「副業はOKにしたけど、もし副業先でケガをされたら、うちの会社も何か責任を負うんだろうか——」。副業解禁の流れに乗って社員の副業を認めたものの、いざトラブルが起きたときの会社側の義務範囲がわからない、という経営者・兼務人事担当者は少なくありません。本記事では、副業先での業務災害と本業会社の安全配慮義務の関係を整理し、副業規程や就業規則に何を書けばリスクを適切に管理できるかを、実務レベルで解説します。
「副業先のことだから関係ない」は通じない理由
副業先での業務中のケガに対して、本業会社が直接、労災補償責任を負うことは通常ありません。しかし、「本業での健康管理をどこまでやっていたか」という観点から、安全配慮義務違反を問われるリスクは残ります。
安全配慮義務は雇用関係がある限り続く
労働契約法第5条は、使用者に対して「労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をする義務」を課しています。この義務は、本業の雇用契約関係がある限り、副業の有無にかかわらず継続します。たとえば、社員が副業先での長時間労働で過重な状態にあるとき、本業会社がその状況を把握できていたにもかかわらず何も対応しなかった場合、「安全配慮義務を怠った」と評価される余地が生じます。
労働時間の通算ルールが義務を生む
労働基準法第38条は、複数の事業場で働く場合に労働時間を通算すると定めています。本業で所定内労働をこなし、さらに副業先でも相当の時間働いていれば、合計として法定労働時間(週40時間)を超える状態になりえます。この「実質的な過重労働」の状態を本業会社が「知り得た」にもかかわらず放置していた場合、健康被害との因果関係が問われることがあります。「副業先のことは副業先が管理すればいい」という割り切りは、法の趣旨からすると成り立ちません。
2020年改正労災保険法が問う「本業の関与」
2020年9月の労災保険法改正により、複数事業労働者(本業・副業の両方で働く労働者)に対する特別な給付制度が創設されました。複数業務要因災害・複数事業労働者休業給付などがこれにあたります。この制度では、本業・副業双方の業務負荷を合わせて評価して労災認定が行われるケースがあります。認定の前提として「本業会社が過重労働の状態を把握できる立場にあったか」が検討されるため、本業会社としても無関係ではいられないのです。
副業先でのケガと労災保険、どちらが使われるのか
副業先での業務災害には、原則として副業先(就業先)の労災保険が適用されます。ただし、本業との関連性によって判断が複雑になるケースがあります。
原則は「災害が発生した事業場」の労災
社員が副業先で転倒してケガをした場合、まず副業先の労災保険が適用されます。給付の窓口も副業先が使っている労働保険番号を通じて行われるのが基本です。この点では、本業会社が直接的な補償コストを負担するわけではありません。
複数業務要因災害という新しいカテゴリ
一方、脳・心臓疾患やメンタル不調のように、単一の職場では労災認定の要件を満たさなくても、本業・副業を合算すれば長時間労働の要件を満たすようなケースでは、「複数業務要因災害」として労災認定される可能性があります。この場合、給付額の算定においても本業・副業双方の賃金が合算されます。本業会社にとっては「自分たちの管理の問題も問われる」場面になりうるため、他人事と思わないことが重要です。
「知らなかった」は免責になりにくい
社員が副業の状況を申告していなかったとしても、申告させる仕組み自体を会社が整備していなければ、「知る努力をしなかった」と評価されることがあります。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2018年策定・2022年改定)でも、労働者に副業先の所定労働時間等を申告させることを就業規則等で定めることが推奨されています。規程のない「野放し状態」は、むしろリスクを高めます。
副業規程に最低限盛り込むべき内容
副業規程の整備は、会社の義務範囲を明確にし、トラブル時の対応基準を作るための最低限のリスク管理です。盛り込むべき項目は以下のとおりです。
申請・承認の仕組みを文書化する
口頭や社内チャットでの「副業OK」は、会社として何も管理していないと同義です。副業の開始前に書面(または社内システム)で申請・承認を行うフローを設け、申請時に提出させる情報の範囲を明確にしましょう。最低限、業種・雇用形態・週あたりの就労時間・就労曜日の4点を申告させることが実務上の目安です。
変更・更新申請と報告義務を明記する
副業の内容は変わることがあります。最初は週10時間だったのが、いつの間にか週25時間になっていた——こうしたケースに対応するため、業務内容や労働時間が変わった場合の変更申請を義務づける条項が必要です。また、健康状態が悪化した場合の報告義務も明記しておくと、会社が「知り得た」状況を管理しやすくなります。
禁止・制限事由と停止命令の根拠を持つ
競業避止・守秘義務違反となる副業の禁止、健康状態が著しく悪化した際の副業停止・禁止命令の条項は、会社が適切に介入するための法的根拠になります。この条項がないと、社員の健康が悪化しているにもかかわらず「副業を制限できない」という状況に陥ります。
副業規程の記載例:最低限のひな形イメージ
以下は、副業規程(または就業規則の追加条項)として盛り込むべき主要項目の構成例です。実際の規程化にあたっては社労士等の専門家に確認することを強くお勧めします。
| 条項の種類 | 記載すべき内容のポイント |
|---|---|
| 副業の事前承認 | 副業を行う場合は会社への事前申請・承認を必須とする |
| 申請時の申告事項 | 業種・雇用形態・週あたり就労時間・就労曜日・就業先の概要 |
| 変更・更新申請 | 副業内容や労働時間が変更となった場合、速やかに会社へ申請する |
| 禁止・制限事由 | 競業避止義務・守秘義務に抵触する副業、本業の遂行に支障をきたす副業 |
| 健康上の報告義務 | 副業に起因して健康状態が悪化した場合は速やかに会社へ報告する |
| 会社の停止命令権 | 健康悪化・業務支障・義務違反が認められた場合、会社は副業の停止を命じることができる |
規程の有無による会社のリスク差
専任人事のいない会社では、規程整備が後回しになりがちです。しかし「規程がない状態で副業を許可している」ことは、トラブル発生時に会社の判断基準がまったく存在しない状態を意味します。社員から「聞いていなかった」「制限があるとは知らなかった」と言われても反論できません。数ページの規程を整備するだけで、こうした紛争の芽を相当程度摘むことができます。
従業員規模・産業医の有無による対応の違い
従業員50人以上の事業場では産業医の選任が義務であり、定期健康診断結果を踏まえた就業上の配慮の判断に産業医の意見を活用することができます。副業起因の過重労働が疑われる場合も、産業医への相談フローを副業規程に盛り込むことで対応の質が上がります。一方、50人未満の事業場でも、地域産業保健センターや嘱託産業医との連携を規程上の選択肢として記載しておくことが望ましい対応です。判断に迷った場合は、外部の産業保健専門家に相談する道を規程に明記しておくと、後々のトラブルにも対応しやすくなります。
社員の副業状況を「適切に把握する」実務のバランス
副業の状況を把握することは安全配慮義務の観点から必要ですが、過度な監視は社員の反発を招きます。把握の範囲と方法には合理的な基準が必要です。
申告義務と自己申告の信頼性を組み合わせる
副業先の詳細な業務内容を会社が逐一監視することは現実的ではなく、また社員のプライバシーの観点からも好ましくありません。実務上は「申告義務を課す→申告内容に基づいて労働時間を通算管理する→健康診断や面談で変化を観察する」という流れが現実的なバランスです。申告義務を規程に明記しておくことで、虚偽申告や申告懈怠があった場合に「会社として把握できなかった」という事実を示しやすくなります。
体調変化のサインを見逃さない仕組みをつくる
副業による過重労働は、本業での遅刻・欠勤の増加、業務パフォーマンスの低下、顔色や様子の変化として現れることがあります。上長による定期的な1on1ミーティングや、年1回の定期健康診断後のフォローアップ面談を規程に組み込んでおくと、副業起因の健康悪化を早期に把握するきっかけになります。「知らなかった」ではなく「把握しようとする仕組みがあった」という事実が、万一のときに会社の姿勢を示す根拠になります。
メンタル不調の原因が本業か副業か判断できないときの対応
社員がメンタル不調を訴えた場合、本業の業務量が原因なのか、副業の疲弊が原因なのか、あるいは複合的なものかを切り分けることは容易ではありません。こうした状況では、原因の特定よりも「現時点の健康状態への対応」を優先する姿勢が大切です。副業規程に「健康状態が悪化した場合は副業を停止させることができる」という条項があれば、原因の断定を待たずに会社として適切な介入ができます。原因分析は医師や産業保健の専門家を交えて、落ち着いて進めることをお勧めします。
まとめ
副業先での業務災害は、原則として副業先の労災保険が対応します。しかし本業会社も、安全配慮義務(労働契約法第5条)や労働時間通算ルール(労働基準法第38条)のもと、社員の健康管理に無関係ではいられません。特に2020年の労災保険法改正以降、本業・副業の業務負荷を合算して評価する枠組みが整備されたことで、「副業のことは知らなかった」という立場が通りにくくなっています。会社として取るべき対応は、副業規程を整備して申請・承認フローを文書化すること、労働時間の通算管理と健康状態の把握の仕組みを作ること、そして体調変化があれば副業停止を命じられる根拠条項を持つことの3点です。専任人事がいなくても、これらは社労士などと連携しながら整備できる範囲のものです。
判断に迷ったときや、既に社員のメンタル不調が生じている場合は、一人で抱え込まず外部専門家のサポートを活用することが、早期解決につながります。ウェルセンス株式会社では、中小企業の経営者・兼務人事担当者の方から、副業規程の整備方法や社員のメンタル不調・休職対応に関するご相談をお受けしています。「何から手をつければいいかわからない」という段階でも、ぜひ一度お気軽にご相談ください。
よくある質問
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