「うちはまだ9人だから、就業規則は関係ない」――そう思っていませんか?確かに法律上の作成義務は常時10人以上からですが、義務がないことと、作らなくていいことはまったく別の話です。採用トラブル、突然の休職者対応、助成金申請の壁……就業規則がないまま成長した企業ほど、10人の壁を超えた瞬間に問題が噴き出します。この記事では、10人未満の段階からいつ・何を・どう準備すべきかを、実務の手順とともに解説します。
就業規則の作成義務「10人」の正しい理解
法律上の義務が発生する条件
就業規則の作成・届出義務は、労働基準法第89条に定められています。「常時10人以上の労働者を使用する使用者」が対象であり、この条件を満たした時点で、就業規則を作成して所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。届出が遅れた場合、監督署の調査・指導の対象になることがあります。
また、就業規則を作成・変更する際は、労働者の過半数を代表する者からの意見聴取(第90条)と、全労働者への周知(第106条)も義務となります。「届け出るだけでいい」という理解は不完全です。
カウント対象に含まれる雇用形態
実務でもっとも見落とされやすいのが、「常時10人」のカウント対象です。正社員だけを数えている経営者は少なくありませんが、実際にはパート・アルバイト・契約社員・嘱託社員もすべて含まれます。つまり、正社員7人+アルバイト3人の事業場は「常時10人以上」として作成義務が発生します。
一方、派遣労働者は派遣先のカウントには含まれません。また、カウントは事業場単位で行います。本社と支店がある場合、それぞれの拠点ごとに判定するため、全社合計が10人を超えていても、各拠点が9人以下であれば義務は生じません。繁忙期だけ一時的に10人になるケースは「常時」とはみなされませんが、日々多少の変動があっても常態として10人以上であれば対象となります。
10人到達を事前に把握する方法
「採用を重ねていたら、いつの間にか10人を超えていた」というケースは珍しくありません。特に、パートやアルバイトを複数名採用する時期は、あっという間に閾値を超えます。雇用形態ごとに在籍人数を管理する簡単な一覧表を作っておくだけで、義務発生のタイミングを事前に把握できます。8人・9人の段階で「あと何人で10人になるか」を意識しておくことが、余裕ある準備につながります。
10人未満でも就業規則が必要な3つの現実的理由
採用時の信頼性と労使トラブルの防止
求人票には労働条件の明示が法律上求められていますが、就業規則がないと、賃金・休暇・退職手続きなどのルールが口頭や個別書面だけで伝えられることになります。これは「言った・言わない」のトラブルを生む温床です。特に退職時や解雇時には、文書化されたルールの有無が紛争の分岐点になります。
採用候補者が「就業規則を見せてください」と求めてくるケースも増えています。整備されていないと、会社への信頼感を損ない、優秀な人材の辞退につながることもあります。
助成金申請の前提条件になっている
雇用調整助成金、キャリアアップ助成金、両立支援等助成金など、中小企業が活用できる雇用関係の助成金では、就業規則の整備が申請要件として定められているものが多数あります。9人規模の会社が助成金を申請しようとして、就業規則がないために受給できなかった、という事例は実際に起きています。「そのとき作ればいい」では、締め切りに間に合わないことがほとんどです。
メンタル不調・休職者への対応根拠を持つ
従業員がメンタル不調で突然休み始めたとき、「何日欠勤したら休職扱いにするか」「休職期間は何ヶ月か」「復職の判断は誰がどうするか」が就業規則に書かれていないと、すべてをその場の判断で決めなければなりません。これは会社にとっても、当事者にとっても不幸な状況です。9人規模であっても、メンタル不調は起こり得ます。むしろ小規模ほど、一人の長期休職が組織全体に与える影響は大きく、ルールの整備は急務です。
就業規則に必ず盛り込むべき記載事項
法律で定められた絶対的必要記載事項
就業規則には、労働基準法が定める「絶対的必要記載事項」を必ず含める必要があります。具体的には以下の3つです:
- 始業・終業時刻・休憩・休日・休暇に関する事項
- 賃金の決定・計算・支払方法と締め日・支払日
- 退職に関する事項(解雇事由を含む)
これらが抜けていると、就業規則として法的に不十分とみなされます。
定めを置く場合に記載が必要な相対的必要記載事項
退職手当、賞与、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、そして休職などは、制度を設ける場合に記載義務が生じる「相対的必要記載事項」です。休職制度は「任意」に見えますが、実務上はほぼすべての会社で設けることが推奨されます。休職規定がないと、長期欠勤への対応ルールが存在しないまま、不当解雇リスクを抱えることになります。
中小企業で特に重要なメンタルヘルス・休職復職規定
テンプレートをそのまま流用した就業規則でもっとも問題になりやすいのが、休職・復職に関する規定の曖昧さです。最低限、以下の4点を明記することを強く推奨します。
- 休職発令の要件:「連続〇日以上の欠勤かつ医師の診断書提出」など、具体的な基準
- 休職期間の上限と満了時の扱い:期間満了後に自動退職とするか、解雇手続きをとるかの明確化
- 復職判断プロセス:主治医の意見書提出→産業医の判断→会社による最終決定、という順序
- 試し出勤(リハビリ出勤)の取扱い:実施の可否と、その間の賃金の扱い
これらが整備されていないと、「復職させてくれない」「突然解雇された」といった労使紛争に発展するリスクが高まります。
就業規則を整備する3つの準備タイミング
在籍人数が8〜9人になった段階で現状を棚卸しする
もっとも理想的なのは、在籍人数が8〜9人になった時点で準備を開始することです。この段階では、まず現状の労働条件を棚卸しします。雇用形態ごとの賃金体系・休暇取得の実態・退職の前例など、「今どういうルールで運用しているか」を文書化する作業です。ここで初めて、「実はルールが曖昧だった」「人によって扱いが違っていた」という問題が可視化されます。
10人到達の2〜3ヶ月前にドラフトを作成する
棚卸しが終わったら、次に就業規則の素案(ドラフト)を作成します。10人到達の2〜3ヶ月前を目安にすると、余裕をもって内容を検討できます。この段階でのポイントは、テンプレートをそのまま使わないことです。自社の実態(勤務形態・休暇制度・賃金体系など)に合わせてカスタマイズし、特にメンタルヘルス・休職復職に関する規定は専門家の確認を受けることを推奨します。
10人到達前後に意見聴取・届出・周知を完了させる
ドラフトが完成したら、労働者の過半数を代表する者(労働者代表)を選出し、意見書を取得します。意見の内容は「異議なし」でも「反対意見あり」でも構いませんが、意見聴取のプロセス自体を省略することはできません。意見書を添付して所轄の労働基準監督署に届け出た後、速やかに全従業員への周知を行います。周知の方法は、掲示・書面交付・電子データの共有など、従業員が実際に確認できる方法であれば問題ありません。
届出後の継続的な管理と見直し
法改正への対応は年1回のメンテナンスで
就業規則は一度作れば終わりではありません。育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法、個人情報保護法など、労働に関連する法律は頻繁に改正されます。改正内容が就業規則に反映されていないと、法令違反の状態になることがあります。少なくとも年1回、法改正の動向を確認し、必要に応じて規定を更新する習慣をつけましょう。
社内実態との乖離をチェックする
就業規則に書かれている内容と、実際の運用が異なっている状態も問題です。例えば、就業規則には「フレックスタイム制なし」と書いてあるのに、実態として柔軟な時間管理をしているケースや、「試用期間3ヶ月」と書いてあるのに実際には6ヶ月試用しているケースなどです。実態と乖離した就業規則は、トラブル発生時に会社を守る根拠にならないどころか、逆に不利に働くことがあります。
変更時の手続きを正しく踏む
就業規則を変更する場合も、作成時と同様に労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です。特に、労働者に不利益な変更(賃金の引き下げ、休暇日数の削減など)は、合理的な理由と丁寧な説明・同意取得が求められます。「黙って書き換えた」「変更したことを周知しなかった」というケースは、後から大きなトラブルになりかねません。
まとめ
就業規則の作成義務は常時10人以上から発生しますが、「義務がない=作らなくていい」ではありません。パート・アルバイトを含めたカウントを正しく把握し、8〜9人の段階で準備を始めることで、10人到達後も慌てずに対応できます。また、テンプレートの流用ではなく、自社の実態に合った内容――特にメンタルヘルス・休職復職に関する規定――を盛り込むことが、採用・労務トラブルの予防と従業員への誠実な対応につながります。
ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応や休職復職支援に精通した視点から、就業規則の整備に関するご相談をお受けしています。「まだ義務は発生していないけど、そろそろ準備したい」「テンプレートを使ったが、休職規定が不安」といった段階からでも、お気軽にご相談ください。専任人事がいない会社でも、無理なく整備できる方法をご提案します。
よくある質問
社会保険労務士・産業カウンセラーと連携し、中小・成長企業の人事課題に向き合う実務ノウハウをお届けします。

