兼業社員の労災負担をどう判断するかのポイント

兼業社員の労災負担をどう判断するかのポイント 労務管理
Photo by Kampus Production on Pexels

「副業を認めたら、万が一の労災はどうなるの?」——そんな疑問を抱えながら、明確なルールを決めずに副業を黙認している中小企業の経営者・人事担当者は少なくありません。2020年の労災保険法改正により、複数の会社で働く従業員への給付ルールが大きく変わりました。制度を正しく理解しておかないと、労災発生時に会社側が混乱したり、思わぬリスクを抱えたりする可能性があります。この記事では、兼業・副業に関わる労災負担の考え方を、実務に直結する形で整理します。

2020年改正で何が変わったのか

「複数事業労働者」という新しい概念

2020年9月1日に施行された改正労災保険法では、「複数事業労働者」という概念が制度上に明確に位置づけられました。これは、複数の会社に雇用されている労働者を指します。それまでの労災保険制度は、基本的に「1つの会社・1つの雇用関係」を前提として設計されていたため、副業・兼業が広がる現代の働き方に対応しきれていませんでした。

改正の目玉は「複数業務要因災害」の新設です。これは、1つの会社の業務だけでは労災認定基準を満たさないが、複数の会社の業務負荷を合算すると認定要件を満たすケースを、正式に補償対象とした制度です。たとえば、本業で月45時間・副業で月30時間の時間外労働がある場合、本業単独では過労認定の基準(目安として月80時間超)に届かなくても、合算すると75時間となり認定に近づきます。

給付基礎日額の算定方法が変わった

改正前は、労災が発生した会社の賃金だけをもとに「給付基礎日額」(休業補償などの計算基準となる1日当たりの賃金額)を算定していました。改正後は、すべての勤務先の賃金を合算して算定するルールに変わっています。

具体例を挙げると、本業の日額賃金が8,000円、副業の日額賃金が3,000円の従業員が本業中に怪我をした場合、改正前の休業補償は8,000円×80%=6,400円でしたが、改正後は(8,000円+3,000円)×80%=8,800円となります。給付水準が上がることは労働者にとってメリットですが、会社側の保険料負担の仕組み自体は変わっていません。各事業所は自社分の賃金をもとに保険料を拠出する形が維持されています。

「どちらの会社が費用を負担するのか」という誤解

費用を「負担する会社」という概念は存在しない

経営者から「副業先で怪我をしたとき、うちが費用を払うのか」という質問を受けることがあります。しかし、労災保険の仕組みとしては、「どちらの会社が給付費用を負担するか」という概念自体がありません。労災保険の給付は国(労働基準監督署)を通じて行われるものであり、各事業所は自社が支払った保険料に関与するだけです。

つまり、副業先で発生した労災であっても、本業の会社が追加で費用を直接支払うことはありません。逆に、自社で発生した労災に副業先の賃金が合算されて給付額が増えても、その増加分の費用を自社が単独で負担するわけでもありません。制度全体として保険として機能しているため、個々の会社が給付増加分を直接負担するという設計にはなっていないのです。

民事上の損害賠償責任は別問題

ただし、労災保険とは別に「民事上の損害賠償責任」は存在します。安全配慮義務(会社が従業員の健康・安全に配慮する義務)に違反していたと認められた場合、労災保険の給付額を超える損害について、会社が賠償を求められる可能性があります。

たとえば、従業員が過労状態にあることを会社が認識していたにもかかわらず、適切な業務量の調整や面談を行わなかった場合、安全配慮義務違反として訴訟に発展するケースがあります。労災保険でカバーされない慰謝料・逸失利益なども請求対象となりうるため、「保険が下りれば問題ない」という認識は危険です。

メンタルヘルス・過労の労災認定で注意すべきこと

精神障害・脳心臓疾患でも業務負荷が合算される

2020年改正の影響は、怪我(業務災害)だけにとどまりません。精神障害(うつ病・適応障害など)や脳・心臓疾患(脳梗塞・心筋梗塞など)の労災認定においても、複数就業先の業務負荷が合算して評価されるようになっています。

精神障害の労災認定では「心理的負荷の強度」が判断基準になりますが、本業のストレスだけでは「中」程度の評価でも、副業先のストレスと合わせると「強」と判断され、認定に至るケースがあります。特に深夜・早朝の副業と本業を組み合わせて慢性的な睡眠不足になっているような場合は、リスクが高まります。

会社が調査・協力を求められる範囲

労働基準監督署が精神障害や過労の労災申請を審査する際、会社に対して業務内容・労働時間・職場環境などに関する資料提出や事実確認への協力を求めます。自社の業務量が単独では基準未満であっても、「副業先との合算」という観点で審査が進む場合があるため、会社は自社の管理状況を正確に説明できる準備が必要です。

実務上は、タイムカードや勤怠記録の保管状況、ストレスチェックの実施記録、産業医との面談記録などが確認されます。「何も記録がない」という状態は、会社にとって不利な状況を生みかねません。

兼業・副業の届出ルール整備が労災対応の土台になる

「黙認状態」が招くリスク

就業規則に副業規定がなく、実態として黙認しているケースは中小企業に多く見られます。しかし、この状態は労災発生時に複数のリスクを生みます。まず、従業員が副業をしていることを会社が把握できていないため、労基署から「なぜ知らなかったのか」と問われる場面が出てきます。次に、副業先との合算で給付基礎日額が算定される際、自社が賃金情報の提供を求められても適切に対応できない恐れがあります。

「副業を認めないリスク」より「管理できていないリスク」のほうが大きいという視点が重要です。明示的に許可しているほうが、会社として実態を把握でき、過労リスクの管理にもつながります。

届出制・許可制の整備で把握できる情報を増やす

実務的な対応として、まず就業規則に副業・兼業に関する規定(届出制または許可制)を盛り込むことが出発点になります。届出様式には「副業先の会社名・業務内容・週あたりの労働時間の目安」を記入してもらうことで、合算した労働時間の概算を把握できます。

次に、年に一度の定期確認(健康診断の機会や年末調整の時期に合わせるのが現実的です)を制度化することで、入社後に副業を始めた社員の情報も継続的に更新できます。届出の有無を人事データに記録しておくことで、労災発生時の初動がスムーズになります。

労働時間管理と安全衛生管理への応用

副業の届出情報は、労働時間管理にも活用できます。自社の時間外労働に副業先の時間外労働を加算した「合算時間外労働」を把握することで、過労リスクのある従業員を早期に特定できます。法律上、合算労働時間の管理は努力義務の位置づけですが、安全配慮義務の観点からは実質的に重要です。

ストレスチェックや産業医面談の際に「副業の有無・負荷状況」を確認する項目を加えることも有効です。副業でのストレスが本業のパフォーマンス低下やメンタル不調につながっているケースは珍しくなく、早めに面談・業務調整につなげることが、労災発生そのものを防ぐことに直結します。

労災発生時の初動手続きで押さえておくこと

「複数事業労働者」として申請するための確認事項

従業員が複数就業していることがわかっている状態で労災が発生した場合、通常の労災申請様式ではなく「複数事業労働者用」の様式を使用する必要があります。具体的には、休業補償給付であれば「様式第16号の6」が複数事業労働者向けに用意されています。

申請の際には、すべての就業先の賃金情報が必要になります。自社分は当然として、副業先の賃金については労働者本人を通じて情報収集するか、副業先の会社にも協力を求める形になります。事前に副業先の会社名・連絡先を届出で把握しておくことが、この場面で役立ちます。

労基署への報告と社内記録の整備

労災発生時は、原則として「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出する義務があります(4日以上の休業を要する場合は遅滞なく、4日未満であれば四半期ごとに報告)。複数事業労働者の場合であっても、この義務は自社の労災として同様に発生します。

社内の記録として残しておくべきものは、事故発生時の状況報告書、当該従業員の勤怠記録、副業届出書(または不存在の確認記録)、過去のストレスチェック・面談記録などです。これらを整備しておくことで、労基署の調査や万が一の訴訟対応がはるかにスムーズになります。

まとめ

兼業・副業を認めている(または黙認している)会社にとって、2020年の労災保険法改正は見逃せない変化をもたらしました。給付基礎日額の合算、複数業務要因災害の新設、メンタルヘルス・過労認定への影響——これらを正しく理解しておくことが、労災発生時の混乱を防ぐ第一歩です。「費用はどちらの会社が払うのか」という疑問に対しては、保険料の仕組み上、単純にどちらかが負担するものではないことを押さえつつ、民事上の安全配慮義務責任は別途残ることを忘れないようにしましょう。

実務対応の土台として、副業の届出ルール整備・労働時間の把握・安全衛生管理の充実が重要です。「自社で何から手をつければいいかわからない」という場合や、既に兼業社員への対応に課題を感じている場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。就業規則の副業規定整備から、メンタルヘルス面でのリスク管理体制の構築まで、中小企業の実情に合わせたサポートをご提供しています。

よくある質問

Q. 副業先で怪我をした場合、本業の会社が直接費用を負担することはありますか?

A. 労災保険の給付費用については、「どちらの会社が負担するか」という仕組みにはなっていません。各事業所が自社の賃金総額に応じた保険料を納付し、給付は労働基準監督署を通じて行われます。ただし、安全配慮義務違反が認められた場合には、民事上の損害賠償責任として本業の会社が賠償を求められる可能性はあります。

Q. 副業を就業規則で明記していないと、労災発生時に会社側のリスクは高まりますか?

A. はい、リスクは高まります。副業の実態を会社が把握できていない場合、労基署の調査時に説明責任を果たしにくくなるほか、従業員の合算労働時間を管理できず、過労・メンタル不調を見逃した際に安全配慮義務違反を問われやすくなります。届出制・許可制を就業規則に明記し、実態を把握できる体制を整えることをお勧めします。

Q. 給付基礎日額の合算によって、自社が納める労災保険料が増えることはありますか?

A. 保険料の算定方法自体は変わっていないため、合算給付が増えたからといって自社の保険料が直接増加するわけではありません。各事業所は引き続き自社が支払った賃金総額に保険料率を掛けた額を納付します。ただし、給付総額の増加は制度全体としての保険財政に反映されるため、将来的な保険料率の見直しに間接的に影響する可能性はあります。

Q. メンタル不調で休職中の従業員が、実は副業もしていたことが判明しました。会社として何をすべきですか?

A. 副業の内容・労働時間・業務上のストレス状況を把握することが必要です。精神障害の労災申請が行われた場合、本業と副業の業務負荷が合算して審査されます。会社としては、勤怠記録・ストレスチェック記録・面談記録などを整理しておくとともに、産業医や専門家に相談しながら従業員への対応方針を検討することをお勧めします。判断に迷う場合は、ウェルセンス株式会社のようなメンタルヘルス対応の専門家に相談することが得策です。

Q. 副業の届出ルールを整備するとき、何を届け出させるのが最低限必要ですか?

A. 最低限として「副業先の会社名・業務内容・週あたりの概算労働時間」の3点を届け出てもらうことが実務上有効です。これにより、合算労働時間の把握・過労リスクの評価・労災申請時の賃金情報収集がスムーズになります。加えて、副業先の変更や終了時にも届け出る義務を設けておくと、情報の鮮度を保てます。届出様式のひな形作成や就業規則への組み込みは、ウェルセンス株式会社のような専門家のサポートを利用することで効率よく整備できます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました