「従業員から精神疾患の労災申請をしたいと言われたが、何をすればいいのかわからない」——専任の人事担当がいない中小企業では、こうした状況に直面したとき、対応が止まってしまうことが少なくありません。精神疾患の労災申請は、身体のケガと違い業務との因果関係が見えにくく、会社側の対応ひとつで後々のトラブルにもつながる可能性があります。この記事では、精神疾患の労災申請に対応する際に会社が準備すべき書類と、取るべき対応の流れをわかりやすく解説します。
精神疾患の労災認定の基準|会社が知っておくべき3つのポイント
精神疾患の労災申請を受けたとき、会社がまず理解しておくべきなのは「何をもって労災と認定されるのか」という認定の枠組みです。身体的なケガとは異なり、精神疾患は業務との因果関係が見えにくいため、労働基準監督署(以下、労基署)は以下の3つの要件を総合的に判断します。
診断されている精神疾患であること
精神疾患の労災認定には、まず従業員がうつ病・適応障害・PTSDなど、労災認定の対象となる精神疾患と医師から診断されていることが前提です。「なんとなく調子が悪い」という状態では認定の対象になりません。医師の診断書の有無を早い段階で確認しておくことが重要です。
業務による強い心理的負荷があること
労基署は「業務による心理的負荷評価表」を使い、業務上の出来事がどの程度のストレスをもたらしたかを「弱・中・強」の3段階で評価します。精神疾患の労災認定されるには「強」と判断される出来事が必要です。
代表的な「強」評価の例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 直前1か月に概ね100時間、または2〜6か月の平均で月80時間を超える時間外労働
- パワーハラスメントやセクシャルハラスメントの被害
- 重大なミス、配置転換・転勤
- 顧客や取引先からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)※2023年改正で新たに追加
業務以外の要因が主因ではないこと
離婚・家族の死亡・多額の借金など、私生活上の強いストレスや個人的な素因が精神疾患の主な原因と判断された場合、業務起因性(業務が原因であるという関係性)は認められません。会社としてプライベートな事情を詮索する必要はありませんが、調査の際に「職場環境として特段の問題はなかった」という事実を客観的に示せる資料を整えておくことが重要です。
会社が準備すべき労災申請対応の書類
労基署から調査依頼が届いたとき、あわてて書類をかき集めるのでは対応が後手に回ります。あらかじめどのような書類が必要になるかを把握しておくことで、スムーズかつ適切に精神疾患の労災申請に対応できます。
労働時間・業務量に関する記録
精神疾患の労災申請で最も重視されるのが長時間労働の実態です。具体的には以下のような記録が対象になります。
- タイムカード・入退館記録・PCのログイン/ログアウト記録
- 残業申請書や残業代の支払い記録
- 業務日報や週報
- プロジェクト管理ツールの履歴
- メールの送受信時刻記録
「紙のタイムカードしかない」「勤怠管理が曖昧だった」という場合でも、手元にある記録は全て保管しておきましょう。記録がない状態は、過少申告や長時間労働の隠蔽と疑われるリスクがあります。
人事・職場環境に関する書類
労災申請の調査では、以下のような人事関連書類の提出が求められることがあります。
- 雇用契約書
- 辞令(配置転換・昇降格の記録)
- 人事評価記録・懲戒記録
- ハラスメント相談窓口への相談記録と対応記録
- 産業医や保健師との面談記録
特にハラスメント関連の書類は、会社が適切な対応を取ってきたかどうかの証拠となります。相談があった事実とその対応内容を記録に残す習慣をつけておくことが、こうした場面で会社を守ることにつながります。
事業所の体制に関する書類
以下の書類も調査の対象になることがあります。
- 組織図
- 業務分掌表(誰がどの業務を担当しているかを示した表)
- 36協定届(時間外労働の上限を定めた労使協定)の写し
特に36協定は、会社が法令の範囲内で時間外労働を管理していたかどうかの確認に使われます。協定が未締結だったり、実態が協定の上限を大幅に超えていたりする場合は、それ自体が問題として指摘される可能性があります。
精神疾患の労災申請に対応する5つのステップ
従業員やその家族から労災申請の意思を伝えられてから、認定・不認定の通知が届くまでの流れを整理します。各段階でやるべきことを把握しておくと、対応に迷いがなくなります。
申し出を受けた直後の初期対応
まず最初に行うべきことは、担当窓口となる担当者(人事・総務担当など)を社内で明確に決めることです。誰が窓口になるかが不明確なまま対応すると、情報が分散して後々混乱を招きます。同時に、社労士や弁護士など外部の専門家への相談も検討してください。「何も問題ない」と判断する前に、専門家の視点でリスクを整理しておくことが重要です。
⚠️ 重要:従業員が労災申請をしようとする意思を妨害したり、申請しないように説得・圧力をかけたりすることは労働基準法違反です。絶対に行ってはいけません。
労基署からの調査への対応
労基署から事業主への照会や調査が行われます。調査官によるヒアリングが実施され、前述の書類の提出が求められます。
会社には書類提出の「協力義務」があり、正当な理由なく拒否することは心証を著しく悪化させます。ただし、開示が義務付けられている情報と任意の情報を区別し、何をどこまで提出するかは専門家と相談しながら判断することを強くお勧めします。
⚠️ 重要:記録の改ざんや隠蔽は刑事リスクも伴います。絶対に行ってはいけません。
調査期間中の従業員への対応
調査が行われている間、当該従業員が休職中であれば、過度な連絡や業務上の圧力は厳禁です。定期的な状況確認(月1回程度の事務連絡)は問題ありませんが、以下のようなことは避けてください。
- 復帰を急かす
- 申請に関して質問攻めにする
- 給与減額や不利益な異動の予告
給与の扱いや社会保険料の支払いについても、休職規程に沿って整理し、従業員に丁寧に説明しておきましょう。申請後に解雇や不利益な異動を行うことは、労働基準法・労働契約法違反となります。
認定の通知後の対応
精神疾患の労災が認定された場合は、休業補償給付などの保険給付について従業員に説明し、復職支援のプロセスをスタートさせます。会社が直接費用を負担するわけではありませんが、復職に向けた段階的なサポートは会社側の責任として求められます。
不認定の場合の対応
不認定になった場合は、従業員に審査請求(結果に不服がある場合に申し立てる手続き)の制度があることを説明する義務があります。不認定であっても従業員のメンタルヘルス不調が続いている場合は、休職制度の活用や復職支援のサポートを継続することが求められます。不認定を理由に解雇や不利益な扱いをすることは法律上問題になります。
会社が陥りやすいNG対応と予防策
精神疾患の労災申請の場面では、「悪意はなかった」という対応が後々大きなトラブルに発展することがあります。よくある失敗パターンとその予防策を確認しておきましょう。
記録の不備・後付け作成のリスク
勤怠記録が曖昧だった場合、調査後に整合性をとろうと後付けで記録を修正・作成するケースがあります。しかしこれは記録の改ざんとみなされ、刑事責任を問われる可能性があります。「記録がなかった」という事実は正直に申告し、現状の管理体制の課題として真摯に向き合う姿勢が重要です。日頃からタイムカードやシステムログなど客観的な記録を保管する習慣をつけておくことが最大の予防策です。
ハラスメント対応履歴の欠如
「ハラスメントの相談を受けたが、大したことではないと判断して何も記録に残さなかった」というケースは非常に危険です。会社がハラスメントの事実を認識しながら適切な対応を取らなかったと判断されると、会社の安全配慮義務違反が問われます。相談を受けた日時・内容・その後の対応を記録に残し、どのような措置を取ったかを文書化しておくことが、会社を守る最低限の対策です。
申請後の不用意な言動
労災申請を受けた後、上司や経営者が「なんで申請したんだ」「会社に迷惑をかけるつもりか」といった発言をしてしまうケースがあります。これは従業員への不当な圧力と受け取られ、精神的苦痛を拡大させたとして別途損害賠償請求に発展するリスクがあります。申請中は当事者と直接やり取りする機会を極力減らし、窓口担当者経由で必要な連絡のみ行うように社内ルールを設けておくことが望ましいです。
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日頃から備えておくべき職場環境の整備
精神疾患の労災申請は、何も準備をしていない状態で突然やってきます。事後対応に追われないためには、日頃からの記録管理と職場環境の整備が不可欠です。
勤怠管理の客観的記録を整備する
紙のタイムカードや自己申告制の勤怠管理は、長時間労働の実態が曖昧になりやすく、調査の際に会社にとって不利な状況を生みやすいです。クラウド型の勤怠管理システムや、入退館記録・PCログとの照合ができる仕組みを整えておくことで、客観的なデータを提出できるようになります。記録が正確であれば、それが会社の正直な運営姿勢の証明にもなります。
相談窓口と記録の仕組みをつくる
メンタルヘルス不調やハラスメントの相談窓口を明確に設け、相談があった際の記録様式を用意しておきましょう。「誰でも相談できる環境がある」という事実は、会社が安全配慮義務を果たしている証拠になります。外部の相談窓口(社労士・EAPサービスなど)を活用することで、従業員が相談しやすい環境を整えることもできます。
産業医・専門家との連携体制をもっておく
50名未満の企業は産業医の選任義務はありませんが、メンタルヘルス対応を含む人事課題に定期的にアドバイスをもらえる社労士や産業保健の専門家との関係をあらかじめ構築しておくことが、有事の際の対応速度を大幅に上げます。精神疾患の労災申請が来てから専門家を探すのでは遅いことが多く、顔の見える相談先があるかどうかが対応の質を左右します。
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まとめ
精神疾患の労災申請は、会社にとって未知の領域に踏み込む出来事です。対応のポイントをまとめると、まず認定の3要件(診断・業務起因性・業務外要因の排除)を理解し、調査に備えて労働時間記録や人事関連書類を整理しておくことが基本です。申し出を受けたら窓口担当者を決め、専門家に相談しながら書類収集・ヒアリング対応・従業員へのケアを順を追って進めます。記録の改ざんや申請妨害は厳禁であり、誠実な対応が会社を守ることにもつながります。そして何より、こうした事態が起きてから動くのではなく、日頃の記録整備と相談体制の構築が最大の予防策です。
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よくある質問
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