脳・心臓疾患の労災認定|会社が準備すべき4つの書類と注意点

脳・心臓疾患の労災認定|会社が準備すべき4つの書類と注意点 労務管理
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「従業員が倒れた。脳梗塞だと診断された。家族から労災申請の書類に印鑑を押してほしいと言われたが、何をどこまでやればいいのかわからない——」

そのような状況に直面したとき、経営者や兼務の人事担当者は手がかりのないまま判断を迫られます。専任の人事部門がない中小企業では、労災申請の実務に接する機会がほとんどなく、「会社が協力しないといけないのか」「書類に不備があったらどうなるのか」という基本的な疑問すら解消されていないケースが少なくありません。この記事では、脳・心臓疾患の労災認定において会社が準備すべき書類と、対応を誤ったときに生じるリスクを実務的に整理します。

会社には労災申請への協力義務がある

結論からお伝えします。会社は、従業員が労災申請を行う際に必要な書類の提出や証明を行う法的義務を負っています。「任意の協力」ではなく、義務です。

法的根拠は労災保険法第12条の10

労働者災害補償保険法(労災保険法)第12条の10は、事業主が労働者の保険給付請求に際して「必要な証明その他の協力をしなければならない」と定めています。正当な理由のない協力拒否は法律違反にあたります。

この規定が適用される場面は、書類への署名・押印にとどまりません。勤怠記録の提出、業務内容の説明、労働基準監督署(以下「労基署」)からの事情聴取への対応など、申請手続き全体にわたって協力義務が及びます。

「協力=会社が非を認めること」ではない

会社が証明書類に押印することに対して、「認めたことになる」「責任を取ることになる」と誤解している経営者は少なくありません。しかし、事業主証明はあくまで「この従業員がこの期間在籍し、この業務を担っていた」という事実の確認です。労災が認定されるかどうかの判断は労基署が行い、会社が認定の可否に同意しているわけではありません。

協力を渋ることで生じる遺族や従業員との不信感の方が、実際のリスクとしてはるかに大きくなります。

脳・心臓疾患が「業務上」と認められる条件

業務との因果関係が認められるかどうかは、厚生労働省が定める認定基準に基づいて判断されます。基準を理解しておくことで、会社側も書類準備の優先順位を判断しやすくなります。

認定基準の3つの類型

令和3年9月14日付け通達(基発0914第1号)「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」では、業務による過重負荷を次の3類型で評価します。

類型 判断の視点
長期間の過重業務 発症前6か月間の時間外労働の状況。月平均80時間超が目安とされ、関連性が強まる
短期間の過重業務 発症前おおむね1週間に、特に過重な業務があったか
異常な出来事 発症直前〜当日に、強烈な身体的・精神的負荷となる出来事があったか

令和3年改正で「労働時間以外の要素」も評価対象に

令和3年の改正で特に重要なのは、労働時間だけでなく「労働時間以外の負荷要因」も総合的に評価される点です。具体的には、勤務間インターバルの短さ(深夜帰宅・早朝出勤の繰り返しなど)、連続勤務日数、深夜勤務の頻度、精神的プレッシャーの大きさなどが考慮されます。

たとえば、月の時間外労働が80時間に届かなくても、連続して休日が取れない状況が続いていたり、深夜勤務が集中していたりする場合は、認定の可能性が残ります。「時間数だけ見ればセーフ」とは言い切れない点を意識しておくことが必要です。

会社が準備すべき4つの書類

労基署から求められる書類は案件によって異なりますが、脳・心臓疾患の労災申請で会社が準備・提出することになる書類は大きく4種類です。準備が遅れると調査が長期化するため、可能な限り早期に整理を始めてください。

賃金台帳・出勤簿・タイムカード等の勤怠記録

最も重要で、かつ問題が生じやすい書類です。発症前6か月分(状況によってはそれ以上)の勤怠記録が求められます。タイムカードや勤怠管理システムのデータを出力し、そのまま提出できる状態に整えます。

注意点として、「管理監督者は勤怠管理が不要」という誤解から、管理職の記録が全く存在しないケースがあります。管理監督者であっても深夜・休日の割増賃金支払いのために勤怠把握は必要であり、記録がない状態は会社にとっても従業員にとっても不利に働きます。

業務内容・業務量を説明する資料

担当業務の内容、業務量の変化(増加・新規プロジェクト就任など)、出張頻度、役割の変化といった情報を文書化して提出します。決まったフォームはなく、労基署の指示に従って作成することになりますが、発症前後の業務状況をできるだけ具体的に説明できる資料(業務日報、メール記録、プロジェクト管理ツールの履歴など)を手元に揃えておくと対応が速まります。

事業主証明(給付申請書への記載・押印)

「療養補償給付たる療養の給付請求書」など、労災給付申請書の事業主証明欄に署名・押印をする書類です。これが労災保険法第12条の10の協力義務の最も典型的な場面です。事実に反する内容には応じる必要はありませんが、事実の確認として求められる場合は速やかに対応してください。

労基署からの事情聴取・照会への回答

書類提出に加え、労基署の調査員から電話や対面で事実確認を求められることがあります。これも協力義務の範囲内です。担当者が不明な点については「確認してから回答します」と伝えることは問題ありませんが、回答を引き延ばしたり、曖昧な情報を伝えたりすることは調査を複雑にするだけです。

残業記録の不備が招く深刻なリスク

勤怠記録が整っていない場合、「出せるものがない」で済む話ではありません。記録の不備は会社にとってのリスクを高める方向にしか作用しません。

記録がなくても調査は進む

労基署は会社が提出した記録だけで判断するわけではありません。同僚や上司へのヒアリング、メール・チャットの送受信記録、業務日報、出張記録、社内システムのログインタイムなど、多角的な方法で実態を再構成します。会社が「記録がない」として何も提出しなかった場合、労基署は従業員や遺族の証言を重く扱うことになります。

記録と実態の乖離が最大のリスク

より深刻なのは、「記録はあるが実態と乖離している」ケースです。タイムカードの打刻が退社時刻よりも早く打たれていた、裁量労働制を適用しているが実態はほぼ固定勤務だった、みなし残業が実際の残業時間を大幅に下回っていた——こうした状況が明らかになると、記録の信頼性そのものが問われ、調査が長期化・深化します。場合によっては虚偽記録として労基署から行政指導を受けることもあります。

記録が不十分なときの現実的な対応

記録に不備がある状況で、会社にできることは次のとおりです。まず、現存する記録をありのままに提出します。次に、記録がない期間については、その理由を正直に説明します。そして、補完できる情報(業務日報、出退勤に関するメールの時刻など)を可能な範囲で収集し、実態に近い情報として提供します。「不都合な情報は出したくない」という姿勢は、かえって調査官の疑念を深めます。

対応の方向性や書類の準備に不安があれば、発症直後の段階で労務の専門家に相談することで、後々のトラブルを防ぐことができます。

「労災認定で保険料が上がる」という誤解を解く

会社が労災申請への協力を渋る背景にある誤解のひとつが、「労災認定されると労災保険料が上がる」という認識です。これは多くの中小企業には当てはまりません。

メリット制は一定規模以上の事業場が対象

労災保険料の「メリット制」は、労災の発生状況に応じて保険料率を増減する仕組みですが、この制度が適用されるのは一定規模以上の事業場に限られます。継続事業の場合、原則として労働者数100人以上(または20人以上100人未満で一定の条件を満たす場合)が対象とされており、多くの中小企業はそもそもメリット制の適用外です。つまり、労災認定されても保険料は変わらないケースがほとんどです。

協力拒否のリスクは保険料上昇より大きい

仮にメリット制の対象であったとしても、協力を渋ることで生じるリスクと比較する必要があります。遺族や従業員との関係悪化、民事損害賠償訴訟への発展、労基署による行政調査の深化——これらは保険料の多少の増加とは比べものにならない事業へのダメージになり得ます。労災申請への誠実な協力は、会社にとっても合理的な選択です。

対応の優先順位と社内体制の整え方

実際に従業員が脳・心臓疾患で倒れた場合、会社側が落ち着いて動けるよう、対応の流れを整理しておきます。

発症直後にすべきこと

まず治療・救命を最優先にした上で、会社としては次のことを速やかに行います。発症の日時・状況・場所の記録を残すこと、担当上司や同僚から発症前の業務状況に関する情報を聞き取ること、勤怠データのバックアップを取ること——この3点は時間が経つほど情報が散逸しやすいため、できるだけ早期に着手します。

社会保険労務士・専門家への相談タイミング

専任の人事担当者がいない中小企業では、労基署への対応や書類作成を一人で抱え込むと、情報提供の範囲を誤ったり、対応が遅れたりするリスクがあります。発症の事実が確認された時点で、労務に詳しい社会保険労務士や、メンタルヘルス・労務対応の支援サービスに早期に相談することを検討してください。

特に従業員数20〜50名規模で産業医の選任義務がない(50人未満)場合や、就業規則の整備が十分でない場合は、書類の準備段階から専門家のサポートがあると安心です。

人事業務を一人で抱えるのではなく、必要な段階で専門家のサポートを受けることで、会社も従業員も守ることができます。

まとめ

脳・心臓疾患の労災申請において、会社には労災保険法第12条の10に基づく協力義務があります。準備すべき書類は、勤怠記録、業務内容に関する資料、事業主証明、労基署への回答の4種類です。記録の不備は「出せない」で済む問題ではなく、調査の長期化や信頼性の喪失につながります。「労災認定=会社の法的責任確定」「保険料が上がる」という誤解が協力を遅らせるケースが多いですが、いずれも多くの中小企業には当てはまらない誤解です。誠実な対応が、結果的に会社へのリスクを最小化します。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者を対象に、労災対応・休職復職支援・メンタルヘルス対策の相談を承っています。「何から手をつけていいかわからない」という段階からでもご相談いただけます。まずは気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 会社が事業主証明に押印することで、労災認定に同意したことになりますか?

A. なりません。事業主証明はあくまで「この従業員がこの期間在籍し、この業務を行っていた」という事実の確認です。労災として認定するかどうかの判断は労基署が行い、押印はその判断への同意ではありません。安心して事実の範囲で協力してください。

Q. 管理職で残業代が出ない社員でも、労災の対象になりますか?

A. はい、なります。労災保険は管理監督者かどうかにかかわらず、業務による過重負荷と疾病の因果関係が認められれば給付の対象です。ただし、管理職の勤怠記録がない場合、実態の立証が困難になるため、調査が長引いたり認定が難しくなったりすることがあります。管理職であっても勤怠記録を残すことが重要です。

Q. 時間外労働が月80時間に届いていなくても労災認定されることはありますか?

A. あります。令和3年の認定基準改正により、労働時間の長さだけでなく、勤務間インターバルの短さ、連続勤務日数、深夜勤務の頻度、精神的負荷なども総合的に評価されるようになりました。月80時間という数字はあくまで目安であり、それを下回っていても他の要因によって業務上と認定されるケースがあります。

Q. 労災認定されると会社の労災保険料は必ず上がりますか?

A. 多くの中小企業では上がりません。労災保険料の増減を行う「メリット制」は、一定規模以上の事業場(継続事業では原則100人以上など)にのみ適用されます。従業員数が少ない事業場では、労災が認定されても保険料率は変わらないケースがほとんどです。

Q. 勤怠記録が整っていない状態で、今からでもできることはありますか?

A. あります。まず、現存する記録(タイムカード、勤怠システムのデータ、賃金台帳など)をそのまま保全します。次に、記録が欠けている理由を正直にまとめます。さらに、業務日報、メールの送受信時刻、出張記録など補完できる資料を可能な限り収集します。「記録がないから何もできない」と思考停止するより、実態に近い情報を誠実に提供する姿勢が重要です。不安な場合は労務専門家への相談を早めに行ってください。

【監修】ウェルセンス株式会社
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