入社後に秘密保持誓約書を取る際の進め方と注意点

入社後に秘密保持誓約書を取る際の進め方と注意点 労務管理
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「そういえば、あの社員から秘密保持誓約書を取っていなかった」——退職者が出たタイミング、あるいは情報漏洩のトラブルが起きたとき、はじめてそう気づくことがあります。採用が続いた時期に手続きが追いつかなかった、人事担当が不在だったなど、理由はさまざまです。「今さら秘密保持誓約書を求めて大丈夫なのか」「拒否されたらどうする?」という不安をお持ちの方に向けて、入社後に秘密保持誓約書を取り直す際の法的な考え方と、現場での進め方を整理します。

入社後に署名を求めても法的に有効か

結論からいえば、入社後に取得した秘密保持誓約書も、双方の合意がある限り有効な契約として成立します。契約の成立に「入社と同時でなければならない」という時期の制限はありません。

後から取得した誓約書が有効とされる根拠

民法上の契約は、申込みと承諾があれば成立します。入社後であっても、会社が「秘密保持義務を負ってほしい」と申し込み、従業員がそれに合意して署名すれば、契約として効力を持ちます。裁判例においても、入社後に締結した秘密保持誓約書の有効性を否定したものは見当たりません。「取り忘れたから無効」ということはないと考えてよいでしょう。

有効性をより確かにするタイミングとは

対価(新たな利益)と引き換えに締結すると、誓約書の有効性はさらに補強されます。たとえば昇給・昇格・新たな職責の付与・機密情報へのアクセス権限の付与といった機会に合わせて署名を求めるのが理想的です。「何かを受け取る代わりに義務を負う」という構図が明確になるためです。ただし、対価がない場合でも、就業規則に誓約書提出義務が明記されていれば業務上の合理的な根拠として機能します。

誓約書がなくても保護される場合がある

不正競争防止法第2条第6項に規定する「営業秘密」に該当する情報は、誓約書の有無にかかわらず法的保護の対象になります。営業秘密として認められるには、秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たす必要があります。なかでも「秘密として管理されていること(秘密管理性)」が重要で、誓約書・情報管理規程・アクセス制限といった管理措置の存在が、万一のトラブル時の重要な証拠になります。誓約書はその管理実態を示す有力な一手です。

既存社員への誓約書取得をためらわずに進める方法

古参社員や幹部社員に「今さら書類を求めるのは気まずい」と感じるのは当然です。しかし、丁寧な説明と適切な場の設定で、多くのケースは円滑に進みます。

「会社全体の整備」として伝える

個人を指名して求めるのではなく、「情報管理体制を全社で整備することにしました」という文脈で全員に対して一斉に進めると、心理的なハードルが下がります。「あなただけに求めている」という印象を与えないことがポイントです。社内メールや朝礼等で「情報セキュリティの強化に取り組んでいます。従業員全員に誓約書への署名をお願いします」と周知したうえで、書面を配布するとスムーズです。

誓約書の内容を事前に共有し、疑問に答える

署名を求める前に、誓約書の内容を見せて「これはどういう義務を負うものか」を説明する機会を設けましょう。特に「何が秘密情報に当たるのか」が曖昧なまま署名を求めると不安を感じる従業員が出ます。情報管理規程や就業規則の関連条項と合わせて示し、「秘密情報の範囲はここに書いてある通りです」と説明できると、納得感が高まります。

タイミングを意識して機会をつくる

人事面談・定期評価面談・昇給通知の際など、個別に会話できる機会に誓約書の説明と署名依頼をセットにすると、「業務上の手続き」として自然に受け取ってもらいやすくなります。また、新しい業務システムの導入やリモートワーク制度の整備といった「変化のタイミング」も、情報管理体制を見直す機会として活用できます。

署名を拒否された場合の対応

署名を拒否されたとしても、すぐに懲戒や解雇の根拠にすることは原則できません。ただし、適切な手順を踏めば会社として対応できる余地はあります。

拒否を理由に直ちに解雇することはできない

労働契約法上、解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められます(労働契約法第16条)。秘密保持誓約書への署名拒否だけを理由にした解雇は、これらの要件を満たすと判断されるケースは限られます。焦って強行すれば、不当解雇として問題になるリスクがあります。

就業規則に根拠があれば段階的な指導が可能

就業規則に「秘密保持義務を負う」「会社が求める誓約書を提出する義務がある」と明記されていれば、拒否は服務規律違反として注意・指導の対象とすることができます。まず口頭で理由を確認し、次に書面で注意を行い、改善が見られない場合にさらなる対応を検討するという段階的な対応が実務上の基本です。

拒否の理由を聞いて内容を調整することが現実的な解決策

拒否の背景には「誓約書の範囲が広すぎる」「自分の副業に影響するか不安」「会社を信頼していない」など、さまざまな理由があります。丁寧に理由を聞き、誓約書の文言を修正したり、疑問に答えたりすることで合意に至ることが少なくありません。強引に進めると関係が悪化し、むしろリスクが高まります。修正に応じた内容で署名をもらうほうが、合意なく進めるよりもはるかに実効性があります。

誓約書・就業規則・情報管理規程の役割の違いと組み合わせ方

秘密保持誓約書だけで情報管理が完結するわけではありません。就業規則・情報管理規程と三点セットで整備することが、実務上の理想です。

それぞれの役割を理解する

書類・規程 役割 単独で不十分な理由
就業規則の秘密保持条項 全従業員に適用される共通ルールの根拠 「本人が読んで合意した」という個別証拠が弱い
個別秘密保持誓約書 個人との合意を書面で明確化する 「何が秘密か」の定義・管理方法が含まれないことが多い
情報管理規程(情報セキュリティポリシー) 秘密情報の範囲・管理方法・違反時の対応を明確化する 規程だけでは個人との合意の証拠にならない

「就業規則に書いてあれば誓約書は不要」は誤り

就業規則は全員に適用されるルールですが、「本人がそれを読んで理解し、個別に合意した」という証拠にはなりません。退職後に元社員が情報を持ち出した際に、「服務規律は知っていたか」「合意していたか」が争点になることがあります。その際、個別の秘密保持誓約書があるかどうかで、会社側が主張を裏付けられる強度が大きく変わります。

三点セットで整備するメリット

就業規則に誓約書提出義務を規定し、個別誓約書で個人の合意を取り、情報管理規程で「何が秘密で、どう管理し、違反したらどうなるか」を明示する——この三点が揃うことで、不正競争防止法上の「秘密管理性」の要件も満たしやすくなり、万一のトラブル時に法的手段を取る際の証拠力が高まります。中小企業の場合、まず誓約書から整備を始め、次に就業規則の確認・修正、その後に情報管理規程の整備という順序で進めるのが現実的です。

誓約書の文書として最低限盛り込むべき内容

秘密保持誓約書の効力は、その内容の具体性にも左右されます。曖昧な文言では、トラブル時に「何が違反だったのか」の立証が難しくなります。

秘密情報の範囲を明確に定義する

「業務上知り得た情報全般」といった曖昧な表現では、いざというときに何が対象だったかが争われます。顧客情報・取引先情報・価格情報・製品開発情報・人事情報など、自社の業態に合わせて具体的に列挙することが重要です。また、「会社が秘密と指定した情報」という表現を加えておくと、新たに発生した情報にも対応しやすくなります。

義務の期間と退職後の扱いを明記する

在職中だけでなく、退職後も守秘義務が続くことを明記します。期間は「退職後〇年間」と具体的に定めることが多く、裁判例では2〜3年の設定が多く見られます。また、競業他社への転職を制限する「競業避止義務」とは別の規定であることを意識して整理しましょう。競業避止義務は職業選択の自由との関係で有効範囲が限られますが、守秘義務は比較的広く認められる傾向があります。

違反した場合の対応について触れる

「秘密情報を漏洩した場合は損害賠償の責任を負う」「会社の指示に従い速やかに情報を返却・削除する」といった条項があると、違反抑止の効果が高まります。ただし、罰則的な条項は実務上の実効性と法的な相当性を考慮して設計する必要があります。弁護士や社労士のレビューを受けることをお勧めします。

まとめ

入社後に秘密保持誓約書を取得することは法的に有効であり、「取り忘れたから意味がない」ということはありません。既存社員への対応は「全社整備」として一斉に進めるのが最も摩擦が少ない方法です。署名を拒否された場合はすぐに強制的な対応には移らず、理由を確認し、内容の調整や段階的な指導を経て合意を目指しましょう。また、誓約書は就業規則・情報管理規程と三点セットで整備することで、初めて実効性のある情報管理体制になります。

「誓約書ができていない社員がいる」「就業規則の内容が古いかもしれない」と感じたら、まず現状の棚卸しから始めることをお勧めします。ウェルセンス株式会社では、人事労務体制の整備についてのご相談をお受けしています。就業規則の見直し・秘密保持誓約書の整備・情報管理規程の策定など、専任人事がいない企業の実情に合わせた形でご支援します。「何から手をつけてよいかわからない」という段階からでも、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 入社して数年経つ社員に今から秘密保持誓約書を求めることはできますか?

A. はい、可能です。入社からの年数に関係なく、双方の合意があれば秘密保持誓約書は有効に成立します。「今さら」と感じるのは心理的なハードルであって、法的な障壁ではありません。就業規則に誓約書提出義務の規定がある場合は、業務上の根拠としても活用できます。昇給・昇格・人事面談などのタイミングに合わせて進めるとスムーズです。

Q. 従業員が署名を拒否した場合、解雇することはできますか?

A. 署名拒否のみを理由とした解雇は、労働契約法第16条が定める「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を満たすことが難しく、リスクが高い対応です。就業規則に誓約書提出義務が明記されている場合は服務規律違反として段階的に指導することができますが、いきなり解雇に踏み切るのは避け、まず拒否の理由を確認して内容の調整や説明で合意を目指すことが実務上の現実的な対応です。

Q. 就業規則に秘密保持条項がある場合、個別の秘密保持誓約書は不要ですか?

A. 就業規則だけでは不十分です。就業規則の秘密保持条項は全従業員に適用されますが、「本人が内容を理解し個別に合意した」という証拠にはなりません。退職後トラブルが生じた際、個別の誓約書があるかどうかで会社側の立証力が大きく変わります。就業規則・個別誓約書・情報管理規程の三点セットで整備することが理想です。

Q. 秘密保持誓約書がなくても情報漏洩に対して法的に対処できますか?

A. 不正競争防止法上の「営業秘密」(秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たすもの)に該当する情報は、誓約書がなくても保護を受けられる場合があります。ただし、「秘密として管理されていた」という実態の証明が必要であり、誓約書・アクセス制限・情報管理規程などの管理措置の有無が重要な判断要素になります。秘密保持誓約書はその管理実態を示す有力な証拠になるため、整備しておくことが望ましいです。

Q. 秘密保持誓約書の守秘義務は退職後も有効ですか?

A. 誓約書に退職後の守秘義務条項が含まれていれば、退職後も有効です。期間は「退職後〇年間」と明示することが多く、裁判例では2〜3年の設定が見られます。ただし、競業他社への転職を制限する「競業避止義務」は、職業選択の自由との関係で有効範囲が限られます。守秘義務と競業避止義務は別の規定として整理し、有効性を高める設計が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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