「診断書に”職場がストレス源”と書いてあったのですが、これって会社が訴えられるということですか?」——顧問の社労士もいない中小企業の経営者から、こうした相談が届くことがあります。診断書を手にしたとき、多くの担当者が最初に感じるのは「うちの会社に責任があると言われているのか」という漠然とした不安です。しかし、正確に何をすべきか、何がリスクになるかを把握しないまま放置することが、最もリスクの高い選択です。この記事では、診断書を受け取った後に会社が取るべき行動を、法的根拠と実務の両面から整理します。
診断書に「職場がストレス源」と書かれた法的な意味
診断書の記載は、それ自体が会社の法的責任を証明するものではありません。しかし、会社がその記載を「認識した」という事実は、安全配慮義務の観点から重要な法的意味を持ちます。
診断書は「医療的見解の表明」にすぎない
主治医は患者(従業員)の話をもとに診断書を作成します。つまり、職場環境を直接調査したわけではなく、従業員の訴えを医学的見地から評価した記載です。そのため、「職場がストレス源」という記載が職場の客観的事実を証明しているわけではありません。会社側が「うちの職場とは関係ない」と感じることも、全く根拠のない感情ではありません。
「認識した」という事実が安全配慮義務に直結する
問題は、会社がその記載内容を認識した後の行動です。労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務」、いわゆる安全配慮義務を負うと定めています。訴訟や労働審判において、「会社はこの診断書を受け取っており、職場起因の可能性を認識していた」という事実は、その後の不作為(何もしなかったこと)を問う根拠として機能します。つまり「診断書を受け取った日」が、法的な意味でのタイムラインの起点になりえます。
労災認定・民事訴訟との関係
精神疾患の労働災害認定は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月改定)に基づき、労働基準監督署が独立して調査・判断します。主治医の診断書は参考情報のひとつであり、診断書の記載=労災認定ではありません。一方、民事上の損害賠償請求では、診断書は安全配慮義務違反と損害の因果関係を示す証拠のひとつとして扱われます。会社側の対応記録(あるいは対応しなかった事実の記録)も同様に証拠になるため、対応の質と記録の有無が後のリスクを大きく左右します。
診断書を受け取った後、会社がまずやるべきこと
診断書を受け取ったら、まず「受領の記録」を残すことが最優先です。その後、職場環境の確認と対応方針の検討へと進めます。
受領記録を即日作成する
診断書を受け取ったその日に、受領日・受領した担当者・診断書の内容の概要(ストレス源に関する記載の有無を含む)を書面または社内メールで記録します。この記録があることで、「いつ・誰が・何を認識したか」が明確になり、後に対応の痕跡として機能します。受領記録を作っていない企業が多いですが、これは最初にして最大の落とし穴です。
休職の手続きと連絡体制を整える
診断書を受け取った場合、多くのケースでは休職の申請と並行しています。就業規則に休職規定がある場合はその手続きに従い、休職開始日・休職期間・連絡担当者・連絡頻度を書面で本人に伝えます。就業規則に休職規定がない場合(従業員10名未満で就業規則の作成義務がない企業など)は、個別の労働契約や話し合いの内容を記録に残すことが重要です。休職中のやり取りもすべてメール等で記録に残してください。
産業医・社労士の有無によって対応の担い手を確認する
産業医の選任義務は常時50人以上の労働者を使用する事業場に生じます(労働安全衛生法第13条)。20〜50名規模の企業では産業医がいないケースも多く、「誰が対応すればよいか」で止まってしまいます。社労士と顧問契約がある場合は速やかに相談し、対応方針の整理を依頼してください。いない場合は、地域の産業保健総合支援センター(無料相談あり)や外部の人事・メンタルヘルス支援サービスを活用する選択肢もあります。
職場環境調査:義務の範囲と現実的な進め方
法律上「職場環境調査を実施せよ」と直接定めた条文はありませんが、安全配慮義務の観点から「合理的に取れる措置を取ったか」が問われます。完璧な調査よりも、認識・検討・記録の痕跡があるかどうかが実務では重要です。
どんな場合に調査義務が強まるか
診断書にパワーハラスメントや特定の人物との関係が示唆されている場合、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)第30条の2に基づく事業主の相談・調査・是正義務が発生します。この場合は任意的な対応ではなく、法的義務として職場環境の調査が求められます。一方、「長時間労働」「業務量過多」などが示唆されている場合は、直接の調査義務規定はないものの、労働安全衛生法第3条(快適な職場環境の形成)の趣旨から、確認と改善の検討が求められます。
ヒアリング実施時の注意点
上司や同僚へのヒアリングを行う際に気をつけるべき点が三つあります。まず、本人(休職中の従業員)の個人情報を不必要に共有しないこと。「〇〇さんが職場のせいで病気になったと診断書に書かれた」という形で情報を広めることは、プライバシーの問題になります。次に、ヒアリングを実施した場合は日時・参加者・内容の概要を必ず記録に残すこと。最後に、ヒアリングの内容が本人に伝わるリスクを考慮し、情報管理のルールを明示した上で実施することです。
企業規模・リソース別の現実的な対応
| 状況 | 推奨される対応 |
|---|---|
| 産業医・社労士あり | 連携して調査方針を決定。産業医面談の実施を検討 |
| 社労士のみあり | 社労士とともに対応記録を整備し、ヒアリング方法を相談 |
| 専門家との契約なし | 地域の産業保健総合支援センターへ無料相談。外部支援サービスの活用を検討 |
| ハラスメントの疑いあり | 弁護士・社労士への相談を優先。調査の中立性を確保するため外部委託も選択肢 |
記録保全が「会社を守る」理由
対応を取っていても記録がなければ、法的には「何もしなかった」と評価されうります。記録の有無が、後のトラブル対応コストを大きく変えます。
残すべき記録の種類
記録として残しておくべき主なものは以下のとおりです。診断書の受領記録(日付・担当者・内容概要)、休職申請・承認に関する書面のやり取り、休職中の本人との連絡記録(メール推奨)、上司や関係者へのヒアリング記録(日時・参加者・内容メモ)、対応方針を決定した会議や打ち合わせの記録(社内メールも含む)。これらをフォルダにまとめて保管するだけでも、対応の痕跡として機能します。
保存期間の目安
労働基準法上の書類保存義務は3年または5年(2020年の法改正で賃金台帳等は5年に延長)ですが、メンタルヘルス関連のトラブルは退職後に顕在化することがあります。民事訴訟の時効(不法行為から3年、または損害を知った時から)や、労使トラブルの長期化を考慮すると、退職後も少なくとも5年は保存することを推奨します。
「記録しなかった」リスクの具体的なシナリオ
たとえば、休職者が復職後に再び体調を崩し、退職してから「会社が安全配慮義務を怠った」として損害賠償請求をしてきたとします。このとき、会社側が「あのとき職場環境を確認しました」と主張しても、それを裏付ける記録がなければ認められにくくなります。一方、ヒアリングの記録・対応方針を検討したメール・復職支援のプランを作成した資料などがあれば、「合理的な措置を取った」という事実を示せます。記録は、従業員のためだけでなく会社を守るための証拠でもあります。
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休職中に「職場を変える」義務はどこまであるか
診断書に職場起因が示唆されている場合でも、すぐに組織を大きく変える義務が生じるわけではありません。ただし、復職に向けた環境整備は安全配慮義務の一部として求められます。
復職前に確認・検討すべき事項
休職中に会社が検討すべきことは、業務量の適正化、上司・同僚との関係性の確認、場合によっては配置転換の可能性の検討です。「検討した」という記録を残すことが重要であり、すべての問題を解決しなければ復職させられないという意味ではありません。本人の主治医見解と、産業医(または外部専門家)の意見を照らし合わせながら、段階的な復職プランを作ることが現実的な対応です。
配置転換が難しい場合の対応
中小企業では「異動できる部署がない」「そもそも一人部署」というケースも少なくありません。その場合でも、業務内容の見直し・直属上司の変更・業務時間の調整など、できる範囲での環境改善策を検討・記録することが重要です。「配置転換できない」ことは仕方ありませんが、「何も検討しなかった」は法的に問題になりえます。やれることとやれないことを整理して文書化しておくことで、誠実に対応しようとした姿勢を示せます。
復職支援プランの作成
厚生労働省は「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を公表しており、復職支援のプロセスを5つの段階で整理しています。この手引きを参照しながら、会社の実情に合わせた復職支援プランを作成することで、対応の合理性を示す根拠にもなります。プランには、復職可能の判断基準、試し出勤の有無・期間、業務負荷の段階的な引き上げ方針などを盛り込みます。
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まとめ
診断書に「職場がストレス源」と書かれていても、それ自体が会社の法的責任を直接証明するものではありません。しかし、その記載を「認識した」という事実は安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から重要な法的意味を持ちます。会社がすべきことは、まず受領記録を残すこと、次に職場環境の確認と対応方針の検討を行うこと、そしてそのすべてを記録に残すことです。産業医や社労士がいない中小企業では、この一連の対応をひとりで判断するのは難しく、専門家への相談が実質的なリスク軽減につながります。
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よくある質問
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