休職中にSNSで旅行投稿が発覚したら

休職中にSNSで旅行投稿が発覚したら コンプライアンス
Photo by Tim Samuel on Pexels

月曜の朝、総務を兼務する管理職のAさんは、休職中の従業員のInstagramに偶然目が留まりました。投稿には、先週末に撮影されたとおぼしき海外リゾートの写真。キャプションには「やっと充電できた!」の文字。画面を見ながら、頭の中でいくつもの疑問が浮かび上がったはずです。「これは詐病なのか」「傷病手当金の不正受給になるのか」「証拠があれば解雇できるのか」——しかし同時に、「対応を誤って労務トラブルになったら」という不安も頭をよぎる。この記事では、そうした状況に直面した経営者・人事担当者が、法的根拠を押さえながら冷静に対応するための道筋を整理します。

「旅行投稿=不正」と断定する前に確認すべきこと

SNSで旅行写真を見た瞬間に「不正受給だ」と結論づけるのは早計です。まず事実確認を行ってから判断する姿勢が、後の労務トラブルを防ぐ最大の防衛策になります。

メンタルヘルス疾患の回復過程と「旅行」の関係

うつ病や適応障害の治療において、主治医が「気分転換のための外出」や「短期旅行」を治療の一環として勧めることは珍しくありません。段階的な社会復帰(リワーク)プログラムの中で、軽度の外出・旅行が組み込まれるケースもあります。「旅行できるなら働けるはずだ」という直感は一般論としては理解できますが、精神疾患の回復は一直線ではなく、「日常の就労ストレスには耐えられないが、非日常のリラクゼーションは可能」という状態は医学的にあり得ます。この点を無視して処分を下すと、後に「処分に合理的理由がない」と判断されるリスクがあります。

傷病手当金は「会社のお金」ではない

傷病手当金は健康保険法第99条に基づく給付であり、支払主体は全国健康保険協会(協会けんぽ)または健康保険組合です。会社が直接支出しているお金ではないため、「会社が被害者として損害を被った」という構造にはなりません。もし不正受給であれば、それは支給元である保険者への詐欺行為(刑法第246条)に該当し得ますが、その対応の主体はあくまで保険者です。会社の役割は「事実を把握したうえで保険者へ情報提供する」ことです。このフレーム整理ができていないと、会社が取るべきアクションを見誤ります。

まず確認すべき3点

  • 休職申請書・診断書に記載された「療養が必要な理由」と、投稿内容に矛盾があるか
  • 主治医が外出・旅行を治療方針として指示していた可能性がないか(後述の情報照会)
  • 就業規則に「療養専念義務」や「報告義務」の規定があるか

休職中の行動を会社はどこまで制限・監視できるか

会社が休職中の従業員の行動を制限・確認できる範囲は、「就業規則の規定」と「誠実義務(信義則)」の2つの軸で考えます。無制限の監視は認められませんが、一定の確認行為は正当です。

誠実義務は休職中も残る

休職は労働契約の「停止」状態であり、就労義務はありません。しかし、民法第1条第2項に定める信義誠実の原則(誠実義務)は、労働契約が存続する限り継続します。これを根拠に、就業規則へ「療養に専念する義務」「休職事由に関する虚偽申告の禁止」「定期的な療養状況の報告義務」を明記することで、逸脱行為への対応根拠を確立できます。規定がなければ、口頭で注意することはできても、懲戒処分の根拠は著しく薄弱になります。

SNS閲覧の正当性と限界線

公開設定のSNS投稿を会社が閲覧することは、プライバシー侵害には当たらないと一般的に解されています。インターネット上に公開された情報は、不特定多数が閲覧できる状態に置かれているためです。ただし、次のような行為は違法リスクを伴います。

  • 偽アカウントを作成して本人のフォロワーになり、非公開情報にアクセスする行為
  • 本人の許可なく位置情報・行動を継続的に追跡する行為
  • 第三者(知人・家族等)を通じてSNS情報を収集させる行為

「スクリーンショットを撮った」という行為自体は公開情報の範囲内ですが、監視行為がエスカレートすれば、プライバシー権侵害やハラスメントと判断される余地が生じます。証拠保全は公開情報の範囲にとどめることが鉄則です。

産業医・主治医への情報照会

「旅行が医師の指示による療養行為なのか否か」を確認するためには、主治医への情報照会が有効です。ただし、主治医への照会には本人の同意書が必要です(個人情報保護法・医療情報の守秘義務)。産業医(50人以上の事業場では選任義務あり)がいる場合は、まず産業医に相談し、主治医への照会状の作成を依頼する方法が一般的です。産業医がいない中小企業では、外部の産業医サービスや社会保険労務士に相談窓口を設けることが現実的な選択肢です。

同じ状況で判断に迷う場合は、スポット産業医の活用が有効です。医療専門職が客観的に診断書と行動を照合することで、懲戒処分の相当性判断に説得力が生まれます。

対応フロー:発覚から面談・処分判断まで

SNS投稿が発覚してから処分を判断するまでの流れには、守るべき順番があります。手順を踏み外すと、証拠があっても処分が無効になる可能性があります。

証拠保全と就業規則確認

まず最初に、公開情報の範囲でSNS投稿のスクリーンショットを保存します(投稿日時・URL・本人のアカウント名が確認できる形で)。次に、自社の就業規則に「療養専念義務」「虚偽申告の禁止」「休職中の報告義務」が明記されているかを確認します。これらの規定がない場合、後の懲戒処分の根拠が揺らぎます。規定の有無によって、次のアクションが変わります。

就業規則の状態 取れるアクション 注意点
療養専念義務・報告義務が明記されている 事実確認→面談→懲戒処分の検討が可能 処分の相当性(比例原則)を保つこと
休職規程はあるが行動制限の規定がない 事実確認・面談は可能。懲戒処分の根拠は限定的 厳重注意・規程整備を優先する
就業規則が存在しない・不十分 事実確認の確認と口頭指導にとどまる 規程整備を急務として行う。即時処分は避ける

本人への連絡と面談の進め方

事実確認のための本人への連絡は、書面(メール・郵送)で行うことが原則です。「休職中の療養状況について確認させてください」という趣旨で面談を依頼し、SNS投稿を発見した事実は面談の場で伝えます。面談では「弁明の機会を与えること」が懲戒処分の有効要件として裁判所が重視する実務原則です(労働契約法第15条に基づく相当性の判断において手続的公正が重要視されます)。面談時は必ず議事録を作成し、録音も行います(録音は会社側が一方的に行う場合でも、業務上の目的があれば違法ではないとされますが、トラブルを避けるため冒頭で告知することを推奨します)。精神疾患のある従業員への面談では、産業医の同席や事前の産業医への相談が安全配慮義務の観点から望ましい対応です。

処分の判断基準と保険者への通報

面談・事実確認の結果、「医師の指示なく就労可能な状態で虚偽の休職申請をしていた」と合理的に認められる場合は、懲戒処分の検討に進みます。処分の重さは「就業規則の定め」と「行為の重大性・悪意性」のバランス(比例原則)で判断します。解雇・懲戒解雇は最も重い処分であり、「一度の旅行投稿」だけで懲戒解雇を行うことは、処分の相当性を欠くと判断されるリスクが高い点に注意が必要です。傷病手当金の不正受給が疑われる場合は、協会けんぽまたは健康保険組合の不正請求相談窓口へ情報提供を行います。これは会社の「権利」であり、対応の重要な一部です。

懲戒処分・解雇が認められるための条件

懲戒処分が有効と認められるには、「就業規則への明記」と「手続の適正さ」の両方が必要です。どちらかが欠けると、証拠があっても処分が無効になるリスクがあります。

就業規則の規定が「根拠の柱」になる

労働契約法第15条は、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は無効と定めています。「客観的に合理的な理由」の一つが就業規則への記載です。具体的には、「休職中に療養専念義務に反する行為をした場合」「休職事由について虚偽の申告をした場合」「正当な理由なく療養状況の報告を怠った場合」などの文言を懲戒事由として明記することが必要です。これらがない状態で処分を下すと、従業員から「懲戒の根拠がない」と異議を申し立てられた際に、会社側が不利な立場に立たされます。

「詐病」の立証は高いハードルがある

旅行の事実だけをもって「詐病・虚偽申請」を立証することは、法的には難易度が高い点を認識しておく必要があります。会社が「詐病だ」と主張するには、診断書の内容と実際の行動能力の乖離を医学的根拠とともに示すことが求められます。主治医が「旅行は問題なかった」と証言した場合、旅行の事実は不正の証拠にならなくなります。逆に、主治医への照会の結果、「外出を禁じていたのに無断で海外旅行をしていた」「就労可能な状態だったが虚偽の診断書を提出した」という事実が確認できれば、懲戒事由としての説得力が増します。

再発防止のための就業規則・休職規程の整備

今回の事態を機に、就業規則の休職規程を整備することが最も重要な予防策です。規程がなければ、次に同じことが起きたとき、また手が出せない状況に陥ります。

休職規程に盛り込むべき条項

中小企業の休職規程に最低限追加しておきたい条項は次のとおりです。まず「療養専念義務」として、「休職中の従業員は療養に専念し、回復に支障をきたす行為を行ってはならない」という文言を入れます。次に「報告義務」として、「休職中は月1回以上、療養状況・主治医の見解を会社に報告しなければならない」という定期連絡の仕組みを設けます。さらに「虚偽申告の禁止」として、「休職申請・療養状況の報告において虚偽の内容を申告した場合は懲戒処分の対象とする」という明示的な懲戒事由を加えます。就業規則は、常時10人以上の従業員を使用する事業場では労働基準法第89条により作成・届出が義務です。10人未満でも、就業規則を整備することはトラブル予防の観点から強く推奨されます。

規程整備のタイミングと注意点

就業規則の変更が「労働者に不利益な変更」に当たる場合、労働契約法第10条により、変更に合理的な理由と周知が必要です。休職中の行動制限に関する規定の新設は、「不利益変更」と解釈される可能性があるため、社会保険労務士や弁護士に確認のうえ整備を進めることを推奨します。また、規程を整備した後は、従業員への周知(掲示・配布・説明会等)が必須です。知らなかったでは済まないのは会社側も同様で、周知がなければ規程を根拠に処分を下すことができません。

まとめ

休職中のSNS旅行投稿が発覚したとき、感情的に動くことが最大のリスクです。「旅行=詐病=即解雇」という短絡的な判断は、手続きの不備や医学的事実の見落としによって、会社側が労務紛争で不利な立場に立つ結果を招きます。対応の核心は、公開情報の範囲で証拠を保全し、就業規則の確認と主治医・産業医への情報照会を行い、本人への弁明機会を与えたうえで処分の相当性を判断するという流れを守ることです。そして、今回の事態が明らかにしたのは「就業規則の休職規程が不十分だった」という事実であることが多く、再発防止のための規程整備こそが中長期的に最も重要な対応です。

「自社の就業規則で今回のケースに対応できるか自信がない」「本人への面談をどう進めればいいかわからない」——そうした実務的な判断の壁に直面したとき、ウェルセンス株式会社ではメンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の整備を専門家が並走してサポートします。お困りのことがあれば、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 公開設定のSNS投稿を会社がスクリーンショットで保存する行為はプライバシー侵害になりますか?

A. 一般的には問題ないと解されています。公開設定のSNS投稿は、不特定多数が閲覧できる状態に置かれた情報であり、それを閲覧・保存する行為はプライバシー侵害に当たらないとするのが一般的な解釈です。ただし、偽アカウントを使って本人の非公開情報にアクセスしたり、継続的に行動を追跡したりする行為は別論です。証拠保全は公開情報の範囲にとどめることが原則です。

Q. 傷病手当金の不正受給が疑われる場合、会社はどこに報告すればよいですか?

A. 従業員が加入している健康保険の保険者(全国健康保険協会=協会けんぽ、または加入している健康保険組合)の不正請求相談窓口に情報提供します。傷病手当金は保険者が支払う給付であり、不正があればその被害者は保険者です。会社は事実を把握した場合に情報提供する権利・役割がありますが、強制捜査や取り立てを行う立場にはありません。

Q. 旅行投稿だけで懲戒解雇はできますか?

A. 旅行投稿の事実だけで懲戒解雇を行うことは、処分の相当性(比例原則)を欠くとして無効と判断されるリスクが高いです。懲戒解雇が認められるには、就業規則への懲戒事由の明記、事実確認と弁明機会の付与、行為の重大性・悪意性の立証が必要です。まず事実確認と面談を経て、処分の必要性・相当性を慎重に判断することが求められます。判断に迷う場合は社会保険労務士や弁護士への相談を強く推奨します。

Q. 休職中の従業員に面談を求めることはハラスメントになりますか?

A. 適切な目的・方法で行う事実確認の面談は、ハラスメントには当たりません。ただし、精神疾患のある従業員への面談では配慮が必要です。まず書面で面談の目的を告知し、産業医の同席や事前相談を行い、面談の場で威圧的な言動をとらないことが重要です。面談によって症状が悪化した場合に安全配慮義務違反が問われるリスクを避けるためにも、医療専門職の関与を検討してください。

Q. 就業規則がない状態でも、休職中の行動について従業員に注意・指導はできますか?

A. 就業規則がなくても、民法の誠実義務(信義則)を根拠に、療養専念を求める口頭・書面での指導は可能です。ただし、懲戒処分(戒告・出勤停止・解雇等)の根拠としては就業規則の規定が必要であり、規程がない状態では法的効力のある処分は困難です。今回のケースを機に、就業規則の整備を社会保険労務士と協力して早急に進めることを強くお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました