月曜日の朝、スタッフから「うちの会社の懲戒処分の話がSNSに出ている」と報告を受けたら——あなたはどう動きますか?投稿主が元社員なのか現社員なのか、事実なのか虚偽なのか、会社の信用にどう影響するのか。状況を整理しようとしても、何から手をつければいいかわからず、時間だけが過ぎていく。専任の法務担当がいない中小企業では、こうした「想定外の事態」に即座に対応できる体制が整っていないことがほとんどです。この記事では、懲戒処分の内容をSNSで暴露された場合に、会社として何ができるか・何をすべきかを、法的な整理から実務手順まで順を追って解説します。
「事実だから問題ない」は間違い——法的に何が起きているのかを整理する
SNSに懲戒処分の内容が投稿された場合、名誉毀損・プライバシー侵害・守秘義務違反という3つの法的問題が、同時または複合的に発生します。「事実を書いただけ」という投稿者の主張は法的には通りません。
名誉毀損は「事実」でも成立する
刑法230条の名誉毀損罪は、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」場合に成立します。ポイントは、事実であっても名誉毀損になりうるという点です。免責されるのは「公共の利害に関する事実で、かつ公益目的の場合のみ」(刑法230条の2)に限られます。一私企業の懲戒処分内容がこの要件を満たすケースは通常考えられません。民事では、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求や、投稿の差止請求が可能です。会社(法人)自体も名誉毀損の被害者になれる点も覚えておいてください。
懲戒処分の内容はプライバシー情報に当たる
処分の事実・処分の種別・処分理由の詳細は、「みだりに公表されたくない個人情報」に該当します。これをSNSで不特定多数が閲覧できる状態にすることは、民法709条のプライバシー侵害(人格権侵害)として不法行為が成立しうると解されています。さらに、処分理由に顧客情報や取引先の情報が含まれている場合、投稿者本人以外の第三者のプライバシーや企業秘密の侵害にも連鎖します。
守秘義務違反として追加の懲戒対象になりうる
就業規則に守秘義務条項がある場合、懲戒処分に関する情報の流布は規則違反として、さらなる懲戒処分の対象になりえます。「自分のことだから話してもいい」という社員の主張に対しては、「処分に至る過程で知り得た会社内部の情報を外部に公表することは、守秘義務の対象になる」と明確に反論できます。ただし、退職後については就業規則の効力が原則として消滅するため、退職時に守秘義務誓約書を取得しているかどうかが重要な分岐点になります。
証拠保全と初動対応
SNS投稿への対応で最も大切なのは、削除される前に証拠を確保することです。初動の遅れが後の法的手続きを著しく難しくします。
証拠保全は削除依頼より先に行う
投稿者に削除を求める前に、必ず証拠を保全してください。具体的には、スクリーンショットの取得、投稿URL・投稿日時の記録、リポスト数・閲覧状況の記録を行います。「魚拓」と呼ばれるウェブページ保存ツール(web.archive.orgなど)を活用すると、改ざん不能な形で記録を残せます。証拠がなければ、後に損害賠償請求や削除の仮処分申立を行う際に不利になります。
投稿内容を法的に評価する
証拠保全の後は、投稿内容を客観的に評価します。判断すべき主なポイントは次のとおりです。
- 社名・個人名が特定できるか、または特定できる文脈になっているか
- 事実の摘示か、意見・論評にとどまるか
- 顧客情報・処分理由の詳細など守秘情報が含まれているか
- 拡散状況(閲覧された範囲・引用の有無)
この評価によって、「名誉毀損」「プライバシー侵害」「守秘義務違反」のどれを主軸に対応するかが決まります。法的評価に迷う場合は、この段階で弁護士に相談することを強くお勧めします。
投稿削除を求める具体的な手順
削除を実現するためのルートは複数あります。状況に応じて適切な手段を選ぶことが重要です。以下の表を参考にしてください。
| 手段 | 対象 | 概要 | コスト・期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 任意削除要請 | 投稿者本人 | 書面(内容証明郵便)または口頭で削除を求める | 低コスト・即日〜数日 |
| プラットフォームへの申請 | 各SNS事業者 | 各社のヘルプセンターから名誉毀損・プライバシー侵害として報告 | 無料・数日〜数週間 |
| 仮処分申立 | 裁判所経由 | 投稿削除の仮処分(民事保全法)を申立。弁護士必須 | 弁護士費用別途・数週間〜 |
| 発信者情報開示請求 | プロバイダ・SNS事業者 | 匿名投稿の場合に発信者を特定する手続き | 弁護士費用別途・数か月〜 |
まずは任意削除要請と社内での書面記録
投稿者が現社員または元社員として特定できる場合、まず書面で任意の削除を求めます。口頭ではなく書面(内容証明郵便が望ましい)で行うことで、要請した事実と日時が記録に残ります。これは後の法的手続きにおいても重要な証拠になります。
プラットフォームへの削除申請
XやInstagramなどの主要SNSは、名誉毀損・プライバシー侵害に関する削除申請フォームをヘルプセンターに設けています。会社名や法人格の観点から申請することも可能です。ただし、プラットフォームが削除を判断する基準は各社のポリシーに依存するため、必ず削除されるとは限りません。申請しながら、並行して法的手続きを検討することが現実的です。
匿名投稿には発信者情報開示請求を活用する
投稿者が匿名の場合は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(いわゆるプロバイダ責任制限法、令和4年改正施行)に基づく発信者情報開示請求を利用できます。令和4年の改正により「新開示請求制度(非訟手続)」が新設され、従来の方法(仮処分+本訴)より迅速に発信者を特定できる制度になりました。弁護士への依頼が必要ですが、会社が誰に暴露されたかを法的に特定し、その後の損害賠償請求につなげることができます。
法的対応は判断が分かれやすい領域です。投稿内容の評価、削除依頼の文言、懲戒処分の妥当性など、判断を誤るとかえって企業側が訴訟リスクを抱える可能性もあります。単独で進めるより、早期に専門家に相談することが安全で効率的です。
追加の懲戒処分は「できる」が「慎重に」——対応の限界を知る
SNS投稿を理由に追加の懲戒処分を行うことは、就業規則の規定があれば可能ですが、手続きの適正さと比例原則の観点から慎重な判断が求められます。
現職社員への追加懲戒は就業規則の根拠が必要
現職社員がSNSで処分内容を拡散した場合、就業規則に「会社情報の外部漏洩の禁止」「会社の名誉を傷つける行為の禁止」などの条項があれば、それを根拠に懲戒手続きを進めることができます。ただし、懲戒処分は「相当性の原則」(処分の重さが行為に見合っていること)と「適正手続き」(弁明の機会の付与など)が求められます。SNS投稿だけを理由に即座に懲戒解雇するような対応は、不当解雇として争われるリスクが高いため避けてください。
退職者には就業規則は原則効力を持たない
退職した元社員に対しては、就業規則の効力が原則として及びません。対応手段は、退職時に締結した守秘義務誓約書の有無によって大きく変わります。誓約書がある場合は、その違反として民事上の損害賠償請求が可能になります。誓約書がない、または内容が曖昧な場合は、名誉毀損・プライバシー侵害を理由とした不法行為責任の追及が主な手段になります。
「報復的対応」と見られないための注意点
削除要請や懲戒手続きが「正当な権利行使の範囲を超えている」と判断されると、逆に脅迫・不当労働行為・パワーハラスメントとして相手から主張される可能性があります。対応のすべての段階で書面記録を残し、弁護士の助言のもとで進めることが、会社を守る最善策です。感情的な対応は厳禁です。
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再発防止のために今すぐ整備すべき仕組み
今回の事案を防ぐ・あるいは次に備えるために、雇用関係の開始と終了の場面でできる整備があります。すでに対応済みの項目があれば、内容の見直しも行ってください。
入社時の誓約書に守秘義務の対象を明記する
入社時に取得する誓約書には、「守秘義務の対象となる情報の範囲」を具体的に記載することが重要です。「会社の機密情報」という表現だけでは曖昧で、懲戒処分に関する情報が含まれるかどうか争われる可能性があります。「人事・労務に関する情報、従業員個人の処分・評価に関する情報」なども明記しておくと有効性が高まります。
退職時の守秘義務誓約書は必ず取得する
退職時には別途、退職後の守秘義務に関する誓約書を取得することをお勧めします。この際、有効な誓約書の要件として、「対象情報の特定」「義務の期間(合理的な範囲)」「違反した場合の措置」を明記することが重要です。内容が広すぎたり期間が無期限だったりすると、裁判所で無効とされるリスクがあります。法的に有効な内容にするためには、弁護士や社会保険労務士に文案のチェックを依頼することをお勧めします。
就業規則に「SNS・インターネット利用に関する規定」を設ける
就業規則にSNSの利用に関する規定がない場合は、早急に整備してください。規定例としては、「在職中および退職後において、会社の内部情報・人事情報・顧客情報をSNSその他インターネット上で公表することを禁止する」「違反した場合は懲戒処分(または損害賠償請求)の対象となる」といった内容が考えられます。規定を設けることで、社員への牽制と、違反時の法的根拠の両方が整います。
就業規則や誓約書の整備は、トラブルが起きてからでは遅い対応です。現在の規定を見直し、法的に有効な内容に改訂することで、その後の問題発生時に会社の対応が格段にスムーズになります。
まとめ
懲戒処分をSNSで暴露された場合、まず証拠を保全し、次に投稿内容を法的に評価したうえで、任意削除要請・プラットフォームへの申請・法的手続きという段階を踏んで対応します。「事実だから問題ない」という投稿者の主張は法的には通らず、名誉毀損・プライバシー侵害・守秘義務違反のいずれかまたは複合的に成立しうる問題です。退職者への対応は守秘義務誓約書の有無が大きな分岐点になり、現職社員への追加懲戒は就業規則の根拠と適正手続きが必要です。再発を防ぐために、入退社時の誓約書の整備と就業規則へのSNS規定の追加を、ぜひ早期に検討してください。
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よくある質問
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