「休職者が出たけど、給与はどうすればいい?」——そんな疑問を抱えながらも、調べる時間もなく対応を後回しにしている担当者は少なくありません。休職中の賃金処理は法律・社会保険・就業規則が複雑に絡み合い、判断を誤ると会社・従業員の双方にとって大きなトラブルになりかねない領域です。この記事では、休職中の給与の基本から傷病手当金・社会保険料の処理まで、実務上の疑問をまとめて整理します。
休職中の給与は「払わなくていい」が原則
法律上の支払い義務はない
業務外の病気や怪我(私傷病)による休職の場合、労働基準法には賃金支払いを義務づける規定はありません。つまり、会社は原則として休職中の給与を支払わなくてよい、というのが法律上の立場です。
ただし「原則無給でOK」だからといって、何も決めずに「休んでいる間は給与ゼロ」と口頭で伝えるだけでは不十分です。就業規則に休職制度の定めがない場合、休職ではなく「欠勤」として扱われ、最悪のケースでは解雇トラブルに発展するリスクがあります。
就業規則の規定が最優先される
就業規則に「休職期間中は有給とする」と定めている場合は、その規定が優先されます。反対に「無給とする」と明記していれば無給で問題ありません。よくある設計は、最初の一定期間(例:1〜3ヶ月)は有給、それ以降は無給、という段階的な移行です。
中小企業の場合、就業規則に休職規定が存在しなかったり、「休職できる」とだけ書いてあって賃金の扱いが記載されていないケースが目立ちます。休職者が出て初めて規定の不備に気づくことがないよう、事前の整備が重要です。
有給休暇の消化はどうする?
休職に入る前に、本人が残っている有給休暇を使いたいと申し出るケースがあります。有給休暇は労働者の権利であるため、原則として会社は取得を拒むことができません。有給消化中は通常の給与が支払われます。
ただし、有給休暇の消化タイミングは後述する傷病手当金の受給に影響するため、単純に「好きなタイミングで使ってください」と案内するだけでは不十分です。このあたりの設計については次の章で詳しく説明します。
傷病手当金の仕組みと会社がすべき手続き
傷病手当金とは何か
傷病手当金は、健康保険の制度で、業務外の傷病により働けない間の生活を保障するために支給される給付金です。会社が支払うものではなく、加入している健康保険組合または協会けんぽから支払われます。
主な支給要件は次のとおりです。業務外の傷病であること、療養中であること、連続して3日間仕事を休んでいること(これを「待期期間」といいます)、そして4日目以降も就労できない状態であること——の4点です。支給額は標準報酬日額のおよそ3分の2で、支給期間は同一の傷病について通算1年6ヶ月です(2022年1月の改正により、途中で復職した期間は支給期間としてカウントされない通算制に変更されました)。
有給休暇と傷病手当金の関係を整理する
ここが多くの担当者が混乱するポイントです。有給休暇を取得している期間中は給与が全額支払われるため、傷病手当金は支給されません。一方で、待期期間(連続3日間)には有給休暇を充当することができます。
実務でよく使われるフローを示すと次のようになります。まず最初に、欠勤開始日から3日間の待期期間を設定します。このとき有給を充当するか欠勤扱いにするかは会社・本人の方針次第です。次に、有給休暇が残っていれば本人の希望に応じて消化します。そして有給が尽きたタイミングで休職命令を発令し、傷病手当金の受給申請を開始します。
たとえば有給残日数が10日ある場合、待期3日+有給10日の消化後に傷病手当金の受給が始まるため、傷病手当金の開始まで約2週間のタイムラグが生じます。本人にとってもこの空白期間の資金計画は重要になるため、早めに案内することが親切です。
会社が行う手続きの実務
傷病手当金の申請は従業員本人が行いますが、申請書類には会社が「労務不能と認めた期間」「給与支払いの有無」などを証明する欄があります。担当者はこの証明欄に記載・押印して従業員に返却する必要があります。
申請のタイミングは、受給開始後に月単位でまとめて申請するケースが一般的です。書類の様式は協会けんぽや健康保険組合のウェブサイトからダウンロードできます。初めて対応する場合は、加入先の健保に電話で確認しながら進めるとスムーズです。
休職中の社会保険料・住民税はどう処理するか
社会保険料は休職中も発生し続ける
健康保険・厚生年金の被保険者資格は、休職中も継続します。そのため保険料は毎月発生しますが、給与がないため給与から天引きすることができません。この場合、会社側と本人側それぞれの負担分を合わせた金額を、本人から直接徴収する必要があります。
徴収方法としては、毎月指定口座への振込をお願いする方法や、休職前に数ヶ月分を前払いしてもらう方法などがあります。どの方法をとるにしても、休職開始前に本人と文書で取り決めておくことが後々のトラブル防止につながります。
なお、育児休業・介護休業中は社会保険料の免除制度がありますが、私傷病による休職にはそのような免除制度はありません。混同しないよう注意が必要です。
未払いリスクへの備えも忘れずに
休職が長期化すると、保険料の支払いが滞るケースもあります。傷病手当金の受給額は給与の3分の2程度であり、そこから保険料・住民税を支払うと手元に残る金額は限られます。本人の経済状況が厳しくなる前に、支払いが難しい場合の対応方法(分割や会社立替後の給与復帰時精算など)を事前に話し合っておくことが重要です。
住民税の特別徴収から普通徴収への切り替え
住民税は通常、給与から天引きする「特別徴収」の方法で納付されます。しかし給与支払いがない月が続く場合は、市区町村に「給与支払報告・特別徴収に係る給与所得者異動届出書」を提出し、本人が自分で納付する「普通徴収」に切り替える手続きが必要です。
この切り替えを忘れると、翌月以降に大量の未払い住民税がまとめて発生するという事態になりかねません。休職開始が決まった時点で速やかに市区町村に連絡するようにしましょう。
休職が長引いたとき・復職時の賃金処理
リハビリ出勤中の賃金設定
復職後すぐにフルタイム勤務に戻れないケースでは、短時間・軽作業から始める「リハビリ出勤(試し出勤)」を設ける企業が増えています。この期間中の賃金については、就業規則または本人との個別合意で設定することが望ましく、実働時間に応じた賃金を支払う方法が一般的です。最低賃金を下回らないよう注意が必要です。
なお、リハビリ出勤中も傷病手当金を受給していた場合、就労したことで「労務不能」の要件を満たさなくなり、傷病手当金が支給停止になる可能性があります。本人が不利益を被らないよう、事前に健保へ確認しておくことを強く勧めます。
傷病手当金の受給期間が終了した後の対応
傷病手当金は通算1年6ヶ月が上限です。受給期間が終了した後も就労できない状態が続く場合、障害年金の受給可能性について本人に案内することが会社としての配慮になります。申請は本人自身が行うものですが、「そういった制度がある」という情報提供は重要です。
休職期間満了退職時の精算処理
就業規則に定めた休職期間が満了しても復職できない場合は、自動的に退職となる「期間満了退職」の扱いになるケースが多いです。この際、未払いの社会保険料がある場合は最終給与や退職金から精算するか、本人に請求する必要があります。また、雇用保険の離職票発行も必要で、この場合「特定理由離職者」として扱われる可能性があるため、離職票の記載内容は慎重に確認してください。
中小企業が今すぐ整備すべき休職規定のポイント
最低限盛り込みたい規定の内容
休職規定がない・あいまいな中小企業が最初に整備すべき内容は次のとおりです。休職の適用要件(何日以上の欠勤で休職命令を出すか)、休職期間の上限(勤続年数に応じて設定するのが一般的)、休職中の賃金の扱い(有給か無給か・段階的移行の設定)、社会保険料の徴収方法、復職要件と手続き、そして期間満了退職の規定——これらを最低限明記しておくことが必要です。
「就業規則がない」「10人未満だから関係ない」は危険な誤解
常時10人未満の事業場は就業規則の作成・届出が法的に義務づけられていませんが、ルールがない状態でのトラブルはすべて個別交渉になります。休職者が出たときに「会社に規定がない」という状況は、労使双方にとって混乱を招くだけです。規模に関わらず、休職制度の骨格はあらかじめ文書化しておくことを強く勧めます。
賃金処理フローを社内で共有しておく
休職者が発生した際に慌てないためには、誰が何をいつやるかをチェックリストとしてまとめておくことが有効です。「休職命令発令」「健保への連絡」「傷病手当金書類の準備」「住民税の切り替え届出」「社会保険料の徴収方法の確認」——これらの対応を初動でもれなく実行できる体制が、中小企業の人事担当者には求められます。
まとめ
休職中の給与は、法律上の支払い義務はなく、就業規則の規定が最優先されます。傷病手当金は健康保険から支給される制度であり、有給休暇の消化タイミングとの連動を正しく設計することが従業員の生活保護につながります。社会保険料・住民税は休職中も発生し続けるため、徴収方法と手続きを休職開始前に本人と取り決めておくことが重要です。そして最も根本的な対策は、こうした処理の前提となる「休職規定」をあらかじめ就業規則に整備しておくことです。
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よくある質問
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