が生じる場合があります。この場合も、「診断結果そのもの」ではなく「どのような配慮が必要か」という形で情報を限定して伝えることが原則です。「要観察」「要治療」という具体的な診断内容を上司に丸ごと共有することは、原則として行うべきではありません。
異常所見が出たときの会社の対応義務
異常所見があった社員については、「様子を見る」という対応は義務違反になります。事業者は医師の意見を聴くことが法律で義務付けられており、その意見をもとに就業上の措置を検討しなければなりません。
医師の意見聴取は義務、就業制限は判断の結果
労働安全衛生法第66条の4により、健康診断の結果、異常所見のあった労働者について、事業者は医師の意見を聴かなければなりません。これは「異常所見=即就業禁止」ではなく、「医師に意見を聴くこと自体が義務」という意味です。本人が「大丈夫です」と言っている場合でも、医師への意見聴取を省略することはできません。
また同法第66条の5では、医師の意見に基づき、就業場所の変更・作業の転換・労働時間の短縮・深夜業の回数低減などの措置を講ずることが事業者に求められています。
産業医がいない50名未満の企業はどうするか
産業医の選任義務は常時50名以上の事業場に課せられているため、50名未満の企業には選任義務がありません。しかし医師の意見聴取義務は事業規模にかかわらず適用されます。実務的には、外部リソースとして地域産業保健センターやスポット産業医サービスを活用することで、小規模企業でも適切な対応が可能です。
- 地域産業保健センター(産業保健総合支援センター経由)の活用:無料で産業医相談を受けられる窓口が各都道府県に設置されています
- スポット産業医サービスの活用:必要に応じて外部産業医から医師意見を取得する選択肢もあります
- 健診機関の医師への意見依頼:健康診断を実施した医療機関に、意見書の作成を依頼する方法もあります
- かかりつけ医への照会:本人の同意を得た上で、主治医に就業上の配慮について意見を求めることも可能です
対応しないことが最大のリスク
異常所見を把握しながら何も対応しなかった場合、労働契約法第5条が定める安全配慮義務違反として損害賠償を求められるリスクがあります。「知っていたのに対応しなかった」という事実が最も企業にとって不利な状況です。医師の意見を聴いた記録、その後の措置の内容と経緯を残しておくことが、万一のトラブル時に企業を守る証拠になります。
管理規程の整備と運用のポイント
健康診断結果の管理は、ルールを文書化して組織として運用することが重要です。「担当者が変わったら管理が崩れた」という属人化を防ぐために、管理規程の整備が有効です。
管理規程に盛り込むべき項目
健康診断結果の管理規程には、少なくとも次の内容を含めることが推奨されます。健康診断の実施スケジュールと対象者の定義、個人票の作成・保管方法(紙または電子)、閲覧権限者の範囲と手続き、異常所見が出た際の対応フロー(医師意見聴取→措置検討→記録)、保管期間と廃棄方法、そして退職者の記録の取り扱いです。これらを就業規則や別規程として文書化しておくことで、担当者が変わっても一定の対応品質を保てます。
従業員規模別・産業医の有無による対応の違い
自社の状況によって、対応の優先順位は変わります。従業員が50名未満で産業医がいない企業は、まず地域産業保健センターへの連絡先を確認し、異常所見時の相談ルートを確保することが最初の一歩です。一方、50名以上で産業医が選任されている企業は、健診結果の共有フローと医師意見聴取のタイミングを産業医と事前に取り決めておくことが重要です。いずれの規模でも、管理規程がない状態は早急に解消すべきリスクです。
記録を残すことが会社を守る
「言った・言わない」「知っていた・知らなかった」を防ぐために、健診結果の受領日、医師への意見聴取日と内容、講じた措置の内容、本人への通知日などを記録として残すことが重要です。Excelの台帳でも構いません。対応の痕跡を残す習慣が、労務トラブルの際に会社を守る根拠になります。
まとめ
健康診断結果の管理は、「保管義務(5年間)」「個人情報としての厳格な取り扱い」「異常所見時の医師意見聴取義務」という三つの軸で整理できます。本人に結果を渡しただけでは義務を果たしたことにはならず、就業規則や管理規程による明文化と、異常所見への適切な対応フローの構築が求められます。特に産業医がいない50名未満の企業では、地域の産業保健支援リソースを把握しておくことが重要です。
人事だけで判断に迷う場面が出てきたら、外部の専門家に頼ることも重要な経営判断です。ウェルセンス株式会社では、健康診断結果の管理体制整備から異常所見への対応までワンストップでサポートしています。「引き出しにしまうだけ」の管理から脱却し、万一のトラブルに備えた体制を整えることが、会社と従業員双方を守ることにつながります。ご質問やご不安なことがあれば、お気軽にご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


