「4月になると採用対応・新人研修・年度末処理が重なって、昇給査定をじっくり考える余裕がない」——多くの中小企業の経営者・人事担当者が感じているリアルな悩みです。しかし昇給を4月に行わなければならない法的な義務はなく、昇給タイミングを4月以外に設計し直すことは十分可能です。この記事では、昇給タイミングを変更する際の法的手続き、設計上の注意点、社員説明まで、実務レベルで解説します。
昇給を4月以外にすることは法律上問題ない
結論から言えば、昇給時期は法律で「4月」と定められていません。4月昇給は日本企業の慣行であり、自社の就業規則や雇用契約書の内容次第で自由に変更できます。
「4月昇給」の根拠はどこにあるか
労働基準法・最低賃金法ともに、昇給の実施時期を特定の月に限定する規定は存在しません。多くの企業が4月に昇給を行うのは、日本の年度更新・新卒採用サイクルに合わせた慣行が定着しているためです。法律ではなく「会社が決めたルール」として昇給時期が4月になっているケースがほとんどです。
就業規則・雇用契約書の記載を確認する
ただし、自社の就業規則や雇用契約書に「毎年4月に昇給を行う」と明記されている場合は、その記載に拘束力が生じます。昇給タイミングを変更する際は就業規則の改定手続きが必要になりますし、個別の雇用契約書にも昇給時期が書かれている場合は、原則として本人の同意が必要です。まず手元の書類を確認することが最初の一歩です。
常時10人以上の事業場では届出が必要
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の「賃金に関する事項」(相対的必要記載事項)の変更が必要になります。具体的には、過半数労働者代表からの意見聴取、就業規則変更届の作成、労働基準監督署への届出、そして社員への周知という流れが求められます(労働基準法第89条・第90条)。9人以下の事業場であっても、就業規則を備えている場合は同様の変更手続きを踏むことが望ましいです。
不利益変更に当たるかどうかの見極め方
昇給タイミングの変更が「不利益変更」に該当するかどうかは、タイミングをずらすことで特定の期間の賃金水準が実質的に下がるかどうかで判断されます。
金額が変わらなければ原則として不利益変更にはならない
昇給するタイミングのみを変更し、昇給額自体は従来と変わらない場合、「賃金の実質的な減少」には当たりにくいと考えられます。たとえば4月昇給から10月昇給に切り替えても、年間の昇給額が同額であれば、不利益変更と判断されるリスクは低くなります。
変更初年度の「昇給遅延」に経過措置が必要
注意が必要なのは変更した最初の年です。「毎年4月昇給」を「毎年10月昇給」に変更した場合、変更後の最初の10月まで昇給がなければ、従来4月に受け取るはずだった昇給が半年遅延します。これは「タイミングの変更」ではなく「実質的な賃金の後退」と受け取られる可能性があります。経過措置として、変更初年度は4月と10月の両方で査定を行う、または変更初年度の10月昇給額を例年より厚めに設定するなどの設計が有効です。
社員の同意取得と丁寧な説明が信頼のカギ
変更が不利益変更に当たらない場合でも、社員が「会社が何か不都合なことをしようとしている」と感じるリスクはゼロではありません。就業規則の変更は法的に届出と周知が必要ですが(労働基準法第106条)、それ以上に「なぜ変えるのか」「社員にとってどんなメリットがあるか」を言葉で伝えることが不信感の予防につながります。
4月以外の昇給タイミング、現実的な選択肢
自社の規模・採用スタイル・業務サイクルに応じて、昇給タイミングは複数の選択肢から検討できます。それぞれのメリットと注意点を整理します。
| 昇給タイミング | 主なメリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 10月(半期評価と連動) | 上半期の評価を反映しやすい。4月の繁忙を回避できる。 | 社会保険の随時改定(月変)発生月が変わるため、社会保険担当者との連携が必要。 |
| 入社月・誕生月(個人別) | 中途採用者に対して公平感が高い。個人の評価を丁寧に行える。 | 管理工数が大幅に増加。20〜50名規模でも運用負荷が高くなりやすい。 |
| 事業年度に合わせた月(例:7月・1月) | 期末評価と昇給を連動させやすい。 | 社員に「なぜこの月?」という疑問が生じやすく、説明設計が重要。 |
20〜50名規模の企業に現実的なのは10月昇給
専任人事がいない中小企業にとって、個人別の入社月・誕生月昇給は管理コストが高く、運用ミスのリスクも伴います。現実的な選択肢として最も導入しやすいのは10月昇給です。上半期(4月〜9月)の評価結果を反映した形で昇給できるため、評価制度との連動性も高く、管理もシンプルです。
中途採用が多い企業では入社月昇給も選択肢に
4月一斉昇給の場合、前年10月入社の社員は半年で昇給対象になる一方、5月入社の社員は約11か月待つことになります。中途採用の比率が高い企業では、このズレによる不公平感が顕在化しやすいです。入社月昇給は公平性が高い反面、管理工数が増えます。導入する場合は人事管理システムの活用や、担当者間での確認ルールの整備が必須です。
社会保険への影響は必ず確認する
昇給により固定的賃金が変動した月から3か月の平均標準報酬月額が現在の等級と2等級以上差が生じた場合、随時改定(月変)が発生します。昇給月を10月に変更すれば、月変の発生時期も変わります。社会保険労務士や社会保険担当者と変更前に必ず確認するようにしてください。
就業規則変更の具体的な進め方
昇給タイミングを変更する際は、就業規則の改定と社員への周知が法的に必要です。手続きの流れを把握しておくことで、抜け漏れを防げます。
変更の流れを把握する
就業規則変更の基本的な流れは次のとおりです。
- 現行の就業規則の「賃金に関する事項」を改定する
- 過半数労働者代表(または過半数組合)から意見を聴取し、意見書を作成する
- 就業規則変更届とともに所轄の労働基準監督署に届け出る
- 社員への周知を行う(社内掲示・イントラ掲示・書面交付のいずれかが必要)
周知をせずに変更しても、その条項を労働者に対して主張できないリスクがある点に注意が必要です。
雇用契約書にも昇給時期が記載されている場合
就業規則だけでなく、個別の雇用契約書に昇給時期が明記されている場合は、変更に際して本人の同意が原則として必要です。既存社員の雇用契約書を一通り確認したうえで、必要に応じて変更合意書を取り交わすことを検討してください。
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社員への説明をどう設計するか
変更が「賃金の実質的な減少ではない」と法的に整理できても、社員が納得しなければ信頼関係に傷がつきます。説明の設計が変更の成否を左右します。
「なぜ変えるのか」を先に伝える
社員が最も不安に感じるのは「理由がわからない」ことです。「4月は採用・新人対応が集中するため、一人ひとりの評価に十分な時間を割けていなかった。社員の頑張りをより正確に反映させるために昇給タイミングを変更する」という説明は、変更の目的が社員にとってのメリットにつながることを示す有効な伝え方です。
経過措置の内容も一緒に説明する
変更初年度に昇給が遅延する設計になっている場合は、その経過措置を明示することが不信感の予防になります。「変更初年度は4月にも簡易査定を行い、10月に通常査定と合算する」など具体的な対応策をセットで伝えることで、「損をさせられる」という受け取り方を防げます。
説明の場と記録を残す
口頭説明だけでなく、変更の「理由・内容・時期・経過措置」を書面や社内メールで残すことが重要です。特に既存社員に対しては、全体説明会や個別面談を組み合わせることで、疑問や不安に直接答える機会を設けると、納得感が高まります。後から「聞いていない」というトラブルを防ぐためにも、配布した書面や説明会の議事録は保管しておきましょう。
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まとめ
昇給タイミングを4月以外に変更することは、法律上まったく問題ありません。ただし、以下の3点が設計の核心です。
- 就業規則の改定・届出・周知という手続きを正しく踏むこと
- 変更初年度の昇給遅延に経過措置を設けること
- 社員に「なぜ変えるのか」を丁寧に説明すること
特に専任人事がいない中小企業では、手続きの抜け漏れや社員対応のコミュニケーション設計が難しいケースも多くあります。
ウェルセンス株式会社では、就業規則の変更対応から社員説明の設計、評価・賃金制度の整備まで、20〜50名規模の成長企業を対象に伴走支援を行っています。「昇給タイミングの変更を検討しているが、どこから手をつければいいかわからない」「法的に問題ないか確認したい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
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