社員の業務中事故で問われる使用者責任の防ぎ方

社員の業務中事故で問われる使用者責任の防ぎ方 労務管理
Photo by Oktay Köseoğlu on Pexels

「うちの社員が外回り中に事故を起こした。でも、個人の運転ミスなんだから会社は関係ないよね?」——残念ながら、その認識は法的に危険です。民法第715条(使用者責任)および自動車損害賠償保障法(自賠法)第3条により、業務中の交通事故では会社が損害賠償責任を問われるケースが少なくありません。専任の人事担当者がいない中小企業ほど、規程や保険の整備が後手に回りがちで、気づかないうちに大きなリスクを抱えています。この記事では、使用者責任の判断基準から、社有車・マイカー別の責任範囲、そして今日から着手できる予防策まで、実務に直結する形で解説します。

使用者責任とは何か、会社が負うリスクの全体像

使用者責任とは、従業員(被用者)が業務の執行中に第三者へ損害を与えた場合に、雇用主(使用者)である会社が連帯して賠償責任を負う制度です。「社員が勝手に起こした事故なのに」と感じる経営者は多いですが、法律は「雇って仕事をさせている以上、そのリスクも会社が引き受けるべき」という考え方に立っています。

民法第715条(使用者責任)の三つの要件

民法第715条が適用されるには、次の三つの要件をすべて満たす必要があります。まず雇用関係(使用関係)が存在すること。次に、従業員の行為が「事業の執行について」行われたものであること。そして、従業員の行為が不法行為(過失による事故など)に該当することです。このうち実務上もっとも争いになりやすいのが「事業の執行について」という要件で、裁判所は行為の外形(外から見た様子)が業務執行と判断できれば使用者責任を認める傾向があります(外形標準説)。業務終了後の「ちょっと寄り道」や帰宅途中の事故でも、状況次第で会社の責任が問われた事例があるため、「勤務時間外だから安心」とは言い切れません。

自賠法第3条「運行供用者責任」との関係

交通事故においては、民法の使用者責任に加えて、自動車損害賠償保障法(自賠法)第3条も問題になります。自賠法は「自動車の運行供用者」、すなわち自動車の運行を支配し、かつ運行による利益を享受している者に損害賠償責任を課しています。社有車であれば会社が運行供用者に該当するのはほぼ確実です。さらにマイカーの場合でも、会社が実質的に「運行支配」と「運行利益」を持っていると判断されれば、会社も運行供用者として責任を負う可能性があります。

会社が免責されるケースは極めて限定的

民法第715条には「使用者が被用者の選任・監督について相当の注意をしたとき」は免責されるという規定があります。しかし実際の裁判では、この免責が認められるケースは非常にまれです。「ちゃんと採用面接をした」「口頭で安全運転を指示した」程度では不十分で、会社として組織的・継続的に管理していたことが求められます。「うちは小さい会社だから」という事情は、残念ながら免責の理由にはなりません。

社有車とマイカー、責任範囲はどう違うか

車両の所有形態によって会社の責任の重さや根拠が変わります。ただし「マイカーなら会社は無関係」という考えは誤りで、実態に応じて会社責任が認められるケースがあります。

社有車の場合:原則として会社が責任を負う

会社が所有・管理する社有車を従業員が業務で使用中に事故を起こした場合、会社は自賠法上の運行供用者として原則的に責任を負います。任意保険の加入・管理も会社の義務であり、補償が不十分であれば不足分は会社が直接負担しなければなりません。対人賠償・対物賠償が無制限設定になっているか、更新漏れがないか、定期的に確認する体制が必要です。

マイカーの場合:「黙認」も責任の根拠になる

個人所有の車であっても、会社がマイカー通勤やマイカーによる顧客訪問を「明示的に許可」していた場合はもちろん、「実態を知りながら放置していた(黙示の承認)」場合も、会社が運行供用者と認定されるリスクがあります。最高裁は昭和52年の判決において、マイカーによる通勤途中の事故でも、会社が業務上の必要性からマイカー使用を認め運行から利益を得ていた場合に、会社の責任を認めています。地方や郊外の中小企業では車通勤が事実上必須のケースも多く、「届け出はないけど皆使っている」という状態は特に危険です。

社有車・マイカー別の責任比較

論点 社有車 マイカー(通勤・業務利用)
自賠法上の責任 原則として会社が運行供用者 実態により会社も運行供用者となり得る
民法715条の責任 業務関連性があれば原則あり 明示・黙示の許可があればあり
任意保険の管理 会社が加入・管理 社員個人の加入状況に依存(未加入リスクあり)
主な判断基準 運行管理・保険管理の状況 会社の指示・許可・利益享受の有無

見落としがちな「マイカー通勤リスク」の実態

マイカー通勤は中小企業にとって避けがたい現実ですが、何も手を打たずに認めていると、会社がそのリスクをほぼ丸ごと引き受けることになりかねません。

「黙認状態」が最も危険な理由

書面による承認制度がなく、上司も実態を知っているが何も言っていない——この「黙認状態」が法的には「黙示の許可」と判断される根拠になります。会社として正式に管理していないからこそ、万が一の際に「会社は関知していない」という言い訳が通りにくくなるのです。記録が何もなければ、裁判上は会社に不利な事実認定がなされやすくなります。

任意保険未加入の従業員が引き起こすリスク

マイカー通勤者が任意保険に未加入だったり、補償額が低い保険しか入っていないケースは珍しくありません。社員個人の保険で賄えない損害が発生した場合、不足分の賠償請求が会社に向かう可能性があります。会社として任意保険の加入と補償額(対人・対物ともに無制限が実務上の目安)を確認する仕組みを持っていないと、社員の保険選びの甘さが会社のリスクに直結します。

通勤途中と「業務の執行」の境界線

通勤は一般的に業務の執行には含まれないとされますが、会社の業務上の指示でルートが決まっていたり、途中で荷物を取りに立ち寄ることが常態化していたりすると、業務性が認められる場合があります。「家から直接客先へ」「帰りに会社の書類を届けてから帰宅」といった運用が常態化している場合、通勤と業務の境界が曖昧になりやすいため注意が必要です。

事故が起きる前に整備しておくべき社内制度

使用者責任のリスクを完全にゼロにすることはできませんが、制度整備によってリスクを大幅に低減し、万が一の際の会社の法的立場を守ることができます。専任人事がいない会社でも、優先順位をつけて着手できる対策を紹介します。

マイカー使用に関する社内規程の作成

マイカー通勤や業務でのマイカー使用を認める場合は、必ず書面による申請・承認制度を設けてください。規程には「任意保険への加入義務」「対人・対物の補償額の下限(例:対人・対物ともに無制限)」「免許証の定期確認」「事故発生時の報告義務」などを明記します。承認申請書は毎年更新し、保険証券のコピーを提出させることで、会社が管理責任を果たしていた証拠にもなります。就業規則にマイカー管理規程を追加するか、別規程として整備するかは会社の規模・状況に応じて判断してください。

社有車の運行管理規程と記録の整備

社有車がある場合は、運行管理規程を作成し、運転日報(運転者・目的・走行距離・始業前点検の有無)を記録・保存する仕組みを作りましょう。飲酒・過労・体調不良のある社員に運転をさせないためのチェックシートも有効です。車両台数が少なくても、記録が残っていることが「会社として適切に管理していた」という証明になります。また任意保険の契約内容と更新日を台帳で管理し、補償内容の定期確認を担当者の業務に組み込むことが重要です。

従業員への安全運転教育と記録の保存

「口頭で言った」では証拠として弱く、法的には管理の不在に等しいと判断されることがあります。年に一度でも安全運転に関する注意喚起の文書を配布し、受領サインをもらうか、朝礼記録・メール送付記録などを残すことで、会社が継続的に指導していた実績を作ることができます。大規模な研修でなくても構いません。記録が残っていることが重要です。

事故発生後、会社がとるべき初動対応

事故が起きた直後の対応が、その後の賠償交渉や紛争リスクを大きく左右します。焦って不用意な言動をとると、二次的なリスクを生む可能性があるため、初動フローをあらかじめ整備しておくことが不可欠です。

第一報の受け方と社内報告ルートの確立

事故発生の連絡を受けたら、まず従業員の安否と被害者の状況を確認します。次に、保険会社への速やかな連絡が必要です。多くの任意保険は「事故発生後すみやかに報告」を条件にしており、報告が遅れると保険対応に支障が出る場合があります。社内では「誰が」「何を」「誰に」報告するかを事前に決めておき、上司→経営者→顧問弁護士・社労士への連絡フローを明確にしておくことで、情報の混乱を防げます。

被害者対応で会社がやってはいけないこと

事故直後に会社の担当者が被害者に対して「全額うちが払います」「社員の責任です、会社は関係ない」などと言ってしまうと、後の交渉や法的手続きで会社に不利な状況を作り出すことがあります。被害者への誠意ある対応は必要ですが、賠償額や責任の所在について安易に断言するのは避け、保険会社や専門家が対応する体制を整えてください。

事故後に社員に行ってはいけない対応

事故を起こした社員に対して、感情的な叱責や即日解雇通告を行うことは、別の労働トラブルに発展するリスクがあります。業務命令違反や重大な過失があった場合であっても、懲戒処分は就業規則に定められた手続きに従って行う必要があります。また、事故の詳細をSNS等で社内外に拡散させることも、プライバシー問題や風評被害につながるため禁物です。

まとめ

社員の業務中交通事故における使用者責任は、「社有車か自家用車か」「業務時間中かどうか」だけでは判断できない複雑な問題です。民法第715条(使用者責任)と自賠法第3条(運行供用者責任)のいずれも、中小企業の経営者が想定している以上に広い範囲で会社の責任を問います。特にマイカー通勤・マイカー営業の「黙認状態」は、専任人事がいない会社ほど放置されやすく、事故が起きてから初めてリスクに気づくという事態になりがちです。

対策の優先順位は、まずマイカー使用に関する社内規程の整備、次に社有車の任意保険内容の確認と運行記録の整備、そして事故発生時の初動フローの文書化です。「何から手をつければよいかわからない」「就業規則や規程が古いままになっている」という状況であれば、一人で抱え込まずに専門家に相談することが、会社と社員を守る最短ルートです。ウェルセンス株式会社では、労務リスクの整理から社内規程の見直しまで、中小企業の実情に即したサポートを行っています。現状の課題整理から規程作成支援、事故発生時の対応相談まで、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. マイカー通勤を会社として正式に認めていないのに、事故が起きたら会社の責任になりますか?

A. 書面による承認がなくても、会社が実態を知りながら黙認していた(黙示の許可)と判断される場合は、会社が運行供用者責任を問われる可能性があります。「届け出がないから関係ない」という主張は裁判では通りにくく、実態に基づいて判断されます。

Q. 社有車に任意保険をかけていれば、会社は賠償金を支払わなくてよいですか?

A. 任意保険の補償範囲内であれば保険会社が対応しますが、補償上限を超えた損害額は会社が負担することになります。また保険の報告義務を怠ったり、補償内容が不十分だったりすると、不足分が会社負担になる可能性があります。対人・対物ともに無制限の補償設定が実務上の目安です。

Q. 事故を起こした社員に賠償金の全額を負担させることはできますか?

A. 社員への求償(賠償の肩代わり分を社員に請求すること)自体は民法上可能ですが、裁判所は信義則上、会社が求償できる範囲を損害の一部に限定することが多く、全額を社員に負わせることは認められないケースがほとんどです。事故の状況や会社の管理体制によって異なるため、個別に法的判断が必要です。

Q. 就業規則にマイカーに関する規定がない場合、今からでも整備できますか?

A. はい、今からでも整備できます。マイカー管理規程は就業規則の別規程として作成することが一般的で、常時10人以上の従業員がいる事業場では、就業規則の変更として労働基準監督署への届け出が必要です。10人未満の場合も、規程を作成して従業員に周知することが重要です。社労士などの専門家に依頼すると、自社の実態に合った内容で迅速に整備できます。

Q. 業務終了後の「帰宅中の事故」でも会社の責任になる場合があるのですか?

A. 一般的な通勤(帰宅)は業務の執行には含まれないとされますが、帰宅途中に会社の指示で書類を届ける、日常的に会社の荷物を積んだまま帰宅しているなど、業務と一体となった実態がある場合は「事業の執行について」と判断されることがあります。また、会社の車両や燃料を使用した帰宅の場合は、自賠法上の責任が問われるケースもあります。状況に応じた個別の判断が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました