就業規則に情報漏洩の懲戒規定がない場合の3ステップ対応

就業規則に情報漏洩の懲戒規定がない場合の3ステップ対応 コンプライアンス
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「情報漏洩が起きた。でも就業規則を確認したら、それらしい規定が見当たらない……」

そのような状況に直面したとき、多くの経営者・人事担当者が最初に考えるのは「とりあえず規程を追加して処分しよう」という対応です。しかしこの判断は、後から大きな法的リスクを招く可能性があります。本記事では、懲戒規定がない状態で情報漏洩が発覚した場合に、法的に有効な範囲で取れる3つの対応方法を実務目線で解説します。

懲戒規定がなくても処分できるのか

結論から言えば、就業規則に「情報漏洩」が明示されていなくても、包括的懲戒条項が存在する場合は、一定の処分が認められる可能性があります。ただし根拠が弱いほど、処分の有効性を争われるリスクも高まります。

懲戒処分の大原則

労働契約法第15条は、懲戒が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない」場合には懲戒権の濫用として無効と定めています。さらに最高裁判例(フジ興産事件・2003年)では、「使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別・事由を定めておくことが必要」と明示されました。つまり、就業規則に根拠のない処分は原則として無効になり得ます。

包括的懲戒条項という実務上の分岐点

多くの就業規則には「前各号に準ずる行為をした場合」「会社の信用・秩序を著しく乱した場合」といった包括的・概括的な条項が設けられています。情報漏洩行為がこの包括条項の射程に入るかどうかが、実務上の重要な分岐点です。

特に、競合他社への顧客リスト持ち出しや、故意による大規模な機密情報の流出など、悪質性・損害の重大性が明らかな場合には、包括条項を根拠とした懲戒処分が裁判所に認められた事例もあります。一方で、軽微な過失による情報共有ミス程度では、同じ条項では処分が難しい場合があります。

まず自社の就業規則を確認する

対応の出発点は、現行の就業規則を手元に出して以下の点を確認することです。

  • 「情報漏洩」「秘密保持」「機密情報」などに関連する明示的な規定があるか
  • 包括的懲戒条項(「これに準ずる行為」「会社の秩序を乱した行為」等)が存在するか
  • 秘密保持に関する誓約書を入社時に取得しているか

これらの確認なしに動き始めると、後の対応手順がすべてぶれます。

絶対に避けるべき「後から規程を追加して遡及適用」

情報漏洩発覚後に懲戒規定を新設し、それを今回の行為に遡って適用することは、不利益遡及禁止の原則に抵触し、原則として法的に無効です。これは多くの企業が陥りやすい最大の誤りです。

不利益遡及禁止の原則とは

「不利益遡及禁止の原則」とは、行為が発生した時点では存在しなかったルールを後から適用して不利益を与えてはならない、という考え方です。刑事法における「罪刑法定主義・遡及処罰の禁止」と同様の発想であり、民事・労働法の世界でも広く認められています。

具体的には、「情報漏洩は懲戒解雇事由とする」という規定を今月新設し、先月の情報漏洩行為を理由に懲戒解雇しようとしても、その処分は「規定がなかった時点の行為に対する不当な処分」として無効と判断されるリスクが高いです。

就業規則変更の法定手続きと落とし穴

仮に規程を改定するとしても、法定の手続きを踏まなければ改定自体が無効になります。労働基準法第89条・第90条に基づき、以下の手順が必要です。

  • 労働者代表への意見聴取(反対意見であっても手続き上は有効)
  • 意見書を添付した上で労働基準監督署へ届出(常時10名以上の事業場)
  • 全労働者への周知(掲示・配布・イントラネット公開等)

さらに、変更内容が労働者にとって「不利益な変更」にあたる場合は、労働契約法第10条に基づき、変更の合理性と周知が揃って初めて効力が生じます。「急いで直したから次の処分には使える」という感覚は正しいのですが、その改定が今回の事案に適用できないことを理解した上で動くことが重要です。

発覚直後に打てる暫定対応

懲戒規定が不十分な今この瞬間でも、法的に有効な暫定手段は複数あります。まず事実の保全と当事者の隔離を優先し、処分の判断はその後に行います。

自宅待機命令で当事者を現場から切り離す

情報漏洩の疑いがある社員を調査期間中に現場から切り離すための手段として、業務命令による自宅待機があります。これは懲戒処分ではなく、使用者の業務指揮権に基づく措置であるため、就業規則の懲戒規定がなくても発動できます。

ただし、自宅待機中も給与の支払いが必要です(ノーワーク・ノーペイの原則は使用者都合の待機には適用されません)。また、「懲戒処分の一環」として行うと後の手続きに影響するため、「調査のための措置」として明確に位置づけて通知することが重要です。

事実確認と証拠保全を先行させる

処分の軽重に関わらず、事実確認と証拠保全は最優先で行います。具体的には以下の対応を早急に進めてください。

  • アクセスログ・送受信メール・クラウドストレージの操作履歴の保全
  • 本人からのヒアリング(録音または議事録の作成)
  • 始末書の提出依頼(強要は不可。あくまで任意ベースで求める)
  • 関係者(上司・同僚)への聴取と記録

特に始末書は、本人が事実を認めているかどうかを書面で残す意味で重要です。後の懲戒手続きや損害賠償請求においても有力な根拠になります。

損害賠償という懲戒とは独立した手段

懲戒処分ができない・難しい場合でも、損害賠償請求は別の法的根拠に基づいて追求できます。民法415条(債務不履行)または709条(不法行為)が根拠となります。入社時の秘密保持誓約書が存在する場合は、民事上の根拠としてさらに有効に機能します。

ただし、損害額の立証が必要であり、実際に回収できる金額は限定的なケースも多い点は現実として理解しておく必要があります。

規程改定と懲戒処分、どちらを先に進めるか

結論として、今回の事案への対応と、規程整備は完全に分けて進める必要があります。規程が整ってから処分するのではなく、現状の規程の範囲内で対応できることを先にやり切るのが正しい順序です。

今回の事案への対応フロー

フェーズ 対応内容 法的根拠・留意点
発覚直後 自宅待機命令・証拠保全・事実確認 業務指揮権。給与支払い必要
事実確認後 包括条項の射程確認・法的助言の取得 弁護士・社労士への相談推奨
処分判断 包括条項で対応可能な範囲の処分、または民事手段の活用 処分の種別・重さは行為の悪質性に応じて判断
事案収束後 就業規則の整備・情報セキュリティ規程の新設 法定手続き(意見聴取・届出・周知)を経て実施

規程整備で盛り込むべき主要項目

事案が落ち着いた後、就業規則・情報セキュリティ規程に整備すべき主要な項目を把握しておきましょう。就業規則本体または別規程として、以下を明示することが実務上推奨されます。

  • 「情報漏洩」「機密情報の不正持ち出し」「SNSへの無断投稿」を懲戒事由として明示
  • 懲戒の種別(戒告・減給・出勤停止・懲戒解雇)と各事由の対応関係
  • 私用デバイス・クラウドストレージの業務利用に関するルール
  • 退職時の情報返還・削除義務
  • 違反時の損害賠償に関する条項

従業員数・規模による対応の違い

常時10名未満の事業場の場合、就業規則の作成・届出は法律上の義務ではありませんが、作成して周知しておくことで懲戒の根拠を整えることができます。一方、10名以上の事業場では労働基準監督署への届出が義務となるため、手続きを省略すると規程変更が法的に有効でないと扱われる場合があります。規模にかかわらず、整備後は全従業員への周知を徹底することが不可欠です。

懲戒と規程の関係は複雑で、判断を間違えると後で大きな法的トラブルに発展します。現状の就業規則で対応できるか判断できない場合は、専門家の助言を得ることが現実的な対応です。

まとめ

就業規則に情報漏洩の懲戒規定がない状態で事案が発覚した場合、まず確認すべきは既存の包括的懲戒条項の有無です。次に、自宅待機命令・証拠保全・事実確認という暫定対応を先行させ、処分の判断は事実が固まってから進めます。そして「規程を改定してから遡及適用する」という誘惑には絶対に乗らないこと。不利益遡及禁止の原則に抵触し、処分が無効となるリスクがあります。規程の整備は今回の事案への対応とは切り離し、法定手続きを経て次の事案に備えるための作業として進めるのが正しい順序です。

「自社の就業規則で本当に対応できるのか判断できない」「今この状況でどこまでの処分が有効なのか確認したい」といった人事の判断を一人で抱え込むことはリスクです。ウェルセンス株式会社では、人事専任者がいない中小企業の実情を踏まえた上で、法的リスクを抑えながら取れる現実的な対応を一緒に整理します。

よくある質問

Q. 就業規則に「情報漏洩」の記載がなくても、懲戒解雇にできますか?

A. 「会社の信用・秩序を著しく乱した場合」などの包括的懲戒条項が存在し、行為の悪質性・損害の重大性・故意性が明らかであれば、懲戒解雇が認められた裁判例は存在します。ただし包括条項の射程は狭く解釈されることが多く、軽微な過失や初犯の場合には認められないリスクが高い処分です。まず弁護士または社労士に現状の規程と事案の詳細を示して判断を仰ぐことを強くお勧めします。

Q. 今回の情報漏洩を機に就業規則を改定しました。次に同じことが起きたら処分できますか?

A. 法定手続き(労働者代表への意見聴取・労働基準監督署への届出・全従業員への周知)を正しく踏んで改定された規程であれば、改定後に発生した行為に対しては有効な懲戒根拠となります。ただし今回の事案には遡って適用することはできません。改定した規程が手続き上有効かどうかも確認が必要です。

Q. 自宅待機を命じた場合、給与は払わなければなりませんか?

A. 使用者側の都合で自宅待機を命じる場合、少なくとも平均賃金の6割以上の休業手当(労働基準法第26条)を支払う必要があります。ノーワーク・ノーペイの原則(働かない場合は賃金不要)は労働者都合の欠勤に適用されるものであり、会社側が命じた待機には適用されません。

Q. 入社時に秘密保持誓約書を取っていません。損害賠償請求はできますか?

A. 秘密保持誓約書がなくても、民法709条(不法行為)や労働契約上の誠実義務違反(民法415条)を根拠に損害賠償請求は可能です。ただし損害額の立証責任は会社側にあり、実際の損害を数字で示すことが難しいケースもあります。誓約書がある場合はその違反として追求しやすくなるため、今後は入社時の取得を標準化することを検討してください。

Q. 従業員数が5名の会社です。就業規則がなくても情報漏洩対応はできますか?

A. 常時10名未満の事業場は就業規則の作成・届出が法律上の義務ではありませんが、懲戒処分を行うためには就業規則上の根拠が必要という原則はこの規模でも変わりません。就業規則がない場合、損害賠償請求や業務命令(自宅待機)など懲戒以外の手段が主な選択肢となります。規模が小さくても就業規則と秘密保持誓約書を整備しておくことが、将来のリスク管理として有効です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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